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今の40歳前後「非正規・未婚者」が抱く深い憂鬱

9/22 16:01 配信

東洋経済オンライン

1990年代半ばから2000年代前半の「就職氷河期」。その影響を全面に受けた世代が今、大きな格差に直面している。一度レールから落ちてしまった人に厳しい日本社会の特徴が、就職時期に「機会の平等」を享受できなかった中年世代の上に重くのしかかっている。
しかし、それは決して特定の世代の問題ではない。格差問題に取り組み続けている橘木俊詔氏の新刊『中年格差』から、本書の一部を抜粋・再編集してお届けする。

■中年期に人格の形成が確立の方向に向かう

 19世紀後半から20世紀初頭にかけて心理学の発展に大きく寄与したフロイトは、幼児期における心理や人格形成がその人のその後の一生を決める上で重要な役割を演じると主張した。すなわち、幼児期の心理的葛藤が、成人期、あるいは中年期まで続くとともに、人格の形成に大きく影響を及ぼすと考えたのである。裏返して言えば、幼年期にある程度の心理特徴が定まれば、それ以降は比較的安定した心理状態が続くのである。

 しかしフロイトの弟子であったが、彼から去ったユングは中年になって人間の心理は大きく変容することがあると主張し、中年期における人間の心理を探求することの重要性を説いた。

 なぜかといえば、中年になると職業を持って仕事をして所得を稼ぐようになるし、結婚して子どもを持って家族を形成するので、まわりの人との付き合いが多くなる。子どものことで悩むことがあるし、中年後半になると親の介護の問題が発生し、それらが心理的な変容と葛藤を生む可能性があると考えた。それによって自己を見直す機会が与えられるので、人格の形成が確立の方向に向かうと考えたのである。

 日本におけるユング心理学の継承者である河合隼雄が、「中年クライシス」を論じたのもその影響であると理解できる。河合の著書『中年クライシス』(朝日文芸文庫)、『多層化するライフサイクル』(岩波書店)によると、若年代や中年前期においては、仕事、社会的地位、財産を築き、そして家庭を持つことに必死になるので、自分は何のために生きているのかとか、自分は何者なのかというアイデンティティの問題、自我が何を基礎としているのかなどを考える余裕がなく過ごしてしまうとする。

 特に普通の能力を持った人は、仕事、地位、家族、財産などへの対応に忙殺されてしまい、ここで述べた人間の存在意義やアイデンティティ、自我を考える暇などなかったのである。

 そこでユングは、恵まれた能力や環境にいる人々が、仕事、地位、家族、財産などに立ち向かっている時期に、特に人間の存在意義とか自我を考える人物となっていることを明らかにした、と河合は主張している。

 すなわち、中年の後半期にこのような考えや反省を持ちがちな「中年クライシス」は、特に能力の高い人や恵まれた環境にいる人に多く発生する事象であると河合はみなした。換言すれば、「中年クライシス」はエリートないし準エリートに特有なことなのである。少なくともユングの時代はそうであった。

■「中年クライシス」がごく一般の人々にも

 しかし時代は進み、ほとんどの人が義務教育と中等教育を受け、多くの人が高等教育を受ける時代になった今日においては、過去においてはエリート層に起こりがちであった「中年クライシス」が、ごく一般の人々にも及んできたのである。

 確かに今の時代でも人々は、仕事、地位、財産、家族に深くコミットしているが、昔と異なってごく普通の人々でもこれらの活動をしながらも、人は何のために生きているのかとか、自分は何者なのか、自我を意識するとか反省するといった思いを抱くようになったのである。これこそが今日における「中年クライシス」を多くの人が体験する時代になっている証拠である。

 なぜ日本において「中年クライシス」が顕著になったのか、2つの背景を述べておきたい。

 1つは、戦前と戦後の一時期の日本は国民の所得は低く、人々は働くことによってその日暮らしに明け暮れせねばならない時代だったので、「人間とは」とか「自分とは」などを考える余裕がなかったことがある。しかし高度成長期以降に国民の所得も伸びて、ある程度豊かになり、「人間とは」「自分とは」を考え直す余裕ができたので、「中年クライシス」が発生する素地が誕生するようになった。

 第2に、日本が格差社会に入ったことは確実で、貧富の格差、教育格差などあらゆる分野で格差の目立つ時代となった。中年層の間で経済的に恵まれていない人々の数が増大した。

 これを筆者は、ここで述べてきた「人間とは」とか「自分とは」といった心の問題が中年に発生している「中年クライシス」とは別に、それこそ生活の苦しい中年が多く発生している事実を、これまで心理学者の主張してきた「中年クライシス」とは質の異なる「新しい中年クライシス」が発生していると主張したい。

 「新しい中年クライシス」とは、若い時代に望む仕事に就くことができず、その不利さが中年期まで持ち越されてまともな収入のない人々の苦悩である。結婚もままならないといった状況にもある。

 中年期には心の問題が生じ、あるいは精神上で苦しむ時期だが、究極の証拠としては中年の自殺が多いことがあげられる。拙著『中年格差』でも詳しく解説しているが、厚生労働省や警察庁の統計から読み解くと、40歳代、50歳代、60歳代という中年世代に自殺は多く、男女別に見ると男性のほうに目立つ。その主な理由は「勤務問題を含む経済・生活問題」「男女問題を含む家庭問題」が考えられる。

■「新しい中年クライシス」と生涯未婚の増加

 関連して生涯にわたって1度も結婚しない生涯未婚者の存在に触れておこう。政府の研究所である「国立社会保障・人口問題研究所」の推計によると、1990(平成2)年頃までの生涯未婚率は男性が1~3%、女性が4%台とかなり低かった。これは日本人の皆婚社会という特徴の反映であった。しかし1990年を過ぎる頃から人生で1度も結婚しない人が急増の傾向を示した。21世紀に入るとそれが男性で10%台、女性で5.8%となり、その後も急増を示して現代では男性で24%を超え、女性で15%前後にまで達している。

 (外部配信先では図やグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

 今後を予想すれば2030年代には男性で30%弱、女性で20%弱である。およそ2~3割の国民が1度も結婚しないと予測されているのである。

 なぜ女性より男性のほうが生涯未婚率は高いのか、簡単に述べておこう。第1に、生まれてくる赤ちゃんの性比は、女性を1.0とすると男性は1.05を超えているので、世の中は男性の数が女性の数より多い。一夫一婦制が日本の規範なので、男性で結婚できない人が生じるのは自然である。

 第2に、離婚した男性の再婚相手は初婚の女性が多く、これは1人の男性が複数の女性を囲い込むことを意味するので、女性に巡り合えない男性の増加が生じる。

 このようにして生涯未婚者の数が増加し、中年期に離婚して再婚しない人がかなりの数存在することになる。こういう人が高齢になってから単身で生活するとなれば、さまざまな問題の生じることは皆の予想できるところである。

■生涯未婚者が高齢になって起こりうる問題

 具体的にどういう問題が生じるのかは詳しく論ぜず、箇条書きだけにしておこう。

 第1に、非正規社員などが多かったので、賃金収入の低いことがあり、貯蓄額も少ないので高齢になってから生活費に欠乏の生じることがある。

 第2に、もし現役労働中に賃金収入の低い仕事をしておれば、社会保険料の支払い額が低かったので、年金、医療、介護などの社会保険給付額が低い。

 第3に、孤独死の問題でわかるように、病気や要介護になったときに、一人身なので看護・介護を十分に受けられない場合がある。

 第4に、若い頃や中年の頃は1人暮らしをやっていける、と自信に満ちていた人の多いことはすでに紹介したが、そういう人でも高齢になってから心身ともに弱くなるので、心のさびしさや生活上の不便を感じるようになる。

 「新しい中年クライシス」の渦中にいる人々は経済的に困窮し、結婚もままならない。将来は不安だらけといった中年期にまつわる不幸は深刻である。

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「35歳超の非正規男性が悲惨なほど困窮する現実」(同9月15日配信)

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最終更新:9/22(火) 16:01

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