IDでもっと便利に新規取得

ログイン

日本の「人質司法」は一体何がどう問題なのか

9/20 11:31 配信

東洋経済オンライン

黒川弘務・前東京高検検事長の賭け麻雀問題や、元日産自動車CEOのカルロス・ゴーン被告に対する取り調べ方法が国際的な批判を浴びたことなどをきっかけに、法務省がこの7月、「法務・検察行政刷新会議」を発足させ、議論を続けている。
これまでの3回の会議では、身体拘束を長期間続け、密室での自白を迫るいわゆる「人質司法」にも話が及び、取り調べ時の弁護人同席について議論を求める意見も出ている。この問題について長年、倫理的側面から考えるべきだと指摘している指宿信・成城大学教授(刑事訴訟法)に話を聞いた。

■「弁護人同席は倫理的な問題」

 森まさこ法相の私的諮問機関として設置された「刷新会議」は、8月27日までの3回目会議を経て、今後、座長らが論点を取りまとめる見通しだ。

 森法相は刷新会議の目的について、カルロス・ゴーン被告に対する日本の刑事司法の在り方への国際的な批判などを念頭に「国民の期待を担う令和時代の新しい法務・検察行政のあり方」への議論を促している。法相が掲げたポイントは①検察官の倫理、②法務行政の透明化、③刑事手続きについて国際的な理解が得られるようにするための方策──の3つだ。

 検察官倫理に関する海外の動きに詳しい指宿教授は「黒川問題も根源的には、日本に検察官の倫理的規制がないことが原因」と話す。これはどういう意味だろうか。指宿教授に少しずつ解きほぐしてもらおう。

 ──刷新会議の議論をどのように見ていますか。

 「2010年に起きた大阪地検特捜部の主任検事による証拠改ざん事件後、『検察のあり方検討会』が設置されました。その時にも、私は検察官倫理を作るべきだと提案していました。今回もこの議論をすべきだと思います。諸外国には、検察官に対する倫理的な規定がある。他方、日本では検察官個人の良識、良心に委ねられています。コンプライアンスが重視される時代なのに、考えられない状態です」

 「そもそも日本には、検察官倫理という言葉をタイトルに入れた論文が、それまで1本もなかったのです。法曹倫理や弁護士倫理はあるのに、検察官倫理はない。国家公務員の一般的な倫理しかないのです。(検察官は絶対に間違わないという)無謬主義であると同時に、検察官は不正をしないという神話、信仰があるのでしょう」

 検察官の倫理とはどのようなものか。指宿教授は法曹専門雑誌『自由と正義』の2011年1月号で、その定義を「法の支配と人権を尊重する基本的な義務と責任」と示している。

 大阪地検特捜部の証拠改ざん事件に関して設置された「検察の在り方検討会」の提言に基づき、検察庁は2011年9月、「検察の精神及び基本姿勢を示すもの」として、「検察の理念」を策定した。しかし、指宿教授は「倫理規定は行動指針でなければいけない」と言う。

 ──「検察の理念」を策定し、活用していると主張していると法務省は説明してきました。これについては? 

 「『検察の理念』は非常に抽象的です。考え方を示すのも大事ですが、具体的にどう行動するのかを盛り込まなければいけない。イギリスやアメリカなどには検察官に対する倫理規定があり、公表されています」

■重要な意思決定のルールは検察官にも必要

 ──国際標準の倫理規定は、実務上の手続きを定めているのでしょうか。

 「すべてではありませんが、そのとおりです。重要な意思決定についてのルールは、検察官にも必要です。保釈規定をどうするか、証拠の開示はどうか、訴追の決定に当たってどんな考慮をすべきか、報道機関との接触についてはどう考えるか。そういった内容です。検察官に求められる責務について、日本も参加している国際検察官協会(IAP)は具体的な基準を公表していますし、国連でも議論されています。しかし、日本ではまったく議論されていません」

 ──IAPの基準とは、具体的にどんな内容なのでしょうか。

 「例えば、証拠開示については、開示のための法制度がなくても、倫理上、検察官には証拠開示義務があるとしています。IAP基準は、国連犯罪防止刑事司法会議が2008年に『訴追機関の廉潔性と能力の改善を通して法の支配を強化する』決議案を採択した際、添付資料として配付されています。国連もIAP基準を認めているということです」

 「アメリカには全米法曹協会(ABA)にも法曹行動準則という基準があります。証拠開示に関しては、弁護士も検察官もこれを順守しなくてはなりません。この基準は2008年に改訂され、無罪の可能性を示す証拠は判決確定後も開示することが義務付けられました」

 「日本では、こうした基準は検察庁が内部通達で規定しています。例えば、最高裁が2007年、取り調べ時の検察官作成のメモを証拠開示の対象にすると決定した後、検察庁は2008年7月と10月に内部通達を発し、『メモは内部文書』として廃棄を許容する指針を打ち出しました。国際基準に反しているし、この通達自体が公表されてない。指針は公表されることが重要なのに、情報公開請求をかけても指針の詳細は出てきません。ほかにどのようなものがあるのか、わからないのです」

 刷新会議におけるこれまでの議論では、検察官倫理に関し、諸外国の倫理規定に比べて項目が少なく抽象度が高い、具体性がないなどの批判が出ているが、警察出身の委員はこうした意見に反論している。

しかし、先進国では当たり前の権利である「弁護人の同席」が認められない現実に対し、海外からは「人質司法の一環だ」として強い批判が絶えない。先進国だけではない。前回8月19日の記事(取り調べ「弁護人立ち会い」認めない日本の問題)でも紹介したように、東アジアでは「弁護人の同席」を認めていない国は中国と北朝鮮、そして日本しかない。

 ──取り調べ時の弁護人の同席について、倫理面からはどう考えればいいのでしょうか。

 「弁護人の同席について、日本はアメリカに比べると50年は遅れていると言っていいと思います。弁護士については、日本弁護士連合会が定めた『弁護士職務基本規程』という倫理規定がある。違反すれば懲戒処分もあります。この基本規定の52条、相手側に代理人が付いているときには代理人抜きで会ってはいけないというのは弁護士倫理の基本の『き』です」

 「検察官も法曹なので、法曹倫理を定めた基本規定を尊重すべきだと思います。被疑者に弁護人(代理人)が付いているときに、弁護人抜きで話をしてはいけない。これは法律ではなく倫理の問題です。ところが、民事では必ず守られなければいけない法曹倫理が、刑事は別だということになっているのです」

 「これまで弁護人の同席については、倫理的アプローチを取ってきませんでした。取り調べ時の録音録画は『記録』であって、被疑者の権利ではありません。でも、弁護人から助言を受けるのは被疑者の権利です。検察官にはこの権利を尊重する倫理的義務がある。少なくとも法曹である検事の取り調べでは、弁護人が同席すべきです」

 ──刷新会議では、弁護人の同席など刑事手続きについての議論は、専門家の集まる法務省の法制審議会に任せるべきだとの意見もあります。

 「まったく逆です。全員が専門家ではない刷新会議でこそ、弁護人同席について議論すべきです。そもそも弁護人の同席を認めるかどうかは法律の問題ではないので、法制審議会で議論する問題ではないと思います。刷新会議には民間人が多いので、その強みを生かして独自の見解を出せばいいのではないでしょうか」

 「そもそも刷新会議のような開かれた場は本来、常設されるべきものだと思います。イギリスでは検察官に対する査察制度があり、毎年、評価をしています。査察は検察の中の人ではなく、独立した検察査察官が行います。日本でも外部の有識者、非法律家が日常的に検察庁の部屋に入ってチェックできるような制度が導入されるべきだと思います」

■説明責任が果たされ透明性があれば広報は必要ない

 ──ゴーン被告に対する処遇が海外から批判を浴びた際、法務省は誤解に基づくものだと主張していました。今回の刷新会議でも、広報のあり方がテーマに含まれています。

 「広報の仕方という話ではありません。説明責任が果たされて透明性があれば、とくに広報は必要ないんです。疑うのならこの報告書を読んでくれ、と言えるくらいの査察制度や監査制度を持っていればいいんです。『批判は当たらない』と言うのであれば、自浄作用や透明性を自分たちで示していかないといけない。査察制度や監察官や独立した第三者による評価が用意されていないと、反論に正当性はありません」

 取材:木野龍逸=フロントラインプレス(Frontline Press)所属

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:9/20(日) 11:31

東洋経済オンライン

投資信託ランキング