IDでもっと便利に新規取得

ログイン

17歳娘を殺された父が15年後もブログを綴る訳

9/17 8:11 配信

東洋経済オンライン

故人が残したブログやSNSページ。生前に残された最後の投稿に遺族や知人、ファンが“墓参り”して何年も追悼する。なかには数万件のコメントが書き込まれている例もある。ただ、残された側からすると、故人のサイトは戸惑いの対象になることもある。
故人のサイトとどう向き合うのが正解なのか?  簡単には答えが出せない問題だが、先人の事例から何かをつかむことはできるだろう。具体的な事例を紹介しながら追っていく連載の第3回。

■2004年に発生した殺傷事件。そこから生まれたブログ

 死後にその人のためのサイトが作られることもある。遺族や有志の手による追悼サイトや、生前の作品群をまとめた文庫的なサイトは枚挙にいとまがない。また、死に絡む未解決事件に巻き込まれた家族がサイトを立ち上げる例もある。

 未解決事件の真相究明を願って発信するサイトは、どのようにモチベーションを保ち、何を書いているのだろう?  そして、未解決事件が「解決」したとき、そのサイトはどうなるのだろう? 

「SA・TO・MI ~娘への想い~」というブログがある。

 2004年10月5日昼過ぎ、広島県廿日市の自宅で当時17歳の高校生・北口聡美さんが若い男に刃物で刺されて亡くなった。男は同居する祖母にも重傷を負わせて乗ってきたバイクで逃走。短髪。綿パン。スポーツブランドの靴。現場に多くの証拠を残しながらも、警察の捜査の網にかからず、殺傷事件は未解決の様相を呈していった。

 聡美さんの父である忠さんがこのブログを立ち上げたのは2005年12月30日。事件発生から1年以上が経過し、3年目の年を迎える直前のことだった。その日から、事件解決に向けた忠さんの取り組みと心の動きはこのURLに刻まれることになる。

 最初は数日置きだった日記はいつしか毎日アップするのが当たり前になり、犯人逮捕に至ったときには累計投稿数が3600件を超えていた。そして、判決が下った現在もなお、毎日更新を続けている。

 当時40代半ばだった忠さんはもう還暦を越えた。聡美さんの同級生も30代になっている。時代と事態が移ろうなか、忠さんは何を感じ何を残していったのか。ブログを最初から追いかけると、見えてくることがある。(ブログの引用は改行を除いて原文ママ)

娘への想いをつづる事を今日から始めます。
(2005年12月30日「スタートです。」)
 それまで日記を綴ったことはなく、まして個人サイトとも無縁だった忠さんは、とにかく動きだそうと一言だけの日記からブログを始めた。暗中模索で、聡美さんのことや事件のこと、犯人につながる情報が少しでもほしいことなどを発信していく。

 慣れない当初は掲示板サイトにリンクを貼られて晒されたりもした。それでも折れずに更新を続け、ついたコメントにも極力素早く返信をつけた。仕事と街頭での呼びかけ、そしてブログでの情報発信と情報を受け取り。それが日常になった。

 「犯人につながる情報を持っている人のなかには警察には言いにくい人もおられるかもしれません。捜査に必要な情報だけを私に直接伝えてもらえれば、隠された情報も出てくるのではと思いブログを始めました。期待というより不安から、です」と忠さんは当時を振り返る。

 多くの情報を集めるためにはより多くの人に読んでもらう必要がある。一般に、サイトは記事が古くなると検索結果の上位に上がりにくくなって読まれる機会も減る。なるべく更新頻度を上げる必要があるが、毎回の記事で犯人に関する情報だけ募っても飽きられて読者が離れていきそうだ。

■トップ記事を犯人の似顔絵や事件当時の情報に

 そこで忠さんは、犯人の似顔絵や事件当時の情報などをトップ記事に据えることにした。利用しているブログは新しい記事ほどページ上位に置かれる仕組みになっている。この記事だけ投稿日を数年先に書き換えておけば、毎日更新してもずっとトップに固定しておける。普段の投稿は娘のことを中心に日々感じたことや身の回りのことを無理せず綴ればいい。ブログ開始数カ月で思いつき、以後ずっと続けている。

犯人像ですが
・年齢 →十代後半~二十代
・身長 →170cm前後
・特徴 →体は、がっちりしていた。その割に顔は小さい。
 髪の毛の色は黒に近い。(よく見れば茶髪)
 相当なワルと思い込みがちですが第一印象は、普通の男性に見えるかもしれません。
・服装 →当時、黒っぽい服を着ていた。
(略)
どんなささいな事でも良いですから、教えて下さい。
(2006年初旬にアップされたトップ記事「事件について」より)
 ブログを開けば犯人の似顔絵。できれば見たくない顔貌だが、優先すべきは多くの人に読んでもらうこと。ひいては、事件の記憶を思い出してもらい、有力な情報を提供してもらうことだ。なるべく早い解決を祈って更新頻度を上げていく。ブログのアクセスは何もないときで1週間あたり1000PV(ページビュー)程度を維持し、テレビや新聞で事件が取り上げられた際はその都度跳ね上がった。事件に関する情報は年に10~15件ほど届いた。

 それが10年以上続くことになる。

 事件発生から時間が経つほど人の記憶は曖昧になっていくし、証拠となる痕跡も消えていく。さらに、当時は重大犯罪でも公訴時効が存在したため、捜査のタイムリミットも意識せざるをえなかった(※2010年4月には凶悪事件に関する時効の廃止法案が成立・施行している)。

 犯人の姿が見えないまま1年2年と過ぎていくことに、忠さんも当然焦りを感じていたはずだ。しかし、ブログでは苛立ちなどのマイナスな感情は目立たない。聡美さんの成人式を見計らって勧誘電話をしてきた着物の着付けサービスから無配慮な対応をされたときなどには憤りを表に出したりしたものの、読者や社会などに対して漠然と焦りや苛立ち、怒りをぶつけることはついぞなかった。

今年も今日で終わりますので、とても残念な事ですが年内に事件の解決が困難な感じです。
勝手なお願いとなりますが、来年もご協力して頂きたいと願っています。
どうかよろしくお願いします。
(2010年12月31日「大晦日」より)
 今年こそはと思って新年を迎え、年の瀬には来年こそはと心を込めて人々に協力を呼びかける。チラシ配りに講演、取材、被害者家族の会への出席などを通して慎ましく事件解決に取り組み、日々の雑感を綴る。何年も積み重ねていったブログ記事に忠さんのとても抑制の利いた人格がにじみ出ている。

■「4日から6日になってほしい」

 そんな忠さんでも、感情を抑えきれなかったのが事件の発生した10月5日だ。毎年「4日から6日になってほしい」と思いを吐露し、冷静になれないからと、当日の更新を避けることもあった。一方で、事件発生日は未解決事件を世に知らせる重要なタイミングでもあり、マスメディアで採り上げられることも多く、街頭でのチラシ配りも大々的になる。忘れ去りたい気持ちと思い出してもらいたい気持ちに引き裂かれそうになる。そんなつらさが毎年の文面に残されている。

今日も事件の早期解決を願ってチラシの配布を行います。
今回が最後、今回こそが最後とそんな思いで配布していますので 今日こそが、本当に最後となるように願っています。
(略)
チラシ配布を行うのに、矛盾した考えかも知れませんが 今日は5日、事件が解決するまでは皆さんに忘れて欲しくない日です。
未解決事件で一番恐い事! 嫌な事! は、事件の風化ですので。
これからも同じ考えとなりますが、4日から6日に時がすぎ 10月5日という日が無くなれば良い? それくらい嫌な日となっています。

「命」大切にして下さい。
文章を読み返せば、5日を忘れて欲しくないとか無くなれば良いとか 書いてる内容が、バラバラと言うか支離滅裂ですね。
すいません、早朝から何とも言えない、うまく表現できない気持ちとなっていますので。
(2013年10月5日、「チラシ配布への思い」より)

 あの日以来、忠さんは10月全体が嫌いな月になったし、毎月5日もつらい日になってしまった。聡美さんの誕生日である7月4日には、生きていたらどんな生活をしていたか思いを巡らせる日記を必ず書く。5日という日は、その翌日にやってくる。

毎月ですが、必ず5日という嫌な日が来ますけど とくに7月は、余計に何とも言えない気持ちとなります。
昨日が娘の誕生日で、普通の家庭なら? 楽しいばかりの時間を過ごし 特別な思いを持たないで、5日という日となります。
そんな生活が一瞬の出来事? により、滅茶苦茶となりもう普通の生活に戻れず、辛く哀しい想いとなる日が増えるのは何とも言えません。
(2015年7月5日、「7月の月命日」より)

■犯人逮捕は事件の生々しい情報との出合いを意味した

 犯人逮捕の報せは、2018年4月13日の朝に突然飛び込んできた。隣の山口県で暴行事件を起こして検挙された男の指紋やDNA型が、聡美さんの現場に残されたものと一致したという。

 事件発生から13年と6カ月。ずっと待ち望んだ出来事が不意に訪れた。しかし、ブログに残る忠さんの筆致は冷静だ。

皆さんもニュースでご存知でしょうけど 今朝、事件の容疑者が逮捕されました。
(略)
娘への報告「事件が解決したよ」と私の胸の中で伝えましたが「守る事が出来ないで、ごめんなさい」という想いの方が大きいですし これからも、この想いは持ち続けるでしょうね。

(2018年4月13日、「容疑者を逮捕」より)
 当初は誤認逮捕という可能性が脳裏をよぎっていたのもある。加えて、これから犯行の背景などの真実がどれだけ明らかになるかは未知数だし、最終的に望む判決が下されるとも限らないという懸念もあった。少なくともゴールした喜びのようなものはなかった。あるのはかすかな安堵くらいだった。

 実際、犯人逮捕は13年前の嫌な記憶を掘り起こされて補強される始まりだったともいえる。同月24日には犯人を引き連れた現場検証が行われ、犯人が聡美さんの部屋に足を踏み入れた。そのとき忠さんも家にいた。

我家へは、二度と来て欲しくない人間です。
でも再度見た時には、嘘偽りの無い事を話せ! と思うというより命令したいです。
それと娘の部屋ですが、今でも前と同じように残していますが 事件が解決した時に、加害者に見せるためでは無いです。
(2018年4月25日、「二度と来るな」より)

 その1カ月後に犯人は起訴され、公判を待つ状況となる。忠さんも参加している「宙の会」(殺人事件被害者遺族の会)の総会では、裁判を経験した参加者から「これからが大変ですけど、頑張ってください」と励まされた。

 以降もブログは毎日更新を続け、事件や家族に直接関係しないこともこれまでどおりのトーンで綴っている。ただし、ブログの説明文からは「未だに犯人が解りません。手がかりを求めています」という文言を外し、トップ記事も犯人の似顔絵や犯行時の情報をまとめたものから、聡美さんの顔写真と人柄を紹介する記事に変えた。そこにはブログを続ける新たな目的が込められている。ここでブログの意義が変わったのは確かだ。

■未解決事件が「解決」した先の意志

 かつて忠さんは、事件が解決した後のことについてこう綴っている。

家族の事を考えたら皆さんには、事件の事は忘れて欲しい。
でも未解決なので事件の風化は困るし、情報が無いのはもっと困ります。
そんな矛盾した気持ちで活動をしています。
(2007年7月20日、「未解決事件」より)
 同様の意志は2013年にインタビューした際も直接聞いている。「事件が解決すれば、忘れていただきたいです。いつまでも被害者家族というような眼で見られるのはつらいことですから」と。

 未解決事件は「解決」はした。2020年3月に公判が開かれ、犯人の身勝手な犯行だったことも詳らかになった。

 当時の雑誌記事の情報も参考に総合すると、犯行当日の朝、勤め先で寝坊したことから自暴自棄になり、悪事を働くために辺りを物色。そこに偶然、期末テストのために早めに自宅に戻った聡美さんが目に入り、ターゲットにされてしまった。いたずら目的で自宅に侵入し、抵抗されたことでカッとなり命を奪ったという。犯人との面識はまったくなかった。(参考:FRIDAY DIGITAL「広島高2女子殺人・鹿嶋学被告に『無期懲役』死刑願った父の慟哭」/高橋ユキ)

 判決は求刑どおりの無期懲役。控訴しなかったため、翌月に刑が確定した。

 それでも忠さんはブログをやめない。2015年5月30日からは1日も休まず更新しており、これからも続けていく意志を明確にしている。判決が出た翌日の日記に意図が書かれている。

闘いが終わっても、娘と逢えない辛く哀しい現実は続きますけど
娘と縁を持たれた皆さんには、楽しい想い出は忘れてないで頂きたいと願います。
記憶まで無くなりますと、本当の別れ? となってしまうと感じていますので。

それと一番重要なのは、娘に対する汚名を消す事です。
事件後に通勤列車内で「命を奪われてしまう悪い女性」と話される会話を聞きました。
世の中、自分勝手な想像で真面目な娘が悪女にされたままでは
あまりにも情けない話しで命を奪われた上に、これ以上の屈辱は有りません。
なので皆さん「突然、命を奪われた優しい女性」だという事に
必ず、考え方を変えて頂きますように強く願います。
一日でも早く、悪い噂や考え方を頭の中から消して下さい。

皆さん、よろしくよろしくお願いいたします。
(2020年3月19日、「次は汚名を消す事」より)
 聡美さんの性格は、ブログを通して忠さんがしばしば言及している。国語より算数が好きで、県立の進学高校に推薦で入れるほど学業に真面目に取り組んでいた。年の離れた下の子の面倒をよく見ており、父の日には普通に父にプレゼントを渡す。悪い噂が流れるいわれはない。けれど、もう本人が否定することはできない。だから父が伝える。

■ひとりでも多くの人に

 いつまでブログを続けるのか。2020年8月、忠さんはこう語った。

 「とくに目標はありません。継続期間ですが、これからも講演活動は行う考えでいますので、連絡方法としてブログのメールアドレス(npo-friends@mail.goo.ne.jp)を使用していますから、最低限、依頼がなくなるまで続けようとは考えています。ひとりでも多くの人に、娘に落ち度はなく、一方的に被害に遭ったということを認識していただきたいです」

 未解決事件が解決しても、家族のなかで出来事は終わらない。ブログは過去を忘却の彼方に捨て置かない役割を果たすこともできる。ブログ開始から15年近く。忠さんの不断の歩みがそれを証明している。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:9/17(木) 8:11

東洋経済オンライン

投資信託ランキング