IDでもっと便利に新規取得

ログイン

日本人の英語力がまるで高まらない根本的要因

8/11 8:11 配信

東洋経済オンライン

小学校5年生からの英語教育義務化が日本で始まった。一方、実は中国の小学校で英語が義務化されたのは19年前。TOEFLの平均スコアを見ても日本は中国にリードを許したまま。なぜ日本の英語教育は出遅れ、中国は進んだのか。そしてその結果は? 
「英語先進国」中国のこれまでと現在を全5回でレポートする連載の最終回をお届けします。

■極めて合理的だった中国の英語教育普及

 中国は2001年に小学校の英語教育を義務化して以降、国を挙げて英語教育の普及と改善に取り組んだ。そして国民の英語熱は高まり、いまや大学生の8割近くが「自分の英語能力は日常生活レベル」と答えるほどになった。今回は、これまで紹介してきた中国の英語教育システムと比べ、日本には何が足りないのかを探っていく。

連載第1回(日本と中国「英語を学ぶ環境」の決定的な差 2020年7月7日配信)では、中国が小学校に英語教育を導入しようとした際、いまの日本と同様にさまざまな批判や反発があったことをお伝えした。その代表的なものが、「母国語の習得の妨げになる」「いったい誰が英語を教えるんだ」「英語を一生使わない国民がいて、資源の浪費になる」だった。しかし中国は今後のグローバル・IT社会を見据えて、「英語はこれからの国民的資質」と決め、英語教育の普及に取り組んだ。

 中国の英語教育普及のやり方は極めて合理的だった。まず政府は大都市を中心とした地域では小学校1年生から、農村部など英語教育の遅れた地域では3年生からと授業の開始年を分けた。また、各地域にはそれぞれの実情に合わせた、カリキュラムの自由裁量を与えた。
これは多民族国家で教育の地域格差が大きいという事情もあったが、全国で画一的に普及させるより、地域の実情に合わせたほうが合理的だと判断したためだ。

 また各地域でモデル地区・モデル校を設置して教育実験を行い、成功した先進事例を国内で広めるというPDCAサイクルを回した。

 さらに中国は「英語のことは英語圏に聞け」と自前主義を捨て、イギリス政府などの協力を得て教員育成を行い、英語検定試験についてもイギリスと共同開発した。

 中国では小学校入学前に3割以上の子どもが英語学習を開始する。一方の日本では、今年度から小学校5年生以上の英語教育を義務化したものの、日中の子どもが英語に触れる時間の差は歴然としている。

 では日本の子どもは、どうやったら「中国並み」の英語学習時間を確保できるのか? 

 アメリカ国務省は、英語ネイティブである国務省職員が外国に赴任する際、日常会話ができるようになるのに必要な時間を調査した。

 言語的に英語に近いグループから遠いグループまでを4つに分け、一番近い「グループ1」にはフランス語、ドイツ語やスペイン語など。日本語や中国語は、最も遠い「グループ4」に振り分けられた。

 各グループの日常会話ができるようになる時間は、「グループ1」では480時間。しかし「グループ4」は2400~2760時間と「グループ1」の5倍以上の時間がかかり、なかでも日本語はいちばん長い2760時間であった。

 「このデータから日本語話者が英語で日常会話をできるようになるのも、2700時間程度はかかるだろうと推測できます。しかも学術論文を書けるようになるには、この倍以上の5000~6500時間はかかるだろうといわれています」

■日本の英語の授業は小中高で計1000時間弱

 こう語るのは国際バカロレア日本大使であり、東京インターナショナルスクールの理事長、坪谷ニュウエル郁子さんだ。

 「そもそも語学の学習は、その言語によって脳が刺激されている時間に比例します。私たちは18歳になるまでに母国語の日本語に6万3000~6万5000時間、接しているといわれています。だからこそ私たちは日本語を使えるようになるのですね。一方で英語については、日本の小学校から高校までの英語の授業は全部で1000時間弱です」

 坪谷さんは「日本人は英語が下手なのではなく、そもそも英語に接している時間が絶対的に足りない」と語る。

 「たとえばいま子どもが9歳なら、何歳までに2700時間を達成したいかを逆算して日数で割っていけば、1日当たりの英語の学習時間が算出されますね。さらに学習では主体的に関わっていくことが必要です。つまり読むだけではダメで、読んで書いて聞いて話す、と全部やらないといけません」

 とはいえ、いまの子どもたちは学校だけでなく、お稽古事や習い事などとにかく忙しい。ここに英語も加われば子どもたちはパンク状態になるだろう。

 そこで坪谷さんは、子どもが英語を効率的に学ぶための2つの提案をする。

 「教育用語で『臨界期』といわれる9~11歳くらいがポイントです。臨界期は言葉を1つの塊で覚えて、そのまま話せます。この臨界期をまたいで13~15歳まで続けると、その言語は定着します。また、臨界期の前に覚えた言語は、音だけは何歳になっても発音することができます。身体が覚えているんですね」

 つまり小学校低学年で音として聴かせて定着させ、さらに高学年で集中的に学ばせることが重要なのだ。

 そしてもう1つの提案は、やはり時間だ。

 「早道は英語に囲まれている環境に身を置くことです。留学などで英語にどっぷりつかって日常生活を送ると、1年半か2年くらいで2700時間は達成できますよ」(坪谷さん)

 よく「語学は日本人のいないところで学べ」といわれるが、これについては誰もが納得するだろう。

 中国では小学校低学年から「シャワーのように大量の英語をヒアリングさせ、そのまま繰り返すことを続ける」(北京の名門小学校英語教員)という。 まさに中国では英語教育を効率的かつ合理的に実践しているのだ。

■日本は英語を学ぶインセンティブがない

本連載の仕上げに、「知の巨人」APU=立命館アジア太平洋大学の出口治明学長へ日本の英語教育を巡ってインタビューした。大分県別府市にあるAPUは、外国人留学生が半分を占める大学。出口学長は読者にはもはやご紹介する必要はないだろう。
 ――出口学長は、日本の小学校の英語教育についてどうお考えですか? 

 出口:英語については、僕はグローバル社会ではマストだと思います。日本人はなぜ勉強するのか?  なぜいい大学に行きたがるのか?  いい企業に入りたいからでしょう。だから英語力を上げるのにいちばん良い方法は、たとえば経済団体の代表が「TOEFL iBTで85を取っていない学生とは面談しない」というような方針を示せば、学生は勝手に勉強します。これにつきますね。英語教育でいちばん必要なのは、小学校からとかいう話ではなくて、上手にインセンティブを設けることです。人間はインセンティブで勉強する動物なので。

 ――インセンティブのないことが、日本人の英語力が伸びない原因ですか。

 出口:成績が採用基準になっていないからですよ。ほとんどの人間はそんなに志が高くないのです。いい会社に入って楽をしたいから、いい大学に行きたいと。そのいい会社が「採用基準はTOEFL iBT 85」といった瞬間に、学生は必死に勉強し始めますよ。社会的動機の付与の仕方が、日本は下手なだけだとおもいますよ。

 ――今回、中国の小学校英語教育を研究しましたが、とにかく中国の生徒・学生は英語に対するモチベーションが高いです。

 出口:私が日本生命で勤務していた時代、1998年に中国の3つの大学で講義をしたんです。初めの学校は通訳がいて日本語で大丈夫でしたが、2つ目からは英語で話してくれといわれ、資料を棒読みしました。質疑応答の時間となり学生の質問をわからずにいると、大学の先生が「出口先生がわかるようにゆっくり話してください」と(笑)。そのときに学生から出た最初の質問が、「日本生命に入るとしたら、英語力はどの程度必要ですか」だったんです。

 ――なるほど。中国人学生にとって、就職=英語力が当たり前なわけですね。

 出口:社会的なインセンティブを学生に与えたら、皆勉強します。だから英語教育の問題は、小中高大ではなくてむしろ企業の問題です。英語を採用基準に入れたらみんな勉強します。勉強させるということは、インセンティブの設計次第ですから。

 ――今回、この連載に対して読者からいろいろなご意見があったのですが、「日本にいれば日本語で何とかなるから英語は要らない」という人もいました。

 出口:いまだに「日本は自由世界では、GDP2位の大国だ」などという視野が狭い人は、日本では英語を使う仕事がないと考えているので、英語を使えることは世界が広くなるということがわからないんですね。

 APUの学生には、「グーグルで同じ項目を日本語と英語で検索してごらん」と話しています。日本語のウィキペディアだったらこれだけ少しの情報が、英語だったらこんなにあると。英語ができたら大英博物館の本が全部読めると。英語を仕事に使わなくてもいいけれど、世界が広がって楽しいぞと。英語を使わなくても仕事はできるというおじさんがいるから、日本の生産性が低いわけですね。

■グローバル企業は成績採用

 ――APUは留学生が半数を占めていますし、授業はほぼ英語。否が応でも英語を勉強しなければならないですね。

 出口:APUで外国人留学生(国際学生)が一所懸命勉強する理由は実に簡単で、グローバル企業は成績採用だからですよ。大学院に行くために、奨学金をもらうのも基準はすべて成績。だから国際学生は必死に勉強します。国際学生が日本人の学生より、向学心に燃えているわけではまったくありません。

 ――インセンティブに差があるうちは、日本人は永遠に追いつけませんね。

 出口:日本人が勝てないのは、外国人には社会的なインセンティブがあるからです。APUでは明らかに国際学生は必死に勉強します。だから成績優秀者の多くは国際学生です。

 しかし日本人が劣っているわけではなく、日本社会に「英語なんかできなくても大丈夫」というおじさんがいて、しかもそういうおじさんが大きい顔をしているから、折角の機会を活かせないだけの話ですよ。

 ――「英語なんてできなくても大丈夫」といっているおじさんは、子どもや若者の未来を潰しているということですね。もし反論があるなら筆者までぜひ(笑)。ありがとうございました。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:8/11(火) 11:37

東洋経済オンライン

投資信託ランキング