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テレビ報道に危機覚えた記者たちの重い一石

8/9 6:11 配信

東洋経済オンライン

「“今のテレビ”ではできない報道をやりたい」。
テレビのディレクターや記者らが立ち上げたネットメディア「Choose Life Project(CLP)」が、じわじわと浸透している。2016年から選挙や国政に関する動画を制作し、YouTubeやTwitterなどで発信。この夏には“本格始動”を目指してクラウドファンディングを始め、わずかな日数で多額の資金を集めた。彼らはいったい何を目指しているのか。テレビと違う報道とは何か。代表の佐治洋さん(38)に聞いた。

■「このままじゃだめだ」

 「このままじゃだめだと思ったんです」と、佐治さんは振り返る。2015年9月、国会で安全保障関連法が成立した時のことだ。これにより、自衛隊が海外で他国のために武力行使できるようになった。佐治さんは当時、TBSの関連会社でディレクターとして報道番組の制作に携わっていた。

 「あれだけ反対が多かったのに、時間をかけるべき(国会の)議論が数の力で押し切られ、十分な審議がされませんでした。問題意識を持ったディレクターや記者と話し合い、『自分たちにできることをやろう』と。それがCLPです。立ち上げは翌年、2016年でした」

 テレビ局で番組制作などに関わる20~40代のディレクターや記者たちが集まってきた。

 「中心メンバーは5人ほどですが、離合集散型です。その都度、取材テーマを話し合って、できる人が取り掛かります。最初の頃は選挙の投票率が問題だと考えていた。特に若い人たちの投票率を上げたい。そのための動画制作を考えました」

 国政選挙の投票率は低かった。衆議院議員選挙では、2012年が59.32%。その次の2014年は歴代最低の52.66%。参議院議員選挙でも、1998年~2013年にかけての6回の選挙は、いずれも50%台だ。2人に1人ほどしか投票しない現実が目の前にあった。

 「これからの日本を大きく変える政策があっても、有権者の半数が政治家を選んでいない。そこに大きな違和感がありました。『投票しない自由もある』と言う人もいるけれど、その人たち、あるいは未来の世代がどこかで『政治の結果責任』に直面することになる。投票することは、自分たちの人生を選ぶ1つの方法でもある。だから、『選ぼうよ』という思いを込め、Choose Life Project というこの名前にしました」

 最初の動画公開は2016年7月、参議院議員選挙に向けて投票を呼び掛ける内容だった。著名人のメッセージ動画を次々とYouTubeにアップ。皮切りは映画監督の是枝裕和さんだ。「自分たちの今と未来に1人ひとりが責任を持つのが民主主義」「選挙へ行きましょう」と是枝さんは呼び掛けた。

■「国会ウオッチング」開始で様子が変わる

 2016年の参院選、都知事選……。CLPは選挙のたびに、こうした動画をYouTubeにアップしていく。しかし、再生数は大きく伸びなかった。様子が変わったのは今年2月ごろ、国会議員の発言を取り上げる「国会ウオッチング」を始めてからだ。国会審議の具体的なやりとりは、テレビのニュースではなかなか報じられない。一方で、審議を丸々流す中継は視聴者にフレンドリーとも言い難い。CLPの「国会ウオッチング」はその隙間を狙い、質疑や記者会見の山場やポイントとなるやり取りを編集した動画を次々と制作し、広く拡散された。

 YouTubeやTwitterの動画は既に100本を超える。短時間で打ち切られた2月末の首相の記者会見動画は28万回再生された。障害者施設「やまゆり園」で起きた殺傷事件について、NPO法人代表にインタビューした動画の再生回数は60万回を超えた。この夏の東京都知事選ではCLPが主要4候補の討論会を企画、中継し、これも多くの視聴者が視聴した。

 佐治さん自身も驚いたのは、検察庁法改正をめぐる動画の視聴だった。特に、同法の改正に反対する元検事総長らの記者会見動画は、地味な映像にもかかわらず、5月の公開直後から再生数が天を突くように伸び、2カ月余りで58万回に上った。

 この問題でCLPは、識者らを集めた討論会や中谷元氏へのインタビューなども発信している。中谷氏のインタビューでは本人が「昔は自民党の中で喧々諤々の議論をしていたが、決定のプロセスが見えにくくなった。権力のあるものはできるだけ権力を使わないように物事をまとめていかないとならない」と発言し、話題となった。

 投票呼び掛けから、ニュース・報道へ。その動きが本格化した瞬間である。

 佐治さんは言う。

 「検察庁法に関する番組はどれも地味な動画です。法律の知識がないと、視聴者には理解が難しいだろうと思っていました。ですが、多くの方々に見てもらい、Twitterでも何百万という声が上がった。視聴者はちゃんと見ているんだ、と改めて思いました」

 「一方、今のテレビではこうした報道が難しくなっている。政治や社会の問題を取り上げようとすると、『難しくて伝わらない』『視聴率が下がる』とやめてしまうんです。最近は報道番組でも“数字”を持ち出してワーワー言ってくる(局内の)人が多くなっている。でも、それって、視聴者をバカにした感覚ですよね。作り手は視聴者をもっと信じたほうがいい」

 佐治さんは、CLPに専念するため制作会社を退社した7月に「本格始動」のための資金集めにクラウドファンディングを始めたところ、わずか5日間で目標額の倍となる1600万円超が集まった。

 今後は、話題のニュースについて専門家らが解説する「Choose TV」、国会で何が起きているのかを見せる「国会ウオッチング」、さまざまな出来事の当事者に聞く「インタビュー」、裁判の結末を伝える「判決ウォッチング」、設立当初から続く「選挙企画」などの枠組みの下で、番組を制作し、視聴者にニュースを届けていくという。「現場での取材もしていきたい」と佐治さんは語る。

 多数の新興メディアが登場する中で、CLPは何を目指しているのか。着地点はどこにあるのか。

 「私がテレビの報道番組を手掛けるようになった2007年頃は、現場の雰囲気が今と全然違いました。私自身は筑紫哲也さんに憧れていたし、現場には少しでもいい報道番組を作ろうという気概を持った人たちが多くいた。番組を自由に作る雰囲気があり、ディレクターも記者もカメラマンも、すごい人たちばかりでした」

 ただ、状況は年々悪くなっているという。

■「今のテレビは日々のニュースが弱っている」

 「自分は制作会社の人間だったので詳しくは分かりませんが、気概を持った人たちが次々と現場から外されていきました。それも“栄転”に見えるような形で。『何か意見すれば、報道局以外に飛ばされる』という感覚が広がり、結果的に、組織内では似たような人がどんどん偉くなった。最近はよく、『政権による外圧で報道が歪んでいる』などと言われますが、むしろ、テレビ局の内側にいる人たちが大事なものを自ら手放しているように思います」

 「特に、日々のニュース番組が弱くなっています。その日に起こった事件や事故といった“発生もの”ばかりで、問題を深堀りする特集枠が急に少なくなってきた。週に1度の報道番組もありますが、視聴者の多くは高齢者です。若い人たちはニュース・報道に関心がないので、ネット空間でも何かをやらないとまずい、と。そういう感覚をCLPのメンバーと共有しています」

 今でもテレビの影響力は大きい、と佐治さんは言う。もしCLPに放送枠をくれるなら10分でも欲しい、と。

 「目指しているのは『公共メディア』です。だから、課金メディアにはしたくない。芸能人、著名人の方々も含め、いろんな人が自由に発言してもらい、番組としてそれを残していくわけです。かつてのテレビの自由さも意識しています。どこに行くか分からない、予定調和ではないコンテンツ。現場取材やルポものも作っていきたい。将来はネット上で放送局を作りたいと構想しています」

 取材:笹島康仁=フロントラインプレス(Frontline Press)所属

東洋経済オンライン

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最終更新:8/9(日) 6:11

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