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日本人は中国人の英語力の高さをわかってない

7/14 8:05 配信

東洋経済オンライン

小学校5年生からの英語教育義務化が日本で始まった。一方、実は中国の小学校で英語が義務化されたのは19年前。TOEFLの平均スコアを見ても日本は中国にリードを許したまま。なぜ日本の英語教育は出遅れ、中国は進んだのか。そしてその結果は? 
「英語先進国」中国のこれまでと現在を全5回でレポート。第2回は中国がどうやって英語教員を増やしていったのかを探る。

■中国の小学校英語教育を阻んだ3つの批判

第1回「日本と中国『英語を学ぶ環境』の決定的な差」(2020年7月7日配信)でお伝えしたとおり、中国は文化大革命直後の1978年から小学校に英語教育の導入を開始した。しかし当時は教育現場などから批判や反発が強く、政府は全国一律の導入を断念し、英語教育に意識の高い地域から逐次導入していく道を選んだ。

 小学校の英語教育導入を阻んだ3つの批判はこうだ。

① 母国語の習得の妨げになる
② いったい誰が英語を教えるのか
③ 一生英語を使わない国民がいるのは資源の浪費
 2001年に北京五輪の開催が決定されると、中国は小学校の英語教育の義務化を決定し、北京五輪開催に向け徐々に全国へ普及させていった。

 当時教育部(日本の文科省)を司る国務院総理(首相に相当)は、朱鎔基(しゅようき)。「中国のゴルバチョフ」と呼ばれた朱氏は、上海市長時代に外資の導入で経済を立て直し、英語に堪能で外国での講演や記者会見は自ら英語でこなしたという。

 こうした朱氏をリーダーに抱えた教育部は、「英語は単なるコミュニケーション手段ではなく、これからの国民的資質として必要。英語を学ぶことは国民に対する基本要求だ」と義務化を決めた。

 当時の教育部の担当者は、導入の経緯をこう振り返る。

 「当時のわれわれは、これからの社会がITの発展が地域格差をなくし、ITで世界とコミュニケーションするためには英語が不可欠だという認識でした。だから英語はこれから『国民的資質』として必要で、そのためには誰もが平等に学べるように、小学校段階から英語を学ぶべきだと判断しました」

 中国は今から20年前に来るべきIT社会を見据え、英語がすべての国民に必要だと決めたのである。この段階で「一生英語を使わない国民がいるのは資源の浪費」という批判は、完全に封じ込められた。

 また、「英語は母国語の習得の妨げになる」との批判に対して教育部は、英語教育を行ってきた一部地域での実証実験の結果や、英語を公用語としている非英語圏、EUの英語教育導入状況を調査し、小学校入学前に標準中国語の基礎固めを行えば、英語教育導入は問題ないと判断した。ファクト調査とデータ分析によって教育部は、「英語は母国語の習得の妨げになる」という批判にも反証したのである。

 一方で教育部の頭を最も悩ませたのは、「いったい誰が英語を教えるのか」だった。つまり小学校の英語教員不足をどう解消するかだ。これはいままさに日本でも起こっている問題である。

 しかし中国はこの問題を着実に克服していった。

■教員数全体は変わらないが英語教師は右肩上がり

 以下のグラフは中国の小学校教員数と英語教員数の推移である。教員数全体はほぼ変わっていないが、英語教員数が右肩上がりで増えていることがわかる。

 (外部配信先ではグラフを全部閲覧できないケースがあります。その場合は東洋経済オンライン本サイトでお読みください)

 中国教育統計(2008年以前の「英語教員数」はロシア・日本語を含む。2002年以前はNA)

 中国では1980年代まで国として定めた教員資格がなかった。しかし1990年頃から師範学校・大学卒業者を教員の有資格者だと明確化し、教員になる要件を①学歴、②標準中国語能力、③身体検査、④人物評価で決めた。

 英語教員は圧倒的に人材不足だったため、まずは英語のできる学生の育成と採用、そして学校内では、英語の得意な他教科の教員を、英語の担任に変えることからスタートした。

 当時、上海の公立小学校で英語を教えていた教員はこう語る。

 「1994年に数学の教員として採用されたのですが、2000年頃英語教員が不足してきたので、校長から『替わってもらえませんか』と言われて英語の担任になりました。私自身は中学校で英語を学び始めましたが、英語の成績がよかったのですね。ちょうどこの頃に英語教育のスタートが小学3年生から小学1年生に繰り上がって、同僚の中には『3年生からでも大変なのに……』という声が上がっていました」

 1995年から北京の名門小学校で英語を教える女性教員も、当時の様子をこう語る。

 「私が育った地域では小学校3年生から英語の授業があったので、英語は得意でした。当時英語の教員が足りない場合は、中国語(国語)や数学の教員が兼任していましたね。私が採用された当時、英語教員は2名でしたがいまは14名です」

■「英語のことは英語ネイティブに聞け」

 他教科との兼任や異動によって英語教員の「数」は増やせたものの、もう1つの問題は「質」だった。そこで教育部が始めたのが、「英語のことは英語ネイティブに聞け」である。教育部では、イギリスと提携した教員研修やイギリスの大学への短期留学、さらに英語圏の国々の学校との国際交流を開始。2001年には、国として初めて海外研修プログラムを実施し、各地域から教員を選抜して、アメリカやイギリス、オーストラリア、ニュージーランドに約100名を6カ月派遣した。

 自治体でもさまざまな取り組みが行われた。

 例えば北京市の一部地域では、研修の中にブリティッシュ・カウンシル承認の英語試験を組み込み、等級の取得目標が設定された。ほかにも「ロンドン三一学院(トリニティカレッジロンドン)」による英語試験の受験が義務付けられた。ロンドン三一学院は舞台芸術や英語の試験機関で、英語を母国語としない学生や教員向けに英語試験の証明書を発行している。

 学校単位で行われた独自の研修について、前出の上海の教員は語る。

 「2000年頃でしたが、夏休みを利用して外国人を呼んだ英語研修がありました。私も1カ月半ほど、地域の中学校に寝泊まりしながら参加しました。転勤した別の学校でも1カ月半のイギリス短期留学がありましたね。留学費用は国が3分の1、学校が3分の1、残り3分の1は自己負担でした。私は当時子どもが小さくて行けませんでしたが、ほかの教員は皆行きましたね」

 また、北京の教員もこう語る。

 「私の学校では夏・冬休みを利用して数カ月間、英語の教員がイギリスの大学に行って勉強します。英語教員は学生を連れてアメリカやイギリス、カナダやオーストラリアに行き、交流イベントに参加します」

 とはいえ、こうした教員育成ですべての英語教員が、英語を流暢に話せるようになるわけではない。2001年に教育部は各学校に英語授業に関する「指導意見」を通達している。

 この中では、「英語教員が整っていない」地域に対して、視聴覚教材(当時はケーブルテレビの教育番組やDVD、ビデオ、CD、テープなど)を積極的に利用するよう勧めた。

 一方、日本でも行われている英語ネイティブの補助教員=ALT(アシスタント・ランゲージ・ティーチャー)制度については、国としては採用せず、いまも各学校が独自に行っている。その理由は、教員が視聴覚教材を活用することを、国として奨励したためである。

 この時期中国では、全国レベルの英語検定試験である「Public English Test System=PETS」も創設されたが、この試験は教育部とケンブリッジ大学が共同で研究開発したものだった。

 著者が意外だったのは、一見「排外思想」に見える中国が、英語教育に関しては、英語圏の国々に習い、協力を求めるのをいとわなかったことだ。

■徹底的な合理主義、実利主義が貫かれている

 裏を返せば中国の教育行政には、徹底的な合理主義、実利主義が貫かれていると言えるのだろう。

 北京の英語教員に筆者は「日本には『英語を教えられないから』と導入に反対する先生もいます」と質問をしてみた。するとこの教員は苦笑してこう答えた。

 「いま北京の子どもは小学校に入る前に英語の基礎を学んでいます。新入生の中で英語に接したことがないという子どもはごく稀ですね。こんな環境なので、『英語ができないから教えられない』と言っている状況ではないですよ。その日本の先生は、頑張って教えるしかないですね」

 (第3回に続く)

東洋経済オンライン

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最終更新:7/14(火) 8:05

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