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仕事がつらい人は「慣性の法則」に乗れていない

7/11 8:01 配信

東洋経済オンライン

どうしても仕事がつらい――。そんなときに必要なものは何でしょうか。その1つとして有効なのは、ずばり「数学的思考」です。
『数学的思考ができる人に世界はこう見えている ガチ文系のための「読む数学」』を著した齋藤孝さんに、人生の悩みに効く数学的思考について語っていただきます。

数学と聞くと体が拒否反応を起こすガチ文系の皆さん、ご安心ください。数学的思考について考えますが、数式はいっさい解きません。

■「微分」とはひとことで言うとどういうこと? 

 数学の「華」といえば微分ですが、さて、微分の本質とは何でしょう。この質問に答えられますか? 

 答えは、「ある瞬間の変化率」。変化率といわれてもピンとこなければ、ある瞬間における変化の「勢い」のようなものだと思えばいいでしょう。

 それを見極めようとするのが「微分的思考」です。

 私たち文系人間が数学を日常生活で活用するうえで必要なのは、数式を書いて「瞬間の傾き」を計算することではありません。

 私がお勧めしたいのは、「変化を微分する」ことではなく、あくまでも微分「的」思考で身の回りの変化を見ることです。

 例えば学業でもスポーツでも、それに取り組んでいる人の成長の度合いをグラフで表すことができるでしょう。その成長曲線は、本人の「変化の記録」です。

 当然ですが、そのグラフが描く曲線は誰でも同じではありません。もし小学校入学から中学校卒業までの偏差値の変化をグラフ化してみたら、その流れには人それぞれの紆余曲折があるのがわかると思います。

 右肩上がりに一直線のグラフが描ける人(あるいはその逆)は、まずいません。

 両端の点(小学1年生のときの偏差値と中学3年生のときの偏差値)を結べば直線になりますが、そこにいたるまでのプロセスはさまざまです。上がったり下がったりをくり返している人もいれば、最初の数年間は横ばいだったのに、途中で急上昇や急降下を始めた人もいるでしょう。

 最初はしばらく順調に成績が上がっていたのに、どこかのタイミングで下がる一方になってしまった人は、「あのとき何か手を打てなかったのだろうか」と悔やむかもしれません。

 しかし、もし微分的思考のできる先生や親がついていたら、どうでしょう。成績が上がっているときでも、その勢い(傾き)がやや鈍っていることに気がついたかもしれません。バブル崩壊前の予兆に気づいた株の専門家が「いまは買いより売り」と判断できたのと同じで、その時点で危機感を持つことができれば、成績ダウンを食い止めるためのアドバイスができるわけです。

■スランプには「微分的思考」で

 これはスポーツの指導者にも求められる思考法でしょう。

 私は20代の頃に、テニスのコーチをやっていたことがあります。担当している子どもたちのプレーを継続的に見ていると、たまに「あれ?  ちょっと停滞期に入ったな」と気づくことがありました。先週まで順調に上達していたように見えたのに、その日の瞬間的な勢いだけ見ると、何か物足りなさを感じるのです。

 逆に、いくら練習してもなかなか上達しない子どものプレーに瞬間的な勢いを感じることもありました。

 いずれも、そこで何らかのターニングポイントを迎えているということです。

 私はたまにそれに気づく程度でしたが、本当に優秀なコーチにはつねにそれが見えているのではないでしょうか。そんな微分的思考のできる指導者に恵まれた選手は幸せです。

 テニス部でも柔道部でも体操部でも、部活で一生懸命に練習に励んでいるのに結果が伴わず、嫌気がさすようなことはよくあるでしょう。もしかしたら、「自分はもうこれ以上は伸びないので部活をやめたい」などと言い出すかもしれません。でも、微分的思考のできる顧問は、諦めかけた部員をこんなふうに励ますことができます。

 「いまやめたら、ここまでの練習が無駄になるよ。いまは結果が出ていないけど、キミは一気に伸びるところに差しかかっている。あと2週間、遅くとも1カ月後にはまわりが驚くぐらい急成長するから、もう少しだけ続けてみよう」

 微分的思考のできる人は、これまでの変化率に惑わされずに、さまざまな変化がこれから「上り坂」に向かうのか、それとも「下り坂」に向かうのかを見極めようとするのです。

 すべては変化するのですから、いいときに油断してはいけないのと同じように、悪いときに諦める必要もないのです。

 スランプになっているなと思ったら、そのときの傾きに目を向けてみる。微分的発想で自分を観察してみれば、スランプにもわずかな傾きの変化があるはずです。苦しいときを乗り越えるためのものの見方の1つです。

■慣性で動けない新入社員はアクセルを踏み込もう

 微分によって得られる変化率のことを、ここまで「傾き」という言葉で表してきましたが、これを物理学的な言葉を使うと「ある瞬間の速度」ということができます。

 文系人間の多くは忘れてしまったと思いますが、高校の物理では、どんな人の人生にも役に立つ重要な式を教えてくれます。これを発見したのは、ニュートンでした。

F=ma
 この超シンプルな方程式は、運動方程式。物理学の基本中の基本。

 「F」は力、「m」は物体の質量、そして「a」は加速度。同じ物体を動かす場合(質量mは変わらないので)、加速度が大きいほど力は大きくなりますし、逆に力をかければかけるほど加速度は大きくなるわけです。

 この法則は物体の運動以外にも応用できます。

 勉強であれスポーツであれ仕事であれ、人は自分のやることに対してつねに大きなエネルギーを傾け続けることはできません。思い切り力を入れなければいけないときもあれば、力を抜いて楽に流しても順調に進むときもあります。人生をうまく運ぶには、エネルギーや力の適切な配分が必要でしょう。

 大きなエネルギーをかけなければいけないのは、自動車の加速と同様、物事のスタート時です。例えば学校の勉強なら、春休みのうちに次の学年で習うことを一生懸命にやっておくと、4月からの毎日が楽になる。最初にエネルギーを使って思い切り「加速」しておけば、あとは慣性の法則が働くので省エネで行けるのです。

 新卒で会社に就職した人たちも、この法則を知っておいたほうがいいでしょう。何しろ昨日まで学生だった人間が初めて社会人として仕事をするのですから、しばらくは多大なエネルギーを投入して加速しなければならないのが当然です。

 その段階で、周囲の先輩社員と自分を比べてもあまり意味がありません。何年もその会社で働いている人たちは、とっくの昔に慣性の法則に乗っています。新卒の自分と同じように全力でアクセルを踏んでいたら、そのほうが問題でしょう。

 そこで「自分ばかりこんなに大変な思いをするのは耐えられない」と思ってしまう人が、入社してすぐに会社を辞めてしまうのかもしれません。でも「F=ma」と慣性の法則を知っていれば、「このアクセル全開状態はいつまでも続くわけではない」と信じることができるでしょう。いずれ先輩社員たちのように、スイスイと日々を送れるようになるはずだと思えれば、頑張って加速に力を入れることができます。

 ここまでは、加速度を上げるためにはより大きな力(エネルギー)が必要になるという話をしてきました。しかし「F=ma」という式から得られる知恵はそれだけではありません。たしかに、左辺のF(力)が大きければ右辺のa(加速度)も上がりますが、この式にはもう1つ「m(質量)」という要素があります。

 では、同じ力で加速度を上げるには、どうすればよいでしょうか。文系人間でも、これぐらいの数式はわかるでしょう。

 力=質量×加速度なのですから、左辺の大きさをそのままにして加速度を大きくするには、質量を減らすしかありません。式を見なくても、これは感覚的にわかるはず。ボウリングのボールとテニスボールを同じ力で投げれば、軽いテニスボールのほうがより加速するのは明らかです。

 ですから、加速度をつけて早く慣性の法則に乗ろうと思ったら、「積み荷」を少し降ろして「m」を小さくするのも1つの方法。

 例えば勉強でも、自分にとって「荷」の重い科目から始めると、なかなか加速しません。同じエネルギーを使うなら、荷の軽い科目から始めて思い切り加速してから、その勢いで荷の重い科目に取りかかったほうが楽に乗り切れるのではないでしょうか。

■ハイデガーを降ろして、人生が加速した

 私自身、こんな経験があります。

 大学院生時代に、私はある読書会に参加していました。ハイデガーの『存在と時間』を原書で読むという会です。そもそも難解な哲学書をドイツ語で読んで理解しようというのですから、極めて荷の重い勉強であることは言うまでもありません。しかもそれに加えて、メルロ=ポンティを原書で読む会にも参加していました。こちらはフランス語です。

 ものすごいエネルギーをかけなければなりませんでしたが、それぐらいの負荷をかけて自分を鍛えなければ、立派な論文を書くことはできないと思っていました。当時の私は、歴史に名を残すような偉大な思想家になりたいという野心に燃えていたのです。

 しかし、最初は「やってやるぞ」と意気込んでいたものの、何しろ難しいのでなかなか勉強が進みません。巨岩にしがみついてウンウン押しているのにビクとも動かず、ただ時間とエネルギーだけが失われていくような感じです。

 そして、あるときふと我に返りました。「自分はこんなことに力を使っている場合なのだろうか?」。

 人生は有限です。ハイデガーにもメルロ=ポンティにも大きな価値はありますが、そればかりにエネルギーを費やしていたのでは、加速する前に自分の人生が終わってしまうかもしれません。自分を鍛えるのも大事だけれど、大事なのは論文を書くことであって、その準備だけしていても仕方がない。

 助走でエネルギーを使い果たしてしまったら、ジャンプするときには加速どころか失速してしまいます。

■F=maを用いれば力の配分を考えられるように

 ちょうどそのとき、私は『ゲーテとの対話』(エッカーマン/山下肇訳/岩波文庫)という本を読んでいました。そこで出合ったのが、ゲーテのこんな言葉です。

〈とにかく差し当たって大物は一切お預けにしておくことだね。君はもう十分に長いあいだ努力を重ねてきたのだから、今は人生の明るいのびのびしたところへさしかかったときなのだ。これを味わうには、小さな題材を扱うのが一番だよ。〉

 なるほど!  ゲーテがそう言うならきっと間違いないはずだ! ――この言葉にも背中を押されて、私はハイデガーとメルロ= ポンティという「大物」を自分の荷台から降ろしました。

 そうなれば、すぐにでも手の届く「小さな題材」はいくらでもあります。

 そこからの1年間で、私は立て続けに4~5本の短い論文を書き上げました。「m」を小さくしたことによって、まさに明るくのびのびと加速度を上げることができたのです。

 なにしろ運んだ荷が軽いので、かつて目指していたような偉大な思想家への道は遠くなりました。しかし書いた論文が評価されて、大学での職を得ることができたのです。

 人生の節目節目で、F=maの考え方を用いてみると、今加速するときなのか、重荷を降ろすときなのか――自分を俯瞰して、力の配分を考えることができるようになるでしょう。

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最終更新:7/13(月) 20:23

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