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JRvs静岡県「リニア問題」、非はどちらにあるか

7/11 8:25 配信

東洋経済オンライン

 「本質を見失ってはいけない。対立構造は終わりにしましょう」――。JR東海が進めるリニア中央新幹線の工事が静岡県だけ本格着手できていない問題で、国土交通省の水嶋智鉄道局長は6月13日、静岡市内で行われた記者会見で関係者に異例の要請を行った。

 「本質」とはリニアの2027年開業と環境への影響の回避・低減を指す。国土交通省は2014年10月にリニア工事を認可したが、県はリニア工事が大井川の水量減少や南アルプスの生態系に影響を及ぼすおそれがあるとして、今も工事着手を認めていない。2027年開業は今や風前のともしびだ。

 「関係者がそれぞれの立場で何ができるか建設的に考えていただきたい」と水嶋局長は話すが、期待と裏腹に、JR東海と静岡県の対立は深まるばかり。建設的な議論にはほど遠い。

■会談前から決定的だった県の「拒否」

 話は少し前にさかのぼる。2027年に開業にこぎつけるためには、トンネル掘削の前段で行うヤード整備などの準備工事だけでも6月中に再開する必要があるとして、JR東海は川勝知事に面談して直接説明したいとする文書を5月20日に送付した。トンネル掘削工事については国交省が設置した有識者会議や県が設置した専門家会議において議論が進められており、その結果が出るまでは開始できないが、ヤード整備はトンネル掘削工事とは別の工事なのでぜひ認めてほしいというのがJR東海の理屈だ。

 当初は、「会ってもしょうがない」としていた川勝知事だったが、5月27日も金子社長から再度の面談要請が来たことで、「大井川の水がいかに流域の人々にとって大切なものであるか」を直接伝える機会になると考え直し、面談を了解した。

 6月16日、川勝知事は大井川流域10市町村首長と意見交換を行った。その席上で、県の事務局が、「JR東海が今行うべきはヤード整備等の準備ではなく、有識者会議や専門家会議において47項目の“引き続き対応を要する事項”の説明責任をきちんと果たすことである」と発言している。金子社長とのトップ会談において、川勝知事がJR東海の要望を拒否するのはこの時点で決定的だった。

 それでも一縷の望みをかけて金子社長は会談に臨んだ。6月26日、川勝知事は静岡県庁の玄関で、余裕の表情で金子社長を出迎えた。そして会談のもようはインターネットで生配信された。国民が監視する中で、両トップが何を話すのか、いやがうえにも注目が高まった。

 約1時間20分行われたこのトップ会談では、金子社長は、「なし崩しにトンネルを掘ることはしない」と強調したうえで、ヤード整備の必要性を何度も訴えたが、川勝知事が真正面から受け止めることはなかった。いっぽうで、川勝知事はヤード整備の着手を明確に否定することもしなかった。

 このまま何の結論も出ないまま会談は終了すると思われ、金子社長も「今日はヤードの話がなかなかご了解いただけなかったのが残念だが」と、締めの挨拶のような話を始めたとき、事態が動いた。川勝知事が突然、「いやいや、これはとにかく、条例にかけるだけの話ですから」と、話したのだ。

 県は5ヘクタール以上の開発工事では県と事業者が自然環境保全協定を結ぶと条例で定めている。JR東海が作業員宿舎の建設などこれまで行ってきた準備工事の面積は4.9ヘクタールだったので協定締結の必要がなかったが、これ以上工事の範囲を広げると5ヘクタールを超えるため、協定を結ぶ必要があるというわけだ。

■知事「頭からペケではない」

 ただ、県はヤード整備はトンネル掘削と一体であり、有識者会議や専門家会議の結論が出る前に協定は結ばないという立場のはずだった。川勝知事の発言は明確ではないにせよ、ヤード整備は本体工事とは別物であり、協定を結ぶことで個別に進めたいというJR東海の要望を受け入れたようにも聞こえる。

 「条例が通ればいいのですか」と金子社長は何度も確認したが、川勝知事は、「トンネル本体工事と別個のものであれば、頭からペケという話ではない」と述べ、会談は終わった。

 川勝知事が前言を翻した例はこれが初めてではない。たとえば、昨年6月には「リニア工事は静岡県にまったくメリットがなく、工事を受け入れるための“代償”が必要」と記者会見で発言したが、その後撤回している。今回も知事が県の見解をトップ判断で変更したという可能性もある。会談後の囲み取材で、金子社長は「条例のクリアがすぐに進むなら、今日の目的は叶えられたことになる」と言い残して、会場を後にした。

 川勝知事への囲み取材でも、知事の“翻意”について質問が集中した。「トンネルを掘らず自然を破壊しないという前提であれば、ヤード整備は容認できるのか」という質問に対し、川勝知事は「そうです。条例の趣旨にのっとってやればいい」と答えている。

 川勝知事は、「詳細はこれから事務局が説明する」と言い残して会場を後にした。しかし、事務局のブリーフィングの席上で、事態がさらに変わった。県の担当者が「JR東海がやりたいと考えている工事は本体工事と一体である。有識者会議や県の専門部会における議論の途中なのでまだ了解するわけにはいかない」という従来の発言を繰り返したのだ。

 川勝知事との発言と県の説明がかみ合わない。報道陣の要望で、川勝知事への囲み取材が再度行われた。今度は、川勝知事は厳しい表情で、「本体工事と一体ということですから、認められない」と言い切った。

■なぜ会談で言わなかったのか

 「金子社長はヤード工事が認められたと誤解して帰ってしまったが」という質問に対しては、「金子社長にお持ち帰りいただいた資料を見れば一目瞭然です」と川勝知事。しかし会談中、川勝知事はその資料に関して詳しい説明をしていない。なぜ、ヤード整備は認められないということを直接言わずに記者会見で話したのか。困惑したJR東海は6月29日、ヤード整備を認めない理由の説明を求める文書を県に送った。

 静岡県内のメディアの間でも川勝知事の発言についての反応が真っ二つに割れた。静岡新聞は7月1日に「工事着手への同意を遠回しに否定した」と報じた一方、静岡朝日テレビが7月1日に放送した番組では出演者が口々に「金子社長が何度も聞いているのに知事はなぜその場で答えなかったのか」「重要な資料をしれっと渡してはいけない」「静岡県のやり方がずるくみえてしまう」と発言している。

 JR東海が回答期限と定めた7月3日午後、県から回答があった。これによれば、ヤード整備のうち宿舎用地造成などの「活動拠点整備工事」は協定を締結すればすぐにでも着工可能としたものの、JR東海が進めたいと考えているトンネル本坑整備や濁水処理設備、換気設備などの整備はトンネル掘削工事と一体であるとして、国の有識者会議や県の専門家会議の議論を踏まえた上で協定を締結すべきだとした。

 JR東海は納得しなかった。同社によれば昨年5月、県との間で協定を結ぶ方向で協定書の作成が進んでおり、このときに活動拠点整備工事とトンネル掘削工事という区分はなかったからだという。その指摘が正しければ、新しいルールを後から作って、それを盾に申請を却下するというのは行儀のいいやり方ではない。

 さらに、金子社長がなし崩しにトンネルは掘らないと約束したにもかかわらず、ヤード整備とトンネル掘削を一体としていることもJR東海は納得がいかなかった。JR東海は7月3日の夜に県に説明を求める文書を送付した。まもなく日付が変わろうという23時近い時刻に、「さきほど静岡県に書面を送った」と発表したことにその緊迫ぶりがうかがえる。

 そして、7月7日、県からの回答が来た。それによれば、県は2018年時点で工事全体を「宿舎・事務所等工事」と「本体工事(トンネル工事)」に区分しており、JR東海が今回希望するヤード整備は2019年5月末に開催された大井川利水関係協議会の結果を踏まえ、トンネル掘削工事と一体であると6月に再確認したという。そして、県は2019年6月以降JR東海から協定締結に関する協議を受けていないことから、JR東海は承知していると理解していたという。また、JR東海のいう協定を結ぶ方向で協定書作りが進んでいたとの点については、仮にヤード工事が本体工事ではなく、宿舎・事務所工事の延長であるとなった場合に備えてJR東海に協力したものだと説明している。

 では、県の回答に対して、JR東海はどう動くのだろうか。これまでのやりとりを見る限り、JR東海が何らかの動きを見せたとしても、県の姿勢が軟化する可能性は低そうだ。

■腹の探り合いでなく建設的議論を

 静岡工区のトンネルは何カ所かに分けて掘られるが、トップ会談における金子社長の説明によれば、静岡工区で掘る最も長いトンネルの長さは本坑と斜坑を合わせて6.5km。月100mのペースで掘り進めれば、このトンネルを掘り終えるまで65カ月、つまり5年5カ月かかる。トンネル完成後、線路に相当するガイドウェイを設置して走行試験を行うとさらに2年かかる。今すぐトンネル工事を始めてもこの時点で2027年12月だ。

 そこに、3カ月程度かかるとされるヤード整備を加えると、2027年開業というスケジュールは計算上ではすでに破綻している。金子社長は、「途中で工夫をして(2027年に)収めていけるか」としていた。

 トンネル掘削工事の可否を決める有識者会議は6月2日に3回目の議論が行われて以降、1カ月以上実施されていない。しかも、比較的早期に合意が得られると予想されていた水資源ですら3回議論しても先行きが見通せない。このペースで、県が要望する生物多様性の問題など計47項目の評価を行ったら、有識者会議の最終結論は一体いつ出るのか。このままでは、途中でどんな工夫をしても、リニアの開業は2028年以降にずれ込んでしまう。

 静岡県でリニアの対策本部長を務める難波喬司副知事は、5月7日の取材で「大井川の水問題を解決する腹案を静岡県は持っているのか」という質問に対し、「ないことはない」と発言した。ただ、その後に「それは私たちが提示することではない」と付け加えた。もし静岡県側に問題を解決する腹案があるなら、進んで開示するべきだ。

 また、金子社長は会談時に、川勝知事の「予期せぬことは起こりうる。もし水を戻せないとなったらどうするのか」という核心を突く質問に対し、「それは考えにくいと思っている」と答えたが、大井川の水に生活を依存する人々の中にはその答えに納得できない人もいるだろう。

 両者がもっと相手の懐に飛び込むような議論をしないと、この問題の解決は遅れるばかりだ。

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最終更新:7/11(土) 8:25

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