IDでもっと便利に新規取得

ログイン

【緊急レポート】新型コロナ対策優等生といわれるベトナム。在住日本人から見たベトナム政府の対応はどうだったか?

6/3 19:01 配信

ダイヤモンド・ザイ

ベトナム在住18年の中安昭人さんが体験した、ベトナムでの緊急事態宣言下の生活。そこで改めて感じたベトナム人気質や政府との距離の取り方、日本人との違いなど、生活者の視点で見た「ベトナムにおける新型コロナ現象」をレポートします。

コロナウイルスによる死者ゼロを継続中のベトナム

 ベトナムの新型コロナウイルス対策への評価が非常に高い。

 アメリカの政治誌『ポリティコ』が行なった「新型コロナウイルス対策を最も効果的に行なっている国ランキング」によると、ベトナムは調査対象の30カ国・地域中でいちばん高い評価を受けている。
https://e.vnexpress.net/news/news/vietnam-best-covid-19-fighter-in-the-world-politico-4104752.html

 またイギリスの調査会社ユーガブ(YouGov)社が、世界26カ国を対象に行なっている新型コロナウイルスに関する意識調査によると、ベトナム国民の政府に対する信頼度も高い。政府の対策に肯定的な評価をする国民の割合は3月末以来90%を超えており、今に至るまで対象国中第1位を継続している。5月26日時点では97%だ。
https://today.yougov.com/topics/international/articles-reports/2020/03/17/perception-government-handling-covid-19

 これを書いている5月31日時点で、感染者数が328人と世界で148位にとどまっているのに加え、何より死者を1人も出していないのが驚きである。300人以上の感染者を出している150の国の中で、死者ゼロなのはウガンダ(感染者数413人)とベトナムの2カ国だけだ。ちなみに日本は感染者数が1万6804人(42位)、死亡者数は886人(31位)である。

 そんなベトナムに住んでいる日本人の1人として、生活者の視点で見た「ベトナムにおける新型コロナ現象」をレポートしたい。

 最初にこの約4カ月間のベトナムの動きを簡単におさらいしておこう。

 第1期(発生期):1月23日~2月13日:最初の感染者を確認してから16人目の感染者が出るまで。

 第2期(沈静期):2月13日~3月 6日:新規感染者が出ず「コロナウイルスの抑え込みに成功した」と思われていた。

 第3期(急増期):3月 6日~3月31日:感染者が再確認され、感染者が急増した。危機感がいちばん高まった時期。

 第4期(隔離期):4月 1日~4月22日:外出禁止要請、公共交通機関の運行停止、商業施設の営業停止など「社会隔離」が行われた。

 第5期(再生期):4月23日~ :経済活動が徐々に再開。

ウェブサイトとアプリを活用した素早い情報開示

 私はベトナム政府に対して、決して良い印象を持っていない。しかし今回の一連のコロナ対策を見ていて、その評価が一転したとはいかないまでも、かなり見直したといっていい。

 まず目を引いたのはウェブサイトとアプリを活用した情報開示である。感染者数がまだ10人程度だった2月8日、ベトナム保健省は新型コロナウイルスの情報をまとめた公式アプリ「Suc khoe Viet Nam(ベトナムの健康)」をリリースした。

 ベトナムの通信大手の1つであるビッテル(Viettel)が保健省からの依頼を受け、6日間で完成させたという。これと合わせて、コロナウイルス情報の特設ウェブサイトも開設している。

 ウェブサイトを見て驚いたのは、感染者第1号(BN1)以降、すべての感染者がリスト化されていることだ。感染者の年齢、性別、住所、病状(完治したか治療中か)、国籍が記載されている。これを見れば「BN1はホーチミン市に住む66歳の中国人男性で、既に完治している」「BN325はハイズン省に住む34歳のベトナム人女性で現在治療中」などが一目瞭然だ。

 同サイトの中には感染場所を示す地図も掲載されている。地図上に赤い●が付けられており、そこにカーソルを合わせると、より詳しい情報が得られる仕組みだ。添付した画像はその一例。これを見ると、BN91を含む16名がホーチミン市2区にあるブッダバーで感染したことが分かる。

 感染した日時は3月14日の22時から15日の午前2時の間。この時に同じ店にいた人がこれを見たら「自分も感染しているかもしれない」と何らかのアクションを起こすだろう。

 情報がないと人々は不安になるものだ。「今、電車で私の隣に座っている人は、本人は気がついていないだけで、実は新型コロナウイルス感染者かもしれない」と心配しながら日常生活を送っていたのでは、心休まることがないだろう。ベトナム政府が、感染した経路、場所、日時を調査して、それを公開したことは、パニックを抑える効果があったのではないだろうか。

保健省などから次々とショートメッセージが届く

 ベトナム保健省やホーチミン市人民委員会(市役所に相当する機関)からのショートメッセージ(SMS)が、携帯電話に次々と届いたことにも驚かされた。私の手元に残っている最初のSMSは3月10日に発信されたもの。感染者が再発した3月6日から3月末までは、感染者が急増し、国民の間で不安感・危機感が高まった時期である。この間に15通のSMSを受け取っている。

 3月10日に届いたベトナム保健省からのSMSは「COVID-19の感染拡大を防ぐために協力してください! 」に始まり、「石鹸を使って手を洗いましょう」「アルコール液で手を消毒しましょう」「咳やくしゃみをするときはティッシュで口を鼻を覆いましょう」「マスクを着用しましょう」など助言が書かれている。

 これらの注意自体は決して目新しくはない。しかしこれを受け取ったときは、ベトナム政府の「国民を新型コロナウイルスから守ろう」という「やる気」を垣間見たような気がしたものだ。

 SMSは、英語で届いた1通を除きすべてベトナム語だった。しかし最近の翻訳アプリの性能向上は目覚ましく、例えベトナム語がわからなくても、アプリを使えばかなり正確に意味は読み取れる。ちなみに英語だったのは、ベトナム保健省からの「ベトナム国外から入国する人(ベトナム国民および外国人)は、インターネット上に用意されたフォームで健康状態の申請をしてください」というもの。外国人が主な対象だったので、英語にしたのだろう。

決定は常に直前になって知らされる

 ベトナムらしいなと思ったのは、重要な指示が出るのが常に直前だったことである。一連の対策の中で、政府が下したいちばん大きな決定は、4月1日0時から実施された「首相指示第16号」だろう。

 これは全国規模の社会隔離を決めたもので、「外出禁止」「公共交通機関の運行停止」「レストランなど商業施設の営業停止」などが盛り込まれている。これが発出されたのは、実施前日の3月31日だった。

 これに先立つ3月28日に、これより規制の緩い「首相指示第15号」が実行されていて、「近々、社会隔離(日本でいわれるロックダウン)が行なわれるのではないか」と予測されていた。とはいえ、これほど重要な決定が直前まで発表されないというのは、ドタバタもいいところだ。飲食店関係者は対応に右往左往したらしい。

 首相指示第16号で決められた社会隔離期間は4月15日までである。その日が近づくにつれて「社会隔離は15日で終わりになるのか」というのが、市民の興味の焦点となっていた。ところが継続されるのか、延期されるのか、その決定がなかなか出ない。フック首相が「16日以降も、感染リスクの高い12の省と市で16号を継続する」と決めたのは、結局前日の15日だった。

 首相指示第15号が開始されてから16号の発出まではわずか3日間しかない。最初から本当の狙いは16号にあり、15号は国民に心の準備をさせるための一時的な措置として出されたものかもしれない。それにしても4日間では、15号は効果が出ているのか、それを継続すれば事態を沈静化できるのか、これらを検証する時間はなかったはずだ。

 しかも28日に15号が実行された後、1日あたりの感染者数は29日が20人、30日が10人、31日が8人と減っている。国民にさらなる不便を強い、経済への影響が大きい16号を先延ばしにするという選択肢もあっただろう。それでもあえて16号に踏み切ったのは「やってみないとわからない」「試しにやってみて、うまく行かなければ引っ込めればいい」という、ベトナム人にありがちな「いきあたりばったり」の精神が働いたのではないかと、私は推測している。

 ベトナム歴が25年を超える日本人在住者は「指示の発出から実行までの期間が短いのは、食料品の買い占めなどパニックを防ぐためのベトナム政府の作戦」だと解説してくれた。4月1日からの外出を禁止する指令が出たのが前日の31日。確かに、これでは自宅待機に備えて食料品などの買い出しに走る時間はない。ちなみに4月1日以降も、食料品など生活必需品などの買い物は許可されており、生活に不自由は感じなかった。

市民の反応を見て臨機応変に対応。しかし危うさも

 決定が急なのは、国レベルだけではなく、ホーチミン市もそうだった。

 例えば3月24日、ホーチミン市は30席以上のレストランなどに対し、同日午後6時以降の営業停止を指示した。これほど重要な指示が出るのが何と当日なのだ。指示が出たとき私はカフェで作業をしていた。店内に変わった様子はない。私も「こんなに急だと従わない店も多いだろうな」とのんびり構えていた。

 ところが5時半頃になると、スタッフが店内を回って「市当局からの指示により、本日は午後6時で閉店となります」と、客一人ひとりに説明をし始めたのだ。私がいたカフェは、確かに席数は30以上ありそうだった。しかし店があるのは下町の、しかも路地の奥である。こんな目立たない店にまで、公安が取り締まりに来ることはないだろう。それでも忠実に指示を守っているのには意外だった。

 店を出て自宅に向かってバイクを走らせながら「他の店はどうなんだろうか」と町の様子を観察すると、確かに構えの大きい飲食店は、次々と店じまいの準備をしている。「公的権力が市民生活に口出しするのを嫌がるベトナム人でも、こういうときは、ちゃんと従うんだな」と感心した。

 ただしこの「30席以上」というのは曖昧さの残る指示だったため、席数が30を超えていても「要するに30人以上、お客さんを入れなけばいいんでしょ」と解釈して営業を続けた店も少なからずあった。この状況を見たホーチミン市は26日に「一度にお店に入るのを30人までにするなら、30席以上のレストランも営業を許可する」という追加の通達を文書で出している。この対応の素早さもベトナムらしいなと感じた。

 一般的な傾向として、日本人が深謀遠慮の民であるのに対し、ベトナム人は臨機応変の民である。一連の急な指示が受け入れられたのは、そういう国民性もあるだろう。巧遅と拙速、もちろんどちらにも良し悪しがある。今回のコロナ騒動において、この二者択一を迫られた場合、ベトナムは「拙速」を選択し、それが奏功したのではないだろうか。

 ただこの決断の速さに不安を感じるのも事実だ。「COVID-19予防国家指導委員会」という対策チームはあるものの、一連の対策は首相を中心とする指導部の独断専行で対策が進められたように見えた。今回はいい結果が出たから良かったものの、国会のような場で民意を問うプロセスがないまま、重大な決定が行なわれることには危うさを感じる。もっとも共産党一党独裁のベトナムでは、国会は党の指導下にあるのだが。

「経済よりも国民の命を重視」という方針とその功罪

 「ベトナムは共産党一党独裁で、言論の自由は制限され、国民は政府の指示に反論せずに従うよう骨抜きにされている。だから今回も政府の強引な指示にも唯々諾々と従ったのだ」という意見を時々、耳にする。これは違うと私は思う。

 言論の自由が制限されているのは事実だが、ベトナム人は政府に対して「物申す」人たちである。一例として2018年に発生した大規模な反中デモをあげよう。これはベトナム政府が「経済特区において、外国人投資家に対して99年間の土地租借を認可する」という法案を立案したところ、「他国(特に中国)へ領土を譲渡することと同然」と国民が猛反発、各地で抗議デモが行なわれた。その結果、政府は同法案の成立を見送っている。

 そもそもベトナム人は自治意識が高く、「政府は自分たちの生活に口を出すな」という意識が強い。それに加えて、私が住んでいる南部ベトナムでは、今でも「共産主義政府は元・敵国」という認識をしている人が少なくない。現政府に対する不信感は外国人には想像ができないほど根強いものがある。

 そんな人たちを、政府の指示に従わせることは容易なことではない。にもかかわらず、政府が出す指示を国民が受け入れている状況を見ていると、私の知らなかったベトナム人の一面を見たような気がした。

 国民が政府の指示に従った要因としては、政府が「経済よりも国民の命を重視」という方針を打ち出したことも影響しているように私は感じている。それをいちばん明快に示しているのは、新型コロナ騒動初期1月27日にフック首相が出した「経済をある程度犠牲にしても、国民の健康と生命を守ることを最優先に考える」という声明だろう。

 これが正しい決断だったかどうかは、当時はもちろん、今もわからない。現時点でベトナムはコロナ対策の優等生と言われているが、後年「感染防止のためとはいえ、あそこまでの経済を犠牲したのは間違いだった」という判断が出てくるかもしれない。そもそも「従来のインフルエンザに比べて致死率が低いコ新型ロナウイルスのために経済を犠牲にするのはオカシイ」という異論もある。

 私の周囲のベトナム人でも、コロナ騒動の影響で失業したり、経営していた会社が倒産したりと、甚大な被害を被った人はたくさんいる。現時点では、「コロナ騒動が長引くと経済はもっと深刻な打撃を受ける。経済活動の制限は、それを未然に防ぐための一時的な措置なのだから我慢をする」という声のほうが大きい。しかし経済の立て直しが進まないようだと、国民の不満は表面化してくるだろう。

 ベトナムでは4月16日を最後に市内での感染者は確認されていない。5月の半ばには教育機関も授業を再開し、表面上は、コロナ騒動があったことが信じられないほど、町は活気を取り戻した。しかし注意深く見ると、以前はショップやレストランだったところが、空き家になっているところが目につく。企業の人員整理も続いている。ベトナム経済が一日も早く立ち直ることを期待したい。

ベトナムにおけるコロナ情勢の推移

 *重要だと思われる日付は太字にした。

 1月23日 初の陽性患者をホーチミン市で確認。患者は中国・武漢在住の中国人男性。

 1月30日 ベトナム人の感染者が初めて確認された。感染者は3人でいずれも武漢からの帰国者。

 1月31日 フック首相が中国との往来を制限するよう指示。航空各社もフライト停止を発表。

 2月 1日 フック首相が「流行宣言」を発令。この時点での感染者数は6人。また教育訓練省は全国の省に対し、ベトナム正月休暇(~2月2日)終了後も各種教育機関を休校するように指示。

 2月 8日 ベトナム保健省がコロナ対策アプリをリリース。特設ウェブサイトも開設。

 2月13日 16人目の感染者を確認。これ以降、3月5日まで新たな感染者は確認されず。

 3月 6日 約3週間ぶりに感染者が確認された。感染者はヨーロッパから帰国したベトナム人。この後、感染者が急増。

 3月17日 18日午前0時からすべての外国人に対するビザ(査証)の発給停止を決定。感染者数50人。

 3月22日 すべての外国人の入国を停止。感染者数96人。

 3月24日 ホーチミン市は席数の多いレストランなどに対し、同日午後6時以降の営業停止を指示。

 3月26日 首相指示第15号を発出。内容は「3月28日0時~4月15日の期間、外出を最大限制限、商業サービス活動の休止」など。感染者数133人。

 3月29日 感染者数169人。感染者数はこの日をピークに減少に転ずる。

 4月 1日 3月31日に発出された首相指示第16号により、4月1日0時から15日間、国民に対する自宅待機の要請、公共交通機関の運行停止などが開始された。

 4月15日 感染リスクの高い地域12の省と市に関して、16日以降も首相指示第16号の継続を決定。感染者数97人。

 4月23日 22日にフック首相が社会隔離措置を緩和することを発表し、23日から経済活動が徐々に再開。

 5月 4日 中学校以上の教育機関が授業を再開。その後、小学校が5月11日、幼稚園・保育園が5月18日に授業を再開した。

 6月 1日 4月16日以来、市内での感染者ゼロを継続中。

 (文・撮影/中安昭人)

筆者紹介:中安昭人(なかやす・あきひと)
1964年大阪生まれ。日本での約15年の編集者生活を経て「ベトナムスケッチ」(現地の日本語フリーペーパー)の編集長として招かれ、2002年7月にベトナムへ移住。その後独立し、出版および広告業を行なう「オリザベトナム」を設立。 2000年に結婚したベトナム人妻との間に娘が1人おり、ベトナム移住以来、ホーチミン市の下町の路地裏にある妻の実家に居候中。

ダイヤモンド・ザイ

関連ニュース

最終更新:6/10(水) 17:20

ダイヤモンド・ザイ

投資信託ランキング