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ゆとり世代の働き方こそ「世界標準」と言える訳

5/25 8:10 配信

東洋経済オンライン

日独ハーフコラムニストのサンドラ・へフェリン氏は、「若い世代をゆとり世代、さとり世代のようにカテゴライズして非難するのはドイツでは許されない」と言います。「若者批判」が許される日本の問題とは?  サンドラ氏の新刊『体育会系 日本を蝕む病』から一部抜粋・再構成してお届けします。

 「最近の若い人」を疑問視する発言は、今も変わらずよく聞こえてきます。パターンはさまざまで、例はザッとこんな感じです。

 「最近の若い人は元気がない」

「最近の若い人は消費をせず内向き」
「最近の若い人は自分のことしか考えない。人のことを考えなさすぎる」
「最近の若い人は自分の権利ばかりを主張する」
「(スマホの普及で)なんでもLINEなどで済ませちゃうから、最近の子は対人関係が苦手」

 これらの主張はほぼ同じです。要は「自分たちの世代から見ると、最近の若い人のやっていることには納得がいかない」というわけです。5000年前、エジプトのピラミッドの建設に携わった人々もピラミッドの人目のつかない場所に「最近の若者は」と「嘆き」の落書きをしたぐらいですから、ある年齢に達した人が「最近の若者はどうも◯◯でだらしない」といったことを言うのは今に始まったことではなく、またニッポンに限らず万国共通なのです。

■「若者批判」を決して口にしないドイツ人

 ちょっと違うことといえば、ニッポンの場合はこの手の発言がメディアも含め比較的「堂々」と行われていることだと思います。私の出身のドイツでは、この手の「最近の若い人は……」というようなことを言ってしまうと、「自分の頭の中は老人ですよ」と自ら暴露しているようなものなので、そんな勇気のある人はいません。

 だから欧米の人は、仮に頭の中で「最近の若い人はちょっと……」と思っていたとしても、そこは自分のイメージを気にして、この手のことを口にすることはまずありません。

 メディアに関してもそうで、ドイツのメディアは「人をカテゴライズする」ということには敏感なので、いわゆる「女性だから、こういうことをしてはいけない」というようなことが読めてとれる「性別に関する決めつけ」はもちろん、「何歳の人はこのように振る舞うべき」だとか「何歳の人はこういう考え方である」というふうに人をカテゴライズして「世代ごとに振り分ける」ということはあまりしません。

 話が飛ぶようですが、2019年のドイツの夏は例を見ない猛暑だったこともあり、トップレスで公園や川沿いなどで日焼けをしたり涼んだりする女性が多発し、これを警備の人が注意したところ「男性はトップレスで日焼けしているのに、女性ばかりがトップレスがダメというのはおかしい!」という抗議のムーブメントが女性たちの間で起こり、外国でも話題になったほどです。

 この例を見てもわかるように、ドイツにおいては「女性はブラジャーをつけるべき」だとか「女性だからビキニのトップをつけるべき」という類のことを言うことさえも「カテゴライズ」にあたる可能性があり、話題としてはセクハラ以前に非常に危険なゾーンなのです。

■ドイツ人は全員ゆとり世代? 

 そんな雰囲気がドイツにはあるわけですが、日本ではメディアも含め皆さん比較的直球に人をカテゴライズします。そのため「若者批判」も比較的オープンに行われている印象を受けます。少し前までは会社の中間管理職などから「最近の『ゆとり世代』は使えない」といった愚痴をよく聞きました。

 私も社会的地位の高いある日本人からこの手の愚痴を聞きましたが、話をよくよく聞いてみると、「定時に帰る」だとか「まだ入社して1年ちょっとなのに有休はキッチリ申請して、権利意識が強い」とかそんな話で、私は内心、「そんなことを言ったら、ドイツ人やヨーロッパ人は全員ゆとり世代じゃん!」と心の中でツッコミを入れていました。

 「ゆとりは打たれ弱い」などと一時期騒がれた「ゆとり世代」ですが、それよりもさらに若いのが「さとり世代」です。「さとり世代」は日本が不景気になってから生まれた世代だということも関係しているのか、世間では「欲のない世代」だとして話題になっています。

 いわゆる「贅沢」に関心を示さず、海外にあまり行こうとしない、車に興味を持たない、ブランドの高い服よりもファストファッションを好む……などが定番表現です。

 「ゆとり世代」がバブルを経験した親から生まれているのに対し、「さとり世代」に関しては彼らの親自身が「大人になってからのバブル」を知らないため、ある意味自然な現象なのかもしれません。

 確かに「消費」の面から言うと、バブルを経験した世代は貪欲で、1980年代には今よりも「趣味はショッピング」と公言する女性は多くいました。景気や時代の変化とともに消費行動が変わるのはいわば当たり前ですが、それとは異なる「人間関係に関する欲」が薄いことについても、「恋愛をしたがらない」「結婚をしたがらない」といった具合に若い世代を何気なく批判する風潮がニッポンにはあります。やはり超高齢社会において「自分たちの価値観が絶対的に正しい」と思いこむシニアが多数派なのです。

 昔は「結婚してこそ一人前」というような感覚があり、「いい年をした大人が独身」だった場合には、会社の上司やら親戚やらが「結婚は?」とこぼしながらもいい人を紹介してくれたりと「お見合いおばちゃん」的な人が周りにたくさんいました。

 しかし、その時代というのは、女性はいわゆる「寿退社」が当たり前で、結婚や子どもを持つ=女性は専業主婦になることを求められました。そうしたことを考えると、はたして当時のほうが「よかった」と言えるのでしょうか。少なくとも女性にとって選択肢が限られていた時代だったことは事実です。

 今の若い人は結婚しないとか、少子化がどうのという批判も考えてみたらおかしな話です。「国の人口が少ないから子どもを産もう」と考える人は、戦時中またはよほど右寄りでないとそういないでしょうし、「独身でいる」ことも「結婚する」ことも「子を持つ」ことも「子を持たない」ことも、その決断は自分自身の状況や幸せを考えたうえでのものであって、「誰かのため」ではないはずです。

■「休日」に引け目を感じるのは日本人ぐらい

 「働き方」に関しては、世界の先進国はどこも「ワークライフバランスを大事にしよう」というのが現在の主流です。日本でも「残業はしないほうがいい」という企業が増えました。

 しかし有休に関しては、日本はほかの先進国に比べると「消化率が低い」という問題があります。1週間以上会社を休むと「休みすぎ」と思われたり、自責の念にかられたりするのは、世界を見ても日本人ぐらいです。

 ヨーロッパ諸国などほかの先進国では「しっかり体を休める」ことが大事だという共通認識がありますし、日本のように「休みは権利ではなく『いただくもの』」だとか「堂々と休むのはよくない」というような概念は皆無で誰もが堂々と休んでいます。

 休みを長くとるのも、ヨーロッパ人曰(いわ)く、「1週目は仕事の疲れを取るだけの期間。疲れが取れていろいろと活動したくなるのが2週目、そして3週目に体は本調子を取り戻し完全にエンジョイできる」という具合で、1週間では真の休暇とは言えないというのが一般的なコンセンサスです。同時に、ドイツを含むヨーロッパでは有休をとることは当然の「権利」と考えられています。

■「ゆとり世代」がむしろ世界標準

 「ゆとり世代やさとり世代はやたら権利を大事にして残業しない」だとか「最近の子は新人なのに有休を取る」なんてことを言っている人は、世界の先進国の大半の人々が、若かろうが中年だろうがもうじき定年を迎える年だろうが、日本で言う「ゆとり世代やさとり世代の感覚と最も近い」ということを自覚しておいたほうがいいかもしれません。

 もし社長や経営陣が「さとり世代は……」「最近の若い社員っていうのは……」などと語り始めたら、この会社はもしかしたらブラックかもしれないと警戒するぐらいがちょうどいいと言えます。

 この「◯◯世代はダメだ」という発言の後に続くのはだいたい、「仕事で言われたことしかやらない」「タイムカードをキッカリ定時で打刻して帰っている」「部署での飲み会を嫌がる」「社員旅行を嫌がる」などでパターン化しています。しかしどれをとっても、世界の先進国を見れば平社員なんて「そんなもの」です。

 もちろん、あまりにも「言われたことしかやらない」のも問題です。ある程度は自発的に動いてほしいところですが、かといって業務に関係のないことまでやる必要はないですし、その類のことを「自分の若い頃は言われなくてもやっていた」などと愚痴ってしまうこと自体がもうバリバリなブラック思想です。

 改めたほうがいいのは経営陣側の考えのほうであり、「ゆとり」「さとり」などの若い世代の価値観ではありません。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/25(月) 8:10

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