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日本人は「休校長期化」の深刻さをわかってない

5/23 8:20 配信

東洋経済オンライン

 いま教育が危機に瀕している。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は、学校の物理的機能を停止させた。3月2日から、全国の9割以上の小学校、中学校、高等学校など(以下「学校」とする)が一斉に休校した。

 連休明けから、全国の1割程度の学校が再開した。文部科学省によれば、9割以上の学校が6月1日の再開を予定しているという。とはいえ、すでに2~3カ月分の授業が失われた。感染が大きく広がった地域では、学校を再開しても、すぐには通常授業に戻れない。ひとたび集団感染が起これば、再び休校に追い込まれかねない。いまだ先行きの見えない状況なのである。

 事態に対処するため、文部科学省は学習の遅れを複数年で解消する方針を発表した。つまり、今の学年で学び切れなかったことを、次の学年に持ち越すということ。要するに、全国規模の学習の遅れは必至ということだ。

■日本の教育の弱点

 学校の物理的機能が低下した現状では、いわゆる「遠隔教育」に頼らざるをえない。ところが、遠隔教育は、現在の日本の教育の弱点である。教育のICT化が遅れているため、ごく一部の学校しかオンライン授業が実施できない。多くの学校では、学習プリントを宿題として配布・回収するしかないのだ。

 OECD(経済協力開発機構)の2018年の調査によれば、日本の学校のICT機器使用頻度は、OECD加盟国中で最下位。教師のICT機器を使いこなす技能は、調査参加国77カ国で最下位。「生徒が学習に使えるICT機器があるか」「インターネット接続があるか」といった調査項目についても、軒並みOECD平均を下回っている。(OECD, “Pisa 2018 Results Where All Students Can Succeed”, Organization for Economic 2020)

 学校再開もままならず、遠隔教育もままならない。コロナの影響は世界各国の教育に及んでいるが、その影響下での教育については、日本は明らかに不利な立場にある。それが日本の現実なのである。

 こういった状況においては、教育格差が拡大する。学校は再開しているか、効果的な遠隔教育を実施しているか、家庭で十分な学習支援を受けられるか、児童・生徒本人が自律的に学ぶことができるか――学校の違い、家庭の社会・経済・文化的背景の違い、本人の資質・能力の違いにより、教育格差は飛躍的に拡大してしまうのである。

 全国規模の学習の遅れと教育格差の拡大は、どのような影響を社会や経済に及ぼすのだろうか。抽象的に語られることの多い話題だが、本稿ではデータを用いて実証的に論じることとしたい。

■学力と経済には相関がある

 OECDが、2000年から3年ごとに実施している、PISA(生徒の学習到達度調査)という国際テストがある。現在は70カ国以上が参加し、各国の15歳の生徒(日本では高校1年生)が受検する。科目は数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力。国別の順位が発表されるたびに話題になり、日本では学力低下論争の発端になったテストだ。「学力」の定義は国によって異なるが、PISAは特定の学力観に基づき、一律のモノサシで各国の「学力」を測定するテストなのである。

 2015年、ジョージア工科大学のエリック・ディコラドらは、PISAの数学的リテラシーの国別平均得点と1人当たりGDP(国内総生産)に相関があるとの論文を発表した。その国の平均得点が高いほど、1人当たりGDPも高く、そこに一定の相関が見いだされるというのである。(Eric DiCorrado, Kayla Kelly & Malcolm Wright “The Relationship Between Mathematical Performance and GDP per Capita “, Georgia Institute of Technology 2015)

 ただ、この分析では、PISAの科目のうち数学的リテラシーしか取り上げておらず、国情や地域特性など多様な国々のデータが混在するため、そこから読み取れることも限定的にならざるをえない。

 筆者の共同研究者である、東京大学グローバルAI倫理コンソーシアムの石川光春客員研究員らが、PISAの全科目を取り上げ、国情や地域特性を踏まえて多角的にアプローチしたところ、ASEAN諸国および周辺の東アジア先進諸国のデータから興味深い分析結果が得られた。

 (外部配信先ではグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

 グラフに示されているとおり(ここでは数学的リテラシーの分析結果のみ掲載しているが、他の科目でも同様の結果が得られている※)、日本ならびに韓国は、マレーシアやインドネシアなどを結ぶ回帰直線(黄色のグループ)と、シンガポールや台湾などを結ぶ回帰直線(緑色のグループ)の交点に位置する。ここには、今なお発展途上にあるASEAN諸国のラインと、知識集約型産業中心の東アジア先進諸国(および地域)のラインが、明確に分かれて示されている。

(※より系統だった議論は Ito, K. Ishikawa M. and Kitagawa T., Education Loss and Financial Damage concerned by the pandemic Correlation Analysis based on OECD-PISA score data base and a brief introduction to STREAMMなどを参照のこと)

 私たちの研究グループでは、ポスト・コロナ期の成長を期待される東アジア先進諸国のラインを「成長のベルトコンベアー」、また、コロナ不況によって地滑り的に発生しうる経済リスクの予測経路として、ASEAN諸国のラインを「ASEANの滑り台」と呼んでいる。

 このグラフは、学校再開もままならず、遠隔教育もままならず、教育格差の拡大する日本の未来を暗示するものともいえる。現状で学習機会を十分に得られた層は、学力上位層を形成して、少なくとも現状にとどまるか、あるいは、東アジア先進諸国のライン(緑)にそってGDPの増大に寄与することだろう。一方、学習機会を十分に得られなかった層は、学力下位層を形成して、ASEAN諸国のライン(黄)にそってGDPの減少を招いてしまう可能性がある。

 そして、日本全体の「学力」を考えた場合、日本は「成長のベルトコンベアー」を上昇するのか。はたまた「ASEANの滑り台」を下降するのか。これまでの議論を踏まえて考えると、現状では後者の可能性が高いかもしれない。また、同じく2つの回帰直線の交点に位置する韓国は、どのような推移をたどるのであろうか? 

■日本はどうなってしまうのか~未来への処方箋

 どうすれば「ASEANの滑り台」から逃れられるのだろうか? 

 ここで、経済効率性という観点のみから、日本の教育を根本から見直す議論をしてみたい。もちろん、これは極論である。

 現状、すでに生じている問題は、回復に複数年かかるという、国家規模の学習の遅れ。そして、学校、家庭、本人の資質・能力の違いに起因する教育格差の拡大である。

 ここで、同一年齢が同一内容を学ぶ制度(年齢主義)と、所定の授業時数をこなせば、修得の有無にかかわらず卒業できる制度(履修主義)を見直してはどうか、という議論が可能である。格差が拡大する状況では、年齢主義は非効率的だし、修得できずに卒業・進学する層が増大すれば、さらなる学力低下を招くことになるからだ。

 例えば、シンガポールでは、就学可能年齢は0歳であり(制度上は0歳でも小学校に入学できる)、義務教育修了テストでは不合格もありうる。

 そして、教育におけるICT機器の活用。ICT機器は遠隔教育に使えるだけではない。大規模な学習の遅れを取り戻すのにも有効である。例えば、1950年代のアメリカでは、戦争による教育の欠落、ソ連との宇宙開発競争で露呈した教育の遅滞を、「大量生産的に」回復するために、コンピューターによる学習支援システムの開発を開始している。ここから生まれたPLATOという学習支援システムは、1960年代から2006年まで使われていた。

 現在の教育ICT機器は高度に発達しており、例えば家庭で勉強しているかどうか、間違いはないかどうかを、リアルタイムで「見守る」ことも可能である。要するに、児童・生徒がどこにいようと、その勉強をつねに監視・制御できるということだ。「学びのプライバシー」という倫理的問題はあるが、確実に勉強させるには効率的である。

 勉強しているかどうか、つねに監視されるというのは、まるでパノプティコン(全展望監視型の牢獄)のようで、耐えがたいと思うかもしれない。だが、この非常時に個人の自律性を信じることが、はたして現実的かどうか。また、日本の教師が熱心で優秀であっても、教育現場は以前から人手不足に悩まされており、そこにコロナ禍が加わった状況で、児童・生徒を1人ひとり丁寧に見守り、学びに向けて奮起させることができるかどうか――。

■日本の教育は危機に瀕し、経済は瀬戸際

 ここまで極論を述べてきた。しかし、こういった議論が必要なほど、日本の教育は危機に瀕し、経済は「ASEANの滑り台」の瀬戸際にあることを認識しなければならない。

 前述のとおり、韓国も、日本と同じく岐路に立たされている。しかし、在宅勤務や遠隔教育のインフラは、日本とは比較にならぬ高水準で整えられているし、児童・生徒の学習意欲は日本よりもはるかに高いことが各種調査で明らかになっている。(例えば、筆者も参画した調査として、ベネッセ教育総合研究所「学習基本調査・国際6都市調査〔2006年~2007年〕」などがある)

 このままだと、教育と経済の関連のみでいえば、「ASEANの滑り台」を滑り落ちる日本を尻目に、韓国は「成長のベルトコンベアー」を駆け上っていくことになるかもしれない。

 政府も言っていることではあるが、まずは、家庭にあるスマートフォンでも何でもよいから、夏までにICT機器を利用した、教育インフラを整備すること。そのうえで、既存の制度や価値観にとらわれぬ議論ができるかどうかが肝要であろう。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/23(土) 8:20

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