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戦前昭和の軍部台頭を招いた「健全財政」の呪縛

5/23 8:10 配信

東洋経済オンライン

前回記事では、『日本経済学新論 渋沢栄一から下村治まで』を上梓した中野剛志氏が、1930年代に世界恐慌から脱する偉業を成し遂げた政治家・高橋是清の思考を探った。今回は当時の「高橋財政」に関する根強い批判の誤解を解きながら、「歴史の教訓」について考える。

■MMTと似ている「高橋財政」

前回も述べたように、高橋是清は、従来の健全財政路線を転換して積極財政に転じ、国債発行を増発し、財政支出を拡大することで、1930年代の恐慌を克服した。

 しかも、完全雇用を達成しただけでなく、インフレも制御することに成功していた。この「高橋財政」は、今日のMMT(現代貨幣理論)の発想によく似ていた。

 ところが、「高橋財政」については、次のような批判が根強くある。

 「高橋財政の下では、日銀が国債を直接引き受け、財政支出を拡大させたことで、財政規律が失われた。その結果、軍部による軍事費の増大に歯止めがかからなくなり、さらに敗戦後の激しいインフレにつながった」

高橋財政をこのように否定的に評価し、それを「歴史の教訓」と称する論者たちは、MMTについて論じる際も、高橋財政の「歴史の教訓」を引き合いに出して、歯止めのない財政膨張や激しいインフレのおそれがあると批判するのである(「MMT/収容所群島/高齢者と車」毎日新聞2019年5月23日付 東京朝刊、「太平洋戦争に学ぶ…話題の『MMT』がハイパーインフレを招くリスク」現代ビジネス 2019年8月14日)。

 しかし、このような高橋財政に対する否定的な評価は、いくつもの間違いを犯している。

第1に、高橋財政が、日銀による国債の直接引き受けを行ったことが批判される。しかし、実際には、高橋財政下では、国債はいったん日銀が引き受けた後、その85%以上が民間に売却された(島倉原『MMTとは何か』)。要するに、その効果は今日、一般に行われている「国債の市中消化」とほとんど変わらないのだ。

 第2に、高橋財政下で、確かに軍事費は増えた。しかしその一方で、高橋はインフレ悪化の予兆が現れると、軍事費の抑制に努め、軍部と対立したのである。その結果、高橋は軍部の怒りを買い、そのことが二・二六事件における高橋暗殺につながったと言われている。高橋は、文字どおり、命をかけて軍事費の膨張を抑えようとしていたのだ。

 第3に、高橋は、増大する軍事費を支弁するための増税を認めなかったのに対し、軍部はむしろ増税を要求していた。その意味で、高橋よりも軍部のほうが、健全財政論に近いのだ。

 このように、軍事費の膨張は軍部の暴走のせいであって、高橋財政によるものではないのである。ところが、これに対して、なお「高橋が財政規律を放棄したから、軍事費の膨張を求める軍部の暴走を抑えられなくなったのだ」などと解釈する論者もいる。

 しかし、これは、ナイーブにすぎる見解である。

■軍事費の膨張とインフレの原因

 そもそも、いったん国家が戦争へ向かって暴走を始めたら、それを財政規律で抑止することなど不可能だ。例えば、かの満州事変は、高橋財政以前の財政規律の下で勃発している。

 また、財政規律を守りつつも、軍事費を膨張させ、戦争を始める手段はある。例えば、増税をすればよいのだ。実際、軍部は高橋に増税を要求していたことはすでに述べた。また、植民地を搾取するという方法もある。あるいは、他国を侵略して富を収奪して軍事費に充当するという手段もある。この場合、財政規律は侵略を抑止するどころか、その原因である。

 また、いったん戦争を決意した国家は、仮に財政規律が戦争の妨げになっているというのであれば、それをあっさりと撤廃するであろう。財政規律を優先して戦争を諦めるなどということはしないのだ。

 実際、第1次世界大戦が始まると、参戦国は、軍事費拡張の妨げとなる金本位制を次々と離脱していったのである。

 したがって、軍事費の膨張と敗戦後の激しいインフレの原因は、あきらかに台頭した軍部にあるのであって、高橋財政のせいではない。

 ならば、軍部の台頭をもたらした原因は何か。結論を急げば、その原因こそ、健全財政にほかならなかった。

■恐慌による中間層没落とファシズム

 1929年に成立した浜口雄幸内閣は、井上準之助を蔵相に任命し、金解禁(金本位制への復帰)を成し遂げるため、緊縮財政を断行した。そして、世界恐慌が始まっていたにもかかわらず、1930年1月、金解禁を実行した。

 その結果、日本経済は恐慌となり、倒産や失業が増大し、とくに農民と中小企業者は深刻な打撃を受けた。それにもかかわらず、井上は金本位制という財政規律を維持し、かたくなに健全財政路線を守り続けた。

 こうして困窮し、没落した中間層は過激な労働運動や右翼的な運動へと走った。こうして軍部が台頭し、わが国は軍国主義化していったのである。

 このように、恐慌(デフレ不況)によって中間層が没落し、ファシズムが生まれるという現象は、同時代のドイツなどでも見られた現象である。

 実は、高橋はデフレが失業を増やし社会問題を引き起こすことを、1918年の段階ですでに理解していた。

増加すべき当然の理由ありて増加したる通貨を急激に収縮したりとせんがために物価は下落すべしといへども、物価の下落は一面において不景気となり、失業者の増出を予想せざるべからず。したがつて重大なる社会問題の発生を見るべし。(経済論)

 また、社会問題が発生すれば、人心が乱れ、過激な思想が台頭することも高橋はわかっていた。次の引用は、関東大震災の翌年の彼の言葉である。

この秋に於て私などの深く考へて決心したるところは、このままただ移つて行けば、政治問題が軈ては社会的問題になり、社会的問題になつて、全国にこの不平が起れば、燎原の火のごとく人心は激昂して来る、いづれのところに止まるか分らない。それゆゑにこれを要約して申しますれば、吾々の考へはかくのごとく極端に国民の思想を激発しないやうに、政治問題の範囲に於てこれを喰止めたい。(随想録)

 しかし、井上準之助による健全財政が招き寄せた軍国主義は、もはや高橋の手に負えるものではなかった。その軍国主義の凶弾によって、高橋は倒れたのである。

 国民の失業や困窮を放置すれば、人心が乱れ、思想が過激化し、ファシズムを生み出しかねない。これこそが、本当の「歴史の教訓」である。

 現在、世界恐慌以来、最悪と言われるコロナ危機にあって、倒産、失業、貧困が急増し、国民の生活に対する不安が高まっている。それにもかかわらず、政府は、財政健全化の呪縛にいまだにとらわれ、十分かつ迅速な経済対策を打ち出せていない。

 これが何をもたらすのか。為政者は「歴史の教訓」に学ぶべきであろう。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/23(土) 8:10

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