日本で「ジョブ型雇用」がうまくいかないワケ、米国との決定的な違いとは

5/9 6:32 配信

ダイヤモンド・オンライン

 2024年春闘では大企業を中心に賃上げの「満額回答」が相次ぐ一方で、中小企業では「予定なし」の声も多く、賃上げに“温度差がある”のが実態と言えるでしょう。コーポレートファイナンスやベンチャービジネスが専門の保田隆明・慶応義塾大学総合政策学部教授に「中小企業の賃上げや採用の悩み」について、ソフトバンク社長室長をへて英会話スクールを経営する筆者が、話を聞きました。【前中後編の後編】(構成/ライター 正木伸城)

>>中編『サントリー新浪氏の「45歳定年制」を議論する前に、本当に考えるべきこと』を読む● 職務内容があいまいな日本で ジョブ型雇用の制度だけ導入しても意味がない

 三木 前編『「賃上げしたくても決断できない」中小企業の社長がお悩み相談→慶応SFC教授の答えは?』では、「公共調達」を活用し大企業と中小・ベンチャー間の人的交流を活性化することが、結果的に中小企業が賃上げしやすい環境をつくる、という話をしていただきました。いずれにしても日本経済にまだ足りないのが、雇用市場の流動化です。例えばですが、期待されていた「ジョブ型雇用」は、少しずつ浸透していると思いますか?

 保田 ジョブ型雇用とは、職務に必要なスキル・経験・資格を持つ人材を採用する雇用方法のことで、職務を限定せずに新人を一括採用するメンバーシップ型雇用と対をなしますが、正直あまりうまく機能していないと思います。

 ジョブ制は海外から入ってきた概念で、それを採用している国や地域は、雇用の流動性がそもそも高い。中編で話題にした「アップorアウト」がスタンダードだという国が多いんです。一方で、アップorアウトがほとんどない日本に「制度だけ」を導入しても、うまくいかないのが現実です。

 米国ではジョブディスクリプション(=担当業務の職務内容を記した文書)が明確です。例えばマクドナルドでは、カウンターの人はカウンターの仕事しかしない。フロアでジュースをこぼしても、間違っても彼らが床を清掃することはないんです。なぜなら、ジョブディスクリプションに書いていないから。一方の日本は、良くも悪くもジョブディスクリプションがあいまいです。

● やる気のある人が割を食う!? AIの出現で完全になくなる仕事も…

 保田 仮に、ある会社の社員が既存の業務にプラスして執筆業務も任されようとしているとします。その際に、社員の側から「分かりました。執筆もします。ですが、代わりにジョブディスクリプションの項目のどれかを減らしてください」という議論ができればいいのですが、そうもいかないでしょう。やはり、ジョブディスクリプションがあいまいだからです。

 で、結局、執筆業務はやるのですが、給与はまず上がりません。新しい仕事があっても、手を挙げた人が損をするみたいなことにもなる。場合によっては、やる気のある人が割を食うわけです。

 三木 それに、時代の変化が激しい今、30年間も同じジョブで雇用し続けるなんてこともあり得ない気がします。AIの出現で完全になくなる仕事だってあるかもしれない。

 保田 おっしゃる通りです。だから、そう考えると「有期雇用」が一番いいんですよね。日本では業績連動報酬制では思うように人材が集まらない傾向があります。加えて、雇用の流動性も高めていかないといけません。両方をかなえようとしても、有期雇用がマイノリティーである限り、無理筋なんですよ。正規雇用がマジョリティーでパワーを持っている現状では難しい。

 三木 日本で有期雇用を増やそうとしても、無期雇用・正規雇用の人たちや社会からの反発が起きるでしょう。あまりにもドラスチックで、既得権が脅かされる気がするから。安定的だった正社員などの無期雇用の人を、これから有期雇用にするのは至難の業でしょう。また、無期雇用がスタンダードだった世代と、有期雇用が当たり前になった世代が社内に併存すると、不平等だと感じる人も出てくるかもしれません。

 保田 一つの解としては、有期雇用やジョブ型雇用で働く人にインセンティブを設けるべきでしょうね。あるいは、無期雇用の人が年収600万円で働いているところを、有期雇用なら年収1000万円、といった差を付けるかでしょう。

● 「クロスアポイントメント制度」とは? 複数の組織で人材の「適材適所」を実現

 近年、大学などの研究機関では、「クロスアポイントメント制度」を実施するようになってきています。この制度は、2つ以上の大学・公的研究機関・民間企業などの間で、それぞれと雇用契約を結び、業務を行うものです。週2回は東京大学で働き、週3回は慶応大学で働く、みたいなことができるんですね。これは、複数の組織で人材をシェアするという発想に基づいています。

 例えば、三木さんの会社と三菱商事と東大とで、ある人材を同制度で採用するとします。つまり3つの場所で働くわけですが、やがてその中から、当人の強みが出せる場とそうでない場が出てくるはずです。その時、「当社では彼はうまくワークしなかったけれど、○○ではワークするかもしれない」などと、非常に細やかに可能性を追うことができるんですね。

 三木 複数の組織で「適材適所」を探ることができるわけですね。

 保田 例えば、新卒者向けの合同会社説明会で、「合同雇用」をすることだってできると思うんです。プロ野球と同じですよね。ある球団で活躍できなかった選手が、他の球団では活躍できるかもしれない。もっと柔軟に、適材適所の可能性を企業間でも追求する。もし、クロスアポイントメントがもっと浸透すれば、働く人のマインドも変わって、雇用市場の流動化にもつながるでしょう。

 三木 それでいうと、私の古巣のソフトバンクでは面白いことをしていました。新規事業の(子)会社ができると、本社でくすぶっていた社員がそこに放り込まれていたんです。新規事業がうまくいけばその社員はその会社で働き続けられるし、うまくいかなければ会社もなくなって雇用もなくなる。それでソフトバンクとしては社員が自然に「アウト」していっていたんですね。

 でもこの構造ってソフトバンクだけの話ではなくて、日本の大企業がワークし続ける、日本の雇用慣行を前提にしたものですよね? つまり大企業は、グループ内で人材を行き来させて、その過程で社員のプライシングをしている。一方で、中小企業が、似たようなことをする余裕はないですけど...。

 保田 人材の流動性を高める意味でも、うまくいっている中小企業を大企業が買収することが、日本でもっと起きていい。

 働く側も、新しい職場に参加する機会があればあるほど、組織になじむための努力をしますよね。要は、リスキリングの必要に迫られる。こういったプレッシャーがかかれば、アベレージ人材も「リスキリングって大事なんだ」と理解し、研鑚(けんさん)に身が入ると思います。

 三木 そうなれば、アップorアウトも促進されるでしょうね。

● 中小企業の賃上げを後押しする 「懐深い株式市場」をつくろう

 保田 最後に、一言いいですか。

 日本における中小企業やスタートアップは、「種まきをして、芽が出て、花が咲いたら上場する」という形が一般的です。そして、株式市場は、「咲いた花をいかに持続させるか」に関心を持っています。

 しかし、本当に必要なのは、種まきを許容する「懐の深い株式市場」なのです。大企業など比較的余裕のある組織が、新規事業を「種まき」の段階から見守り、あるいはそれを引き取る(買収などをする)。日本全体でもっと、「中小企業を育てる風土」があれば、経済は変わるでしょう。

 繰り返しますが、「懐の深さ」が株式市場に備わることを願っています。それが実現できれば、中小企業はリスクを取れるようになり、人材にお金をかけられるようにもなり、大企業だけでなく中小企業も積極的な賃上げに向かうはずです。

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最終更新:5/9(木) 6:32

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