建築家がお金持ちでしかもイケメンなのは、ドラマの中だけの話である《楽待新聞》
「建築家」や「一級建築士」という肩書きに、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか?
「オシャレ」「お金持ってそう」「頭良さそう」など、プラスのイメージを持っている方もいるのかな、と思います。もちろん「プライドが高そう」とか「めんどくさそう」というご意見もあるでしょう…えーと、ごもっともでございます。
ところで、令和4年4月時点で一級建築士の登録者数は37万人程度だそうです。日本の人口比で考えると約0.3%、つまり1000人に3人程度なので、身近に居そうであまり居ない人種なのかもしれません。
では、先ほどのようなイメージは一体どこから来たのでしょうか?
◇
推測ですが、映画やドラマ、漫画などで描かれている建築家の人物像が影響しているのではないかと思います。
私の世代ですと、1996年のテレビドラマ『協奏曲』です。田村正和演じる著名な建築家、木村拓哉演じる建築家の弟子、ヒロインには宮沢りえというすごいキャストで、若手建築家がベテラン建築家を追い越していくという物語でした。
2006年には、阿部寛主演の『結婚できない男』がヒットしました。最近だと菊地風磨主演の『ウソ婚』もありますね。主人公の一級建築士は都内のタワマンに一人で住み、女性にモテまくるという設定です。
こういうドラマの設定が、「建築家はお金もあっておしゃれなイケメン」というイメージをつくってきたのかもしれません。
現実世界を建築家として生きている私としては、ドラマと現実のあまりのギャップに「そんなわけあるかい!」とツッコミたくなるのですが、ドラマの主人公の職業として選ばれている時点で、素敵なことなのかもしれませんね。
…前置きが長くなりましたが今回は、そんな「オシャレでお金持ちなイメージ」のある建築家や一級建築士のリアルな生態と懐事情について、個人的視点から書いていきたいと思います。
なお、「建築家」と「一級建築士」の違いについては、以前こちらの記事でご説明しましたが、本稿では両者はほぼ同じ意味で使っているとご理解ください。
■一級建築士の資格は「足の裏の米粒」
一級建築士の資格は、しばしば「足の裏の米粒」という言葉で表現されます。これ、どういう意味か分かりますか?
正解は、「取っても食えないけど、取らないと気持ち悪い」です。
つまり、資格を取得しても収入が安定するわけではない(食えない)が、かといって建築を専攻したのに取らないというのはなんだか気持ち悪いというか居心地が悪い…というような意味です。
一級建築士は難関と言われる国家資格ですが、取ってしまえば将来は安泰か? と言われると、答えは「NO」でしょう。
詳しくは後述しますが、低収入の建築家はいるものの、超お金持ちはあんまりいないのが実情なのです。それこそ、テレビドラマのイメージは、現実とは(見た目も含めて?)だいぶギャップがあります。
資格があっても、設計依頼がなければ収入にはつながりません。しかもその設計依頼の内容は千差万別で、設計料の差もかなりあります。
■勉強1000時間? 狭き門の一級建築士
ところで、どうすれば一級建築士になれるか、現在の資格制度をご存知でしょうか?
近年改正もありましたが、一級建築士の試験は、誰でも受けられるわけではありません。大学等の建築系学科に入って所定の単位を取得することで、一級建築士の受験資格を得ることができます(例外として、二級建築士の資格があれば一級の受験資格を得られます)。
試験は一次試験(学科)と、二次試験の製図(実技)があり、両方に合格することで晴れて合格となります。試験は一次、二次それぞれ6時間半と長丁場です。
合格に必要な勉強時間は700~1000時間ぐらいと言われています。ちなみに私の場合、独学でチャレンジしたものの不合格が続き、資格学校に通ってやっと一次合格しましたが、今度は二次試験で不合格。
2年目は一次試験が免除され、二次試験を再度受けて無事合格となりました。当時は現在の資格制度と少し違っており、二次試験を二回連続で不合格になると振り出しに戻って一次試験から受験しなくてはならなかったので、緊張で手汗がすごく出たのを今でも覚えています(なお、現在は二次試験チャレンジ三回まで一次試験が免除されます)。
しかし、苦労して試験に合格しても、そこから免許登録、つまり一級建築士として仕事ができるようになるためには、「2年以上の実務経験」という要件を満たさなければなりません。建物の安全性は人命にもかかわりますから、このような厳しい要件があるのですね。
設計系の一級建築士は大学・大学院を卒業、就職してすぐに資格学校に通い、学科・実技を5年以内に合格していく人が多いのかと思います。
就職先が大手ですと、資格学校の授業料を援助してくれる制度などがあり、資格取得を応援してくれたりします。
現場系の一級建築士も同様ではありますが、工業高校を卒業して就職、働きながら二級建築士、一級建築士合格と地道に努力を積み重ねてきた方もいますね。
なお、一級建築士試験合格者の平均年齢は30歳ぐらいだそうです。私が合格したときはまさにその平均の30歳でした。ばっちり30歳、平均男です。
■ギリギリな低賃金? 「アトリエ系事務所」とは
さて、一口に「一級建築士」と言っても、その仕事内容や専門性はけっこうバラバラです。同じ「医師」でも、産婦人科医と小児科医は全然違いますよね。一級建築士も、持っている資格は同じでも、意匠(設計)・構造・設備・現場などいろいろな分野に細分化しています。
とはいえ、具体的にどういう建築士がいるのかなかなかイメージがわかないと思います。「一級建築士の資格保有者」という括りだとさらに種類が増えるのですが、「建築意匠設計を主な仕事とする人」という括り方をすると、だいたい以下のような感じに分類されるのではないかと思います。
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・個人設計事務所
個人名を事務所名に掲げる、1~10人程度の小規模な事務所。個人住宅から5階建て程度の設計が多い。デザイン性が高い建築を設計する個性派事務所は「アトリエ系設計事務所」と呼ばれる。
・組織系設計事務所
多数の一級建築士を抱え、意匠以外にも構造・設備設計を自社で行う大規模事務所。官公庁や企業の依頼を受け、大きなビルなどの設計を行う。
・ゼネコン設計部門
建設会社の社内に設けられた設計部署。主に設計・施工で一括受注した設計を行う。大規模な病院や高層ビルなどの設計を行う。
・住宅メーカー
規格化された住宅の設計を行う。規格に縛られているので設計の自由度は限られる。多数の物件を同時期に抱える。
・その他
役所、不動産会社の開発部・建築部、企業の営繕部など
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かくいう私は、一番上の「個人設計事務所」のうち、どちらかといえば「アトリエ系事務所」に分類されるのかな、と思います。そして悲しいことに、このアトリエ系事務所に入所した新人が、すべての一級建築士の中で一番「お金がない人」なんじゃないかと思います。
アトリエ系設計事務所というのは、個人名を出して仕事をし、建築家の個性を打ち出している設計事務所のことです。みなさんがイメージする「建築家」に一番近いかもしれませんね。
設計した住宅を「作品」と呼んだりして、雑誌やWebサイトに掲載して集客する、というビジネスモデルです。
その作風や人柄に憧れた若手がアトリエ系事務所に就職するのですが、とにかく低賃金で激務である、ということは業界内ではよく知られています。
どのぐらい低賃金かというと、けっこうギリギリなケースも多いようで、具体的な金額はここでは触れないことにしておきましょう…。もちろん、賃金水準は事務所によりますし、私が知っている時代よりも今はだいぶ改善されているとは思います。
アトリエ系事務所の賃金が安いのにはいろいろな理由があるのですが、その1つに、建築学生が「大学で実務をほとんど学ばない」という点が挙げられると思います。大学では「設計の考え方や姿勢、眼差し」のようなものをメインで学ぶので、実務で使えるようになるまですごく時間がかかるのです。
加えて、アトリエ系事務所に入る若手は「技術を盗んで数年で独立したい!」と考えている人が多く、雇う側もそれを知っているので、高い給料を払ったり、しっかり育てたりする土壌がないのです。寿司屋とかパティシエなどの修行と同じような感じかもしれませんね。
■独立したてはキツい? 「新人建築家」
次に賃金が低いのが、上記のアトリエ系建築事務所での修行(5年から10年程度)を終えて独立したばかりの建築家です。
独立したばかりなので、「処女作で素晴らしい建築を作って雑誌を賑わせてやるぜ!」という野心に燃えてはいるもののまだ実績がないので、設計事務所のサイトを立ち上げても、載せるものがありません。
当然、そのままでは仕事は来ません。設計料も強気の設定をするわけにはいきませんから、仕事欲しさでついつい、仕事を安く請け負ってしまうことが多々あります。
そんな新人建築家に依頼するクライアントも当然、「ベテランに頼むより安く済むだろう」と考えます。
新人建築家も、自分の代表作を作るぞ!という意気込みはすごいので、設計案を次々に検討し、模型を何種類も作り、良い案を練り上げるために莫大な時間を費やします。
案を考えるのに100時間かけても10000時間かけても、染之助・染太郎ではないですが「ギャラは同じ」というわけです。
検討を重ねすぎて思い入れが強くなり、設計の密度が上がれば、必然的に工事費も上がってしまいます。今度はオーバーした予算を下げなければならず、減額変更するために大幅に図面を描き直すことも多いのですが、当然、その対価はもらえません。
気がつけば時給換算で100円ぐらい…なんてこともあります。実際、私は修行をしないで独立をしたため、経験不足を補う方法は失敗した修正を寝ずにやるぐらいでした。
「経験不足だから自業自得でしょ!」と言われればぐうの音も出ませんが、実績を積んで依頼が定期的に来るようになるまでは、根性論のように「がむしゃらに頑張る」しかないのです。
私の場合、髪の毛をカットするのに毎回美容室を変え、担当してくれた人に一方的に名刺を渡す、などして営業していました。美容室って、独立して開業する確率が高く、開業にそこまでお金がかからないのでいい営業先になるのです。まあ、結局誰からも依頼は来なかったのですが…。
さて、独立し、元いた事務所や先輩の手伝いなどをしながら数年しのいでいると、徐々に仕事が舞い込み始めます。友人たちが30代に突入し、家庭を持ち、中古マンションのリノベや独立開業を決意したりする頃です。
小さな仕事でもよい設計ができ、うまくメディアなどに露出させることができれば、全く知らない人からの設計依頼が直接来るようになります。
■設計料はいくらもらえるのか
ここまで読み進めていただいた読者の方は、「で、建築家として独立したら、結局いくらもらえるの?」とお感じになっているかもしれません。
もちろん人によって差はありますが、ズバリ、個人住宅であれば「工事費の10%程度」が一般的でしょう。工事費が4000万円の住宅であれば400万円の設計料が得られるというわけです。
ただ、工事費3000万円を切る場合は一律300万円にするとか、工事費が1億円を超える場合は8%ぐらいにするとか、そういう調整もよく行われていると思います。
そしてこれが売れっ子の有名建築家になると、設計料は15~20%ぐらいに跳ね上がります。工事費と同額の設計料を請求する巨匠建築家も、かつてはいたそうです。
「家1軒建てるだけで数百万円もらえるなら、けっこう儲かるんじゃないの?」と思ったそこのあなた! 騙されてはいけません。
そもそも個人住宅の設計は、建築主の思い入れも強いので設計の見直しは日常茶飯事です。さらに、家は一生の買い物ですから、設計や施工ミスなどがあれば大変ですし、すぐに訴訟に発展してしまいます。
よい建築を作るために試行錯誤し、説明責任をつくすために打ち合わせ回数を増やし、図面を何百枚と描き、毎週現場に通って各種検査に立ち会い、次回までの宿題をたくさん抱えて事務所に戻り、また打ち合わせをして詳細を決めるなど、丁寧にやればやるほど莫大な時間がかかるのです。
そもそも規模の小さな設計事務所の場合、家を1軒建てるのにだいたい設計に半年から1年、工事監理に半年以上と、最低でも1年以上はかかりますから、年収に換算するとなかなか厳しいものがあります(なお、設計料の30%以上は構造・設備設計に支払う外注費となります)。
しかし、建築は何百年と残るかもしれない1点モノです。「手を抜くわけにはいかない!」という使命感を勝手に感じ、残業の日々を送っている建築家が多いのが現状です。
というわけで、「建築家は労働に見合った対価はもらっていない」と言えると思います。
■建築家と経営者の違い
一級建築士は決して「ドラマの主人公のように優雅なお金持ちではない」ということがご理解いただけたでしょうか。
名前が売れて超有名建築家になったとしても、都内に豪邸建て、別荘を持ち、派手な車を乗り回すような感じの生活ができている方を、私は知りません。
仮にそれができるぐらい稼いでいる建築家がいたとしても、そのような建築家は忙しすぎて、遊んでいる時間がまったくないのが現状だと思います。建築家は経営者と違い、実務は部下が全部やってくれる、というようなことはありません。最終決定や打ち合わせに参加し、現場に何度も行かなければならないのです。
最近では、建築家のこういった激務を見て憂い、「プロデューサー的な立ち位置や発注者サイドとなって建築家を使ってプロジェクトを成功に導く」より川上の仕事をしようと考えている学生が増えていると感じています。
大手不動産会社や金融業、広告代理店などに就職すれば、労働環境も良いですし、もっと大きなプロジェクトに関わっていけることでしょう。大きな利権が絡まる経済論理の中でうまく対峙していく能力は、設計者の持つ能力とはまた一味違っていそうです。
◇
以上、建築家の生態とお金について、ごく一部を個人的な主観をメインにご紹介しました。建築家のイメージが変わったでしょうか? それとも、思っていた通りだったでしょうか。
資格は足の裏の米粒であり、より良くしようとしてもその労力に見合った報酬も得られない。では、何が建築家をここまで駆り立てるのかというと、先述した「勝手な使命感」かもしれません。
自身が死んでも残り続ける可能性がある「建築物」に、「設計」というど真ん中の立場で責任を持ってものづくりとして関われることが嬉しい、というわけです。都市や社会、そして文化に、自身が少し参加できた気がするのですね。
そういった意味では、お金のために働くというよりは、社会のために働いている感覚が少しあり、ちょっとロマンティスト、といったところでしょうか。
というわけで、よく言えばお金に執着が少なく情熱的、悪く言えばめんどくさくて偏屈、それが建築家なのかもしれません。
ぜひ、そんな生態を理解していただき、暖かく見守ってもらえると嬉しいです。
一級建築士・岡村裕次/楽待新聞編集部
不動産投資の楽待
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最終更新:1/25(土) 19:00