「中居正広は引退しろ」「フジの放送免許を取り消せ」と叩きまくる人の“正義”に抱く違和感…厳罰を求めるムードが高まる一方で、何が見落とされているのか? 

11:32 配信

東洋経済オンライン

 中居正広さんの女性トラブルに関する記事とコメントが過熱しています。

 事の深刻さを物語っているのは、その多くが怒り、失望、嫌悪などを感じさせ、「謝罪会見」「芸能界引退」を求めるなどの厳しい声で占められていること。さらに「トラブルにフジテレビ局員が関与している」と報じられたことで同局への批判があがり、ひいてはテレビ業界全体を糾弾するような声も見られます。

 騒動の影響を受けて中居さんの姿はテレビから消えました。

 1月7日の「ザ! 世界仰天ニュース4時間SP」(日本テレビ系)は中居さんだけをカットして放送。その後も10日の「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(TBS系)、11日の「中居正広の土曜日な会」(テレビ朝日系)、12日の「だれかtoなかい」(フジテレビ系)、13日の「THE MC3」(TBS系)とすべてのレギュラー番組が差し替えられています。

 そして9日夜、中居さん本人がついにコメントを発表。その内容によってさらに批判的な記事やコメントが増えた感がありますが、本当にこの流れのまま進んでもいいのでしょうか。

 中居さんを擁護するつもりはありませんが、フラットな目線から一度、冷静に考えてもらうべく、現時点で見落とされがちな2つの論点をあげていきます。

■「被害者置き去り」の勝手な議論

 最も重要であり、前提としてあげておきたいのは、被害者保護という論点。

 報じられていることが事実であり、女性が意に沿わない性的行為を受けたのなら、すべてに優先して配慮されるべきでしょう。本人の意思こそわからないものの、第三者が関与し、騒ぎ立てるほど精神的に追い詰められていく危険性が高まっていきます。

 実際、私の相談者さんに、「性的被害を家族や友人に話したところ、自分事のように怒ってくれたのですが、それについて考えなければいけない機会が増えて、フラッシュバックしてしまうことがあった」という人がいました。

 もちろん個人差はあるでしょうが、「当然、怒りや懲罰感情はあるけど、そっとしておいてほしい」「家族や友人が謝罪させるために相手と会おうとすることすらやめてほしい」という人もいるのです。

 ネット上には、中居さんに「謝罪会見を開け」、テレビ局に「この問題を番組で扱え」と求める声であふれていますが、相手女性がそれを望んでいるかはわからず、むしろ逆に「やめてほしい」と思っているかもしれません。

 そもそも一連の報道を見る限り、相手女性が中居さんに社会的制裁を下すために、週刊誌に告発したわけではないようです。示談が成立して守秘義務があるし、世間に知られたら自分の存在や行為の詳細が特定されてしまうかもしれない……。本人が語っていない以上、想像にすぎないでしょう。

 「女性はさらなる社会的制裁を求めているだろう」だけでなく、「こういう事情があり、リスクを恐れているかもしれない」「女性の家族も騒動の拡大は望んでいないかもしれない」などと被害者保護の論点を並列して考えたいところです。

 ネット上で女性の特定が進む中、中居さんに「会見を開け」、テレビ局に「この問題を番組で扱え」と思っている人は、「それが残酷な行為かもしれない」という意識が抜けていないでしょうか。決して「芸能界だけの話」とはいえない問題だけに、1人ひとりが他人事としてとらえず自分事のように考えられる社会でありたいものです。

■被害者を置き去りにした暴走の危うさ

 もう1つ、被害者保護の論点から指摘しておきたいのは、本人を置き去りにした暴走。

 現在ネット上には、「他にも被害者がいるからこれだけで終わらせてはいけない」という声が増えています。「中居の被害者はもっといるだろう」「テレビ局に“上納”された女性がほかにもいるはず」などと決めつけて、真相を探る動きを作り出そうとしているのでしょう。

 ただ、これも「その可能性はあるかもしれないし、ないかもしれない」という段階の話。「もしあったとしても、被害者はそっとしておいてほしいかもしれない」という被害者保護の論点を忘れてはいけないでしょう。

 また、中居さんの相手女性も、自分の問題が他人に飛び火することを望んでいるかどうかはわかりません。被害者の感情を置き去りにした第三者の暴走は自尊心を満たすための偏った正義感に見えますし、「自分は本当に被害者のことを考えてコメントしているのか」自問自答してほしいところです。

 それ以上に目に余るのは、中居さんに対するいきすぎたコメントの数々。報道が真実であればある程度、厳しい言葉を受けても仕方がないでしょうし、自らの言葉で発信しないため、臆測を呼んでしまうところもあるのでしょう。

 しかし、それらを踏まえても、ある人気アイドルの引退や別女性の体調不良の原因とみなしたり、薬物の使用疑惑をあげたりなど、名誉毀損レベルの書き込みが目立ちます。真偽の問題とは別に、このような書き込みも相手女性が望んでいるのかはわかりませんし、被害者保護の論点を持ち合わせていないことが伝わってきます。

 もし相手女性が「私のことがきっかけでこんな話にまで及んでしまった」「もうこんなひどい言葉が飛び交う世の中では生きていけない」などと思い詰めて取り返しのつかない事態になってしまったら……。あくまで優先されるべきは、中居さんへの懲罰感情ではなく、被害者保護であり、彼を断罪するために被害者を苦しめるようなことはあってはならないのです。

■事実は明らかになっていない

 2つ目の論点は、週刊誌報道や「疑惑」との向き合い方。

 現時点で主に事実とされているのは、中居さんの代理人弁護士が話した「女性とのトラブルを話し合いによって解決した」「互いに守秘義務があり、対外的にお答えすることはない」の2点。

 また、中居さん自身のコメントでも「トラブルがあったことは事実」「示談が成立し、解決している」「暴力は一切ない」ことが語られました。しかし、相手女性の素性、トラブルの詳細、示談の内容などは明かされておらず、週刊誌報道による疑惑という段階です。

 その後も連日数え切れないほどの記事やコメントがアップされていますが、裏付けとして十分なものはまだありません。守秘義務があるため本人たちは語らず、臆測が飛び交い、中身はあいまいなまま騒ぎだけが大きくなっています。

 つまり現状は、「当事者は黙っているのに、無関係の人々が勝手にさわいでいるだけ」ということ。一部報道で女性の「許せない」というコメントがフィーチャーされていますが、本心からの発言だとしても、「どの程度の思いを込めて発せられたのかはわからず、複雑な感情の一部分を切り取ったもの」という可能性があるレベルでしょう。

■「許せない」とあおる週刊誌

 一方、週刊誌サイドにしてみれば、「許せない」をフィーチャーすることで人々の大きな反響を得ました。実際、「人々の怒りを集め、多くの臆測を生み出し、続報につなげて稼ぐ」というビジネスとしての広がりを見せています。

 週刊誌サイドがビジネスライクになるほど被害者保護の論点が希薄になり、その結果ネット上での特定が進んでしまうなど、セカンドレイプのような状態につながってしまいました。

 現在の状況を客観的に見ると、“ビジネスのために扇動する週刊誌”と“扇動される世間の人々”という図式であり、両者の共通点は被害者置き去りで騒動を拡大化させていること。

 ある記事のコメント欄に「今騒いでる人たちって結局週刊誌に踊らされてるだけじゃん あんたらメディア嫌いだったん違うの?  芯無さすぎだろ」という指摘がありました。「週刊誌報道なんて信じない」と思っていたのに、今回はおおむね信じ、臆測を含めて批判していないか。自分の胸に手を当てて考えてみてください。

 今回の問題は「報じた週刊誌以外メリットがある人が少ない」という現実があります。中居さんは当然としても、相手女性は示談したものを掘り返され、存在を特定されかけ、誹謗中傷されるなどの苦しい状況。その他でも番組の関係者は混乱に陥り、中居さんのファンは落胆させられたほかネット上で叩かれています。

 中居さんだけでなくフジテレビ、ひいてはテレビ業界の問題として騒動を拡大化・長期化させるような動きにも冷静な視点が必要でしょう。

 フジテレビは「弊社社員に関する報道」について、「事実でないことが含まれており、記事中にある食事会に関しても、当該社員は会の設定を含め一切関知しておりません」「会の存在自体も認識しておらず、当日、突然欠席した事実もございません」などと否定しました。

■「決めつけ」で訴えられるような事態は避けたい

 報道内容に加えてこの対応にも批判が殺到していますが、単純に「隠蔽だ」「上納システムが暴かれた」などと決めつけるのも乱暴でしょう。

 中には「放送免許取り消しにしろ」という声も散見されますが、そのような極論で迫るのではなく、「この問題を報じないことは被害者保護の論点から理解できる」「でも番組休止の理由や再開の基準などは放送局として説明するべき」「否定だけでなく、該当社員への聞き取りなど外部の調査が必要では?」などの建設的な声をあげたいところです。

 批判が殺到する背景には、旧ジャニーズ事務所への忖度などテレビ業界全体への不信感があるのは間違いないでしょう。ただ、「その不信感を利用して収益をあげようとするネットメディアが多い」ことも事実。

 特に2010年代から「フジテレビを叩けばPVがとれる」はネットメディアのセオリーであり、「同局に責任を問う流れに持ち込めば、さらなるPVアップが狙える」と考えている媒体が多いこともまた事実でしょう。

 フジテレビやテレビ業界への不信があったとしても、それと今回の問題を混同して考えるのは、批判記事で稼ごうとする一部ネットメディアの思うつぼ。物事を批判しやすいように単純化して怒りを集約し、さらに長期化させて稼ごうとするネットメディアの誘いに乗ることは賢い人の行動には見えないのです。

 皆さんにとって大切なのは、週刊誌の思惑に乗って感情や言動を振り回されないこと。一連の報道を「被害者の復讐」と決めつけ、「9000万円もらって週刊誌にしゃべってたらひどい」などと批判する人がいますが、このような書き込みで訴えられるような事態は避けたいところです。

■中居さん出演の過去番組やSMAPの楽曲は使用できる? 

 最後に渦中の人となっている中居さんに話を戻すと、自身のコメントに「今後の芸能活動についても 支障なく続けられることになりました」というフレーズがあり、これが人々の新たな怒りを買ってしまいました。

 もともと芸能人は世間の人々とスポンサーあっての職業であり、両者の反応を無視して活動するのは難しいところがあります。もし当事者間で解決し、法的にも問題なかったとしても、世間の人々とスポンサーに受け入れてもらえない状況が続く限り、今までのようにテレビ出演することは難しいでしょう。

 実際、法的に問題ないスキャンダルでもイメージダウンなどから仕事が激減してしまう芸能人が少なくありません。しかもこれらは世間の人々もスポンサーも知っていることだけに、トラブルを起こした本人が「続けられることになりました」と宣言したことでさらなるイメージダウンを招いてしまいました。

 ただ、テレビという活動の場が失われたとしても、このままフェードアウトするような形で納得できる人は少ないでしょう。中居さんは30年超にわたって第一線で活躍してきた影響力のある人だけに、一方的な文章ではなく自らの声で何らかの言葉を発することが社会的責任のように見えます。

 被害者保護の観点から詳細を語る必要性こそないものの、自分の思いを伝える機会をいつどのように設けるのか。それが類いまれなMCのスキルだけでなく、SMAPというグループ、寄付や炊き出しといった慈善活動などのポジティブな面の印象や評価を左右するでしょう。

 しかし、仮にテレビの世界からフェードアウトした場合、「過去の出演番組を映せない」「SMAPの楽曲が使えない」という状態が適切かどうかは議論が必要かもしれません。

 そもそも相手女性がそれを望んでいるのか。さらに数年先も同じような気持ちなのか。示談したのなら、まれに映像や音声で使われる程度ならいいのか。放送ではなく配信のみにとどめたほうがいいのか。

 現段階では真偽も罪深さもわからないものの、「訴訟を起こされていない」「刑事罰を受けていない」という点で、どれだけの社会的制裁が適切なのか。自分たちが生きていく社会を守っていくうえで、1人ひとりが考えていきたいところです。

東洋経済オンライン

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最終更新:1/10(金) 12:54

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