何度も同じことを聞くし、こっちの話は伝わらない。すぐに泣いたり、怒ったり……。病気のせいだとわかっていても、「もう、どうすればいいの!?」となってしまう、認知症の人とのコミュニケーション。でも、ちょっとしたコツで、理解が一気にすすみ、会話がスムーズになる「会話術」があると、理学療法士の川畑智さんは言います。川畑さんの著作『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』より、そんな認知症の人との会話のコツを、一部抜粋してお届けいたします。
■一番不安を感じているのは認知症の本人
認知症の方とのコミュニケーションは、簡単ではありません。
同じことを繰り返し聞かれたり、何度言っても話を理解されなかったり、
「もう、どげんすればいいのかわかりません!」
と苦しさを打ち明けてこられるご家族の気持ちは、よくわかります。
でも、同じことを何度も聞いてしまうのは、記憶に障害が起きているためです。
話を理解できないのは、言葉に関する脳の領域が衰え、「失語」の症状が出ているためです。
そして、自分に起きている異変に気づき、失敗を繰り返す自分を、ご本人が一番情けなく、悲しく感じていることが少なくありません。
どうか、その不安に寄り添う気持ちを忘れないでください。
とはいえ、ただ「寄り添う」と言っても、難しいこともありますよね。
じつは、この「寄り添う」という行為は、気持ちの問題であると同時に、ものすごく技術的な問題でもあります。
■コミュニケーションがスムーズになる「5つの会話術」
そこで、私がいつも認知症の方との会話で大切にしているのが、次の「5つの会話術」です。
① うなずく
② 相づちを打つ
③ オウム返しをする
④ まとめる・要約する・ゆっくり打ち返す
⑤ 褒める
①うなずくと②相づちを打つは、セットで対応するよう習慣づけます。
認知症の方がなにかを話し出したら、正面を向いて、やや大きくうなずきながら、同時に「うんうん」と声に出して反応しましょう。
「話を聞いてもらえている」と思えれば、認知症の方もまずは安心できます。
続いて、会話の中に具体的な内容を表す単語が出てきたら、相づちに必ずその単語を交ぜ、③オウム返しをします。
たとえば、「寒い」という単語が出てきた場合は、「あら、寒いんですね!」と、「カーディガンを着たい」と言った場合は「なるほど、カーディガンを着たいんですね!」と、そのまま打ち返すわけです。
相手からの会話がひととおり出切ったところで、④内容をまとめ、要約して、ゆっくり打ち返します。
「○○さん、寒いのでカーディガンを着ましょうね」。こんな具合です。
■私(I)の感謝を伝えるか? あなた(YOU)を褒めるか?
そして、最も重要なポイントが⑤の褒めること。
私は、認知症の人とのコミュニケーションは、「褒(ほ)ミュニケーション」と呼んでもいいと思っています。お互いがポジティブになれ、晴れ間をつくり出す重要な要素だからです。
褒めるメッセージには、大きく2つの出し方があります。
私(I)が感謝する…… 「ありがとうございます」「助かりました」「私、びっくりしました」「感心しました」「楽しかったです」「勉強になりました」など、「私」が主語になって、感謝や称賛のメッセージを伝える。
相手(YOU)を褒める…… 「すごいですね」「さすがですね」「えらいですね」「立派ですね」「一番ですね」……など、「相手」の能力や行動を褒める。
これらは「Ⅰメッセージ」と「YOUメッセージ」と呼ばれているものですが、相手がどちらを好むかによってメッセージの出し方を決めることが重要です。
これはなにも、認知症に限った話ではありません。
恋愛だって、「かわいいね」と言われたときと、「君といると幸せだ」と言われたときと、どっちがうれしいかは、結局その人次第ですよね。
「この人はどっちのメッセージがハマるんだろう」と普段の会話からつかんでおけば、たくさん〝あなた〞を褒めてあげるべきなのか、〝私〞の気持ちをどんどん伝えたほうがいいのか、というふうに分かれていくわけです。
私はいつも、どんな言葉で褒められたときに、最も笑顔が大きくなるのか、声やリアクションが大きくなるかを観察し、心に響く褒め方をメモしています。
■聞こえているけど「頭に届かない」状態とは?
「脳いきいき教室」という、脳の健康を保つ市町村事業での話です。
2人1組で頭の体操を進めていくのですが、80代の大森さんは、先に進むことができません。
「どこかわからないところがありましたか?」と聞くと、「わからないのではないけれど、もう一度教えてもらってもいいかしら」と言います。
「もちろんです」と答え、最初から説明しましたが、それでもぽかんとした様子です。
そして私に、困ったようにこう言いました。
「あなたの言葉は聞こえているけれど、まだ頭に届いていないのよ」
話を理解できないとき、大抵の方は「聞こえないの」「よく聞き取れないわ」という言い方をします。大森さんのように、「頭に届かない」と正確な表現で伝えてくださる方は滅多にいません。その言葉は、認知症の人と会話をするうえで、私に大きなヒントを与えてくれました。
「言葉は確実に聞こえているのに、頭に届いていない」ということは、聞き取り(リスニング)を担う脳の側頭葉にしっかり情報が届いていないということです。
理解しにくい英単語や専門用語を使いながら、速い会話スピードで話しかけられたシーンを想像してみてください。
単語の意味を一生懸命に考えている間に、話はどんどん先に進んでしまい、なにがなんだかわからなくなってしまう。認知症の人の頭の中では、普段の会話でこのような状態になってしまうことがあります。
そのときの大森さんが、まさにその状態でした。
■会話の情報が多すぎるとついていけない
たとえば、認知症の人に、次のように話しかけたとします。
「血圧を測ってからお風呂に入りましょう。それが終わったらお昼ご飯です。今日は焼き魚ですよ。午後のリハビリのためにしっかり食べてくださいね。夕方には自宅まで送りますので、安心してください」
これだと、明らかに情報過多。
目の前を、突然16両編成の新幹線が通り抜けたようなものです。
「ごめん、もう一度最初から話してくれる?」
「ですから、血圧を測ってお風呂に入って、そのあとにご飯とリハビリで……」
「私は、なにをしたらいいの? どうすればいいの?」
こんなやりとりが延々と続くと、どんどん雲行きが怪しくなっていきます。
■会話はひとつずつ、言葉の列車は4両まで
認知症の方との会話のコツは、言葉の入力数を少なくすることです。
「○○さん、□□しますよ」というところで区切りましょう。それが終わったタイミングで「次は△△しましょうね」というように、一つひとつ伝えていきます。
さらに、1回あたりの単語の使用は4語以内が理想です。
「○○さん 血圧 測りますよ」
「○○さん お風呂 入りましょう」
「お昼ご飯は 焼き魚です」
口から出発する言葉の列車は、4両編成まで。
一連の流れですべて伝えてしまうと、頭の働きが苦手になった人には理解が追いつかず、不安しか残りません。
もうひとつ気をつけたいのが、会話の「速度」です。
認知症のリスクのある方や、MCI(軽度認知障害)の方には、私たちが思っているよりもゆっくり話さないと、一つひとつの単語がしっかり頭に届きません。
ゆっくり、一語一語区切って話すこと。
読点ではなく句点を使って話すくらいの余裕が必要です。
■言葉が「脳に届いていない」サインを見逃さないで
さらに重要なのは、会話の中にジェスチャーを加えること。
食べる話なら食べる身振り、お風呂なら頭や体を洗う身振りを加えることで、視覚的な情報が脳に届き、会話の理解をうながしてくれます。
きょとんとしたり、ぽかんとしたり。
理解が追いつかないことへの不安から、ソワソワ、イライラしたり、ウロウロ、キョロキョロ目が泳ぐなどの落ち着かない動作は、あなたの言葉が「脳に届いていない」サインかもしれません。
認知症の人とは異なる世界に日常がある私たちは、ついついいつものクセで、普段どおりの話し方をしてしまいます。言葉を重ねすぎていないか、話すスピードが速すぎないか、一度立ち止まって、振り返ってみてください。
それがお互いの晴れ間を増やすことを、私は大森さんから教わりました。
東洋経済オンライン
最終更新:3/6(水) 16:32
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