「立喰鮨かきだ」が渋谷駅前に出店する“賭け” 修業ゼロで寿司握り人気店を実現した蛎田社長

2/12 10:02 配信

東洋経済オンライン

 渋谷ヒカリエ、渋谷スクランブルスクエア、渋谷ストリームと、新しい渋谷の顔となった3つの商業施設。その、スクランブルスクエア通路傍とでも表現できる位置にあるのが、「立喰鮨 かきだ」。

 SNSを中心に注目が高まり、行列のできる店となった「有楽町かきだ」が、2024年9月にオープンした店だ。2月1日にメニューを改定し、現在の目玉商品はウニ、イクラ、マグロのトロなどが入って5000円の「最強おまかせセット」(握り15貫・味噌汁付き)。

■立ち食い寿司とは? 

 少し前から増えている、立ち食い寿司店。もともと立ち食い寿司としてスタートした店もあれば、高級店がカジュアル業態としてオープンした店や、持ち帰り寿司のチェーンが運営している店もある。

 スペースが小さく出店・ランニングコストが低いことや、客の回転がよく、多くの客を呼び込めることなどがビジネス上の特徴で、コストを下げられる分、高品質の商品をリーズナブルに提供できる理屈だ。

 客としては、フラリと入ってサッと食べられる手軽さ、気楽さが魅力。また江戸前寿司の歴史を振り返れば、両国などの盛場に出ていた屋台が始まりなので、そもそも立ち食いするものだった。庶民が楽しめるファストフード的な位置付けだったのだ。

【画像】赤酢のシャリ、3000円のおまかせセット、1貫1000円のウニ、寿司ロボット、職人の手、日本酒飲み比べセット、店舗外観、「富士山ネギトロ丼」

 しかし現代の立ち食い寿司は値段も格式もさまざま。例えば1989年、新橋店から始まり全国に展開している「魚がし日本一」は、マグロ2貫300円だ(新宿西口店)。高級な店としては、「麻布十番 秦野よしき」の立ち食い業態である「立喰 鮨となり」が、おまかせ(並)10貫6600円。

 持ち帰り店を展開する「ちよだ鮨」は立ち食いだけで3ブランドを抱えており、そのうちの「立食いすし処 ちよだ鮨」はマグロ1貫140円だ。値段だけで比べれば、立喰鮨 かきだは、「最強おまかせセット」よりワンランク下の10貫のセットが3000円なので、高級店とチェーン系列店の中間ぐらいだろう。

■月商で500万〜1000万円

 肝心の客入りはどうだろうか。運営するユニポテンシャル代表取締役の蛎田一博氏によれば、月商で500万〜1000万円。坪あたりの売り上げで40万〜80万円というところなので、坪あたり売り上げ30万円なら繁盛店、といわれる飲食業界においては大成功だ。

 しかし同氏によれば「目標に達していない」という。どういうことなのだろうか? 

 理由はコストパフォーマンスの高さにある。同店ではできる限り品質の高いネタを使っており、原価は50%に上っているという。利益を出すためには原価を30%に抑えるというのが業界の常識のため、原価50%で儲けを出そうと思えば、普通の1.5倍、売り上げなければならない。つまり坪あたり平均60万円というところだろう。

 確かにそれならば、40万〜80万円の同店は合格ラインではあるが大成功とはいえないかもしれない。

 なお、「最強おまかせセット」は、もともとはトロやウニが入って10貫3000円の「最強おまかせ10貫」の量を増やし、セットにしたもの。絶妙なバランス調整のもと、高コスパが実現したという。

 トロやウニなどはネタの品質が味に出やすいため、できるだけよいものを使う。一方、アナゴ、つぶ貝などは冷凍のものだ。蛎田氏にしてみれば「できれば使いたくない」食材だが、客には評判がいい。やわらかく、小骨のあたりが出にくい、臭みが出にくいなど、冷凍食材ならではの特徴があるためだそうだ。

 コシヒカリ、ササニシキなどを合わせ、赤酢を使ったシャリは甘さ控えめに仕上げてある。その代わり、ネタのうま味を引き出す特製の出汁醤油を客の好みでつけてもらう。

■「仕上げの握り」だけ人間が行う

 また、回転寿司などで使われている寿司ロボットを使うが、仕上げの握りは職人が行う。長年の勘がなくても同量のシャリを握ることができるわけだ。職人は経験者が2割程度だが、未経験でも握りはすぐにできるようになるという。

 「寿司は修行が必要といわれるが、それは100点を目指した場合。100点が老舗の有名店だとすれば、自分がビジネスとして目指しているのは70点を合格ラインとした店だ」と自らの店を分析する蛎田氏。

 実は氏が運営するユニポテンシャルは人材サービスなどを主事業とし、自身ももともとは飲食の門外漢。しかし、その素人が、コロナ禍に始めた「有楽町かきだ」を成功させた。

 2022年7月、海鮮丼の店としてスタート、1週間で握りを始め、翌年1月に千駄ヶ谷に2店舗目をオープンした。さらにその7月、小田急ホテルセンチュリーサザンタワー19階に、160坪・140席の大規模店としてリニューアルオープンしている。

 鮨おかわり自由、飲み放題が最強コスパとして有名になったが、その形態や価格設定は当初から変動しており、現時点では一番人気の鮨おかわり自由のコースが1万2000円(飲み放題は別途3000円)。それでも、平均して日に約100名の客が入るという。単純計算で月商3600万円だ。場所柄、インバウンド客も多い。

 何年もの修行が必要といわれる寿司の業界で、門外漢がなぜ成功できたのか。大きな理由は、氏が「社長であること」にある。老舗の高級寿司店はいくらお金を出しても、予約さえ困難なことがあるが、社長の人脈があれば、それらの店にも出入りが可能だ。蛎田氏はさまざまな店で舌を肥やし、自分なりの理想の味を追求してきた。その理想を投入したのが有楽町かきだだ。

 「修行しなくても70点の味は出せる」というのも、まったく未経験の自分が握りをやって、成功したからこそ得た経験則だ。

 「何事もセンスがあればすぐに上達するし、センスがなければいくらやってもだめ」とは、人材会社の社長として実感している。自身も大学卒業後に入社した証券会社で、営業だけは最初から成績が良かったとのことだ。
なお、現在は蛎田氏自身が寿司を握るのはイベント時ぐらい。有楽町かきだでは職人が握っているそうだ。

 「『大将』を名乗っている自分が握らないことがうちの強み。発想を広げて事業を展開できるし、ブランドの顔となって客を呼び込める」

■立地面の難しい要素

 では、蛎田氏の基準では成功に至っていない、渋谷の立喰鮨 かきだは今後どのように運営していくのだろうか。

 目標レベルに届かない要因として、一つには立地を挙げる。駅近の商業施設、路面という好立地ではあるが、難しい要素がある。

 「通り道になっていて、人の往来は多いものの、食事目的の通行人が案外少ない。上層のレストラン街なら、『何を食べようか』とブラブラする人もいると思うが……」

 また横に細長く、飲食店としては使いにくい。同店の前にはミシュラン店のフレンチシェフの名を冠した、ブリオッシュ1つ1500円するベーカリーが入居していたが、2024年9月に閉店している。

 並びの同様のスペースには、サラダ専門店の「クリスプ・サラダ・ワークス」が入居。テイクアウトするか、イートインでもサッと食べるタイプの店だ。サラダは1つ1000〜2000円なので、高額なテナント料を考えれば、かなり数を販売する必要があるだろう。

 構造上も業態を選ぶ難しい物件なのだ。

 売り上げを増加していくためには、さらなる知名度アップ、価格を含めた商品の見直しなどが必要。スピーディに手を打っていくのが氏のやり方で、実は1月中旬の取材後、執筆している間にメニュー構成や価格が変更になった。

 「有楽町かきだの成功は、立地、価格、商品品質の絶妙なバランスで実現できた。しかし、たまたま当たっただけで、手法として再現性がない。だから立喰鮨は当たるやり方を模索する実験店。ここは月商1500万円のポテンシャルがあると考えている」

 このように、蛎田氏がトライアルアンドエラーを繰り返し、ビジネスとして成功する手法を追求するのには理由がある。目指すのは、自分ならではの理想の寿司店だ。

 「2022年に有楽町かきだを始めた当初は、趣味でやっていたようなもの。だから利益がなくても安く提供できた。しかしそれでは市場価格を破壊してしまうと気づいた。職人も含めて業界全体が潤うには、品質の良いものを適正な価格で提供しなければならない」

■下積みがあるから「喜び」がある

 職人の長時間労働、女性がなかなか活躍できないことなどにも課題を感じている。ただ、自身の店ではモチベーション維持のため、未経験でもできるだけ早く寿司を握らせるようにしているが、「下積み」には重要な意味があるという。

 「下積みがあるから、やっとお客様に寿司を提供できるようになったときの喜びがある。お客様に対してありがたいと感じるようになる。自分が一生懸命下ごしらえをしてきたから、食材も大切に扱うようになる」

 3月上旬の汐留店、年内に京都四条河原町などの出店が決まっているほか、同じく年内、ニューヨークに300平米と大規模の店をオープンする予定だ。ニューヨーク店については、高級店とカジュアル店の併設を構想。現地のオーナーとのフランチャイズ契約で運営し、アメリカ展開の足がかりにするもくろみだ。

 「ニューヨークは10万円ぐらい出せばおいしい寿司が食べられるが、安いところは中国系企業の運営する店だったりして、質もそれなり。日本の職人が握る、超高級ではないがおいしい寿司というのはまだ少ない」

蛎田氏の理想の寿司店が、世界に試される機会が早くも来るようだ。

東洋経済オンライン

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最終更新:2/12(水) 10:02

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