観光客激増は良い事ばかりではない…冷え込んだ賃貸市場を嘆く小樽の地主《楽待新聞》

3/23 19:00 配信

不動産投資の楽待

観光客の集中によって地域に悪影響が出ることを指す、「オーバーツーリズム」という言葉が日本で浸透して久しい。特にピークシーズンの北海道は全国的にみてもその傾向が顕著だ。ニセコや札幌といった訪日外国人が多い地域の問題は、顕在化しつつある。

小樽もその例外ではない。2023年度の統計では、コロナ禍以前の数字を上回る760万人の観光入込客数を記録している。こうした観光産業の活発化は、良くも悪くも街に大きな影響を与える。

今回の記事では、ノンフィクションライターとして世界40カ国以上で取材を重ねる栗田シメイさんに、そんな小樽の様子をレポートしてもらう。

地元の人から聞こえてきたのは、冷え込んだ賃貸市場や高すぎるインバウンド需要などを懸念する声だった。

■歴史的な街並みが人気

現在、約10万人を擁する小樽市。海沿いの立地を生かし、かつてはニシン漁や石炭などの搬出で栄えた。

日清戦争以降、「小樽商人」と言われる商工業者たちが勃興し、第一次世界大戦までの期間は街の黄金期とされている。しかし、1950年代後半に入ると、石炭の需要低下などから、小樽港を起点とした基幹産業は急速に萎んでいった。

逆説的ではあるが、小樽は高度経済成長の波に乗り遅れたことで、戦前のものを含む多くの建築物が残り、歴史的な遺産を資源にまちづくりを行なってきた。

まちのシンボルである「小樽運河」も、一時は埋め立ての動きが出たものの、住民たちの保存運動によって、旅行者を惹きつける現在の姿となる歩みを経てきた。

国内有数の観光都市として成長した小樽だったが、2024年ごろから外国人旅行者が激増し、米・CNNでも小樽のオーバーツーリズムに警鐘を鳴らす記事が出稿されるまでになった。

小樽が外国人観光客から熱烈な支持を集める背景の1つに、アクセスの良さが挙げられる。札幌から最短35分ほどで到着でき、日帰り客が占める割合も多い。

小樽へ向かうJRの「快速エアポート」に乗車すると、ラッシュ時の山手線並みの混み合いをみせる。筆者が訪れた1月中旬は、中国の春節や観光のピークシーズン(6~8月)から外れているにも関わらず、乗客の半数以上が外国人であった。

また、1日あれば徒歩や自転車でも主要な観光地を巡れる、コンパクトな街の造りも人気の理由の1つだろう。小樽駅前には大型商業施設「サンポート」(小樽駅前第二ビル)が鎮座しており、長距離バス乗り場や「小樽三角市場」はカメラを持った外国人たちで賑わっていた。

■活気あっても賃貸需要は乏しい

一方、駅前の店舗物件はかなり空きが多いこともまた事実であった。そして、小樽駅周辺を歩いていてふと気になったのは、不動産会社の数が少ないということだ。

ある不動産会社に聞き込みをすると、どうやら駅前では5店舗ほどしかないという。その内のいくつかを周ったが、「新興の不動産会社が進出してきてもメリットはない」という認識は共通していた。

社員の1人が小樽の賃貸事情を説明する。

「小樽は道内でも賃料が高い地域とされており、ワンルームでも6万円ほどが相場です。これは札幌の中心部とさほど変わりません。それなのに、築古の物件が多いなど、賃料に対して物件の質は決して高くないというギャップがあるんです」

現在、取り扱う空きの戸数は1300ほどとのこと。人口減少が深刻な小樽で「なぜこれだけ賃料が高く、(賃貸が)成り立ちにくいのかは、我々も把握しきれていない」と語った。

駅から離れて観光客が集うエリアにたどり着くと、旅行者の活気で湧き、空きテナントはほとんど見当たらなかった。お土産店や飲食店では、明らかにインバウンドを意識した商品、価格帯のものも少なくない。

対して、宿泊施設の数はかなり限定されているように感じられた。市の統計で、2024年度上期の外国人宿泊者の数が過去最高(約9万9000人)を記録したにも関わらず、だ。

そんな歪みを狙ったビジネスも台頭しつつある。前出の不動産会社社員が次のように明かす。

「いま小樽で最も需要が高いと言われているのが、民泊です。街中で見かける外国人は、ほとんどが観光客。当然ながら、我々が民泊用の物件を仲介することは基本的にありません。かなりクローズドな世界なんです。主要観光地の近くの店舗も、空きはありますが募集がかけられるはほとんどない。お店も人も増えているのに、不思議なものですよ」

観光客増加の恩恵を受けているであろう、飲食店の店主にも話を聞いてみた。忙しい様子で「はっきり言って今の状況は『異常』だ」と語る。

「特に去年の冬から年が明けてからは、平日・土日関わらず、ずっとこんな状況。コロナ中は、こんな状態になると誰も予測できなかった。嬉しい悲鳴ですが、外国人頼りの営業がいつまで続くのか、という不安は消えません」

この飲食店があるのは、市内随一の観光スポット「小樽堺町通り商店街」だ。小樽駅から徒歩15分ほどの距離に位置し、全長約900メートルとなっている。筆者が訪れたときは、平日の日中にも関わらず、人混みをかいくぐるようにしないと歩けないほどだった。

工事中の新店舗も散見され、路地裏も合わせれば100近い店舗が集中していた。地産であるオルゴールやガラス細工の販売店、魚介料理や焼肉の店舗、テイクアウト専門店など、観光客を意識した店舗が大半であった。

■地主が嘆く、小樽は「中途半端」

観光客がこれだけ集まれば、街の経済に与える影響はかなりのものになる。不動産所有者にも旨味はあるのだろうか? 小樽の地主たちに、今の状況をどう感じているのか聞いてみた。

堺町通りから、1本道を挟んだ場所に大型の土地を保有する梨田さん(仮名)。街の現在地を測るには非常に印象深い話をしてくれた。

「堺町通りの一帯だけテナント料が高くなっているといいます。ですが、私たちのような地元民が恩恵を受けているかというと、正直微妙です。外国人がお金を落としていく業種は限られているので、地元民からすると混雑が日常になったという程度。かといって、観光に全振りして商売するには小樽は『中途半端』というジレンマです」

中国人観光客向けにビジネスを展開する中国人の地主もいる。一部の中国人グループは、昔からこの地で商売をし、地域に根付いているようだ。複数の土地を所有するワンさん(仮名)はこう話す。

「小樽の魅力は、主要地から外れると格安で物件が手に入ることです。特にコロナ禍は、500万円や300万円といった安価でも土地を手放したい日本人がたくさんいました。ニセコや札幌と比べると、どうしても需要は落ちる。『投資したい』という中国人も、富豪というよりは小金持ちであるのが小樽の特徴です」

さらに、人件費や物価が上がっている中で飲食店やお土産店は儲からないといい、「正直(観光客向けに価格設定を全振りできる)ニセコが羨ましい」と本音をこぼした。

観光客需要の恩恵を受けているのは、堺町通りの店舗に限定されるという声も根強かった。

堺町通りからも徒歩圏内にある「寿司屋通り」や「サンモール一番街」でも、一部の人気店を除き旅行者の姿はほとんどない。シャッター商店街とまでは言わないにしても、多くの店舗が閉まり、かなり閑散とした状況だった。

中には魚介類などを観光客向け価格で販売する店舗もあったが、「結局(少し離れた)ここまではほとんど来ないから」と嘆いていた。

■観光客と地元の間に生まれつつある溝

市内の繁華街「花園」エリアまで足を伸ばすと、レトロなバーや喫茶店が目に入る。居酒屋やスナックがびっしりと集まる歓楽街は、雰囲気も良く、もっとも小樽らしさを感じられる場所なのかもしれない。

この辺りは地元住民の割合が高く、若者たちの姿も見られた。長年この地で商売を営むという店主は、「ここ1~2年は外国人が増えてきた」とした上で、こうも話すのだった。

「メインはやっぱり地元の常連さんたちだから、あまり外国人が増えすぎても困る、というのは正直ある。その塩梅が難しい。小樽で商売をやっていると、どうしてもそんなことを考えてしまいますね」

小樽は、街にゆかりのある故・石原裕次郎氏の曲『おれの小樽』や、アジア圏で絶大な人気を誇る岩井俊二監督の映画『Love Letter』の舞台としても知られている。そのロケ地は観光スポットとしても人気だ。

街の魅力の発信は、食・気候・地場産業・歴史・文化など多方面にわたる。しかし、観光客の増加を手放しに喜べる者たちだけではないことが、今回現地を訪れてよくわかった。

今年1月には、JR函館線の線路内に立ち入って写真を撮っていた中国人男性が列車と衝突する事故も起きている。増えすぎた観光客の対応に、頭を悩ます商店の声も多く聞こえた。

地主の梨田さんは、筆者に対し冗談交じりにこう言った。

「この辺り一帯、借りませんか? 5万円でいいですから」

それだけ潤っているのは、ほんの一部ということなのだろう。観光客と地元の間に生まれつつある溝が払拭されたとき、小樽は一層輝く街となるはずだ。

栗田シメイ/楽待新聞編集部

不動産投資の楽待

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最終更新:3/23(日) 19:00

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