「芸術の国」イタリアが進める鉄道保存の本気度 400両超保有の「財団」、自前の工場で徹底整備

4/20 4:32 配信

東洋経済オンライン

 鉄道黎明期より長い時間を歩んできたヨーロッパの多くの国では、車両を含む鉄道産業遺産が国や地方自治体の管理する博物館を中心に保存され、民間団体が廃車となった車両を買い取って動態保存している例も多い。そんな中、異色の存在となっているのがイタリアのFondazione FS Italiane(イタリア鉄道財団)だ。

 イタリア鉄道財団は、イタリア鉄道、トレニタリア(イタリア鉄道旅客輸送子会社)、RFI(イタリア鉄道インフラ子会社)の3社のCEOが創立メンバーとなって、2013年3月6日に財団の設立趣意書および定款に署名した。2015年12月には、政府の文化遺産・活動・観光省が財団の「機関会員」として加わっている。

■鉄道遺産保存「財団」の財源は? 

 財団が設立された目的は、1839年に誕生したイタリア鉄道の膨大な歴史的・技術的遺産を国の歴史の重要な一部として強化し、無傷で将来の世代に引き渡すことで、長い歴史の中における国の成長と国家統一の象徴としての鉄道の重要性を証明することに加え、イタリア国家の利益のために、観光の面で鉄道需要の回復を刺激することが最終的な目標となっている。

 その主な活動内容は、400両以上の歴史的鉄道車両の保存(うち約200両は動態保存され現在も稼働中)、イタリア鉄道に関するさまざまな文献資料の保存、ナポリ近郊のピエトラルサと、トリエステにある鉄道博物館の維持管理、運休している風光明媚な鉄道路線の観光路線としての再生などだ。もちろん、純粋な維持管理だけではなく、若い世代への技術継承も含まれる。技術者の育成は、古い技術の維持には必要不可欠なことだ。

 気になるのは財源だ。前述の3社からの資金や政府の補助金などがベースだが、不動産収入や株式運用による資産、地方自治体や企業からの寄付金なども使われている。ただし、個人からの寄付はとくに募っていない。筆者は以前に寄付を申し出たが、十分な財源があるので大丈夫と断られてしまった。このあたりは、博物館やイベントなどで寄付を募っている英国やドイツなどと異なり興味深い。

 財団のロゴは、イタリア鉄道(FS)で1966~1982年に使用された、通称「テレビロゴ」(文字周囲の枠がブラウン管時代のテレビの画面に似ているところからそう呼ばれる)をベースにしている。

 古典車両を維持管理するための中枢とも言うべき車両工場は全国に3カ所あり、各工場は原則的に車両の種類によって役割が分担されている。いったい、工場ではどのような作業が行われているのだろうか。財団が保有する工場の一つである、ラ・スペツィア工場を取材する機会を得た。

■財団の工場内部を取材

 ラ・スペツィアはイタリア北西部、リグーリア州の東部に位置する人口約9万人の港町で、首都ローマとジェノヴァを結ぶ幹線上に位置する。ラ・スペツィア工場は1926年に建設され、当時はまだ三相交流方式という特殊な電化方式を採用していたイタリア国鉄の電気機関車を整備する工場として使用された。

 2014年にイタリア鉄道財団へ譲渡され、以降は主に財団の保有する電気機関車の定期点検やオーバーホールのほか、動かない状態で保管されていた車両の修復作業なども請け負っている。

 工場建屋内へ入ると、戦前製の古い機関車がずらりと並んでいる。

 財団の保有する車両は、1:動態保存(本線走行可能) 2:動態保存(本線走行不可) 3:静態保存 の3種類に大別される。

 1は動く状態に完全復元され、信号などの保安装置も現在の最新システムに換装し、イベント時に本線上を走行させることが可能な車両だ。2は、電気装置などはすべて稼働状態となっていて、パンタグラフを上げて電気を通せば動かすことができるが、保安装置が現代の基準に合致しないため、構内など閉鎖された場所でのデモ走行に限られる。日本で言えば「碓氷峠鉄道文化むら」(群馬県)に保存されているEF63形電気機関車のようなものだ。3は文字通り、動力や制御装置が稼働できない状態で、博物館などで保存・展示させるための車両だ。

 工場建屋の中に1両、ピカピカに磨き上げられた電気機関車がいる。E424型249号機といい、第二次大戦直後の1946年に製造された4動軸の機関車だ。主にローカル線で旅客・貨物列車の両方に使えるよう設計され、荷物や郵便を運べるように車体中央にはシャッター付きの荷室が設けられたユニークな機関車だ。

 後年、近郊列車をプッシュプル運転する目的で、推進運転制御装置を搭載し、色を当時の最新塗装へ変更して使用されたが、その改造の際に元番号+200へと改番されている。つまり、オリジナルの状態ではE424型049号機だった。

■見えない部分も解体して徹底修復

 現場で案内をしてくれた技師いわく、この車両は動かせる状態にあるが、信号装置が古い状態のままで、かつパンタグラフは現在本線上での使用を認められてない古いタイプ(FS Tipo42)を搭載しているため、本線走行はできないという(前述「2」に該当)。

 ただ、現場のこだわりで車体表記は元の番号である049号機へ塗り替えており(製造銘板などは249号機のまま)、前面の目立つ位置に取り付けられていた制御回路引き通し線も撤去し、オリジナルの古いパンタグラフとともに美しい状態で保存できている、と技師は胸を張っていた。動かすことはできるので、工場内のイベントなどでは、今後も元気な様子を見ることができるだろう。

 隣の建屋では、完全に解体された625型蒸気機関車の修復が行われていた。古い車両は、外側がきれいでも内側に傷んでいる部分が多く、この625型も車体の基礎となる台枠部分が腐食して、かなり鉄板が薄くなっているのが見た目にもわかる。完全にばらした状態から修復するのは、こうした見えない部分の補強をするためである。

 屋外には、整備が終わった状態の車両から整備待ちで保管されている車両まで数十両が留置されている。その中でもとくに気になったのは、現存するのがここで保管されている2両だけというALn442-448型気動車だ。

■朽ち果てた車両を「救出」

 ALn442-448型は、1955年にブレダ(現在の日立レールの前身であるアンサルドブレダの合併前の会社)で製造された気動車で、1957年のTEE(ヨーロッパ国際特急)運行開始時に使用された歴史的な車両だ。だが、数両を残してすべて解体され、ミラノの科学技術博物館に保存された1両もアスベストが問題となって展示が取りやめとなり、そのまま解体されてしまった。

 最後に残ったALn442-448型2008号機は、アスベスト除去業者へ引き渡されたものの、その業者が倒産してしまい、屋外で雨ざらしとなって何年も放置され、すっかり朽ち果てていた。本来であれば解体されてもおかしくはないところだが、財団が救出して引き取ったものだ。

 保管された車両を拝ませてもらった時には、あまりの朽ち果てた状態に愕然とした。実際、技師もこれからどうやって修復をしていこうかと頭を悩ませていると語っていたが、3年前に同様の状態から見事に復活し、本線走行を行っているETR252型アルレッキーノの例を見れば、必ずや復活を果たせるだろうと期待せずにはいられない。

 そんな財団の悩みが、1980年代以降に製造されたいわゆる新性能車両だ。1980年代というと、ちょうどチョッパ制御やインバーター制御など、半導体技術が世に出始めた頃である。

 旧来の技術である抵抗制御などは、ある意味で言えば「溶接してハンマーで叩けば直せる」アナログ式なので、技術を継承さえすれば、理論上は半永久的に残すことができる。蒸気機関車は言わずもがな、電車や電気機関車も、古い時代の車両は動態保存されている車両が多い。

 一方でチョッパ制御以降の車両は、制御装置に半導体を用いていることから、故障してしまえば部品の交換以外に修理の方法がない。ところが半導体は日進月歩で進化を続けており、古くなった製品はすぐに生産中止となることから、現役の車両ですら、まだ動く車両を廃車にして、予備部品の確保(共食い)を行っている車種もある。

■鉄道遺産も絵画などと同様の価値

 財団は現在、1両のチョッパ制御機関車(E632型030号機)を保有している。状況次第では今後も増えていくものと考えられ、予備部品の確保はもちろんのこと、万が一部品が枯渇した際にどう対処していくのかが将来的な課題と言えよう。

 絵画など多くの文化的遺産を保有し、それらの修復技術にも定評があるイタリアは、産業遺産である鉄道についても同様の価値を見出し、これらを観光資源として再生するという取り組みを、国を挙げて行っている。

 数年前から修復作業が進められているイタリアの伝説的な鉄道車両、ETR302型セッテベッロを含め今も修復を待つ車両は多いが、これらが再び息を吹き返し、イタリアの大地を駆け抜ける日もそう遠くない未来のことだろう。

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最終更新:4/20(土) 4:32

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