KDDI「53歳新トップ」に試される“5Gの次”の戦い 競合は大胆投資を加速、変化の時代どう挑む?

2/17 7:02 配信

東洋経済オンライン

 「AIの人たちと話をしていると、みんな若い。(オープンAIの)サム・アルトマンは39(歳)。若いハイパースケーラーの人たちと渡り合うためには、まずは若さ、そしてグローバルの語学力とセンスが必要だ」

 KDDIは2月5日、髙橋誠社長(63)が退任し、先端技術事業を統括する松田浩路取締役執行役員常務(53)が4月1日付で新社長に就任すると発表した。髙橋氏は、代表権を持つ会長になる。

 同社のトップ交代は7年ぶり。通信大手では、昨年6月に就任したNTTドコモの前田義晃社長(54)に続く、経営トップの大胆な若返りとなる。2月5日の会見で髙橋氏は、AIの普及で通信業界が大きな転換期にあると強調したうえで、松田氏を後継にした理由を冒頭のように説明した。

■早い段階から“有力候補”だった

 2000年に3つの通信会社の合併で誕生したKDDI。歴代社長は長期政権を築く傾向があり、10年おきに更新される通信規格の普及と軌を一にすると言われてきた。

 在任期間は前々社長の小野寺正氏が9年半、前社長の田中孝司会長が7年半。小野寺氏が3G、田中氏が4G、髙橋氏が5Gの時代に対応し、巨額投資を要する通信事業を担う企業として、長期的な視野に立った経営判断が下されてきたともいえる。

 松田氏は京大院工学研究科修士課程を修了後、1996年にKDDIの前身、国際電信電話(KDD)に入社し、エンジニアとして勤務。KDDIに移行後は、高速モバイルインターネットの技術開発や商品開発を経験し、3Gから5Gまでの通信規格のネットワーク構築や商用化に携わってきた。

 経営戦略本部長や先端技術統括本部長など要職を歴任し、直近は取締役で唯一の50代だった。周囲に目立ったライバルはなく、早い段階から次期社長の有力候補とみられていたが、「松田氏はまだ若すぎる。髙橋氏がしばらく続投するのでは」(KDDI関係者)との見方もあった。

 ただ実際には、髙橋氏によると、松田氏を後継者とすることは1年ほど前から検討していたという。複数の候補者から昨年秋ごろに絞り込み、同11月には松田氏に伝えていた。髙橋氏は「若い社長を作りたいと、ずっと思ってきた」とも明かし、早い段階から松田氏が本命だったもようだ。なぜ、このタイミングで世代交代を決断するに至ったのか。

 髙橋氏によると、理由は大きく2つ挙げられる。1つ目は、テクノロジートレンドの変化だ。

 髙橋氏が普及を進めてきた5Gをめぐっては2024年3月、電波の割り当て時に決められた範囲での整備がいったん区切りを迎えている。通信規格はこれまで周波数の高度化を前提として、3Gから4G、4Gから5Gへと移行してきたが、5G時代には高い周波数帯の利用を拡大する難しさも明らかになっており、次世代通信が従来と同じ形で進化するかは懐疑的な声も多い。

 次なる「6G」の将来像が揺らぐ中で、市場を急速に席巻しつつあるのが生成AIだ。「今、世界では5Gの次は6Gではなく、AIの時代だと言われている」(髙橋氏)。

 KDDIも大規模言語モデル(LLM)の社会実装を進めるAIスタートアップ・イライザと資本業務提携を締結し、大阪・堺でAI向けデータセンターの構築を進めるなど、AI時代に対応した新たな戦略を推し進めている。今後は先端技術分野を牽引してきた松田氏が陣頭指揮を執り、こうした技術トレンドの変化への対応を加速させる狙いがある。

 2つ目は、次の中長期計画を練るタイミングだ。KDDIは昨年5月、現行の中期経営戦略の対象期間を1年延長し、2025年度がその最終年度で、次期戦略策定の年にも当たる。髙橋氏は「次期中期経営戦略策定は新体制で行うのが重要だ」と述べ、このタイミングが円滑な体制移行につながると示唆した。

■直近の大仕事はスペースXとの交渉

 2018年にトップに就任した髙橋氏は、手堅い経営手腕で知られてきた。業績面では、2021年に政府主導で進んだ携帯電話料金値下げの影響を受けながらも、海外事業で一過性の損失を余儀なくされた2023年度を除けば、増収増益基調を維持。自己株買いなど株主還元の積極姿勢も目立ち、足元のKDDIの株価は、髙橋氏の社長就任当時から2倍弱まで上昇している。

 経営戦略や新規事業を担いながら、その経営をそばで支えてきた松田氏。直近の大仕事は、イーロン・マスク氏が率いるアメリカの宇宙開発企業、スペースXとの提携だ。

 KDDIは2023年にスペースXと新たな業務提携を締結。同社の衛星ブロードバンドサービス「スターリンク」を活用した衛星とスマホの直接通信サービスを、今春ごろから展開する準備を進めている。衛星通信をはじめとする「NTN(非地上系ネットワーク)」は、空や宇宙などから広範囲の通信を実現し、災害にも強い次世代の通信として期待される。語学堪能な松田氏は、スペースXとの提携の交渉役として成果を収めてきた。

 アップル、グーグル、クアルコムといった海外企業との協議も過去に経験したといい、「いろんなパートナーとうまく会話をし、お互いのウィンウィンポイントを探る」(松田氏)点が強みと自負する。海外巨大IT企業を軸に次世代のIT技術やサービスが次々と現れる中、グローバルな交渉力が期待されているといえる。

 今後注目されるのは、松田氏の経営トップとしての方針だ。髙橋氏は「会社の持続的成長を牽引する『サテライトグロース戦略』を継承してほしい」と述べた。

 「サテライトグロース戦略」とは、5GやAIを起点に、新事業などを展開する戦略だ。松田氏は「通信を真ん中に、周りの金融やエネルギーにすべて技術を植え付けていかないといけない。最近だと、ブロックチェーンやWeb3といった技術を注視している」と話し、通信を核に新たな事業領域の拡大戦略を継続する考えを示した。

 一方、エンジニア出身で技術的な視点を軸に持つ松田氏にとって、最も重要になるのは、AIを筆頭とする次世代通信戦略の策定だろう。松田氏は「5Gが本格期を迎え、AIをフル活用する時代が訪れている。当社の希有なデジタルデータ資産は新しい価値を創造する原動力だ。5GがAIでどうやって進化していくかがわれわれのメインテーマになる」と意気込む。

■競合よりも“控えめ”な次世代戦略

 KDDIは昨年4月、今後4年間で1000億円規模を投じてAI計算基盤を構築する方針を決定している。もっとも、競合他社と比べると、KDDIのAIや次世代通信の戦略は控えめにも見える。

 NTTはAI需要の高まりを受け、ハイパースケーラー(巨大クラウド事業者)向けに世界でのデータセンター建設投資を加速させ、2023〜2027年度に1.5兆円以上を投じる方針だ。光電融合技術を活用した次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」構想も掲げ、海外事業者を巻き込んだ社会実装を目指す。

 ソフトバンクは大規模な国産LLMの構築に向け、AIに1700億円規模の投資を決定し、複数の大規模なAIデータセンターの計画を走らせている。アメリカのエヌビディアと協業し、AIと携帯電話基地局を融合させる「AI-RAN構想」も本格化させた。これは、松田氏が課題に挙げている、5GをAIで進化させていく考え方に近いともいえる。

 一方のKDDIは、既存の5Gの着実な整備を軸にしたうえで、スペースXとの連携やイライザに対する出資に見られるように、パートナーとの提携を入り口に、新分野には手堅く着手する傾向が目立つ。

 業界関係者の間では、「KDDIは業界2位のポジションが長年定着してきたからか、競合他社の動きの様子をみる傾向がひときわ強い印象だ」(総務省幹部)との声も多い。

■AI投資にはいったん慎重? 

 準備万端、用意周到――。それが松田氏の好きな格言だという。

 こうした言葉を体現するかのように、2月5日の決算説明会で、今後のさらなるAI投資について問われた松田氏は、「必ず業務を含めてAIを使っていくことは間違いないが、どこまで(投資を)踏み込むかなどの考えは変えていない。AIのいろいろな新しい技術がまだまだ日進月歩で出てきているので、それをきちっと見極めながら投資をかける方針だ」と説明し、慎重な姿勢を示した。

 もっとも、変化の激しい時代には、大胆な意思決定が飛躍的成果につながることもあり、技術トレンドの変化への対応が遅れること自体がリスクになる場合もありうる。「準備万端は『先読み』とセットで考えている」(松田氏)。

 5GからAIの時代へ。新たな局面を迎えつつある今、巨大な資本力を持つ通信会社のトップとして、どのようなテクノロジーの将来像を描いてコミットしていくのか。これから、松田氏の判断が問われる。

東洋経済オンライン

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最終更新:2/17(月) 7:02

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