台湾問題「現状維持」が大多数、その自然な理由 次の脅威は日本?見え隠れするアメリカの思惑

3/25 18:02 配信

東洋経済オンライン

台中関係の行方が気になるが、軍事評論家・田岡俊次氏は台湾有事は「百害あって一利もない戦争」だとし、統一でも独立でもない、台湾の現状維持が妥当だと解説する。田岡氏の著書『台湾有事 日本の選択』から一部を抜粋し、台中関係のこれまでと現状を前後編に分けて紹介。後編の今回は「次の脅威は日本」論にも目を向ける。

前編:「百害あって一利なし」台湾有事は避けられるか

■統一でも、独立でもない方向性へ

 蔣介石時代の「白色テロ」に怯えた「本省人」(第2次世界大戦前から台湾にいた人)が自由になれば、独立志向の民進党に傾くのは自然で、2000年の総統選挙で「本省人」で弁護士出身の陳水扁(ちん・すいへん)氏が勝った。

 だが行政力が不十分で親族スキャンダルも続出、2004年の総統選挙では小差で辛勝した。

 アメリカでは陳水扁氏が公的機関「中華郵政」の名があるのを「台湾郵政」に変更する「正名政策」など、中国を刺激する言動が多いことに危険を感じる論が出た。

 当時アメリカは経済・財政上、中国との関係を重視していたから、コリン・パウエル国務長官は「『台湾関係法』ではアメリカは台湾防衛の義務を負っていない」「アメリカは1つの中国政策を堅持し、台湾独立を支持しない」などと演説し、陳水扁総統を牽制していた。

 台湾では一時衰亡するかに見えた国民党が対中国関係の改善を唱えて支持を回復、香港生まれの「外省人」、アメリカで弁護士をしていた馬英九(ば・えいきゅう)氏が2008年の総統選挙で圧勝、中台間で直接の通信、通商、通航の「3通」を実施するなど、経済関係を一層高めて2012年に再選された。

 だがあまりに急速な中国との経済一体化に反対する台湾の学生が立法院の議場を占拠する「ひまわり学生運動」が起き、2016年の総統選挙では「本省人」の女性、民進党の蔡英文(さい・えいぶん)氏が当選、2020年に再選された。

 蔡英文総統は中国が唱える「1国2制度」には反対だが、独立を目指すことは公言せず「現状維持が目標」と演説してきた。

 台湾の選挙では露骨に「独立」を叫んでも「統一」を支持しても、互いの反対論者から攻撃され不利になるから、本来独立志向の民進党候補は「統一反対」と言い、国民党候補は「統一を」ではなく「独立反対」と言い、双方の立場は現状維持に収斂(しゅうれん)、意見が一致する奇妙な形になる。

■台湾住民の約9割が現状維持を望む

 台湾政府の大陸委員会が2022年10月に行った「大陸との関係はどうすべきか」の世論調査(20歳以上1096人が回答)では86.3%が独立でも統一でもない「現状維持」を望んでいる。

 「速やかに独立」は7.7%、「速やかに統一」は1.7%だ。「現状維持」を望む人に「しばし現状維持の後にどうすべきか」と問うと「現状維持の後に独立」が22%、「現状維持の後に統一」が7.0%、「現状維持の後に決める」が28.9%、「永久に現状維持」が28.4%だ。

 大陸との親密な相互依存で繁栄している台湾の人々は大陸との経済関係を切断したり、戦争になったりすることを望まないが、統一して言論の自由が阻害されるのもうれしくないから「今のままでよい」というのは理性的で自然だ。

 アメリカの下院議員などが台湾独立を煽り、戦争準備を語るのは蔡英文総統にとって多分迷惑だろうが、面会を断るわけにもいかず、あまりに親しくしては民進党の票が減りそうだから苦しいところではなかろうか。

 もし台湾人の多数が独立派で、統一を企図する中国を敵視し中国対台湾の対決になっているのであれば、アメリカが独立派を支持することは、違法であっても「人道的介入」と言うことはできよう。

 だが台湾が抱える対立は「本省人」対「外省人」だ。若者同士では溝は埋まりつつあるようだが、「外省人」の軍人の中にはなお「台独」への敵対意識が残り、保守派の国民党支持の将校も少なくないようだ。

 だが、今日の国民党は親中派だ。「米中戦争が起きれば」のシナリオを描いてみようとしても、肝心の台湾軍の動向が複雑で予知しにくい。概して言えば左派は「台湾民族主義」の理念派で親米的、右派は経済重視の現実派で親中的だから、日本の通念と合致しないように思われる。

 中国本土から最初の定期便が着いた時、空港に押し掛けた右派団体は赤旗(五星紅旗)を振って歓迎したのだ。アメリカの対中強硬派が台湾独立を支持するのは台湾の利益と安全のためではなく、急速に発展する中国の足を引っ張りたいからだろう。

 中国と台湾は、韓国と北朝鮮のように敵対関係ではなく、この上ないほどの密接な相互依存関係にある。中国と台湾の仲を裂くことでアメリカは中国に大打撃を与えることができる。

 だがそれは台湾にとっても致命的な損害になり、日本やアメリカにとっても有害無益などとは考えが及ばないのだろう。

■「次の脅威は日本」の論

 日本は、1968年に名目GDPが世界第2位になった後も成長を続け、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを購入した1989年には、日本の名目GDPは3兆1170億7000万ドルでアメリカ(5兆6416億ドル)の55%に達した。

 1人当たりの名目GDPは約2万5336ドルに対し、アメリカは約2万2800ドルで追い抜かれていた。

 アメリカの対日貿易赤字が増大し、日本製の自動車、電気製品、鉄鋼、繊維などの輸入に脅かされる経営者、失業に直面する労働者たちは「やがてアメリカ全体が日本人に買い取られる」との「黄禍論」に興奮し、日本製の自動車や電気製品を叩き壊したり、日章旗を焼く集会が各地で起きた。 

 アメリカの国会議員の中にも人気取りか、それに参加する者もいた。アメリカではドイツ製の車も多く輸入されていたが、日本車だけが排斥の的になったのは、アジア人がのさばることに対する人種的感情があったと考えられる。

 白人至上主義の右翼が書いたらしい際物(きわもの)の本は無視できても、伝統ある『アトランティック・マンスリー』のジェームス・ファローズ記者が数ヵ月間日本に滞在して『日本封じ込め論』を書き、「日本からの輸入品に一律25%の課徴金をかけるべきだ」と唱えたのには、彼が日本滞在中に何度も話をしていたので驚いた。

 また、保守派のシンクタンクのヘリテージ財団の研究員でマサチューセッツ工科大学とアメリカ陸軍戦略大学でも講座を持っていたジョージ・フリードマン教授が『カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン(迫り来る日本との戦争)』と題する著書を出し、日米が第2次大戦で戦うに至った経緯と今日の詳細なデータを基礎に「今後また日本との戦争が発生する公算大」と説いて評判が高く、日本でも出版された。

 ワシントンに行った際にフリードマン教授に電話すると「君の名は聞いている。会いたいと思っていた」とホテルに来てくれ2時間論議したが、あえて要約すると、彼の説は「アメリカと日本の経済的利益は衝突を免れない。アメリカがその強大な海軍力を経済的優位を確立するために使用しないことはまず考えられない」というもので、私は「その論理は分かるが選択肢はさまざまで結論には同意できない」と言って笑って別れた。

■反日感情の煽りがもたらすもの

 当時のアメリカでは「日本が経済成長したのは不正な貿易手段による」との論がメディアで流布され、欧州にも伝染。

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(実は軍事問題研究所)の客員研究員として招かれていた時、スウェーデン人の若手同僚が「日本のアンフェアな貿易慣行」と言うから、「どこがアンフェアなのか」と言うと「アメリカの雑誌にそう書いてありましたので」と謝ったこともあった。

 アメリカで「日本人は異質」との報道が広まり反日感情が高まると、「日本にアメリカ軍が駐留して守ってやるのはおかしい」との論が出た。

 以前から無駄な存在と言われていた沖縄の第3海兵師団は廃止されかねない状況になったから、師団長H・C・スタックポール少将は1990年3月27日付の『ワシントンポスト』紙のインタビューで「もしアメリカ軍が引き揚げれば日本は既に極めて強力になっている軍隊を一層強化するだろう。われわれは瓶の栓なのだ」と、対日警戒心を煽って部隊存続を図った。

 CIA(アメリカ中央情報局)もニューヨーク州のロチェスター工科大学に委託した『日本2000年』という研究報告(1991年5月刊)で「日本人は人種差別主義者で、社会は非民主的、世界の経済支配を狙っている」などと敵意をむき出しにした。政府機関がこんな意識を振りまくのは悪質だった。

 私のところには「日本軍事力強化の危機」を書こうとするアメリカのジャーナリストや政治学者が訪れてきて、何とかその証拠を収集しようとした。その背後にはソ連軍が1988年5月にアフガニスタンから撤退を始め、89年11月にはベルリンの壁が壊されてソ連の脅威が消滅したため「次の脅威は日本だ」という意図が見えた。

 国家安全保障の要諦はなるべく敵を作らないことにあると私は思うが、アメリカは50年以上ソ連と対峙し、朝鮮、ベトナムで戦い、その前にはドイツ、日本、スペイン、メキシコ、イギリス本国、カナダを領有していたフランス、先住民などと戦ってきただけに仮想敵がいないと気分が落ち着かないのか、と苦笑した。

前編:「百害あって一利なし」台湾有事は避けられるか

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:3/26(火) 18:47

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング