思わず「へえ〜」と感心してしまう”宗教と地理”の関係 壮大な「北欧神話」は過酷な自然環境が生んだ!

4/17 14:02 配信

東洋経済オンライン

宗教は歴史を動かし、文化を形作る大きな力ですが、「なんだか難しそう……」と思う方も少なくないのでは。普段はあまり意識しない”地理”が、実は信仰の誕生や伝播に影響していると知れば、新鮮な驚きとともに理解が深まるはずです。
※本稿は『宗教は地理から学べ!』から一部抜粋・編集したものです。

■厳しい自然環境が北欧神話を生んだ

 北欧(ヨーロッパ北部)と呼ばれる地域は、おおむね北緯55度以北から北極圏(北緯66度33分以北)に至るまでを含み、ノルウェーやスウェーデン、フィンランド、アイスランド、デンマークを指すのが一般的です。

 海岸沿いは北大西洋海流(暖流)の影響で比較的温暖な気候となりますが、同じ北欧でも内陸部やスカンディナヴィア山脈の東側は、偏西風がもたらす暖気が届きにくく寒冷な地域が広がっています。

 さらに北欧北部は、北極海に面しており、ツンドラ気候(最暖月平均気温が10℃未満)が展開し、人々が居住できる範囲は限られてきました。

 こうした高緯度特有の厳しい気候は、古代の人々の日常において大きな制約となりました。

 特に、スカンディナヴィア山脈は山岳とフィヨルド(かつての氷河侵食によってできた谷が沈水して形成された湾)が複雑に入り組むため平野が狭く、海岸線から内陸へ行くほど標高が上がり、それでいて寒冷気候下であるため、農地を開拓するのは容易ではありません。過酷な地理的環境下では、食料を大地ではなく目の前に広がる大海原にも求め、人々は海産物を頼りにし、限られた牧草地で家畜を飼育して命をつないできました。

 また、高緯度ならではの白夜が起こる地域もあり、夏至(6月21日あたり)前後には夜でも薄明るい状態が続きます。これは、地球が地軸を約23.4度傾けながら太陽の周りを公転しているために、高緯度地帯が夏の時期に連続して太陽光を受ける時間が長くなることが原因です。逆に、冬は太陽がほとんど昇らない極夜となり、人々の生活リズムや心理に大きな影響を及ぼしました。

 こうした昼夜の概念を超越した環境は、北欧神話にも反映され、光と闇のせめぎ合いや、多層的な時間感覚の捉え方につながったのではないでしょうか。

 実際、北欧神話では氷や雪だけでなく、火と氷がぶつかって世界が生まれたという創世神話、ギンヌンガガプ(Ginnungagap)が語られます。ここでいわれる火とは巨人スルト(Surtr)が支配する「ムスペルヘイム(Muspelheim)」からやってくる熱と炎、氷は氷と霧の世界「ニヴルヘイム(Niflheim)」を象徴し、その2つが深淵の空間で衝突し、そこから巨人ユミル(Ymir)や世界を形作る要素が生まれました。

 つまり、火山活動や地熱を連想させる火の世界と、氷点下が常態化する氷の世界という、自然環境そのものを想起させる舞台設定が、神話の根幹に組み込まれています。当時としては未知なる自然の成り立ちを説明するうえで熱と寒冷を衝突させる構図は、この地域の人々にとって説得力のある神話だったのではないでしょうか。

■過酷な荒海と火山の脅威が育んだ神話世界

 北欧世界を語るうえで欠かせないのが、8世紀頃から11世紀末まで活躍したヴァイキングの存在です。ヴァイキングは、北欧諸地域の住民が大型船(ロングシップ)を操り、遠征や交易、さらには一部では略奪行為にも及んだ人々を指します。

 彼らは、当時としては革新的な造船技術を持ち、北海やバルト海だけでなく北大西洋を横断してアイスランドやグリーンランドまで到達し、一部はヴィンランド(レイフ・エリクソンが上陸した北アメリカ大陸の地名)へも足を延ばしたとされます。

 海が単なる交通路や生業の場である以上に、冒険と恐怖、未知との対峙を象徴する存在であったからこそ、北欧神話には荒海を舞台とした怪物(たとえば世界を囲む大蛇ヨルムンガンド)が登場し、海という混沌が、神々や巨人の闘争と結びついて描かれていきました。

 一方で、フィヨルドという奥深い入り江が、多様な交易の拠点となって北欧社会を支えました。この複雑な湾は、氷河によって削られた谷が沈水して海とつながった地形で、水深が深く大型船の航行に適しています。遠浅の海域ではないため船舶の接岸が容易で、いわゆる天然の良港が発達します。

 ヴァイキングにとって、フィヨルドは陸上移動が困難な地域をつなぐ海の道であり、ここに作られた港は各地の文化交流を促す拠点でした。こうした地形の特質と人々の航海術が結びつき、時に略奪者として恐れられながらも、彼らはヨーロッパ全体に影響を与える存在として歴史に登場します。

 このように海洋という要素は、神話世界でも大きな役割を担い、北欧の人々にとって境界の向こうに広がる不可知の領域を示唆しました。

■火山活動の脅威が「神話的終末観」を訴えた? 

 さらに、北欧でもアイスランドは特異な位置づけにあります。アイスランド島は大西洋中央海嶺と呼ばれるプレートの広がる境界上に位置し、マントル上昇部にあたるため、火山活動が盛んです。地熱を利用した発電(地熱発電)が発達し、観光客が集まる温浴施設「ブルーラグーン」が世界的に有名です。

 地熱の噴出や火山の噴煙は、まさに火の世界のイメージを現実に体感できる環境であり、実際に2010年にはエイヤフィアトラヨークトル火山が噴火して大量の噴煙を放出し、ヨーロッパの航空路が一時遮断される事態となったこともありました。

 こうした火山の脅威は、中世の人々にとっては神々の怒りや巨人の活動と結びつけられ、終末思想ラグナロクのリアリティを高める要因ともなったと推測されます。特に気候変動や噴火の影響が大きかった時代には、社会不安が増大し、神話的終末観が人々の意識に強く訴える状況が生まれたのではないでしょうか。

 北欧世界が外部との接触を深める中で、徐々にキリスト教が伝わり始めたのは中世初頭、おおむね10〜12世紀のことです。

 当時のヨーロッパでは、まだプロテスタント(16世紀の宗教改革で生まれたキリスト教の一派)は成立しておらず、キリスト教といえばカトリック(ローマ教会を中心とした西方教会)が主流でした。海や川の航路を通じた宣教師の布教やヴァイキングの遠征がきっかけとなり、港湾都市などの交通の要衝からカトリック教会の影響が広がっていきます。

 内陸や山岳地帯などでは、土着の神々への崇拝や儀礼が根強く残っていましたが、王侯や有力者が徐々に改宗すると、キリスト教が北欧社会の公的な宗教として認められる流れが加速していきました。

 この過程で、異教とみなされていた北欧神話は表舞台から退きましたが、同時に「昔の信仰や物語」として文書にまとめられ、後世に伝えられていきます。

 代表的なのが13世紀にアイスランドで編纂された文献、『エッダ(Edda)』や『サガ(Saga)』などです。

 特に、歴史家であり詩人でもあったスノッリ・ストゥルルソン(1178〜1241年)が記した『スノッリのエッダ』は、神々の系譜や世界観を体系的にまとめた重要な史料として知られています。キリスト教が支配的となった社会で、古代の伝承を文学作品や歴史的遺産として書き留めることで、北欧神話は途絶えることなく現在まで伝わりました。

■北欧神話を地理と歴史の両面から読み解く

 近代以降、北欧の国々では宗教改革(16世紀)を経てプロテスタントを国教とする国が多くなりましたが、それと同時に自らの民族的ルーツを探る動きが活発化し、北欧神話は文化的同一性の源として再評価されていきます。

 厳しい自然環境を生き抜いた祖先像や、多神教的な世界観、そしてヴァイキングの歴史が結びついた北欧神話は、観光資源としても魅力的で、ノルウェー北部・ロフォーテン諸島で毎年8月に開催される「ロフォト・ヴァイキング・フェスティバル(Lofotr Viking Festival)」が知られています。

 現代では、北欧神話を読み解く研究がさらに進展しています。たとえば、考古学・歴史学・文学研究を横断的に行う学者としては、イギリスの考古学者ニール・プライス(1959年〜)が『The Viking Way』(2002年)などの著書で、ヴァイキング時代の宗教・呪術と地理的環境の関係を探究した例が挙げられます。

 また、アイスランドの学者シグルズル・ノルダル(1886〜1974年)や、北欧中世文学を専門とする研究者が、火山噴火や気候変動の史料分析と『エッダ』の内容を照らし合わせることで、ラグナロクや巨人観が当時の自然災害や社会的危機に強く影響されている可能性を指摘しています。

■起源神話を文化的遺産として伝え活用してきた

 こうした学際的アプローチを通じて、古代の人々がどのような自然環境を見つめ、そこに神や巨人、怪物といった存在を配置することで世界を理解しようとしていたかを研究しています。

 単に北欧神話の物語構造を解釈するだけでなく、寒冷な気候・火山活動・海洋交通といった地理的条件が、人々の宗教や信仰を形成するうえで重要な役割を果たしています。北欧神話の中に見られる荒々しい自然描写は、当時の人々にとって現実の脅威にほかならず、それゆえ神々や巨人たちの抗争を通じて秩序と混沌の関係を物語ろうとしたのではないかと考えられます。

 そしてキリスト教を受容した後も、北欧の人々は自らの起源神話を文化的遺産として伝え、現代に至るまで多くの学術研究や観光資源として活用してきました。

 地理的制約を超えるために航海術を発達させ、火山や寒冷化などの災害を神話的終末観と結びつけ、やがてキリスト教という外来宗教を受け入れながらも自らの伝統を記録として残した北欧社会は、地理と宗教の相互作用を理解するうえで非常に興味深い題材となっています。

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最終更新:4/17(木) 14:02

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