京都ノートルダム女子大が閉学見通し、財務が示す「消えそうな大学」は《楽待新聞》
京都ノートルダム女子大学、通称「ダム女」が、2026年度以降の学生募集を停止すると発表した。
「ダム女」は長く地域に根ざしてきた名門校だ。来年度には新学部創設も予定されていたなかでの突然の決断は、教育関係者だけでなく、近隣物件のオーナーにも少なからぬ衝撃を与えた。
だが、大学財務を追ってきた者からすれば、「あれはもう完全に赤信号だった」という。
「教育活動収支は10年連続の赤字。資産は削られ、土地も売られ、最後はストックで延命していた。財務を客観的に見ると、かなり苦しい状態だった」
そう語るのは、大学財務に精通する「初台さん」。本記事では、京都ノートルダム女子大学の財務資料をもとに、「見逃してはいけない危険指標」を徹底解説する。
大学淘汰が加速する今、「消える大学」「生き残る大学」はどこが違うのか。
■財務で読み解く「ダム女」終幕の真相
そもそも、京都ノートルダム女子大学の経営は、どれほど追い詰められていたのか。初台さんは、2024年度の事業活動収支計算書(PL)に注目する。
「教育活動収支はマイナス8億5500万円。比率(※)で見てもマイナス29.7%という深刻な赤字です。赤字自体は2015年度から継続しており、2023年度以降は特に悪化が顕著でした」
※教育活動収支差額比率。本業である教育活動の収支バランスを表す比率
(外部配信先では図表、グラフなどの画像を全て閲覧できない場合があります。その際は楽待新聞内でお読みください)
詳しく見れば、約55億円の運用資産を保持し、借入金もない。数字の上では「体力がある」と読めなくもないが、実態は楽観視できないと初台さんは指摘する。
「いまのダム女は、『資産売却によって赤字による運用資産の減少を食い止めている状態』といえます」
実際、有形固定資産は2015年度の約130億円から2024年度には約85億円へと、9年間でおよそ3割も減少している。内訳を見れば、土地は約17億円から約7億円に、建物は約87億円から約57億円にまで縮小している。
「具体的には2019年度に土地の売却等により資産売却収入約6億円を計上。建物の減少は、減価償却によるものだと思われます。通常であれば、それに見合う建物支出(建物又は建物の設備のための支出)があるのですが、財務状況により施設設備投資を控えたのだと推察します」
つまり、継続的な赤字を埋めるため、大学は資産の切り売りを進めざるを得なかった。いわば、「生活費のためにメルカリで持ち物を売る」ような状態に陥っていたことが読み取れるのだ。
経営悪化の原因となったのが、入学者数の急減だ。大学の収益構造を考えれば、これは致命的な打撃だった。
「例外はありますが一般的な学校法人の中で最も事業規模が大きいのは大学です。中高を併設している法人もありますが、実際の収益は大学に強く依存しています。だからこそ、大学の入学者が減れば、法人全体の経営が一気に傾く構造なんです」
実際の数字を見ても、それは明らかだ。2020年度に429人だった入学者数は、2024年度には186人まで減少。志願者数も1494人から304人へと、わずか5年で5分の1以下に落ち込んでいる。
こうして収入が減り続けるなかで、大学経営に重くのしかかるのが人件費だ。
京都ノートルダム女子大学でも、学生数の減少によって学納金収入は縮小の一途をたどったが、教職員にかかる人件費はすぐには下がらなかった。
「大学というのは、教職員をすぐに解雇することができません。教職員の身分は法律や労働契約によって強く守られており、簡単には整理できないんです。配置換えで対応しようにも、教育や研究の専門性が高いため、他部門への異動が現実的ではないケースも多い。そのため、人件費は固定費として残り続けてしまいます」
出ていくお金を削れない状況下で、「入ってくるお金」を確保するべく、大学はさまざまな施策を打ち出していた。
たとえば、京都ノートルダム女子大学は2025年度から「女性キャリアデザイン学環」という新たな学びの場を設けた。2025年1月には、翌2026年度から新たに「人文学部」を設立する計画も発表している。
それにもかかわらず、わずか数カ月後の2025年4月に学生募集の停止を決定したこともまた、世間に大きな衝撃を与えた一因だ。
この点について、初台さんは次のように語る。
「既存のやり方ではもうもたない、という危機感でしょうね。女子大が共学化に踏み切るのも同じような発想。共学になれば単純にマーケットが倍になるわけですから」
たとえば、神戸松蔭女子学院大学(現在名称:神戸松蔭大学)は2025年度から共学化している。
「ダム女がそうした方向に進まなかった理由までは分かりませんが、理事会での議論を経て、より先の未来を見据えて最終的に大学部門を閉じるという決断に至ったのでしょう。付属小中高の経営責任がある以上、勇気のある決断だと思います」
もはや打つ手なし。志願者数=将来の収益というシンプルな構図のなかで、京都ノートルダム女子大学は数字上も社会的にも、静かに終焉へ向かっていった。
■結局すべては学生数に依存する
大学の経営を語る上で、重要なのが収入構造の内訳だ。初台さんは「どの大学も大体、同じ比率に落ち着く」と言う。
「大学の収入のうち、7~8割が学納金収入、2割前後が補助金、残りが利息収入や寄付金など(医歯系法人を除く)。学納金の比重がとにかく大きいからこそ、学生数の減少が収益に直結する」
学納金とは、入学金や授業料の総称。この「太い柱」が揺らげば、大学全体の運営が成り立たなくなる。
では、残る2割程度の「補助金」はどうか。補助金の予算枠はここ十数年ほぼ横ばいであり、今後劇的に増加する見込みは薄い。結果として、大学が「補助金で稼ぐ」ことは現実的には難しいという。
そして最後の収入源が、運用資産からの利息収入だ。大学のなかには、手元資金を債券や外貨建て資産などで運用し、安定的な収益を確保しようとする動きもある。
「実際、多くの大学が債券投資などで利息を得ています。ただし、これも大きく儲けるためではなく、本業の収支を資産運用で少しでも改善させる、という発想です」
このように見てくると、大学の経営は「学生ありき」の構造で成立していることが改めて浮かび上がる。補助金や投資収益といったサブの柱は存在するが、どれも劇的な増収は見込めない。
「結局、命綱は学生数です。それ以外に収入の柱はないと言ってもいいでしょう」
■「女子大はキツい」のか?イメージが支配する大学市場
では、これからの時代に学生を集められる大学とは、どんなところなのか。
大学淘汰の文脈において、たびたび語られるのが「女子大は厳しいのではないか」という声だ。初台さんは「正直、よく分からないところもある」と前置きしたうえで、女子大の置かれる状況を次のように語る。
「大学そのものの教育内容や運営に問題があるというよりも、世論が人気を左右する面があります。予備校やメディアが『女子大は厳しい』という空気を作ってしまうと、実際に志願者数も減っていくのです」
つまり、大学としての取り組みとは無関係に、世論や報道によって「女子大=時代遅れ」といったネガティブな印象が広がれば、それだけで志願者が離れてしまう構造があるというのだ。
この構造は女子大に限らず、地方大学にも共通する課題だと初台さんは指摘する。
「大学の中身を実際に見てみると、小規模だからといって教育の質が劣っているわけではありません。逆に、いわゆる上位大学だからといって、すべての教員が優れているというわけでもない。でも受験生はそこまで見ません。受験生は人生がかかっているわけですから、偏差値が高く、社会的な人気や知名度が高い『上位大学』に流れるのは必然です」
「世間からの人気」という要素は、大学の経営安定性において決して無視できない。偏差値や知名度、メディアでの扱われ方など、社会的なイメージに支えられていない大学ほど、今後の淘汰の波に飲まれるリスクが高いといえる。
さらに初台さんは、上位大学の動きもこの流れに拍車をかけていると指摘する。
「学部改組や新設によって受け入れ定員を増やしているんです。つまり、ただでさえ少子化で学生の数が減っているのに、そのパイすらも中堅以下の大学から奪われる構図になっている」
実際、東京や大阪などの都市部では、上位大学による受け入れ枠の拡大が進んでおり、学生が都市部へ集中する傾向は今後さらに加速する見通しだ。
さらに、上位大学の多くは長年の蓄積によって自己資金(ストック)も潤沢に持ち合わせており、仮に一時的に志願者が減ったとしても耐えられる体力がある。
つまり、中堅以下の大学は「人気」「偏差値」「資金力」の3点で不利な立場にあることになる。
■数字とニュースで見抜く「ヤバい大学」の兆候
そんな大学淘汰の時代に、「消えそうな大学」を見抜くポイントはあるのだろうか。
最もわかりやすく、かつ重要な指標として初台さんが挙げたのが、「入学定員充足率」だ。
「これは、入学定員に対して実際に何人が入学したかを示す割合で、すべての大学がホームページで公表しています。京都ノートルダム女子大学も、ここ数年は明らかにこの数字が『赤信号』でした」
(外部配信先では図表、グラフなどの画像を全て閲覧できない場合があります。その際は楽待新聞内でお読みください)
一度「定員割れ」が始まると、その影響は雪だるま式に広がっていく。
「世間から『あの大学は人気がない』と見なされると、志願者はさらに減る。定員を削っても埋めきれず、最終的に募集停止に追い込まれるケースも少なくありません」
ここでも、大学の寿命を左右するのは「世論のイメージ」なのだ。
では、財務面ではどこを見ればいいのか。初台さんは「まずはBS(貸借対照表)を見るべき」と語る。
「借入金や学校債などの負債が運用資産を上回っているようであれば、かなり危険です。いわば『借金で回している』状態ですから」
加えてチェックしたいのが、PL(損益計算書)だ。特に注目すべきは、「教育活動収支」──つまり教育・研究など本業の収支バランスである。
教育活動収支が慢性的に赤字の大学は、本業で稼げていないということだ。ただそれを、受取利息などの運用収入でカバーできることもある。武庫川女子大学を運営する武庫川学院などが一例だ。
「武庫川学院は、2018年度から教育活動収支の赤字が続いています。ただし、約1000億円にものぼる豊富な運用資産による運用果実で、2023年度は約30億円もの受取利息・配当金を計上。本業の赤字を資産運用でカバーしています」
つまり、投資家が注目すべきは単年度の収支ではなく、蓄積された運用資産(=ストック)と、それをどう活用しているかという点にある。
さらに、大学の経営危機をいち早く察知するサインとして、初台さんが挙げたのが「資産売却」だ。
「東京福祉大学のケースがわかりやすいです。学生数の激減と、経常費補助金のカット等が重なり、近年急激に収支が悪化しました。しかも、借入金が運用資産を上回る時期もあり、かなり綱渡りの経営状態だったと考えられます。同大学は外国人留学生を多数受け入れていますので、コロナ禍も影響したかもしれません」
この状況の中、東京・池袋等に所有していたキャンパスを2022・2023年度にかけて、それぞれ約20億円規模で売却。一時的にストックを回復させた。なお、現在は入学者数もかなり回復しているようだ。
(外部配信先では図表、グラフなどの画像を全て閲覧できない場合があります。その際は楽待新聞内でお読みください)
「遊休地の売却は大学にとって一般的な対策です。ただし、東京福祉大学のように、『本来なら絶対に手放したくない一等地の資産』を売却せざるを得ない状態になっていたとすれば、それだけで経営の厳しさがうかがえる」
さらに、数字に現れにくい異変を察知する手がかりとして挙げられたのが、「労働紛争」だ。
「大学の支出のうち、人件費は5~6割を占めます。経営が悪化すると、それが7~8割にまで膨れ上がる。となると、人件費の見直しは避けられなくなるわけですが、それが教職員の反発を招き、労使対立が表面化することがあるのです」
実際に、団体交渉や訴訟に発展している大学もあり、労働組合の記者会見や声明などを通じて外部から異変を察知できる場合もある。
数字だけでは見えない、学内の空気。こうした非財務的な兆候へのアンテナを持つことも、投資リスクを下げる大切な視点といえる。
■それでも残る大学、消える大学の条件
淘汰の時代にあっても、大学が生き残るための手立てはあるのか。
そのヒントの1つとされているのが、文部科学省による理系学部重視の政策転換だ。
「文科省の施策として、理系へのシフトは明確に進んでいます。たとえば、経常費補助金の単価を理工農系学部に限って引き上げたり、『大学・高専機能強化支援事業』といった制度を新たに創設したりと、理系分野への投資が手厚くなっています。こうした流れは今後も続くでしょう」
そう語る初台さんは、ただし、と前置きを加える。
「情報学部など人気分野の学部を新設しても、定員割れしている大学はあります。調べると、そのような大学は既存学部でも定員を満たせていないんです」
結局のところ、大学としてのブランドや実績が、学部新設の成果を大きく左右する。苦境にある大学が「理系シフト」に活路を見出そうとしても、それが起死回生になるとは限らないというわけだ。
一方で、地方にとって数少ない「再起の一手」として注目されるのが「公立化」である。経営難に陥った私立大学を自治体が引き取り、公立大学として再出発させる──この公立化によって、志願者数が急増したケースは少なくない。
たとえば、成美大学から転換された福知山公立大学は、京都府北部の山間に位置し、アクセス面では決して恵まれていない。にもかかわらず、周辺に他の大学が少ないこともあり、地域の唯一の選択肢として注目を集めた。
「福知山公立大学の場合、公立化前の倍率が0.8倍だったところから、一気に33.4倍へと爆増。定員も50名から200名に拡大しています。他の事例でも同様の傾向が見られ、公立化は『逆転劇』として最もインパクトのある手段だと思います」
ただし、この「夢のような回復」はすべての大学が選べる道ではない。
「文科省も、最近では『安易な公立化は避けるべき』という立場を明確にしています。自治体がどれだけ前向きか、議会で合意が得られるか、補助金の活用に見合う効果があるか──さまざまな条件が整わなければ、進めるのは難しい」
実際、千葉科学大学や姫路獨協大学など、公立化を模索しながらも断念している大学もある。
加えて、不動産投資という観点では、もう1つ見逃せないのが「立地」の問題だ。
初台さんは「都心回帰」というキーワードを挙げ、大学再編の潮流をこう読み解く。
「人口が減っていく地方に、あえてキャンパスを構え続ける意味は今後さらに薄れていくでしょう。明確なデータはないものの、肌感覚として、都心への再編・移転は避けられない流れにあると感じます」
こうして見てくると、「高偏差値で、人気があり、都市部に立地していて、ストックも潤沢」──そんな当たり前の「勝ち組大学」こそが、淘汰の時代を生き残る構造的な強さを持っていることがわかる。
◇
かつて、キャンパス立地を軸にしたアパート経営は定石とされてきた。
しかしこの激変の時代、不動産オーナーには、戦略の見直しを迫られる局面が、静かに、しかし確実に近づいているのかもしれない。
楽待新聞編集部
不動産投資の楽待
関連ニュース
- 京都ノートルダム女子大が閉学見通し、財務が示す「消えそうな大学」の危機的状況
- 1.3億円で買った「空室だらけ」の学生マンション、11年間でいくら儲かった?
- コインランドリー投資は「損しかない」、赤字1000万円抱えるオーナーが収支を公開
- 止まらない短大の「オワコン」化、30年で40万人の学生が消えた本当の理由
- こうして大学は去っていく…「学生物件」の大家が知るべき「廃校・移転」の6パターン
最終更新:6/14(土) 11:00