親も思い悩む「受験に落ちた子ども」に掛ける一言 どう声掛けする?子供が前向きになる言葉とは

3/12 9:32 配信

東洋経済オンライン

記憶力や論理的思考力・説明力、抽象的な思考能力など、「頭がいい」といわれる人の特徴になるような能力というのは、先天的に決められている部分があり、後天的に獲得している能力は少ないと考える人が多いのではないでしょうか。
その考えを否定するのが、偏差値35から東大合格を果たした西岡壱誠氏です。漫画『ドラゴン桜2』(講談社)編集担当の西岡氏は、小学校、中学校では成績が振るわず、高校入学時に東大に合格するなんて誰も思っていなかったような人が、一念発起して勉強し、偏差値を一気に上げて合格するという「リアルドラゴン桜」な実例を集めて全国いろんな学校に教育実践を行う「チームドラゴン桜」を作っています。

そこで集まった知見を基に、後天的に身につけられる「東大に合格できるくらい頭をよくするテクニック」を伝授するこの連載(毎週火曜日配信)。連載を再構成し、加筆修正を加えた新刊『なぜか結果を出す人が勉強以前にやっていること』が、発売後すぐに3万部のベストセラーとなっています。第106回は不合格だった子に対して、どう声掛けをすればよいのか、についてお話しします。

■3月10日に東大の合格発表があった

 3月10日に、東大の合格発表(前期日程)がありました。

 東大受験生たちにとっては、自分たちの努力が報われるかどうかが決まる、人生の岐路になった日だと言えます。

 われわれカルペディエムも、今年も多くの東大受験生たちを支援し、その結果、見事逆転合格することができた生徒もいれば、惜しくも不合格になる生徒もいました。

 今回は、「不合格になった人に向けて」ということをテーマにお話ししたいと思います。

 実は本連載をお読みの方からよくお問い合わせいただくのが、「不合格になった我が子・生徒に対して、どう声を掛ければいいのか」です。

 たしかに、どう声を掛けていいものか、悩みますよね。今回の記事では、不合格になった人に向けて、われわれがどんなアドバイスをしているのかについて、2浪した経験のある私が、みなさんと共有したいと思います。

 まずは、この『ドラゴン桜』のワンシーンをご覧ください。不合格になった生徒に向けて、桜木先生が声を掛けるシーンです。

 ※外部配信先では漫画を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください

 いかがでしょうか? 「桜は必ず咲く」。これは深い言葉だと思います。

 人間、頑張ってがむしゃらに生きている人であればあるほど、挑戦と失敗の連続です。目標を立ててそのために頑張って、うまくいくかいかないかギリギリのところで努力して、失敗したり、成功したりする。

 特に「こうなってみたい!」という夢を持っている人や、「よりよい自分になりたい!」という向上心を持っている人であればあるほど、努力します。いろんな挑戦をするし、数多くの挑戦をしているからこそ、失敗することもあるわけです。

 でも、その失敗は、挑戦の証しだと思うのです。そもそも挑戦しようと思わなければ、失敗することもありません。不合格になっているということは、「不合格になってしまうかもしれない志望校を目指すという挑戦をした」ということです。それ自体が立派で、自分のことを成長させることができた勲章なのではないでしょうか。

■今回だめでも次の挑戦の糧にすればいい

 そして、大学受験に限らず、挑戦をしている人というのは、また新しい挑戦をすることができます。その失敗を糧に、新しいチャレンジをスタートさせることができます。

 例えば中学受験で不本意な結果になったのだとしたら、高校受験で頑張ろうとチャレンジすればいい。高校受験がダメだったのなら、大学受験で頑張ればいい。大学受験で失敗したなら、浪人したっていいはずです。

 「金銭的余裕がなくて、浪人はできない」という人もいるかもしれませんが、大学に入ってからもう一度受験をするという「仮面浪人」という手段もありますし、バイトしたっていいはずです。僕の友達には週3回バイトしながら浪人して東大に合格したという人がいます。

 もちろんどうしようもない事情もあるかもしれませんが、であれば別の挑戦をしたっていいはずです。大学の間にまた全然違う挑戦をすればいい。就活でも部活でも資格でも院試でも、挑戦のチャンスはいくらでも転がっています。

 今回うまくいかなかったとしても、次の挑戦の糧にすればいいのです。だからこそ、桜木先生は、「桜は必ず咲く」とアドバイスしたのではないでしょうか?  また次の新しいことをしたら、次こそは桜が咲くはずだ、と。

 失敗は、人を強くします。僕は2浪して東大に行った人間ですが、1浪で東大に不合格になったときには、本気で「このまま死のうか」と思いました。それくらい追い詰められて、それくらいつらかったのですが、だからこそ、あの経験が今の僕を強くしてくれていると思っています。どんなにつらいことがこの先起こっても、あのときの経験があるから、耐えられるし、また次の挑戦ができる、と。

 でも、現実問題として、「また次の挑戦をすればいいよ」と不合格になった人に言ったとしても、まだ「新しい挑戦」ができるほど、すぐに切り替えられるわけではないと思います。

■「人生なんて適当でいいんだ」

 そんなときによく僕が言うのは、「人生なんて適当でいいんだ」ということです。

 なぜ1つの挑戦の失敗を多くの人が引きずってしまうのかと言えば、人生において、その挑戦がとても重いものだと感じてしまっているからだと思います。

 「大学受験で落ちたら、もう自分の人生はおしまいだ」くらいのテンションで、その挑戦を重いものだと捉えてしまっているから、人生おしまい、といったような偏った思考をしてしまうのだと思います。

 実際はそんなことはなくて、大学受験に合格しようが不合格になろうが、とても嬉しい気持ちになったり、とても悲しい気持ちになったりするとは思いますが、それでも結局、一時的なものでしかありません。

 合格したら合格したで慌ただしい毎日が待っていて、不合格になったら不合格になったで、次の新しい喜びが待っている。その悲しみを一時的なものだと考えられないから、不合格という失敗を、過剰に重く感じてしまうのだと思います。

 だからこそ、不合格だった子に対しては「人生なんて適当でいいんだ」と伝えてあげるのが有効なのだと思います。不合格になったって、また来年頑張ればいい。また新しい挑戦をすればいい。それくらいの適当なテンションでいればいいのだと思います。

 個人的な趣味の話なのですが、僕は西尾維新という作家の「恋物語」という小説が大好きです。

 そのワンシーンに、こんなセリフがあります。(ネタバレになるのが嫌なので、一部のセリフのみ抜粋します)

 「……そんな、とっかえひっかえみたいな―――。あれが駄目ならこれで行こうみたいな、適当なこと、してもいいの?」(中略)

 「いいんだよ、人間なんだから。」

 あれが駄目ならこれでいこうみたいな、適当なことをしてもいい。僕は学生時代、この言葉にとても衝撃を受けたのを覚えています(この小説のラストシーンはまさに不合格になった人が読んで、明日に向かう力をくれる、素晴らしいものなので、ぜひ気になった人は読んでみてください)。

■不合格でも、変わらない日常が待っている

 不合格になったって、大きな失敗をしてしまったと感じたって、それでも変わらない明日が待っているし、一度の失敗で人生が大きく変わってしまうようなことも、あまりありません。

 不合格になってつらかったとしても、好きな漫画の次の展開がどうなるかは気になりますし、好きな子から告白されたら舞い上がってしまうことでしょう。

 人生なんて適当でいいし、そう思って生きている人ほど、次の挑戦に向かって走っていくことができるものです。さらに、失敗を多く経験している人であればあるほど、次の挑戦はよりよいものになるはずです。

 今回不合格になった人が、また新しい次の挑戦をして、今度こそいい結果を得ることを、祈っています。

受験勉強や、子供への教育など、西岡壱誠さんへの質問を募集しています。こちらの応募フォームからご応募ください。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:3/12(火) 9:32

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング