【質問】
夫が子どもに対して頭ごなしに怒ったり、「いいから言うことを聞け」と強制したりすることが多く、子どもとの関係が悪化しています。子どもは父親を避けるようになり、食事中も会話がほとんどありません。私が間に入って取り持とうとしても、夫は「しつけだから当然だ」と聞く耳を持ちません。どうすればいいでしょうか。
(小5男子の母)
このようなご相談はあとを絶ちません。筆者は38年間教育の現場に立ち、今でも年間約3000件の個別相談を受けておりますが、「配偶者の子どもへの接し方」に関するお悩みは、常に上位に入るテーマです。
なお、今回は父親に関するご相談ですが、逆のケース(母親が権威主義的になり、父親が困っている)も少なくありません。つまり、これは特定の性別の問題ではなく、子どもを育てる立場にある人すべてに関わるテーマです。
最初にお伝えしたいのは、ご相談者のように「このままではいけない」と気づいておられること自体が、非常に重要だということです。なぜなら、問題の本質は「怒ること」そのものではなく、「自分の接し方を振り返ろうとしないこと」にあるからです。
■なぜ「自分は正しい」と思う親ほど危ういのか
ペンシルベニア大学ウォートンスクールの組織心理学者、アダム・グラントは、著書『THINK AGAIN』の中で、人間の思考スタイルを職業になぞらえて分類しています。このモデルが、子育てを考えるうえで極めて示唆に富んでいるため、はじめにご紹介します。
グラントによれば、人は自分の考えが脅かされると、以下の3つのモードのいずれかに陥りがちだといいます。
「牧師」モード:自分の信念を守るために、「自分は常に正しい」と説教をする状態。
「検察官」モード:「あなたが間違っている」と、相手の論理のほころびを突く状態。
「政治家」モード:「自分たちが正しく、あちらが間違っている」と、味方を増やすことに注力する状態。
しかし、彼が最も重視し、頂点に位置づけたのは「科学者」モードの思考です。
これは「自分が間違っているかもしれない」と考えられる姿勢を意味します。仮説を立て、試してみて、うまくいかなければ方法を変える。自分の考えを更新し続けることを「成長」と捉える思考です。
この分類は、まさに子育てにおいても全く同様であると考えています。
今回のご相談に当てはめてみましょう。「いいから言うことを聞け」「しつけだから当然だ」という言葉は、まさに自分の正しさを疑わない「牧師」モードの思考パターンそのものです。
このような思考に陥っている方は、子どもの反応がどれほど悪化しても、自分の接し方を省みることがありません。子どもが反抗すれば「反抗期だ」と片づけ、口をきかなくなれば「思春期だからだ」と解釈します。原因のすべてを子ども側に帰属させ、自分自身のやり方は一切見直そうとしないのです。
しかし、筆者が38年間の現場経験を通じて確信していることがあります。それは、「子どもの態度は、ほぼ例外なく親の接し方の『結果』である」ということです。子どもが心を閉ざすのは、子ども自身に問題があるのではなく、心を閉ざさざるを得ない環境(コミュニケーション)がそこにあるからです。
再度、強調しておきたいのは、「怒ること」自体が悪なのではありません。真に問題なのは、「怒ることしかしない」「怒り方を振り返らない」「自分のやり方を疑わない」という姿勢にあります。これはまさに、グラントが警鐘を鳴らす「学び直すことの拒否」にほかなりません。
■子育てにこそ「科学者」の姿勢が求められる
人を育てるということは、本来、非常に高度な営みです。企業で部下を育成するにも研修がありますし、教師になるにも長い訓練が求められます。ところが、子育てだけは何の準備も学びもないまま、ある日突然始まります。
だからこそ、本来は子育てほど「学び続ける姿勢」が問われる営みはないはずです。ところが現実には、「自分は親からこうやって育てられた。だから自分もこうする」という、無自覚な踏襲が起きています。
これはある程度、致し方ない面もあります。人は自分が経験したモデルしか持ち合わせていないからです。しかし、だからこそ「自分のやり方は本当にこれでよいのだろうか」と問い直す「科学者」の姿勢が不可欠なのです。
グラントは、科学者型の思考において最も重要なのは、「考えを変えることを弱さではなく進歩と捉えること」だと述べています。
「昨日の声かけではうまくいかなかったから、今日は別のアプローチを試してみよう」。このように考えられる親のもとでは、子どもとの関係が決定的に壊れることはありません。なぜなら、子どもは「親が自分のために変わろうとしてくれている」という事実を、大人が想像する以上に敏感に感じ取るからです。
ここまでお読みになって、「それでも夫は変わりません」とお感じになったかもしれません。たしかに、他者の凝り固まった思考を変えることは容易ではありません。しかし、有効なアプローチが2つあります。
(1)「指摘」ではなく「問いかけ」に転換する
「あなたの育て方は間違っている」と指摘すれば、夫は「検察官」に論破されたように感じ、防御壁を高くして意固地になるだけです。しかし、「最近、〇〇(お子さんの名前)がパパと話したがらないようだけど、どうしてだと思う?」と問いかければ、相手の中に「考える余地」が生まれます。「あなたが間違っている」という対立構造から、「一緒に考えてみよう」というスタンスへの転換です。時間はかかりますが、問いかけの種は徐々に相手を「科学者モード」へと誘導していきます。
(2)うまくいっている瞬間を「言葉」にして伝える
子どもと父親の関係が少しでもうまくいっている瞬間を見逃さず、それを言葉にして伝えます。「さっき〇〇がとても嬉しそうだったね」と伝えるだけで十分です。人は否定されれば態度を硬化させますが、自分の行動が良い結果につながっていると実感できれば、その行動を繰り返そうとするものです。小さな成功体験を自覚してもらうことが、変化の確かな糸口になります。
■「自分が間違っているかも」と言える親の子は伸びる
子育てにおいて最も大切なのは、「正しい答えを持っていること」ではありません。「より良い方法を探し続ける姿勢を持ち続けること」です。
「自分は正しい」と確信した瞬間に、人は学ぶことをやめます。学ぶことをやめた人は、目の前にいる子どもの日々の変化に気づけなくなります。子どもが変わっているのに、親の接し方だけが止まったままであれば、親子の間にズレが生じるのは必然です。
親もまた「科学者」のように、仮説と検証を繰り返しながら、子どもとともに成長していく必要があります。
「自分が間違っているかもしれない」。この一言を心の中で唱えることのできる親のもとで、子どもは安心して自分を表現し、のびのびと成長していきます。子育てとは、正しさを主張する営みではなく、「親子で学び合う営み」なのです。
まずはご相談者ご自身が“科学者”でいること。その姿は、必ずご主人、そしてお子さんにも伝わっていきます。
石田 勝紀 :教育デザインラボ代表理事、教育専門家
最終更新:7/9(木) 10:30