高架下に保育所が増加中!? JRが採算度外視で待機児童問題に取り組む《楽待新聞》

4/18 19:00 配信

不動産投資の楽待

歯止めがかからない日本の少子化。今後の日本社会において、人口減少はもはや「前提」のように考えられており、改善の見通しは立っていない。

行政も少子化対策を打ち出しているものの、現れた効果は限定的だ。そんな状況とあって、行政だけでなく民間企業も少子化対策に力を入れ出した。その一例がJR東日本による保育所の整備である。

近年はJR東日本だけでなく、他の鉄道事業者も同じように子育て支援に力を入れるようになった。

なぜ鉄道事業者は少子化対策に積極的なのか? そこには鉄道事業者ならではの「土地活用問題」と関連があった。今回はその深層に迫ってみたい。

■進まない「少子化対策」

2023年1月、岸田文雄首相は歴代首相が毎年恒例にしている三重県の伊勢神宮を参拝。その後に年頭記者会見を実施した。この会見も恒例のもので、現政権が1年間で重点的に取り組む政策が示される。

2023年の年頭会見で岸田首相は 「異次元の少子化対策」を口にし、出生率の低下に歯止めをかけるべく、さまざまな子育て支援策を打ち出すと表明。これは、同年4月1日から「こども家庭庁」が発足することになっていたからだ。

そして2024年、こども家庭庁が発足してから約1年。2月には厚生労働省が2023年における出生数を75万8631人(速報値)と発表した。出生数は8年連続で減少し、過去最少を記録。今後も劇的な回復は見込めない。

これまでの政権も少子化対策を講じてきたが、その効果は限定的だった。

そうした前例を踏まえれば、岸田政権が1年で少子化を劇的に改善することは不可能だろう。有権者が岸田政権に期待しているのは、少子化を解消するための道筋だが、「異次元の少子化対策」では、その辺りが見えてこない。

人口と経済は必ずしも直結するわけではない。しかし、少子化が加速度的に進むことで、少なからず日本経済は停滞もしくは縮小を迫られる。民間企業も少子化に無関係ではいられないのだ。

言うまでもなく、不動産投資も人口減少の大きな影響を受ける。

それでも、バブル崩壊後の「失われた30年」間は、企業は生き残りに必死で、独自の少子化を打ち出すことはできなかった。社会問題に対し、自分たちの費用と人手を割くことに首肯しがたい部分があったのだろう。

■共働き世帯から支持を集める「埼京線」

しかし、最近はいくつかの企業が少子化対策を打ち出すようになった。中でも鉄道事業者は、少子化対策に素早い対応を見せている。

鉄道事業者が早い段階から取り組み、効果を発揮したのが「保育所の整備」だった。その潮流が生まれたのは、JR東日本の埼京線が嚆矢だったと言われている。

埼京線は、東京都品川区に所在する大崎駅から、渋谷駅・新宿駅・池袋駅などを通って埼玉県の大宮駅までを結ぶ、約36.9キロメートルの路線だ。

混雑率が高いことから「最強線」と揶揄され、車内で痴漢が頻繁に発生するという、どちらかと言えば良いイメージがなかった。

一方で、夫婦の職場が異なっている共働き世帯が住居を構えるには好都合な路線でもある。埼京線は池袋駅・新宿駅・渋谷駅という副都心を結ぶため、職場へのアクセスが至便なのだ。

埼京線そのものは決して長い路線ではないが、乗り入れをしている路線などを含めると、埼京線がカバーしている範囲は驚くほど広い。

南端の大崎駅で横須賀線や湘南新宿ライン、東京高速鉄道りんかい線、相模鉄道に乗り入れている。北端の大宮駅からは川越線へと乗り入れる。

こうした背景もあり、埼京線沿線で都内よりも賃料が割安な埼玉県の戸田市・旧浦和市・旧与野市・旧大宮市(現在はさいたま市)に所在する駅が人気を高めていた。

■女性の社会進出に伴い需要が高まる保育所

埼京線沿線が共働き世帯に人気とは言っても、それは結婚当初の夫婦2人だけの話に過ぎない。子供が産まれると、また求める環境は異なってくる。

子供を持つ夫婦にとって、大きな問題は子育て施設、いわゆる保育所だ。その地域に十分な保育所が整備されていなければ、夫婦どちらかの職場復帰は叶わない。その場合、多くは女性が職場復帰を諦めることになる。

高度経済成長期以降に定着した「男性が働き女性が家を守る」というライフスタイルは、平成の30年間で大きく揺らいだ。

男性1人で稼ぐ、いわゆる片働きでは家計を支えるのが難しくなってきたという理由もあるが、なにより女性が結婚・出産・育児でキャリアを諦める必要がなくなった社会的な意識の変化が大きい。

厚生労働省の調査でも、共働き世帯数は年を追うごとに右肩上がりを続け、2022年には約1262万世帯にまで増加している。

人口減少や離婚といった理由により、共働き世帯の総数が今後も増えるかどうかは未知数だが、女性の社会進出によって結婚・出産後も継続的に働くという潮流は続くだろう。

女性の社会進出が目立ってきたことで、自宅の近隣もしくは職場までの動線上に保育所を希望する世帯が増えた。だが、2000年代まで、多くの自治体は少子化を理由に保育所の新増設には後ろ向きだった。

そのため、エリアによっては保育所の入園倍率が高くなり、希望園どころか、どこの保育所にも入園できない「待機児童」が多く発生した。

2016年、インターネットに投稿された「保育園落ちた日本死ね!!!」が話題を呼んだ。働くママが保育所に我が子を預けることが叶わず、キャリア断絶を余儀なくされたことを嘆いたのだ。

この投稿は、国会でも取り上げられるほどの反響を呼んだ。しかし「産んだのはあなた」と発言するなど、対応する気すら見せない政治家も少なくなかった。

時代錯誤な子育て意識を持った政治家が多くいては、保育所行政は時代から取り残されていく。待機児童が減らないのは、ある意味当然だった。

■「都市施設帯」を保育所に

そんな硬直化した子育て支援・保育所行政に対して、積極的に動いたのがJR東日本だった。JR東日本はこれまでに複数の保育所を開設、もしくはその支援を行ってきた。

JR東日本が初めて保育所を手がけたのは1996年。中央線の国分寺駅に隣接するホテル内に開設した。その後も2000年に横浜市で横浜保育室を、翌2001年には東京都足立区に東京都認証保育所を開設している。

そして、2004年に埼京線の沿線で保育所を開設したことが、JR東日本にとって保育所の整備に力を入れるようになる大きな転機となった。

埼京線は、先述の通り池袋駅・新宿駅などのオフィスを多く擁する駅へのアクセスに優れる一方で、沿線自治体は保育所の入園倍率が高く、子育て世帯が避ける要因にもなっていた。

沿線自治体の埼玉県戸田市は若い夫婦を呼び込むべく、保育所の新増設に真摯に取り組む。しかし、東京都に隣接することもあって高騰する用地の取得が難しく、ゆえに保育所の新増設は困難を極めていた。

そこで、戸田市が相談を持ちかけたのがJR東日本だった。「都市施設帯を活用して保育所にしたい」との提案に、JR東日本が応じた形だ。

「都市施設帯」とは何か? これは埼京線沿線に点在する、線路脇の約20メートル緩衝地帯のことだ。東北・上越新幹線の大宮駅―上野駅間を開業するにあたり、騒音や振動といった周辺住民にとっての環境悪化を和らげる目的で設けられた。

以前は資材置き場などとして使用されることが多く、土地が有効活用されているとは言い難い状況にあった。戸田市はここに着目し、保育所を開設できないかと持ちかけたのだ。

こうして都市施設帯は保育所へと姿を変えていく。開設される保育所は駅近ということで夫婦共働き世帯から大歓迎された。朝は職場への通勤と子供の登園を、夕方は退勤と退園を同時に済ますことができる。

好評を得たことで、以降も埼京線の都市施設帯に保育所が開設されていった。そしてJR東日本は埼京線を「子育て応援路線」と命名。子育て支援の姿勢を全面的に打ち出した。

だが言ってしまえば、保育所は金儲けができるような施設ではない。

筆者は「なぜ都市施設帯を保育所にしたのか? 駅近なのだから、商業施設にすることもできたはずで、不動産事業で売上を伸ばすという考えはなかったのか?」という質問をJR東日本の担当者にしたことがある。

これに対して、担当者は「保育所は短期的な視点で見れば儲けることができない施設です」と認めた上で、長いスパンで良い影響をもたらす施策であると説明した。

「沿線に保育所が充実すれば、若い世代が移り住むようになります。若い世代の人口が増えれば地域は活性化し、沿線も活性化します。中長期的な視点に立てば、JR東日本にとってもプラスです」(JR東日本担当者)

■次なる保育所用地は「高架下」

都市施設帯は埼京線をはじめ一部の路線にしか設けられていない。全国の路線で同じように保育所を整備することはできないということだ。

そこで、新たな保育所用地として注目されているのが高架下だ。

日本には踏切が約3万4000カ所ある。鉄道事故の約8割が踏切および踏切付近で起きるとされており、鉄道会社や地元自治体、そして交通安全を使命とする警察にとっても踏切は可能なら廃止したいものだ。

しかしそれは容易ではない。例えば、小田急電鉄は2018年に東北沢駅―和泉多摩川駅間の約10.4キロメートルを複々線化・立体交差化を完了させるのに約半世紀も費やしている。

それほど、線路の立体交差化には莫大な時間と費用が必要になる。踏切を廃止して線路を立体交差させるのは、私たちの想像以上に困難な事業なのだ。

そこで政府は、国や地元自治体が事業費の約3分の2を負担するスキームを構築。鉄道事業者の金銭的負担を軽減、立体交差化を促進させようという意図が見て取れる。

そして一口に立体交差化と言っても、立体交差には大別して4つのパターンがある。

(1)線路を高架化する
(2)線路を地下化する
(3)線路の上に道路を通す
(4)線路の下に道路を通す

それぞれに一長一短あり、鉄道会社・地元自治体・地元住民の3者間でメリット・デメリットが異なる。現在のところは、工期・工費などを総合的に勘案して(1)線路を高架化するケースが圧倒的に多い。

線路を高架化した場合、高架線の下に細長い線路跡地が出現する。この跡地は不動産として活用することが難しく、鉄道事業者はこれまで有効活用できていなかった。

立体交差事業にあたり、国や自治体は費用負担をする代わりに、跡地の15パーセントを公共目的で使用するルールを課している。

筆者はこれまで、立体交差で生まれた空地100カ所以上に足を運び、活用方法の調査をしているが、公共目的で整備されるのは駐輪場や公園が多かった。細長い空地の有効活用方法を見出すのは難しかったのだろう。

しかし、埼京線の都市施設帯に生まれた保育所が好評だったことから、この細長い空地にも保育所という新たな活用方法が出てきた。

「公共目的」という条件を満たす上、JR東日本の担当者が話したように、保育所の開設は沿線の将来的な活性化にもつながる。

同じ担当者に「高架下の保育所を開設して、騒音や振動といった問題はないのか」と聞いたところ、園舎に影響を与えないよう工法・構造に工夫がされているという。

近年は、保育所から漏れる園児の遊び声に近隣から苦情が寄せられることもあるようだが、高架下の保育所は園児の声も列車の走行音が掻き消すため、そのようなクレームの心配もないようだ。



JR東日本の「都市施設帯」から始まった保育所開設の動きは、立体交差化で生まれたスペースに保育所を開設するという流れに発展した。その動きは次第に他社にも波及していく。

大都市圏にはいまだ多くの踏切が残り、鉄道事業者・地元自治体・地元住民を悩ませている。鉄道各社は立体交差化を進め、そこに続々と保育所を開設しているところだ。

財源は有限のため、問題のある踏切全てを一度に立体交差へと切り替えることはできない。それでも歳月をかけて、少しずつ都市圏の踏切は消えていくだろう。

そして、その跡地に保育所が開設される。踏切がなくなり、それまで線路で分断されていた街が一体化する。加えて、保育所が開設されて待機児童問題の解消にもつながる。良いことづくめだ。

こうした鉄道会社の取り組みが少子化対策の機運を高める。

鉄道事業者が取り組む子育て支援は、保育所の開設および開設支援だけではない。ベビーカーのレンタルサービスや職業体験プログラムなど、多岐にわたる。

今回は、鉄道事業者による保育所の開設という新しい潮流を紹介した。

立体交差化後の線路跡地が保育所へと姿を変える。こうした流れを察知しておければ、ファミリー世帯をターゲットにした不動産投資を考える一助にもなるだろう。

小川裕夫/楽待新聞編集部

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最終更新:4/18(木) 19:00

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