いなば食品、大炎上も「ほぼ沈黙」の戦略的な是非とは。「沈黙は金」黙って耐えるのはもう通用しない?

5/3 20:32 配信

東洋経済オンライン

 食品メーカー「いなば食品」をめぐり、企業のコンプライアンス意識が問われるような不祥事が、相次いで報じられている。それに波及して、SNS上ではタレコミも拡散されつつあるが、同社からはほとんど公式声明が出されていない状況が続いている。

 まもなく『週刊文春』の初報から1カ月となるなか、いなば食品は沈黙を続ける。よく「沈黙は金」といった言い回しが用いられるが、ネットの「炎上」対策では、沈黙が一定の効果を示すことはある。

 しかし今回も、それが当てはまるのだろうか。ネットメディア編集者である筆者の視点を交えつつ、「いなばの沈黙は金」なのかを考えてみよう。

■ボロ家報道後、炎上が続く「いなば食品」

 いなば食品が話題になり始めたのは、2024年4月10日ごろから。『週刊文春』が新卒採用者の多くが入社を辞退し、その背景には、入社直前の給与変更や、記事では「ボロ家」と表現されたシェアハウスでの共同生活などがあると報じたのがきっかけだった。

 文春記事では、社長夫人である現会長について、「女帝と恐れられている」との会社関係者談も掲載されている。

【画像】ボロ家と報じられたいなば食品の「一般職」向け新人社員寮、書き換えられたリリース…などの様子を見る(7枚)

 これらを受けて、いなば食品は4月12日に「一部報道について」「由比のシェアハウス報道について」と、2本のプレスリリースを公開。後者は当初、「由比のボロ家報道について」と題していたことから、緊急時の広報対応として適切なのかとの指摘もなされていた。

 その後、さらなる「文春砲」で食品衛生法違反がスクープされ、報道翌日の4月18日に「『鶏肉のボイル工程設備の移設許可申請の遅れ』(食品衛生法第55条の事前申請『許可変更』の取得漏れ)」のタイトルで謝罪文を掲載。しかし5月3日時点で、一連の報道や疑惑をめぐる、同社からの公式発表は、この3本のみだ。

 まもなく初報から1カ月が経過するが、その間も文春の手はゆるんでいない。先の食品衛生法の件のみならず、元内定者のインタビューを掲載したり、会長・社長夫婦の自宅ペットの「猫ネグレクト」疑惑を伝えたり……。

 文春が与えた「いなばショック」は、SNSへも波及した。いわゆる「暴露系インフルエンサー」と呼ばれる著名SNSユーザーのもとには、関係者と思われる人物からのタレコミが殺到。後に文春からも報じられる「猫ネグレクト」なども、こうしたアカウントから拡散された。

■4月18日以降は、報道には無反応を貫く? 

 しかし、週を追うごとに、告発の内容が過激さを増していく一方、公式サイトに動きは見られない。

 その真意は同社従業員、いや上層部のみが知るものだろうが、どのような理由のもとで、発言を行っていないのだろうか。

 「雄弁は銀、沈黙は金」という慣用句がある。ベラベラと話すことも大事ではあるが、それよりも黙っていることに価値がある。ネットメディア編集者として、これまであらゆる「炎上」を見てきた筆者からしても、確かにこれが当てはまるケースをいくつも見てきた。企業イメージを守るための戦略としてはアリと言える。

 ただ、この手法がうまくいくのは、あくまで火種となる要因が、ひとつないしは少数の場合だ。今回の疑惑でも、「ボロ家」や「食品衛生法」の1点のみが追及されていたのなら、この対応でも理解できる。

■「寮のボロさ」ではなく「経営体質」が論点だ

 しかし、一連の報道は、そんな簡単な話ではない。

 筆者は、最初のプレスリリースが出た直後から、「いなば食品は、問題とされている論点を見誤っている」と考えている。これまで同社が説明してきた「ボロ家」などの個別事案は、あくまで氷山の一角に過ぎず、文春などは「女帝」を筆頭とした経営体質の問題点を指摘してきたのだ。

 例えば当初のリリースでは、シェアハウスの改修工事をめぐる経緯がつらつらと書かれていたが、どれだけ改修しても、企業統治の意味では小手先の対応にしかならない。そこに加えて、読みにくいと話題になった謝罪文言も含めて、「なぜこれでOKと感じたのか」という、企業倫理的なところが問われているのだ。

 その視点から言えば、現状公表されている3本のリリースでは、まだこの論点に向き合えているとは言えない。しかしその間にも、文春は二の矢、三の矢と、詳報を出し続けている。そこへ来ての「猫ネグレクト」疑惑は、かなり痛いものになるだろう。

 これまでの報道は「いなば食品」が主語で、風評の意味では、子会社・いなばペットフードの防波堤になっていたため、人気商品「CIAOちゅ~る」のブランドイメージは、それなりに守られてきたように思える。

 しかし、「猫ネグレクト」が報じられてもなお、沈黙を貫くようでは、缶詰に続く、同グループの基幹商品にも、多大な影響が出てしまいかねない。

 ここ数年の企業スキャンダルを見ると、少しずつ傾向が変わりつつあるように感じられる。とくに中小企業では「社員が上層部に言いづらい空気」、つまり風通しの悪さが、現場の士気を下げ、経営層の権力を増し、コンプライアンス意識が低下する温床となった……そんな事案が、今まで以上に報じられている。

 先日、伊藤忠グループのもとで「WECARS(ウィーカーズ)」として再出発が決まった、中古車販売大手のビッグモーター(BIGMOTOR)も、同族経営下における権力の集中が、保険金の不正請求などの遠因となったとされる。

 故ジャニー喜多川氏の性加害をめぐる、旧ジャニーズ事務所の対応も、権力者におもねった結果として、現場の状況はさておき、「組織ぐるみの隠蔽」との印象を残した。こうした事案が相次ぐことで、権力集中に嫌悪感を抱く消費者も増えてきているはず。かつては沈黙で乗り切れたとしても、今はそうはいかないのだ。

 加えて、いなば食品は、非上場企業だ。非上場のメリットとして、時たま「株主の動向に左右されにくく、自由が利きやすい」ことが挙げられるが、厳しい株主の不在がデメリットになる側面もある。具体的には、株価変動が起きにくいことだ。

 もし上場していれば、消費者の空気を察して、市場は敏感に反応する。これは被害者となった企業の例だが、スシローが「迷惑客テロ」を受けた際には、時価総額として一時170億円近く下落した。

 投資家による評価が絶対ではないが、少なくとも株価は、それなりに正統性のある客観的指標と言えるだろう。感情ベースで、モヤモヤとした「嫌悪感」を可視化するのは難しいが、株価の推移を通して、おおよその消費者感覚をつかむことはできる。

 それがない非上場企業は、「企業価値の低下」に気づきにくい傾向にあると考えられ、これはリスクでしかない。一見すると同じ沈黙でも、「知っていてあえて」と「気づかなかったから」では、後々残るダメージは異なる。沈黙を貫いて、いつのまにか手遅れに……となってからでは遅い。

■テレビが取り上げられるのも時間の問題だ

 昨今は、SNSや雑誌で話題になったニュースが、すぐさまテレビにも輸入されるのが一般的だ。しかし今回は、まだ報道が広がっておらず、視聴者の中には「テレビCMを大量出稿しているから扱いづらいのでは」といった邪推まで続出している。ただ、これだけ世論が高まっている現状、一斉に取り上げ始めるのも時間の問題だろう。

 いざテレビで広まれば、さすがに沈黙ではコントロールできなくなる。そこからは、超高速で対応を余儀なくされる。準備もままならないまま、しぶしぶ記者会見を開くこととなり、記者も、スマホ越しの一般消費者も「発言の矛盾点」を、目を皿のようにしながら探す。もし会見を短時間で打ち切ったり、質疑応答で当てる記者を制限すれば、それもまた非難の対象となる――。

 そこまでエスカレートしてしまうと、もはや体制の維持も難しい。ジャニーズやビッグモーターと同様に、第三者を登用して、同族経営から脱却せざるを得ない可能性もあるだろう。いずれのケースも、経営刷新とともに、社名を変更した。

 このまま沈黙を続けると、いなば食品もまた、経営一族の名前を冠した社名を変えるときが来る……というのは筆者の考えすぎかもしれない。しかし、「沈黙は金」が成り立つのが、なかなか難しい時代になってきているのもまた事実だろう。

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最終更新:5/3(金) 21:18

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