「これって教員の仕事?」疲弊する先生のリアル 終わらない業務、保護者からの無理難題に苦慮

5/12 16:02 配信

東洋経済オンライン

学校の教員たちは日々の授業やその準備だけではなく、さまざまな業務や対応に時間と労力を費やしています。徐々に業務や待遇の改善は進んでいるものの、複雑化する社会の中で子どもや保護者の対応に神経をすり減らすことが増え、精神的に追い詰められていく教員も後を絶ちません。本稿では、朝日新聞の連載「いま先生は」をまとめた書籍『何が教師を壊すのか 追いつめられる先生たちのリアル』より一部を抜粋し、教員を取り巻く現状について考えます。

1回目:「先生が壊れる」若手教員に病休者が多い深刻事情

3回目:「何十年前?」職員室のDX化が進まない「なぜ」

■子育てとの両立に苦しむ女性教員

 近畿地方の公立小学校の40代の女性教員は、会社員の夫とともに、高校生と小学生の子どもを育てながら働いている。

 自宅から勤務先までは、車で10分ほど。子どもたちを送り出して、あわただしく出勤し、すぐにクラスの子どもたちを迎える。

 午前8時半~午後5時が「定時」だが、午後3時25分に6時間目の授業が終わると、すぐに会議が入る日が多い。5時をまわり、会議が終わってから、ようやく採点や子どもたちのノートの確認といった「自分の仕事」にとりかかる。

 我が子に夕食を食べさせるため、7時ごろ帰宅。家事が一段落してから、午前1時ごろまでかかって、学級通信づくりなど持ち帰った仕事をする。

 朝は7時前に起きるのがやっと。高校生の子の弁当は、夫が作る。夕食後、再び出勤することも。土日もどちらかは出勤し、どうにか仕事をまわしている。平日用のおかずも、週末に作り置きや下準備を済ませる。

 女性は、教材研究の翌週分を週末にまとめて行う。2020年度から学習指導要領の改訂で、学習内容や求められる指導方法が大きく変わった。教科書や指導書を読み込み、板書計画を練り、授業で使うプリントをつくる。

 1教科あたり最低1時間。授業前夜にも、翌日分の内容を再確認する。授業の直前にササッと教科書に目を通すくらいでは、授業の質は保てない。

 評価をめぐる負担も重くなったと感じている。学習指導要領の改訂に先立ち、通知表には、主体的に学習にとりくんでいるかを問う項目が加わった。

 プレゼンテーションや、資料の読み解き、ノートのとり方など、一人ひとりの学習や思考のプロセスを、より丁寧に見ることが求められるようになった。数値化は難しく、それだけ手間がかかる。

 女性は教員になりたての20代の頃、先輩から「月給は年齢×1万円」と聞いた。

 30歳なら30万円、40歳になれば40万円……。「夢あるわー!」と思ったが、行財政改革のあおりもあり、現実は違った。

■対応しなければいけないことが増えた

 授業準備や評価などの本来業務に加え、負担が重くのしかかるのは、保護者への対応だ。

 保護者同士が不倫関係になり、当事者の配偶者から「うちの子を、あの子(不倫相手の子ども)と一切かかわらせるな」といった無理難題を押しつけられることもある。

 約20年間に及ぶ教員生活。保護者に生活や心の余裕がなくなり、そのストレスが子どもに向けられるようになったと感じている。

 虐待や、給食費未納などの対応に追われることが増えた。保護者から教員への脅しや、暴力沙汰になりかねない行為も。子どもを見放すわけにもいかず、悩ましい。

 地域の人から「転んだ子がいる」といった電話がかかってくることも。「あなたが対応してあげて」という本音をのみ込み、かけつける。

 苦労は絶えない一方で、女性は「仕事は楽しい」と言い切る。「子どもたちの、できなかったことができるようになった瞬間に立ち会えるのは、大きな感動がある。

 怒りや悲しみも含めて、とにかく感情がすごく揺さぶられる。他の何にも代えがたい仕事だと思う」。誕生日に子どもたちがサプライズでお祝いをしてくれたことも忘れがたい。

 「とにかく人手が足りない。教職は素晴らしい仕事だからこそ、もっと予算をかけて増員し、待遇も良くしてほしい。子どもたちの未来のため、です」

■「これって教員の仕事なのか」

 矛盾を感じながら、何とか踏みとどまっている教員がいる一方、教職に見切りをつけた人もいる。

 関西地方の小学校に6年間勤めた30代男性は、数年前に教員を辞めた。26歳で採用され、毎年学級担任を務めた。いつもやる気にあふれ、何よりも授業に力を入れてきた。

 子どもたちと向き合うことに、喜びを感じていた。勉強がわかったときのうれしそうな表情を見たとき、担当した子が卒業後に顔を出してくれたとき。

 やりがいを感じる瞬間は何度もあった。子どもの学力を高めたい一心で、授業準備や教材研究を仕事だと思ったことは一度もなかった。土日も自宅でパソコンに向かった。

 特に力を入れていたのが、英語教育だ。大学を卒業後、海外で働きながら英語力を養った。その経験から、「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能をバランス良く養成するために、どうしたらいいかを考えた。

 朝の時間に、さいころを振って出たテーマについて英語で話す活動も採り入れた。子どもたちは物おじせずに取り組み、力がどんどん上がった。

 一方、仕事には疑問もあった。授業に関係のない業務が多すぎることだ。

 放課後にはまず、校内の会議や研修、打ち合わせがある。それが終わると、事務仕事が待っている。代表的なのが、学校の庶務を教員が分担する「校務分掌」だ。

 3年間担った「会計」では、遠足などにかかった費用を計算して精算書をつくり、全ての領収書を貼り、事務職員に提出するといった作業がある。提出後に「3円違っている」と指摘され、数日間かけて全ての数字をつきあわせ直したこともある。

 疑問が募った。「これって教員の仕事なのか」。

 本来、放課後は翌日の授業準備にあてたい時間だ。子どもが下校するまでは、授業のほか、提出物のチェックやテストの採点などに、息つく暇もなく追い立てられるからだ。

 なのに、学校にいる間は作業に追われ、じっくりと教材に向き合えない。

 自身が教員になってから、教育の世界にも様々な変化の波が訪れていた。

 動画投稿サイトのユーチューブでは、わかりやすい解説をする「教育系ユーチューバー」が登場。コロナ禍でリモート授業が注目され、その人気は一層高まっていた。

 いまや学校に行かなくても、勉強する方法はいくらでもある。

 それなのに、相変わらず先生が技能を磨く体制は乏しく、そのための時間もない。

 「そのうち、学校に来る子がいなくなってしまうのでは」。漠然と感じていた不安は、年々強くなっていた。何より、魅力を感じ、大切にしていた「教える」ことが後回しになってしまっていることに気付いた。

 もう限界だった。

■後ろ髪をひかれながら民間企業に就職

 校長に告げた。当初は何度か、理由を説明するよう求められた。だが、自分の決意が固いとわかると、「またいつでも戻ってこられるから」と理解を示してくれた。

 教え子たちは良い子ばかりで、後ろ髪がひかれる思いはあった。でも、どう考えても、学校という場所に魅力を感じられなくなっていた。

 その後、民間教育企業に就職した。AI(人工知能)を使って、子ども一人ひとりに最適な学習を提供する教材づくりを担った。先端技術で学習効率を高めることで、子どもたちの学びを支援する。そんな役割に、やりがいを感じた。

 それでも、教室でのやりとりや子どもたちの笑顔が、毎日のように脳裏をよぎる。

 「根っからの先生なんやろな、と思います」。学校が本当に子どもたちのために変わった。

 そう思える日が来たら、また教壇に立ちたいと思っている。

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最終更新:5/19(日) 18:02

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