介護費を兄が工面、脳出血になった独居弟の苦悩 「体は資本」老後まで使い続けるなら過信は禁物

5/12 5:21 配信

東洋経済オンライン

まさか自分がこんなことになるとは――。自身の健康を過信し、長年、健診に行かず不摂生を続けていた男性は、50歳の若さで脳出血を患い、仕事を続けられなくなってしまった。
これまで1000人を超える患者を在宅で看取り、「最期は家で迎えたい」という患者の希望を在宅医として叶えてきた中村明澄医師(向日葵クリニック院長)が、若い人たちにも知ってもらいたい“在宅ケアのいま”を伝える本シリーズ。
今回のテーマは、現役世代の生活習慣病。50歳で脳出血を患い、半身まひになり、収入が途絶えてしまった男性の例を基に、現役世代が知っておきたい生活習慣病のリスクや定期的な健診の意味を考える。

■脳出血を起こし高血圧だと知る

 20代からイラストレーターとして仕事を始め、日々忙しく働いてきたAさん(61)。若い頃からヘビースモーカーで多量の飲酒習慣もあり、夜更かしが当たり前の生活。仕事柄、机に向かう作業が多く、慢性的な運動不足でもありました。

 そうした不摂生が続いていながら、本人は自身の健康状態について特に気にすることもなく、長年、健診にも行かなかったそうです。

 そんな生活が30年近く続いた50歳のとき、脳出血を起こしました。Aさんはそのとき初めて、自分が高血圧だったことを知ったといいます。

 Aさんは脳出血の影響で半身まひとなり、生業としていたイラストを描けなくなりました。これまで仕事中心の生活を送ってきて、誇りを持って仕事を続けてきたAさんにとって、イラストが描けなくなってしまうのは、まさに“筆舌に尽くしがたい”喪失感があったようです。

 ただ、手足に不自由はあるものの、頭はクリアで、まひのない手を動かすことはできます。

 本気でやろうと思えば、何か収入を得られる仕事もあったのではと思いますが、Aさんはイラストを描く仕事へのこだわりが強いあまり、仕事を探すことはせず、50歳から貯金を取り崩しながら生活するようになりました。

■介護のための費用に月5~6万円

 年金などが受給できない若い現役世代で収入が途絶えれば、当然ながら、生活が厳しくなります。

 「要介護4」と認定されたAさんの場合、介護保険サービスの利用分と、全額自費の介護サービスと合わせ、毎月5万~6万円前後の費用がかかっていました。

 Aさんは独身で一人暮らし。室内は車いすで移動し、ベッドから車いすへの移動や、車いすからトイレへの移動も自力でできます。しかし、買い物や入浴には介助が必要です。

 こうした状態を支えるべく、訪問介護が週2回、身体機能を維持するための訪問リハビリが週2回、健康状態を確認するための訪問看護が隔週1回というケアプランを組んでいました。

 介護保険の場合、介護度などによっても違ってきますが、1カ月に使える金額の上限(支給限度額)が決まっています。Aさんは毎月、この限度額ぎりぎりまでサービスを利用して、在宅での生活を続けていましたが、月によっては限度額を超え、全額自己負担で介護サービスを利用することもありました。

 介護保険では、自己負担が1割の場合、3万円のサービスを3000円で受けられます。ただ、これはあらかじめ決まっている限度額までの話です。限度額を超えると、オーバーした分のサービスは全額自己負担となります。

 貯金を取り崩しながら生活しているAさんにとって、費用負担が大きいため、兄の金銭的な援助に頼る状態が続いていました。

 しかし、兄も年金生活に入ると、いつまでも援助を続けられるわけではありません。Aさん兄弟には施設に入居している高齢の母親もおり、兄は母親の主な介護者でもあります。

 多少の不便があったとしても、限度額内で収まるようサービスを絞るなど、Aさんもどこかで折り合いをつけなければならない状況にありました。

 体が不自由な状態で年を重ねることの大変さを肌身で感じていたAさんは、「なぜもっと早く健診を受けなかったのか」「自分は大丈夫だと思っていたのに、まさかこんなことになるなんて」と、深い後悔に包まれながら話していました。

■「自分は大丈夫」の過信が怖い

 健診を受けなかったり、「要再検査」と指摘されたのにそれを放っておいたりすると、病気が進行して、Aさんのように突然大病を発症することがあります。

 心臓病や脳卒中になると命にかかわりますし、万が一命を取りとめても、重い後遺症が残り生活が不自由になりますし、医療費が高額になる可能性もあります。

 年に1回、健診を受けることで大病を防ぐのは、将来の医療費を減らすことにもつながるのです。

以前の記事(血糖値高めを放置し「足を切断した」男性の言い訳)でも紹介しましたが、生活習慣病の怖いところは、自覚症状がないうちは日常生活で困らないため、つい「大丈夫だろう」と過信しがちな点です。

 血圧も血糖値もコレステロールも、かなり数値が高くても、自覚症状はほとんどありません。私が診てきたほかの生活習慣病の患者さんも、決まって「自分は大丈夫だと思っていた」と口にします。

 Aさんもある日突然、脳出血に見舞われるまでは、自分の健康状態に問題があるとは微塵も思っていなかったそうです。

 こうした事態を防ぐには、とにかく定期的に健診を受け、異常を指摘されたら受診するほかありません。健診を受けていない人が、具合が悪くなって病院に行ったら、糖尿病がかなり進行していて、血管が傷つき、失明や人工透析の危険があることがわかった、というケースも決して少なくないのです。

 生活習慣病は、調子が悪くなってから病院に行くのでは手遅れ。どこも悪くないときから定期的に健診を受け、病気の芽を摘んでリスクを回避しましょう。

 毎年健診を受けていると、1年前と比較して自分の体の経年変化をチェックすることができます。体重や腹囲が増えていないか、血圧や血糖値、コレステロールはどうかなど、定期的に確認して、気になるところがあれば生活習慣を振り返ってみるといいと思います。

 40歳以上の人は、特定健診の結果でメタボリックシンドロームのリスクがあると「特定保健指導」が受けられます。病院で治療が必要になる前の段階で、保健師などから運動や食事など、生活習慣の改善についてアドバイスを受けることができます。

 少なくとも、塩分過多や脂質過多など食生活の乱れ、運動不足、夜更かし続き、喫煙習慣などの不摂生が続いている人は、生活習慣を見直す努力をしましょう。

 昔から「体が資本」といわれるのはその通りで、何をするにも元気な体があってこそ。体という資本を、老後まで快適に使い続けるには、適度な運動や栄養バランスの良い食事を心がけ、ときに必要なメンテナンスをしながら、悪いものが蓄積しないよう注意することが大事です。

■サプリメントに頼るのは×

 こうした生活習慣の改善を、特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品などに頼る人がいますが、それでは根本的な解決にはなりません。

 健康の基本となるのは、運動、食事、睡眠です。

 血糖値が高い状態が続いている人が「血中の糖を減らす効果があるサプリを飲んでいるから、運動しなくても大丈夫」などと考えるのは正しくありません。健康食品で症状を治すことは「できない」と考えてください。

 昨今、製薬メーカーの健康食品による健康被害の一件から、機能性表示食品の安全性が問われていますが、健康食品の多くは特定の成分を濃縮したもので、摂取のしすぎはよくありません。

 病気や症状を治す効果があるのは、医師の診断・処方に基づいた医療用医薬品です。薬局・ドラッグストアで売っている市販の医薬品の一部も同様の効果がありますが、長期間にわたって自己判断で摂取するのはお勧めできません。

 生活習慣を改善できるのは、他ならぬ自分しかいません。繰り返しになりますが、生活習慣病の予防には、定期的な健診と正しい生活習慣のセットが欠かせないのです。

 現役世代にも潜む生活習慣病のリスクを軽視し、「こんなはずじゃなかった」ということにならないためにも、ぜひ日頃から心がけてほしいと思います。

 (構成:ライター・松岡かすみ)

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最終更新:5/12(日) 5:21

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