マイクロソフトがAI搭載「Copilot+ PC」投入 ライバルは「MacBook Air」、新たに始まるPC競争

5/25 9:41 配信

東洋経済オンライン

 マイクロソフトはWindows PCのあり方を大きく変える決断をした。5月20日(アメリカ太平洋時間)、同社の年次開発者会議を翌日に控え、「Copilot+ PC」という新カテゴリーと、それに準拠するPCの発表会を行ったのだ。

 マイクロソフトが「再設計されたWindows 11(Rearchitected Windows 11)」と呼ぶほど大きな変化を伴う。従来のPCのほとんどでは動かず、新しいPCの購入も必要となる。

 新しいPCカテゴリーを導入する理由は、「AIを使ってPCをもっと使いやすくする」ことだ。別の言い方をすれば、スマートフォンで起きようとしているトレンドがPCでも起きようとしている、とも言える。

 マイクロソフトはPCでなにをしようとしているのかを解説してみたい。

■PC上のAIが「物忘れ防止」の切り札に? 

 Copilot+ PCは、簡単に言えば「AIを搭載したPC」である。

 まずどんなことが可能になるかを紹介しよう。もっともわかりやすいのが「Recall」、日本語版では「回顧」と呼ばれるものだ。

 PCを使っている最中、「この間見たはずのあの情報、どんな内容だっけ?」と考えることはないだろうか。

 Recallはこういう状況をカバーするためのもの。「青い服」「赤い車」のように断片的な情報をCopilot+ PCに投げかけると、過去にPC上で行っていた行動、例えばウェブ検索や文書作成など、そのときの情報を写し出してくれる。検索対象は文字情報だけではない。写っていた写真や描いていた絵など、ビジュアルの一部でも構わない。

 要はこの機能、PC上でやっていることを記録して検索可能にすることで、「PC作業中の物忘れ」をカバーするものなのだ。

 Recallを実現するために、マイクロソフトは2段階の処理を行う。

 まず定期的かつ自動的に、PCの画面を画像として保存する。そして、その内容をAIが解析、含まれる情報を「検索のためのインデックス」として記録する。AIが作った「この時間には画面にこんな内容が表示されていた」という情報をもとに、記憶を甦らせる助けを検索する……という仕組みだ。いままでのファイル検索などとは考え方が大きく異なる。

■プライバシー保持のカギとなる「オンデバイスAI」

 Recallがどのくらい実用的なのか、現状では判然としていない。発表イベント会場でも短時間試すことはできたが、蓄積されていた情報はごく少ないものだったので、なんとも判断がつかない状況だったからだ。

 とはいえ、Recallの考え方自体は非常に面白く、画期的なものだ。同じような機能を実装する試みが過去になかったわけではないが、WindowsというメジャーなOSにコアな機能として搭載されるのは大きな変化と言える。

 一方で、こうした機能を考えるとき、誰もがプライバシーや機密保持を気にするだろう。PC上の作業が記録されていくということは、PC上の操作をのぞかれているような感覚を持つからだ。

 ここで重要になってくるのが、Copilot+ PCの持つ「オンデバイスAI」という特性である。

 オンデバイスAIとは「機器の中だけで動作が完結するAI」という意味だ。ChatGPTは賢いAIだが、処理はネットワークの向こうにある「クラウド」で行われている。処理のためにはデータをクラウドに送る必要があり、ここにプライバシー保護上の弱点が生まれる。

 だがオンデバイスAIの場合、処理は機器の中で完結するため、情報はクラウドに流れない。Recallの例で言えば、どんな作業が行われていてどんな画面が写っていたかは、あなたとあなたのPCしか知らないわけだ。

 実はこれには落とし穴もあって、オンデバイスであるかクラウドであるか以上に「サービスが情報の扱いをどう設計するかでプライバシー要件は変わる」というのが正しい。

 ただ少なくともRecallについて、マイクロソフトは「プライバシーに関わる情報は収集せず、AIの学習にも利用しない」と明言しているので問題はないだろう。もちろん、記録されたくないときは止めることもできる。

 重要なのは、プライバシーを保持するためにオンデバイスAIが必要、とマイクロソフトが判断したということであり、そのためにはPCが使っているプロセッサーにも新しい機能が必要になる、ということだ。

■オンデバイスAIをWindowsの一部に

 RecallはCopilot+ PCが持つ機能の1つに過ぎない。

 マイクロソフトはCopilot+ PC向けのWindows 11に「Windows Copilot Runtime」というレイヤーを設けた。

 これは簡単に言えば、オンデバイスAIを扱う40以上のAIモデルをまとめ、PC上で使えるようにする仕組みだ。

 RecallもWindows Copilot Runtimeを使っており、今後Windowsに搭載されるAI関連機能でも多用されていく。

 Windows用アプリの開発者も利用できる。今までAI開発というとクラウド側が主軸になったが、OS側での準備を進め、「オンデバイスAIでPCの価値を高めていく」ことが狙いである。

 これはマイクロソフトにとっては「Windows 11の再設計(Rearchitected Windows 11)」とアピールしたいほどの新要素なのだ。

 では、Copilot+ PCは、どんな条件を備えたPCなのだろうか? 

 マイクロソフトは3つの条件を挙げる。

 メインメモリーは16GB以上でストレージとしては256GB以上のSSD。これは、現在販売されているビジネス用PCを見てもそこまで過大な要求ではない。

 だが、3つ目の条件である「40TOPS以上の処理能力を持つNPUを搭載していること」という点が大きい。

 NPUとはAIの推論処理に特化した機構のことだ。AIの推論はCPU処理では効率が悪く、今はGPUが使われることが多い。だが、GPUであっても「推論の演算」だと効率的でない部分があるので、より最適化した機構が必要になる。それがNPUだ。

 NPUの搭載はスマートフォン向けのプロセッサーから始まり、PC向けは後手に回っていた。スマホの写真処理や音声認識などは主にスマホ内蔵のNPUで処理されており、今後さらに活用が進む。先日もGoogleはAndroidに自社AI「Gemini」の統合を進めると発表していて、6月の開発者会議でアップルもAIに関するなんらかの施策を発表するものと見られている。

 Copilot+ PCが要求する40TOPS以上という値は、スマートフォンなどに搭載されているNPUより強力なものだ。先日発表された「iPad Pro」に搭載されたNPUが「38TOPS」なので、それよりも上を求めていると考えればいいだろう。

■ライバルはMacBook Air、新たに始まるPC上の競争

 Copilot+ PCが必要とする「40TOPS以上のNPUを搭載したWindows PC向けのプロセッサー」は、現状クアルコムの「Snapdragon X」シリーズしかない。

 PCといえばインテルやAMDが供給する「x86系」が思い出されるが、Snapdragon Xシリーズは「ARM系」。x86系のWindowsアプリを動かすにはエミュレーションが必要だ。マイクロソフトはアドビやSpotifyなどと協力してARM版アプリを増やしており、「日常的な業務の90%はARM版アプリで行える」としているが、動作速度と互換性の面でリスクを抱えているのも事実である。

 互換のリスクはアップルが2020年に乗り越えたものだ。

 アップルは2020年、Macで使うプロセッサーをインテルから自社開発の「Appleシリコン」に切り替えた。Appleシリコンはスマートフォンと同じARM系であり、x86系とは互換性がない。しかし、独自の設計で消費電力の低さとピーク性能の高さを両立することで、Appleシリコン採用以降のMacは評価を高めてきた。

 面白いことに、マイクロソフトは発表の中でことあるごとにアップルの「MacBook Air」を引き合いに出していた。

 マイクロソフトでSurface担当コーポレートバイスプレジデントを務めるブレット・オストラム氏は、Copilot+ PCと同時に発表した新しいSurfaceシリーズの開発方針を次のように説明する。

 「Copilot+ PCを展開するうえで、パフォーマンス面でアップルを打ち負かすこと、価格面でアップルを打ち負かすことを目指した」

 もちろん、x86系プロセッサーを作っているインテルやAMDも、プロセッサーの機能改善には取り組んでいる。だがマイクロソフトは、「対アップル」を考え、クアルコムとともに新しい改善を待ちきれなかったようだ。

 マイクロソフトがクアルコムと組んで「MacBook Airより優位に立つPC」を開発する最中に生成AIブームが始まり、「オンデバイスAIを活用するPC」を開発する必然性も生まれ、結果としてだが、今回Copilot+ PCに使われたSnapdragon Xシリーズが生まれた……という流れである。

■マイクロソフトのほか6社から同時発売される

 Copilot+ PCはマイクロソフトのほか、Acer・ASUS・Dell・HP・Lenovo・Samsungの6社から、6月18日に発売される。ARM版Windows 11は以前からあったが、これだけ多くのメーカーから同時に発売されるのは初めてのことでもある。

 インテルやAMDもCopilot+ PC準拠のプロセッサーを、2024年下期に投入すべく準備中だ。マイクロソフトでコンシューマー・チーフマーケティング オフィサーを務めるユスフ・メディ氏は、「1年で5000万台がCopilot+ PCになっていく」と話す。この数字を実現するにはインテルやAMDのプロセッサーを使ったPCが必要、というのが実情である。

 だが、オンデバイスAIで機器を変化させていくというトレンドは、「PCといえばx86」という常識に待ったをかけ、新しい競争の時代をもたらしてもいる。こうした変化がどこまで大きな潮流となるかは、Copilot+ PCがどれだけ実用的で、PC買い替えのモチベーションになりうるかにかかっている。

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最終更新:6/9(日) 8:22

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