『相棒』ただの刑事ドラマを超えた円熟の魅力 杉下右京の「やさしさ」と登場人物の「その後」

3/12 11:32 配信

東洋経済オンライン

 『相棒』のseason22が3月13日の放送で最終話を迎える。これまでと同様、毎回テイストの異なる話で楽しませてくれたことは変わらない。だが久しく出てきていない人物たちをめぐる物語が動き始め、水谷豊が演じる杉下右京にもこれまでになかったような振る舞いが見られるなど目を引く変化もあった。『相棒』にいまなにが起こりつつあるのだろうか? 

 ※以下、これまでに放送された分のネタバレがあります。ご注意ください。

■少年を抱きしめた杉下右京

 昨年秋からスタートしたseason22をここまで見てきて思うのは、『相棒』がますます“刑事ドラマを超えた刑事ドラマ”になってきたということだ。

 犯人を逮捕して終わりではなく、その向こう側にあるもの、さまざまな人生模様をより重点的に描くようになってきた。特に今シーズンの後半にかけて、その印象が強い。

 たとえば、第18話「インビジブル~爆弾テロ! 最後のゲーム」ではこんな場面があった。

 連続爆弾事件の犯人として自首してきた少年(中川翼)。彼と右京はチェスの好敵手として顔見知りだ。2人は取調室で向かい合う。少年は、生後すぐに捨てられ児童養護施設で育った身の上、そしてこれまで受けてきたいじめや差別について語りだす。

 じっと耳を傾ける右京。すると少年は、隠し持っていた拳銃を取り出し自殺しようとする。そばにいる相棒の亀山薫(寺脇康文)たちに緊張が走る。

 だが右京はまったく動じず、銃を構える少年に「君の未来に、希望はあります」と言いながら歩み寄る。少年に付けられた名は「希望」と書いて「のぞみ」。少年はそれでも銃を下ろさない。しかし右京は「希望は、あります」と繰り返しながら近づき、最後は少年を固く抱きしめる。

 杉下右京の「やさしさ」が出た場面である。もちろん、これまで右京にやさしさが見られなかったわけではない。ただそういう場合は、冷静沈着ななかにさりげなく顔がのぞくような種類のやさしさだった。

 あるいは、まずはよく見せるように頬を震わせながら静かに激高したかもしれない。だが少年を抱きしめ、「希望は……あるんです」と何度も語りかける右京は、ただただやさしい。こんな杉下右京の姿は、ほとんど記憶にない。

 またこんな場面もあった。

 第13話「恋文」。この回は、ラブレターが事件のカギを握るアイテムになっていた。また事件とは別に、薫と美和子(鈴木砂羽)の互いへの深い愛情が手紙を通じて浮き彫りになるサイドストーリーも。

 そしてラストの場面。右京がひとり特命係の部屋でなにやら手紙を認めている。その書き出しには「宮部たまき様」とあった。

 たまき(高樹沙耶[現・益戸育江])は、右京の元妻。特命係行きつけの小料理屋「花の里」の女将でもあった。連続ドラマ化される前の2時間ドラマ時代からの登場人物だったが、小料理屋をやめて世界を巡る旅に出てしまい、その後登場していない。

 右京とは離婚しているが、2人のあいだには固い信頼関係、互いを思いやる気持ちがあった。その思いがいまも変わっていないことが、右京が手紙を書く場面からはひと目で伝わってきた。

 似たような場面は薫に対してもあった。

 第14話「亀裂」では、薫が右京に自作のティーカップを手渡す場面がある。右京の紅茶好きはいうまでもない。手先が器用とは言えない薫がつくったものとあってちょっと不格好なかたちなのだが、それを眺めた右京は、「不器用で愚直、そして温かい」とカップの印象を語る。

 そしてそれが自分へのプレゼントであるとわかると、手に取ってなんともうれしそうな表情を浮かべる。カップへの称賛は、いうまでもなく薫に対する右京の偽らざる思いでもあるはずだ。

 このようにしみじみとする場面の連続で、今シーズンの杉下右京はこれまで以上に“情愛のひと”という印象が強かった。

■再び動き出した甲斐享の物語

 さらに『相棒』ファンから注目を集めたのが、甲斐享(成宮寛貴)の“復活”である。

 甲斐享は3代目の相棒。右京が将来性を見込んで自ら特命係にスカウトしたという経緯があった。だがその若さゆえに、ありあまる正義感が暴走し、法の裁きを免れ、のうのうと生きている犯罪者に自ら隠れて制裁を加えていたことが発覚。最後は右京に逮捕されて警察を去ることになる。この結末は、当時『相棒』ファンにとっても予想外でショッキングなものだった。

 それから時は流れ、今回の元日スペシャルで動きがあった。恋人でパートナーだった笛吹悦子(真飛聖)とのあいだに誕生した息子・結平(森優理斗)が登場。その結平が主演する学芸会の舞台上で殺人事件が起こり、観覧に来ていた右京と薫が捜査に乗り出す。いままでその存在だけが知らされていた享の兄(新納慎也)も初お目見えした。

 ただし、今回甲斐享本人は登場しなかった。しかし、不在のなかにも彼をめぐる物語が再び動き始めたという感触が強く残った。

 そのことに関連して、第16話「子ほめ」での右京の言葉も思い出される。

 この回は、season1の第3話で罪を犯して捕まった落語家(小宮孝泰)が再登場した。刑に服し終え、落語家として再起を図ろうとする彼は運悪く事件に巻き込まれるが、紆余曲折の末に高座に復帰する。

 その姿を客席から見つめる右京と薫。そして右京がこう言う。「犯した罪にのみ込まれてしまう者もいれば、再び立ち上がれる者もいる」。この言葉は、甲斐享への励ましとも思えた。

 また第14話「亀裂」では、右京が犯人に向かって「真の愛情とは、手放すことではないですか?」と語りかける。これもまた、享に対する右京の複雑な思いを物語る言葉のように受け取れる。

 そして同時に、途中で海外ボランティアに身を投じ、特命係から離れた亀山薫についてのことでもあるだろう。そして薫は、再び右京の元に戻ってきた。甲斐享は果たしてどうなるのだろうか? 

■キャラクターの宝庫としての『相棒』

 2000年にスタートした『相棒』は、このseason22で24年目を迎えた。かつてに比べ簡単には視聴率を取れなくなった時代だが、『相棒』はいまだに世帯視聴率2ケタをキープする稀有なドラマだ。21世紀を代表する作品のひとつであることは間違いない。

 その人気の理由は、やはりまずは刑事ドラマとしての安定感だろう。

 本格推理あり社会派あり、しみじみと感動する話ありコミカルな話あり、さらには先週からの続編である今日の最終回のように政界が絡んだスケールの大きな話もありといった多彩な事件に右京と薫ら相棒が敢然と立ち向かう。そのスリルとサスペンス、明かされる意外な真実が視聴者を惹きつける要因だ。

 だが長年人気を保ってきた理由はそれだけではない。『相棒』には群像劇としての際立った面白さがある。これほどキャラクターの宝庫と言うにふさわしいドラマは、ほかにあまり思い当たらない。

 一方には、『相棒』が警察の内情を描く「警察ドラマ」でもあることから登場する警察関係者たちがいる。

 一昔前の刑事ドラマだと、たとえば捜査一課が舞台ならそこに所属する刑事くらいしか出てこなかったが、『相棒』では警視庁の幹部、さらには警察庁の人間なども多数登場する。

 すでに劇中で亡くなってしまったが、岸部一徳演じる「小野田官房長」こと小野田公顕などは、いまでもファンのあいだで根強い人気を誇る。ほかにも石坂浩二演じる甲斐峯秋、仲間由紀恵演じる社美彌子、杉本哲太演じる衣笠藤治、神保悟志演じる大河内春樹などがいる。

 また特命係の周辺では、捜査一課の伊丹憲一(川原和久)、芹沢慶二(山中崇史)、出雲麗音(篠原ゆき子)、組織犯罪対策部の角田六郎(山西惇)、鑑識課の益子桑栄(田中隆三)らがいる。

 さらに刑事部長の内村完爾(片桐竜次)、刑事部参事官の中園照生(小野了)、現在は内閣情報調査室の青木年男(浅利陽介)などもおなじみだろう。元鑑識課の米沢守(六角精児)もいまだに人気が高い。

■“刑事ドラマを超えた刑事ドラマ”へ

 そしてもう一方で、歴代の相棒たちはもちろん、薫の妻で現在はフリーライターの亀山美和子(鈴木砂羽)のように、右京にとって個人的にも身近な人物たちがいる。ここまでみてきたように、そちらの面の群像劇という点で、season22の特に後半は見どころが多かった。

 刑事ドラマでは、レギュラー出演する刑事であっても一度退場するとそれっきりか、めったに再登場することはない。

 だが『相棒』は別だ。たとえ一度物語の舞台から姿を消した登場人物であっても、亀山薫が年月を経て復帰したように「その後」がある。そして今シーズンは、ゆかりの深いさまざまな登場人物の「その後」を描く人間ドラマとしての円熟味がいっそう増した。

 出会いと別れだけでなく、思わぬかたちでの再会もある。それが人生の妙味というものだろう。そんな人間ドラマとしての魅力をさらに加え、“刑事ドラマを超えた刑事ドラマ”となった『相棒』の行き着く先を見届けたい。そんな感慨を抱いたseason22だった。

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最終更新:3/12(火) 11:32

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