日本で「スタートアップ」が育つために必要な条件 ブームとともに広がる幻想と無視される現実

6/18 11:32 配信

東洋経済オンライン

「経営学は実務に必要か?」というテーマで、『Z世代化する社会』の著者・舟津昌平氏らによる出版記念シンポジウムが行われた。

本記事では、『スタートアップとは何か』を上梓した関西学院大学経済学部教授の加藤雅俊氏による講演をベースに、スタートアップへの誤解とその実像を解説する。

■スタートアップへの研究者と実務家の視点の違い

 政府が2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけて以来、スタートアップに対する公的支援が本格化してきている。スタートアップに関する報道はメディアで盛り上がりをみせているが、このスタートアップブームは本物なのか。詳しくは、拙著『スタートアップとは何か』で書いたが、この記事ではそのエッセンスをお伝えする。

 まずお伝えしたいのは、しばしば混同されている、スタートアップと中小企業の違いだ。研究者の視点からすると、スタートアップは「創業間もない企業」を指し、企業年齢としては5年まで、せいぜい10年までの若い企業を意味する。一方、中小企業は企業規模をもとにした用語であり、企業年齢にかかわらず一定の規模以下の企業を指す。

 なぜこの違いに注目したいかというと、成長率やイノベーションといった経済的な成果と企業年齢の間には密接な関係があるからだ。つまり、創業間もない時期の企業は大きく成長する可能性が高く、革新的なイノベーションを創出する可能性が高い。逆に、創業から長い時間が経過した一般的な中小企業は、このような可能性は低い。「企業年齢」こそがカギを握るのである。

 次に、スタートアップの特徴として、創業後に成功する企業と失敗する企業が二極化する点が挙げられる。研究者としては、この成否に至る「プロセス」に関心を持つ。どのような創業者が成功するのか、どのような環境において企業は成功しやすいのか、これらを俯瞰して観察する。具体的には、資金調達の成功や失敗、企業の成長、さらにはユニコーン企業のような高成長企業の誕生までのプロセスに焦点を当てる。決して「結果」だけを見ることはしない。

 こうした視点は、新しい企業が誕生してから成長するプロセスを理解するために不可欠である。ある企業がなぜ成功したのかを知るには、成功企業を観察するだけでは不十分である。適切なセレクション(選抜や淘汰)が機能していない可能性もあり、結果だけ見ていると、何が成否を分けたのかについての理解が進まない。

 一方、実務家、特にベンチャーキャピタル(VC)や投資家の視点では、スタートアップの定義はやや異なる。彼らは主に投資からのリターンに関心があり、VCから投資を受ける企業だけをスタートアップと見なすことが多い。しかし、実際にはVCから投資を受ける企業は全体のごく一部(0.2%程度)でしかない。アメリカのデータで見ても、VCは200社からスクリーニングして4社ほどに絞る。したがって、ごく一部だけをスタートアップとして認識してしまうと、それまでのセレクションプロセスはブラックボックス化してしまうことになる。

 つまり、研究者とは逆で、一部の選抜された企業しか捉えていないということである。ただし、これは批判を意図したものではない。投資家が自分たちの利益を考えれば、成長ポテンシャルを持つ企業に注目することは当然であり何ら問題はない。とはいえ、経済全体あるいは政策的な観点からすると、選抜されたごく一部の企業のみを取り上げることは、スタートアップに対するポジティブなバイアスを生み出すことにもなりかねない。

■スタートアップ支援において考えるべき点

 あくまで、スタートアップに関する議論では、不都合な真実にも目を向けることが重要である。たとえば、政府はスタートアップに対してポジティブなメッセージを発信することが多いが、現実には多くのスタートアップが失敗しているか、生き残ったとしても大して成長しない。これを無視することなく、フェアな視点でスタートアップを評価することが求められる。

 また、スタートアップの支援においては、「入り口」と「出口」の両方を考慮しなければならない。新しい企業の誕生だけでなく、倒産や廃業といった「退出」のプロセスも重要な点だ。市場には本来セレクションメカニズムが働いており、新しい企業が生まれる一方で、退出する企業もある。この循環がなければ、資源の流動化が進まず、新陳代謝が進まない。日本の場合、政府の保護政策や硬直的な労働市場などを背景にして、特に出口がうまく機能していないため、これを改善することが重要である。

 さらに、起業活動は起業家個人の特性だけでなく、社会全体の影響を受ける。家族やロールモデル、エコシステム、社会の規範など、さまざまな要因が起業のインセンティブに影響を与える。このため、社会全体で起業に対する理解を深めることが重要である。たとえば、家族からの影響やロールモデルの存在は、個人の起業のインセンティブに強い影響を与える。また、労働市場を含め社会全体で起業が評価されることで、起業を目指す人が増えるだろう。

 このように、起業活動を促進するためには、社会全体の理解と支援が必要である。また、短期的な視点での支援だけではなく、長期的な視点での支援が求められる。国や地域における起業文化は、政治的に大きな変化が起きても短期的には変わらないことがわかっている。起業活動を活性化させていくためには、長期的な視点での支援が必要ということだ。

 ただし、人にライフサイクルがあるように、企業にもライフサイクルがある。赤ちゃんには保護が必要であるように、創業間もない企業には成長の足がかりとなる支援が必要だ。しかし、過度な保護は学習機会を奪うことになり、企業の成長を妨げることがある。たとえば、挑戦者と呼ばれる企業、すなわち成長志向が強い創業間もない時期の企業には公的な支援が必要であろう。一方で、成長見込みの小さな、創業から年月の経った企業や既に成長し切った企業への支援は効果が薄い。したがって、リソースを効果的に配分することが求められる。

■政府による政策の検証から教訓を引き出す

 また、政府のなかにはGAFAのようなスーパースター企業を育成しようという声もある。大谷翔平選手がWBC決勝戦前のミーティングでおっしゃったように、「憧れるのをやめましょう」。GAFAのような企業はアメリカ政府が育成した結果生まれたわけではなく、主に民間の力によって成長してきたものである。

 政府の役割としては、起業活動を支えるエコシステムを整備することのほうが重要な仕事だ。そして、政府の政策も、単なる施策の実行だけでなく、その効果を検証し、次世代に教訓を残すことが求められる。その点については、われわれ研究者の出番もあるだろう。

 スタートアップに関しては、大いに幻想や誤解があるため、フェアに理解する必要がある。そして、今のブームを「本物」にするためには、起業活動に関わる人々だけでなく、社会全体でスタートアップについての理解を深めることが近道であるだろう。

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最終更新:6/18(火) 11:32

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