機関投資家と呼ばれるプロの投資家の間で使われている投資手法の一つ、ファクター投資(ファクター分析)をご存じでしょうか? 一言で言えば、資産のリターンはいくつかのファクターによって説明されるというものです。
今回はサポーターズクラブの田辺さん(仮)から運用についてのご相談をいただきましたので、具体的に田辺さん(仮)のポートフォリオについて実際にファクター分析を行い、そのパフォーマンスを確認しながらファクター投資についてご説明していきたいと思います。
なお、ファクター分析自体は株式会社 Magne-Max Capital Managementの方に行っていただいています。
まず田辺さん(仮)のポートフォリオですが、日本株式65銘柄、構成割合はほぼ均等となっています。時価総額上位5銘柄と下位5銘柄は次のようになっており、大型株から小型株まで幅広く含まれていることがわかります。
時価総額上位5銘柄 | |
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(株)NTTドコモ | 12兆5270億円 |
(株)リクルートホールディングス | 6兆9619億円 |
(株)デンソー | 4兆5015億円 |
(株)ゆうちょ銀行 | 3兆7620億円 |
日本郵政(株) | 3兆4812億円 |
時価総額下位5銘柄 | |
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(株)ウッドワン | 114億円 |
(株)アエリア | 111億円 |
不二電機工業(株) | 87億円 |
(株)大和コンピューター | 41億円 |
(株)KHC | 21億円 |
(時価総額は2020年12月8日時点)
早速田辺さん(仮)のポートフォリオについて、2020年1月から2020年8月末までの8カ月間のパフォーマンスを確認させていただきます。ここでは参考として、日本株式の代表的なインデックスであるTOPIX(東証株価指数)と比較しています。
年初からTOPIXを下回っていましたが、コロナによってマーケットが大きく崩れた2月下旬頃から差が開き始め、8月末時点では年初来リターンがTOPIXの-2.67%に対して、田辺さん(仮)は-18.30%と、15.63%下回っています。
実際にファクター分析の結果を確認していく前に、まずファクター分析そのものについてご説明いたします。
ファクター分析(モデル)は、簡単に説明すると、特定の資産のリターンが、次のようにいくつかのファクターによって説明されると考えるモデルです。
それぞれの係数の大きさによって、各ファクターからの影響の受けやすさが決まると考えるわけです。
ファクターモデルの中で最も有名なものは、ファクターとして市場ポートフォリオ1つだけを考えた、CAPM(Capital Asset Pricing Model、資本資産価格モデル)でしょう。CAPMの係数はベータと呼ばれていて、ベータが大きいほどそのファクター(この場合は市場ポートフォリオ)からの影響が大きいことを示しています。
今回は、次のようにファクターが9つあるモデルを使って分析しています。
各ファクターの意味は表の通りです。
ファクター名 | 定義 |
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ベータ | マーケット全体の上げ下げに対する株価の反応しやすさを表していて、大きいほどマーケット全体の上げ下げに大きく反応する |
ファンダ メンタル |
ファンダメンタル(企業の経営状況や財務状況)の継続的な伸びを表す ファクターに関連した指標の参考ランキング(Yahoo!ファイナンス):EPS |
財務安定性 | 財務の安定性であり、資産に対する借り入れ金の大きさを表す ファクターに関連した指標の参考ランキング(Yahoo!ファイナンス):有利子負債 |
中型株 | 時価総額が中程度である中型株の動きを特徴づけるもの |
利益 | 利益の質で、高いほどより少ない資産で効率的に利益を得ていることを表す ファクターに関連した指標の参考ランキング(Yahoo!ファイナンス):ROE |
業績予想修正 | アナリストや会社による業績予想修正の程度を表す |
短期株価反転 | 短期的な株価のリバーサル(反転)を表す ファクターに関連した指標の参考ランキング(Yahoo!ファイナンス):高かい離率(25日・プラス) |
時価総額 | 時価総額の大きさを表すもので、大きいほど時価総額が大きい ファクターに関連した指標の参考ランキング(Yahoo!ファイナンス):時価総額 |
割安 | 割安さを表すもので、数字が大きいほど相対的に株価が割安であることを示す ファクターに関連した指標の参考ランキング(Yahoo!ファイナンス):低PER |
まず、今回の分析対象期間において、マーケット全体がこれら9つのファクターの影響をどのように受けていたか確認してみましょう。次のグラフでは9つのファクターのうち特徴的な動きをした5つのファクターのみを示しています。
グラフで上に行くほど大きなプラスのリターン、下に行くとマイナスのリターンとなっています。短期株価反転ファクター、業績予想修正ファクター、ファンダメンタルファクターといった3つのファクターがプラスのリターンに大きく寄与していたことがわかります。
ただ、このファクターだけだとイメージしづらいと思いますので、これら3つのファクターへの寄与度が高い銘柄を具体的に確認してみましょう。例えば、(株)ベストワンドットコムを保有していると短期株価反転ファクターへの寄与が最も大きかったということになります。他のファクターについて同様です。
短期株価反転ファクター上位10銘柄 | |
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6577 | (株)ベストワンドットコム |
6628 | オンキヨーホームエンターテイメント(株) |
8209 | (株)フレンドリー |
9416 | (株)ビジョン |
4833 | (株)Success Holders |
9625 | (株)セレスポ |
3814 | (株)アルファクス・フード・システム |
9272 | ブティックス(株) |
7078 | INCLUSIVE(株) |
7048 | ベルトラ(株) |
(12月8日時点)
業績予想修正ファクター上位10銘柄 | |
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2782 | (株)セリア |
3659 | (株)ネクソン |
6920 | レーザーテック(株) |
4186 | 東京応化工業(株) |
6967 | 新光電気工業(株) |
4519 | 中外製薬(株) |
2897 | 日清食品ホールディングス(株) |
3349 | (株)コスモス薬品 |
2875 | 東洋水産(株) |
5713 | 住友金融鉱山(株) |
(12月8日時点)
ファンダメンタルファクター上位10銘柄 | |
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9376 | (株)ユーラシア旅行社 |
3556 | リネットジャパングループ(株) |
8704 | トレイダーズホールディングス(株) |
3814 | (株)アルファクス・フード・システム |
3546 | アレンザホールディングス(株) |
4576 | (株)デ・ウエスタン・セラピテクス研究所 |
4284 | (株)ソルクシーズ |
3892 | (株)岡山製紙 |
4572 | カルナバイオサイエンス(株) |
7782 | (株)シンシア |
(12月8日時点)
一方、割安やベータといったファクターは、ネガティブなリターンとして寄与していたことがわかります。
今回のファクターモデルを使って田辺さん(仮)のポートフォリオを分析していきます。次のグラフをご覧ください。
グレーの棒グラフは、各ファクターがどのくらいリターンに寄与したかを示しています。例えば、短期株価反転ファクターは+4.65%、業績予想修正ファクターは+4.30%といった具合です。
また、青い棒グラフは、田辺さん(仮)のポートフォリオが、そのファクターに対してどのくらい影響を受ける状態にあったか(エクスポージャーと呼びます)を示しています。エクスポージャーが右側に出ていると、田辺さん(仮)のポートフォリオはそのファクターの影響を受けやすくなっていたと考えられます。
例えば、中型株ファクターはマイナスリターンです(グレーの棒が左側に出ています)が、田辺さん(仮)のエクスポージャーはプラスでした(青い棒は右側に出ています)ので、田辺さん(仮)のポートフォリオに対しては結果的に大きなマイナスの影響(-2.46%)になったと解釈できるわけです。
また、田辺さん(仮)の場合、今回のモデルで採用されている9つのファクターで説明できない要因の寄与が最も大きいことがわかります(グラフ一番下のオレンジ色部分)。つまり、主要なファクターの影響を受けづらいポートフォリオになっていたと解釈できるのですが、一方で、その結果としてマーケットをアンダーパフォームする結果につながったとも言えるわけです。
次に、田辺さん(仮)のポートフォリオが、各ファクターからどのくらい影響を受けやすい状態になっていたのか(各ファクターにどのくらいエクスポージャーを持っていたのか)、時系列で確認してみましょう。
次のグラフは、田辺さん(仮)のポートフォリオに関して、各ファクターのエクスポージャーの推移を示しています。
中型株ファクターはプラス側、また時価総額ファクターはマイナス側でそれぞれ高い水準になっており、それぞれ安定していたことがわかります。一方、短期株価反転ファクターや業績予想修正ファクターはプラス側やマイナス側を行ったり来たりと変動していたことがわかります。
このようなエクスポージャーを保有していた結果、田辺さん(仮)のポートフォリオのリターンに対して各ファクターからどのような寄与があったかを時系列に確認すると次のようになります。
ファクターの寄与が目まぐるしく入れ替わっている様子が確認できるかと思います。
ここまでファクター分析という手法でマーケットと田辺さん(仮)のポートフォリオを確認してきたわけですが、もっとシンプルに業種別という切り口でもマーケットを確認してみたいと思います。
次のグラフは、日本株式市場の業種別のパフォーマンスを示しています。ヘルスケア・テクノロジーや航空貨物・物流サービスといった業種がとてもよかった一方、航空宇宙・防衛や旅客航空輸送業といった業種が悪かったことがわかります。
今回の分析期間の場合、業種別でパフォーマンスが二極化していますので、どの業種の銘柄を持っていたかがポートフォリオのパフォーマンスに大きな影響を与えたと言えるでしょう。
田辺さん(仮)のポートフォリオは、残念ながらTOPIXをアンダーパフォームするという結果になりました。ファクター分析の結果から、田辺さん(仮)のポートフォリオはマーケット全体との連動性が低めであったこと、短期株価反転ファクター、業績予想修正ファクター、ファンダメンタルファクターといったポジティブなリターンを生んでいたファクターへのエクスポージャーが小さかったことがわかりました。
では、ポートフォリオを改善するにはどうすればよいのでしょうか。
一つの考え方として、コア・サテライト戦略という考え方があります。運用資産をコア(中核)とサテライト(衛星)に分け、コアの部分はより安定的な運用を、サテライトの部分はよりリスクを取った運用を行うというものです。
ポートフォリオをより安定させたいという場合には、コアの部分は、パッシブコア戦略と呼ばれる、マーケット全体に近い資産(例えばTOPIXのインデックスファンド)を保有し、サテライトの部分でよりリスクを取りながら高いリターンを目指すポートフォリオ(例えば今回の田辺さん(仮)の日本株式65銘柄のポートフォリオ)という資産配分が考えられます。コアの割合が高いほど、マーケットに近づくことになります(日頃のご相談では、筆者はお客様にサテライトは0~2割程度とお話しています)。
一方、マーケット(例えば、TOPIX)を上回ろうという、より高いリターンを求める場合には、田辺さん(仮)のように個別性の高いポートフォリオを組んでいく必要があります。ただし、その場合はよりハイリスク・ハイリターンとなりますので、より本格的な銘柄選択、売買タイミングの見極めなどが必要となってきます。
今回の分析対象期間は8月末まででしたが、その後11月末までのファクターの動きを確認してみましょう。
8月末まで好調だった短期株価反転ファクター、業績予想修正ファクター、ファンダメンタルファクターのうち、前者2つはその後もプラスの寄与となりましたが、ファンダメンタルファクターについては9月以降右肩下がりとなり、結果的にほぼゼロとなりました。
ファクターは景気の波などマクロ経済環境や投資家心理などの影響を受け、どのファクターが有効かについては局面によって変わってきます。
新しい年を迎えるにあたり、個人の方が今回ご紹介したファクター分析をご自身で行うことは難しいと思いますが、今回ご紹介したファクターという切り口も活用しながら、ご自身の資産や運用戦略を見直して頂ければと思います。
ファイナンシャルプランナー。大手証券会社にてデリバティブ商品の開発やトレーディング、フィンテックの企画・調査などを経験後、2018年1月に独立。「フツーの人にフツーの資産形成を!」というコンセプトで情報サイト「資産形成ハンドブック」を運営。家計相談やライフプラン・シミュレーションの提供を行い、個人の資産形成をサポートしている。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院修士課程修了。マンチェスター・ビジネススクール経営学修士(MBA)。
資産形成ハンドブック:https://shisankeisei.jp/(外部サイト)