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No.1737
木下恵介監督作品
2013/06/24 23:08
>>No. 1736
マスター、ミチさん、皆さん、今晩は。
ミチさん、木下恵介監督作品にはまっているのですね。
「記念樹」の話題が本トピ、さらにはその前身のトピで話題になったのを懐かしく思い出しているのでした。
マスターから、ときどき挑発的に(世間が木下の“泣き”を評価しないというのを逆手にとって、これを遡上に乗せるというあざとい手法(マスター、ごめーん(笑))でトピの話題に持ってきていたのだ)木下恵介の話題が出てきたのだ。
で、私がその撒き餌に乗って、「マスター、それはちょっと違うんでないかい」って反論して、くってかかっていた頃があった。
そして、「この人(マスターのことね)、結局のとこ何がしたいんだろう」、「こう書き込めばこういう反応が返ってくるだろう。それをわかってやっているのではなかろうか」、「要するに、相手をしてもらいたいだけなんじゃなかろうか」、って憎まれ口を叩いていたことが度々あったのだ。
今となっては懐かしい思い出じゃ。マスター、クシャミをしているだろうな。
でも、マスターは決して木下恵介を嫌いじゃない。これは確信を持って言いきるのだ。
そんな木下恵介だけど、海外映画祭への出品などを通して(何で海外が認めなければ日本では評価されないんだろう。同じ日本人なのになあっ、てのはあるがそれはおいて)再評価の機運が高まっているのは嬉しいことです。
川本三郎、長部日出雄さんなどによって、過去に何度か再評価の機会があったけど大きなうねりにはならなかった。今度はじわじわと浸透していってほしいな。
今でも、ときどき無性に木下作品を観たくなることがあります。
カタルシスとはちょっと違うけど、あの情緒に思いきり浸ってみたいと思うのだ。
『二十四の瞳』で、遠足に行った金毘羅さんで“まっちゃん(川本松江、大石先生に百合の花の弁当箱をもらった子だった)”に再開したシーン、帰っていく大石先生を追って道に出たまっちゃんが、同級生の声に思わず隠れ、そして帰っていく船を見送り泣いていたシーン。
『喜びも悲しみも幾年月』で、娘が結婚して新婚旅行の船で両親(佐田啓二と高峰秀子)の灯台を通るシーン、「灯りを照らせ(セリフは適当)」と両親が灯りを向け、そして船の中の新婚夫婦をアフリのショットで撮ったシーン。
『破れ太鼓』で、暴君の親父・阪東妻三郎がカレーライスを食べながら昔を回想し、いろんなシーンが展開する。バックに流れた音楽もよかった(後に、テレビの「おやじ太鼓」で流れた主題歌の♪~ドンドンドドンド ドンドドンドン~のあれです)。
『お嬢さん乾杯!』での数々のコミカルなシーン。
佐野周二が「よさこい節」を歌うシーンもいいなあ。
「惚れております」、原節子が発したこのセリフ、以前に本トピ(#1627、1630)で話題にあがりました。
「ゲージュツって難しいのよねえ、アンタわかる」
「わかるわあ(理解しているというのでなく、そう言いたくなる気持ちがわかるってこと)、カルメン」
ノー天気なストリッパーのリリー・カルメン(高峰秀子)と、その相棒のマヤ朱美(小林トシ子)の名(迷)コンビが繰り広げたコメディ『カルメン故郷に帰る』。
佐野周二(盲目だが)と井川邦子の夫婦もよかったなあ。
後日談の『カルメン純情す』とういうのもあって、マヤ朱美が女剣戟で子供を背負って奮戦していたのだ(笑)。
井川邦子といえば、彼女が主演していた『わが恋せし乙女』というのもあって、小品ながらこの作品も好きだなあ。「ゆっこ(井川)ねえ」って甘えた声が耳に残っているのだ。弟の木下忠司が始めて関わった主題歌(♪~だから牧場は春なのさ いつでもいつでも春なのさ~)もよかった。
大きな声で言うのは照れくさいが、木下恵介作品好きなのだ。
今夜の一曲は、その『わが恋せし乙女』の主題歌とオープニングをどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=y9d2mx2148A -
No.1738
訂正
2013/06/24 23:36
>>No. 1737
先ほどの書き込みに訂正です。
読み直していて気づいたのじゃ。
金毘羅さんで“まっちゃん”に再会したのは、修学旅行でだったですね。
遠足× → 修学旅行○
再開× → 再会○
以上です。
失礼しました。 -
No.1743
「伊勢崎町ブルース」
2013/06/29 19:18
>>No. 1740
マスター、ミチさん、皆さん、今晩は。
マスター、お久しぶりです。お元気そうでなによりです。
過去ログを見ると、4月22日(#1730)以来だから、2ヶ月ちょっとのご無沙汰じゃ。
♪~何しとったんぞ ワレ~ ← 「河内のオッサン」風に(笑)。
リフレッシュは出来たかいのう。
また楽しい書き込みを読ませてください。
マスターもミチさんも、横浜に土地勘があるんですね。
私も何度か行ったことがあるので、お書きの雰囲気はなんとなくわかる。
アヘン窟といえば、『天国と地獄』で、その入り口に中毒患者で菅井きんがいたのをよく覚えているなあ。「婿どの、アヘンを所望じゃ」とは言ってなかったが(言うか!)。
犯人の山崎努が花屋に入ったのを、「すぐに花を買いに行け」「ここには、花を買いに行くようなツラは一人もいません」ってセリフがあったけど、それもお書きの辺りなんだろうなあ。
取り急ぎ、ご挨拶の顔出しでした。
ではでは、ごめんなすって。
今日の一曲は横浜つながりで、青江三奈の「伊勢崎町ブルース」をどうぞ。
♪あなた知ってる 港ヨコハマ ~
♪ドゥドゥビ ドゥビドゥビ ドゥビドゥバー ~
ナチカチイ。
http://www.youtube.com/watch?v=w-h9zUDu1M4 -
No.1744
「伊勢佐木町ブルース」じゃい
2013/06/29 19:28
-
No.1747
「長い髪の少女」
2013/06/30 22:02
>>No. 1745
ミチさん、今晩は。
『ヨコハマ メリー』のご紹介、ありがとうございました。
けっこう話題になった映画のようですね。
メリーさん本人は出演していなくて(1995年に失踪)、ゆかりの関係者の証言を集めたドキュメンタリーのようです。
ちょっとメリーさんについて検索してみたけど、数奇な運命を辿った人だったんだなあ。
哀愁漂うというか、時代に翻弄されたというか、これも戦争が残した悲劇なんだろうな。
もっとも、メリーさんが存命なら(失踪して生死は不明)、「これは私の人生で、他人(ひと)にとやかく言われたかねえや」と啖呵を切りそうなキャラクターの方であるようです。
証言者の中に、広岡敬一、団鬼六、ミッキー安川といった面々の名前を見つけて「いかにも」って感じを持ち、そこから語られる人物像にとても興味を持ったのでした。
機会があったら観てみます。
『サンダカン八番娼館・望郷』(熊井啓)という映画を連想したりもしたのでした。
栗原小巻(証言を聞きに行ったレポーター)の人気絶頂の頃の作品だったけど、主人公の“からゆきさん”田中絹代の若い頃を演じた高橋洋子(私と同い年)の方が断然に魅力的だったのだ。
ヨコハマメリーを見ていたら、山崎洋子さんの「天使はブルースを歌う~横浜アウトサイド・ストーリー」(1999年・毎日新聞社」という本が目に入ったのでした。
これも興味深い本のようで、読んでみようかな。
今夜の一曲は、その「天使はブルースを歌う~」の中に登場するゴールデン・カップスの歌で「長い髪の少女」をどうぞ。
むちゃくちゃナチカチイのだ。
http://www.youtube.com/watch?v=mbPiRKWo7PA -
No.1755
マスター、ミチさん、皆さん今晩…
2013/07/07 19:46
>>No. 1753
マスター、ミチさん、皆さん今晩は。
今日は暑かった。
体が変調をきたして、脳が正常に機能してないです。
レスはあれこれあれど、すべてパース。
文句あっか。あってもいいのだ。
しーらん。
ちょっと、ご挨拶の顔出しじゃい。
そんだけー。
ほな、しゃいならー。
なに、愛想なしじゃってか。
いいのだ。
今夜の一曲は、大衆演劇のロマンを描いた「淋しいのはお前だけじゃない」の主題歌を西田敏行の歌でどうぞ。
西田の作品では、これが一番好きなのだ。
http://www.youtube.com/watch?v=rWBCfTD29XQ -
No.1760
♪~港のヨーコ ヨコハマ ヨコスカ ~
2013/07/17 19:45
>>No. 1759
マスター、ミチさん、今晩は。
椿さん、お久しぶりです。
猛暑に辟易しているのだ。「責任者出てこーい!」。
マスターはまた訳わからん文を書いているし。もっともこれが正常でもあるか。
♪~飛んで 飛んで 飛んで 回って 回って 回る ~♪って、昔だれかが歌っていたなあ。
ミチさん、『ヨコハマ・メリー』と『天国と地獄』を再見したのですね。
メリーさんは横須賀ドブ板通り(インパクトが強い名である)からヨコハマにやってきたのですか。ドブ板と言えば、参議院選でドブ板もどきが進行中ですね。
♪~港のメリー ヨコハマ 横須賀 ~ ♪ とくらあ。
って、違うだろう。
『天国と地獄』は何度観ても面白いですね。
さすが黒澤監督で、エンタメの要素を随所に持っています。
学生時代にリバイバル公開で観たとき、フィルムの一コマがお土産(景品というか、おまけというか。エエイ言葉が出てこん、ボキャ貧じゃー。これも暑さが悪いんじゃー)としてついていた。
たぶん、1本のフィルムをそのためにバラシタんだろうな。
私のは“特急こだま”の中のワンシーンだったよ。
ところで、“ボースン”って渾名の刑事がいたでしょう。
スキンヘッドで、叩き上げのデカって感じで、けっこう印象が強かったのだ。
演じたのは石山健二郎で、いろんな映画に出ていて善も悪も演じているけど、その中からとても印象に残っている役をご紹介、というより講釈を垂れるのだ。
それは『白い巨塔』(山本薩夫)という作品で、作品のヤマ場ともいうべき教授選の虚々実々のシーンでした。
財前助教授(演じたのは田宮二郎)を担ぐ医局の面々(高原駿雄とかいた)が、東の医学界のボス(滝沢修)が推薦した北陸の大学の助教授(船越英二)の許を訪ね「あなたが教授になっても私たちは協力しません。医局員の協力がない教授がどんなことになるかわかるでしょう」って圧力をかけたのだ。
嫌気がさした船越が、滝沢に教授選出馬の辞退を申し出る。
「君はそんな奴らに屈するのか。この問題はもう君の手を離れたのだ」と滝沢は一喝し、自らのプライドにかけて強烈に教授選に介入してくるのだ。
そして、「誰々にはこのポストを与えよう。このポストが空いているので、(協力してくれたら見返りに)、ここに誰々を推薦しよう」と、多数派工作で切り崩してきたのでした。
滝沢の名演で迫力のシーンになっています。
石山健二郎は財前の舅で、町の産婦人科の開業医でかなり顔のきく人物でした。
「五郎君(財前)、負けるなや。向こうが権力で押してくるならこっちは金や。なんぼや、なんぼいるんや」と叫んだのでした。
そして、病理の教授(演じたのは加藤嘉)の票が鍵を握っている(財前は病理の助教授の里見(田村高広)を通じて教授に協力を要請しようとするが、里見が頑としてきかない)とわかると、「よし、俺が行く」と市の医師会長(見明凡太郎、『カルメン故郷へ帰る』の丸十さん(笑))とともに教授のもとに出向いたのでした。
そして、強烈に印象に残っているシーンが出てくるのだ。
「バカものー」加藤嘉教授は、差し出された金を蹴飛ばしたのでした。
「教授選をなんと心得ているか。恩賜賞受賞のワシが金で動くとでも思うたか」
(「へへーッ」って感じで)ひれ伏して後ずさりする石山と見明。
加藤嘉の面目躍如で、何度見てもこのシークエンスは楽しいのだ。
私も一回やってみたいよ(笑)。
って、これ以前に書き込みしたことがあった。
以上、講釈おーわり。
『天国と地獄』 → ボースン → 石山健二郎 からこじつけたのだ。
ではでは、ごめんなすって。
今夜の一曲は、メリーさん/ヨコハマ/横須賀がらみで、ダウンタウンブギウギバンドの「港のヨーコ ヨコハマ ヨコスカ」をどうぞ。
♪チョット前なら覚えちゃいるが
♪一年前だとチトわからねえなあ
♪アンタ あの子の何なのさ ~
ナチカチイ。
http://www.youtube.com/watch?v=VTWxkMpqlQI -
No.1763
煙の色はピンクじゃい!
2013/07/18 22:15
>>No. 1762
マスター、今晩は。
今、マスターの書き込みを読んでいたのじゃ。
誘いの隙なのか、マスター特有のサービス精神なのか(わざと間違えるという)。
このクソ暑いのに、まったくもう。
プンプンなのである(というほどでもないけどね(笑))。
>そして黄色い煙がモノクロ画面に一回だけだが立ち昇る。
たわけ者~~~(失礼!失礼!)
煙の色は(薄い)ピンク色じゃい。
モノクロの画面から、突如上がったピンクの煙。この強烈なインパクト!
権藤さん(三船敏郎)の苦心の成果じゃ。
間違えようにも間違えようがないわい。
ぜーったいに確信犯じゃな、まったく(苦笑)。
そのちょっと前に、藤原釜足の存在感抜群のワンシーン出演で、「ブリキは燃えねえ、ってんだよ」という名セリフもあったぞ。
というわけで、取り急ぎの間違いの指摘じゃい。
これはもう、即反応しなければなんめえ。
「やーい、やーい、お前のカアチャン デ・ベ・ソ」 とくらあ。
何を言っとるんじゃろか(笑)。
ではでは、即レスにてごめんなすって。
「夏の夜は暑いな」 ← 『隠し砦の三悪人』の藤原釜足 風に -
No.1766
『張込み』
2013/07/21 11:22
>>No. 1764
マスター、ミチサン、皆さん、こんにちは。
マスター、“お前のカアチャン、で・べ・そ”考を楽しく読ませてもらいました。
「来たか、チョーさん、待ってたホイ」って感じで、講釈師のストライクゾーンのど真ん中に入ってしまったみたいだ。
「泥棒に追い銭」ともいうぞ。って、こんな比喩しか出てこんのかい(笑)。
ともあれ、喜んでいただいて(ホンマか)なによりでした。
『張り込み』(野村芳太郎・1958)、いい映画でしたね。
舞台となったのは、九州の佐賀でした。
東京から大木実と宮口精二の刑事コンビが、東京から佐賀に着くまでの夜行列車での道中がとてもリアルに描かれていて、「ああ、昔こんな光景があったなあ」って、観たときにとても懐かしく思ったのだ。
同じく松本清張ミステリーの映画化『霧の旗』(山田洋次監督、倍賞千恵子主演の1965年版)でも、兄の無罪を訴えて桐子(倍賞)が熊本から上京するシーンにも似たような旅情(とは違うけど)を感じたなあ。
今の時代、ササッと目的地につけるのは便利には違いないけど、なんか味気なくもあるな。
『張込み』ですが、高峰秀子が毎朝決まった額の金を出勤する亭主(清水将夫だったんだなあ。私の頭の中では、北村和夫(『復讐するは我にあり』のような)とばかり思っていた)からもらって、それで1日をやり繰りしていた。
そんな毎日がずーっと続き、それを向かいの旅館から見張る大木と宮口の刑事2人・・・。
旅館の仲居さんとのやりとりも味がありましたね。
映画評論家に西村雄一郎という方がいますが、確かロケ地となったこの旅館の息子さんだったと思う。
西村さんの書いたものに、「僕の家の旅館が『張り込み』ロケの一行の宿泊地となった」という記述があったのを何回か見た(読んだ)ことがあるのだ。
映画の中に出てくる佐賀弁がとても懐かしかったのだ。
駅が印象的に使われた映画は、本トピで以前に話題になったことがありましたね。
『昼下がりの情事』(パリ)とか、『旅情』(ベニス)とか、『終着駅』(ローマ)とかが上がったのを覚えているなあ。
残念ながら過去ログは消えているけど(残ってはいるのだろうけど、番号が特定できんわい)、懐かしいなあ。
もっといろいろありそうだけど、思い出したときに書き込みますね。
ではでは~ -
No.1775
『カルメン故郷に帰る』 & 『ゼロの焦点』
2013/08/10 20:48
マスター、ミチさん、皆さん、今晩は。
連日の猛暑にまいって、ちょっとだけご無沙汰でした。
そろそろ顔を出しておかないと、捜索願いが出そうだわい。
病気自慢のマスター、私も注射された本数では負けんぞ。
連日の点滴で、いやというほど注射針を射されて、体がブヨブヨになっていた時がたびたびあったのだ。って、自慢にならんわい(苦笑)。
吉行淳之介の回想はよーくわかるし、身に沁みるのだ。
注射も上手い人はほんとに上手いけど、下手な人は下手で、こんな人に当たると痛くて悲劇じゃー。
「桃栗3年、柿8年」じゃないけど、注射の技量にもこれに似たものがあるかな。
そういや、吉行の名言に「モモ膝3年、尻8年」というのがあった。
って、違うだろー(笑)。
ミチさん、『カルメン故郷に帰る』を楽しまれたようで、よかったですね。
ほんと大らかな映画で、浅間山麓の村に展開するという地理的背景がとてもよかった。
♪私ゃモダンなパリ娘~♪と高峰秀子演じるリリー・カルメンが、“馬力”の中で気持ちよさそうに歌う歌の作曲が黛敏郎、♪火の山の麓の村よ 懐かしのふるさと~♪と盲目の佐野周二がオルガンで演奏し歌った歌の作曲が木下忠司と、二人の作曲家の個性がよく出ていましたね。
どちらの歌も強く印象に残っているのだ。
脇を固めた芸達者なバイプレイヤーの面々もよかったなあ。
カルメンの父ちゃんの坂本武と母ちゃんの望月美恵子(優子)、丸十運送の丸十さんを演じた見明凡太郎とその旗振り役の三井弘次・・・。
もちろん、佐野周二と井川邦子の夫婦、笠智衆と佐田啓二などの先生連も。
佐野がカルメンのことを「悩める芸術家かあ」、それに対して井川が「(カルメンが)あなたに惚れるなんてちょっとしたもんよ」と軽口を言い合っていたけど、鬱屈した役だった佐野だけに印象に残っているのだ。
「あの娘はやっぱり故郷に錦を飾ったんだろうなあ」お父っちゃんが呟いた言葉と、村の人たちの喝采に(まあ、からかわれているんだが)送られて、列車で故郷を後にするカルメンとその相棒のマヤ朱美(小林トシ子)。いいラストでしたね。
日本初のカラー長編映画ですが、色彩も鮮やかでした。
ミチさんは駅が印象に残ったと書かれてますが、ほんとにそうでした。
マスター、『ゼロの焦点』で新婚の久我美子が南原宏治を見送る駅は東京駅だったと思いますよ。
但し、
>ラストは犯人の女が逆巻く嵐の中を自殺をほのめかして、海を漕いでいくのでした。
そうだったかなあ、こっちはかなり怪しいぞ。
もうモグラ叩きのようで、次々と現れるもんなあ(笑)。
わざわざ書いているのも「さあ、突っ込んでくれ」って言っているようで、こちらは再見しないと断言できないけど疑義(確か、崖から飛び降りたんじゃなかったかなあ)を呈しておくのだ。
清張作品では、『点と線』が駅が印象的に使われていましたね。
まさに作品の格をなすものでした。
『砂の器』でも、事件の唯一の手がかりとなった“カメダ”がそうでした。
ところで、『ゼロの焦点』もそうですが、社会派ミステリー作品には“自分の過去を知っている人物が訪ねてくる。それは自分にとっては消し去ってしまいたい過去であった。そして、その人物は自分の成功を祝福するために現れた善意の人だった”というパターンが多いですね。
先日お亡くなりになった三国連太郎の『飢餓海峡』(内田吐夢)がそうでした。
篤志家・樽見京一郎(三国)の前に現れた杉戸八重(左幸子)、「犬飼さん」と爪に呼びかけていた彼女が切ない。
遅ればせながら、三国連太郎さんのご冥福をお祈りいたします。
今夜の一曲は、映画『黒いオルフェ』から「オルフェの歌」をジョーン・バエズの歌でどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=p_nyF5_7DjI -
No.1780
哀悼! 藤圭子
2013/08/22 16:48
マスター、ミチさん、皆さん、こんにちは。
またちょっと間が空いてしまって、ごめんちゃいなのである。
♪~みんな暑さが悪いのさ~ ← 尾藤イサオ「悲しき願い」 風に
今日、藤圭子が飛び降り自殺という、ショッキングなニュースが飛び込んできました。
ああっ、と絶句したのだ。
藤圭子、私の青春時代の、まさにシンボルといっていい方でした。
高校時代に「新宿の女」でデビューして、「女のブルース」「圭子の夢は夜ひらく」と連打したときの魅力は、私の中では比類がなかったといってもいいものだったのだ。
怨念を持ったように前方を見て歌う、絞り出すようなハスキーボイスの魅力。
そして眼がとても綺麗だった。
彼女の歌を五木寛之が「怨歌(演歌ではない)」と表現していたけど、まさに言い得て妙と思ったな。
作られた歌手、暗い、そう人は言うかもしれない。
でも、いいのだ。ひととき彼女の歌に酔いしれていたい、そんな思いが強かったのだ。
たぶん、同様な感情を持った人たちが沢山いたと思う。だからこそ、あの大ブームを作っていったんだろうな。
藤圭子さん、さようなら。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
今夜の一曲は、藤圭子の歌で「女のブルース」をどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=gIN48Ribf98 -
No.1784
歯医者と言えば
2013/08/26 23:03
>>No. 1782
マスター、ミチさん、皆さん、今晩は。
マスター、歯医者通いお疲れさんです。
せいぜい、ギシギシとしごいてもらいなはれ。「おりゃ、おりゃー、講釈垂れまくるのはこの口か。ギシギシギシギシ」
「ヒエーッ、タチキチクリー!。もうしませーん」、マスターの悲鳴が聞こえる。
サディストとマゾヒストの饗宴は続くのであった(笑)。
そういや、昔、武智鉄二の『白日夢』(原作は谷崎潤一郎)って映画でこんな設定があったぞ。
『マラソンマン』って映画でも、拷問で歯にドリルをあててギリギリやっていた(ローレンス・オリビエじゃ)。痛そうじゃー。
『無防備都市』では、拷問で爪をはがしていた、アア、ヤメチクリー。
これ、「鬼平犯科帳」でも自白させるための常套手段だったけど、残酷じゃー。
笑ったのは、『ピンクパンサー』のどの作品だったか忘れたけど、ガラスを擦ってあのギシギシいう音を出していたもの。思い出すだに怖しい(笑)。
マスターのリクエストに応えて、我が東映B級にも、いろいろあるぞ。
石井輝男監督の諸作品(『徳川いれずみ師・責め地獄』とか『徳川女刑罰史』とか)、エロとグロを前面に出して世の顰蹙を買い、助監督連から排斥運動を起こされたのだ。
極めつけは『徳川女刑罰絵巻・牛裂きの刑』(牧口雄二)という作品で、もうとんでもない作品で、さすがにこのときは観に行った自分に(学生時代、暇は十分にあった)自己嫌悪を覚えたのだ。
あの頃の東映はなんでもありだった、今じゃぜーったいに作ることができない作品群だろうな、
『麦秋』で(って、この落差はなんじゃー(笑))、原節子の友だちで淡島千景が出ていて「(紀子(原)さんは)ヘップバーンが好き」と言っていたのを、”ヘップバーン”の発音と共によく覚えているのだ。
時代から、オードリーじゃなくキャサリンの方でしょうね(あ、これ以前に書き込みしたことがあった)。
紀子が息子の二本柳寛と結婚する決意を聞いて、母親の杉村春子が喜んで「紀子さん、アンパン食べる、アンパン」って言っていたのも印象深く覚えている。
『麦秋』とか、『晩春』とか、設定が似ているのでこんがらがってしまうのだ。
藤圭子さん、ほんとに残念な出来事でした。
話の肴にしたくないので、ノーコメントです。
娘の宇多田ヒカルがコメントを出しているようですが、端からは伺い知れない事情があるのでしょうが、葬儀に戻ってきて欲しいな。
まだ荼毘に付されずに安置されたままの藤圭子が切なすぎる。
今夜の一曲は、もう一度藤圭子で「明日から私は」をどうぞ。
これも好きな歌だった。
http://www.youtube.com/watch?v=1abHV4IOiZU -
No.1788
虹につづく道
2013/08/31 22:42
>>No. 1787
ミチさん、今晩は。
しばらくネットを離れるとのこと。
寂しくなりますが、ご事情からやむを得ないようですね。
PCに向かう機会がありましたら、ぜひお声を聞かせてください。待ってます。
停滞気味だった本トピを活性化していただいてありがとうございました。
マスターも喜んでいたことと思います。
それでは、再会出来る日を楽しみに待ってます。
今夜の一曲は、再度の登場ですが、ミチさんに「懐かしい」って言ってもらった「虹つづく道」を倍賞千恵子とボニー・ジャックスの歌でどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=MBS-LTK1vN4 -
No.1792
「九月の雨」
2013/09/20 00:51
>>No. 1791
マスター、今晩は。
さすがの猛暑も終わって、秋の気配が漂っていますね。いい季節になってきました。
また、ちょっとご無沙汰でした。
理由ってか、単なるサボリじゃ。マスターと同じじゃわい。
急に思い立って、夜中に書き込みしているのだ。
ウトウトしていたら、マスターが夢枕に立って「ワシ、体が弱いんじゃ。書き込みないから拗ねてやるー。トピを止めてやるー」って駄々をこねていたのだ。
年寄りが拗ねると始末が悪いのじゃ。
「そうか、そうか。草加・越谷、千住の先よ」 ← 寅さん風に
って、受け流してはみたものの、悪夢にうなされて目が覚めたのだ。
で、そそくさとパソコンに向かい書き込みしているのである。
殊勝じゃのう。
自分で言うなってか。あ、そう。
「すまんのう、笑えよ」 ← 横山たかし風に
何をグダグダと能書き垂れとんじゃい。
ちょっと照れ隠しの挨拶であった。
「ワシ、シャイなんじゃい」。
好きにせい、ってか。おう、するわい(笑)。
マスター、吉村公三郎監督づいていますね。
撒き餌だろうけど、ありがたく読ませてもらってました。
『安城家の舞踏会』は好きな作品で(ちょっと照れくさいけどね)、主要人物それぞれのキャラが立っているのは素晴らしいと思うのだ。
ホナ、しゃいならー。
リハビリ中につき、このぐらいで勘弁してくれーい。
今夜の一曲は、九月になると思い出す定番、太田裕美の「九月の雨」をどうぞ。
ナチカチイ。
http://www.youtube.com/watch?v=Ym4K1l8Zz8g -
No.1794
『にあんちゃん』 & 炭鉱節 & 『キューポラのある街』
2013/09/27 06:20
>>No. 1793
マスター、おはようございます。
今度は『にあんちゃん』(今村昌平・1959)ですか。
この映画に描かれている光景はものすごく懐かしいです。
炭鉱町・貧しいながらも健気に生きている人々・そしてその人々が織り成すコミュニケーション・・・等々。
今はもうなくなってしまったけど、私の子供の頃にはこんな光景が随所に見られたのでした。みんな貧しかった。
私の生まれ育った北九州・小倉からちょっと下ると、五木寛之の「青春の門」で描かれた香春岳(ボタ山だが)を中心とする筑豊炭田で、炭鉱節の故郷です。
まさに『にあんちゃん』で描かれているような文化(かあ)が展開していたのだ。
「哀号、哀号~」って号泣していた北林谷栄のような婆ちゃんもいただろうし、長門裕之のようなあんちゃんも、小沢昭一のようなおっさんもいたし、妹の末子からみたバイタリティあふれる“にあんちゃん”もいただろうし、その姿をはっきり造り出すことができるのでした。
最近、プロ野球楽天のマー君こと田中将大投手が開幕20連勝(今は22連勝まで伸びているが)して、それまで記録を持っていた西鉄ライオンズの稲尾和久の記録を抜き、改めて稲尾の記録がクローズアップされました。
その西鉄ライオンズこそ、筑豊炭田の石炭の“黒の文化”を背負った球団でした。
中西太、豊田泰光、稲尾和久といった高校出の新人たちを中心にチームを作り、日本シリーズで長嶋茂雄、広岡達朗といった東京六大学の花形選手を中心にした常勝チーム巨人に戦いを挑んで勝利したのは、今でも語り草になっていますね(3年連続で戦い、3年目の年は3連敗後の4連勝で、しかもその4勝をすべて稲尾があげるという驚異の記録を作っている)。
『にあんちゃん』に描かれたのは、まさにこんな年でした。
舞台は杵島炭鉱・大鶴鉱業所(佐賀県)ですが、背景は似たようなもんでしょう。
しかし、炭鉱不況はひそかに忍び寄っていたのでした。
そんな不穏な情勢も『にあんちゃん』にはよく描かれていましたね。
長崎県の軍艦島、三池炭鉱(炭鉱節の♪~三池炭鉱の上に出た~♪と歌われている)にも同じような雰囲気を感じるのだ。
三池炭鉱といえば、昔、私が小学生の頃、三池工業が甲子園の夏の大会に出て初出場で優勝したことがあった。
そのとき、応援が炭鉱節一色だったのをよーく覚えているのだ。
炭鉱不況のなか地元は大喜びで、ものすごい人が凱旋パレードに繰り出したのだ。
そのとき、チームの監督だったのが原貢で(巨人の原辰徳監督の父)、その後東海大学の松前総長にスカウトされて東海大相模に移り、陽のあたる道を歩くことになる。
でも、私的には、炭鉱節に彩られた三池工業の時代の“懸命さ”のようなものが一番好きじゃ。
って、話が飛んでしまった(笑)。
『にあんちゃん』の松尾嘉代は初々しいですね。
私が最初に彼女を意識したのは、テレビドラマ「ただいま11人」だけど、この頃もまだ初々しさが残っていた。
後に熟女の代表格のような、さらには悪女を演じるようになるとはなあ。ああ、怖っ。
浦山桐郎が助監督についていますが、その浦山のデビュー作『キューポラのある街』(1962)では今村が脚本で参加して協力していますね。
『にあんちゃん』、『キューポラのある街』、作品の醸し出す雰囲気がとてもよく似ています。
在日・朝鮮人が描かれているのも共通していました。
『キューポラ~』では三ちゃん(三吉)の両親が、浜村純と菅井きんでした。
『にあんちゃん』の北林谷栄といい、とても達者な演技でした。
吉永小百合は『キューポラ~』を超える魅力の作品はついに出なかったですね(『夢千代日記』もいいが、やはり『キューポラ~』には遠く及ばないと思う)。
「タカユキ、姉御の門出だよ」
「チェッ、俺はいつも送り屋だあ」
前を向いて走っていくジュン(吉永)とタカユキ(市川好郎)が眩しく、とても瑞々しいのだ。
手抜きして、ひとの褌(書き込み)で相撲をとっております。
マスターの書き込みからの連想ゲームでした。
レスのみにてごめんなすって。
今朝の一曲は、橋幸夫と吉永小百合の「いつでも夢を」をどうぞ。
この歌、朝ドラ「あまちゃん」で祖母・宮本信子と橋幸夫(本人)がデュエットしていたぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=i4jB3H1nj4g -
No.1798
「里の秋」
2013/10/14 22:28
マスター、ミチさん、今晩は。
ミチさん、お帰りなさい。
心配事が首尾よく好転したようで、よかったですね。
また、楽しくお話していきましょう。
改めてよろしくです。
マスター、日曜劇場の「女と味噌汁」シリーズのもう一人は長山藍子だったですね。
っていうか、ごっちゃになっているんじゃなかろうか。
「女と味噌汁」は池内淳子、山岡久乃、長山藍子の3人の芸者がメイン。
マスターがお書きの杉村春子、山岡久乃は同じ日曜劇場でも「おんなの家」シリーズで、こちらのもう一人は奈良岡朋子で、この3人で炉端焼き屋を営んでいて、そこで起こる悲喜こもごもをドラマにしたものでした。
大きなしゃもじで注文の品を出していたのをよーく覚えているなあ。
私はこっちのドラマの方が印象が強いのだ。
たぶん、マスターはこの「女と味噌汁」と「おんなの家」シリーズをごっちゃにしていると思うぞ。
また、サービス精神で故意に間違えて(ごっちゃにして)いたりして(笑)。
芸者といえば、先に書いた吉永小百合の「夢千代日記」(映画化もされているけど、テレビ版の方が断然いい)もそうでした。
夢千代(吉永)の芸者置屋にいる面々がとても魅力溢れる人たちだった。
菊奴(樹木希林)、金魚(秋吉久美子)、千代春(楠トシエ)、雀(大信田礼子)、小夢(中村久美)・・・、それぞれにワケありの過去を持った人々で、肩寄せあって生きていたのだ。
偽医者を演じたケーシー高峰、その看護婦の伊佐山ひろ子、ストリッパーのアサ子を演じた緑魔子・・・、脇を固めた人々もそれぞれ魅力的だった。
心に染み入るいいドラマだと思ったのだ。
吉永小百合と浜田光夫の対談、楽しく見せてもらいました。
この二人47本も共演作があったんですねえ、びっくりです。
『泥だらけの純情』なんてあったなあ。なぜかこの作品、チンピラ役の小池朝雄が強く印象に残っているのだ。東映の『人斬り与太』(深作欣二)でもそうだったけど、小池はこんな役がほんとによく似合う。
ミチさん、『若い人』は映画は観てないけど、家にあった文学全集の石坂洋次郎の巻で小説は読んだことがあります。
主人公・江波恵子が魅力的で、まだ石坂が明朗青春小説路線に行く前の作品で、ちょっともの寂しげで影のある作品だった(そこが魅力なんだろうけど)、って印象が強いのだ。
“半鐘ギャング”とか、“♪~おとこ沓掛時次郎~♪”って歌が出てきたのなんか覚えているなあ。
吉永版の映画の主題歌は、木下忠司が作詞(作曲でなく、作詞のみってのが異色ですね)していたんですね。
木下忠司は、兄の木下恵介監督の『破れ太鼓』で演技者として登場していますよ。
暴君の親父・阪東妻三郎の次男で、ピアノを弾いて♪~ドンドン ドドンド ドンドドンドドン~♪と親父を風刺する歌(後年のテレビドラマの「おやじ太鼓」で印象的なあの歌)を歌っていた。
この歌、作品の随所に現れて、とても印象的に使われていました。
俳優としても、けっこういい線いってましたよ(若い頃の小倉一郎を連想したりするのだ)。
『若い人』もそうだけど(これはちょっと年齢層が高いか)、繰り返し映画化される定番作品みたいなのがあって、その折々のアイドルが演じていますね。
川端康成の『伊豆の踊子』、伊藤左千夫の『野菊の墓』、三島由紀夫の『潮騒』・・・等々。
吉永小百合、山口百恵、松田聖子・・・。うーん、ちょっと気恥ずかしいね(笑)。
レスのみにてごめんなすって。
今夜の一曲は、童心にかえって秋の定番唱歌「里の秋」を川田正子の歌でどうぞ。
え、ちょっと前も真夏日があったぞ、てか。しらん、しらん(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=e2vkuDPLqYo -
No.1804
「もずが枯れ木で」&『ビルマの竪琴』&「埴生の宿」
2013/10/16 18:54
>>No. 1799
マスター、ミチさん、皆さん、今晩は。
ずくさん、初めまして。ようこそいらっしゃいました。
pataと申します、よろしくお願いします。
ミチさんが書いているように、“ずく”って梟(知恵の象徴の鳥かあ、いいなあ)のことですね。
司馬遼太郎が直木賞をとった作品で「梟の城」って小説がありました。
小学校の頃、音楽で、
♪森のふくろうが言いました
♪私は森の見張り役
♪怖い狼 狐など 来させないからねんねしな
♪ごろすけホッホー ごろすけホッホー
って歌を習ったのを(歌ってしまった(笑))懐かしく思い出しているのでした。
どうぞ。いろいろ書き込みなさってください。
ミチさんの書き込みに「もずが枯れ木で」が出てきていましたね。
この歌、『ビルマの竪琴』(市川崑監督の1956年版)で、印象的に使われていました。
捕虜になった日本兵、隊長が三国連太郎(精悍!)で音楽学校を出た人で、この部隊は音楽が好きだった。
伝令に出たまま行方不明になった水島上等兵(安井昌二)に似た僧がいる。どうにかこの僧を引っ張り出したい(会いたい)、それで鉄条網の中から毎日歌を歌っていたのでした。
その中に「もずが枯れ木で」があって、よく覚えているのだ。
先にマスターが北林谷栄のことを、“しっかり大地に脚をつけている役”と書いてましたが、
この『ビルマの竪琴』がまさにそうでした(歩くときの腰の振り方がやたらユーモラス。マスターが言うように“よろけている”とも言えるかな(笑)。
「コーカーン、コーカーン」って変な日本語(それも大阪弁だもんなあ)を操る(物々交換)婆ちゃんで、場面をかっさらっていた。
いい役やってましたねえ。
その後30年を経て、同じく市川監督でこの作品はリメイクされますが、そのときも同じ役を北林谷栄はやっている。いかに若くから老け役をやっているかで、もうビックリです。
以前に書いたことがあるけど、石上三登志さんの家で北林の「お金は全部私のものよ」という何かの映画のセリフが流行ったそうです(北林のセリフ回しとイントネーションを想像して、やたら可笑しい)。
で、「このセリフのせいで『ビルマの竪琴』は名作という気が全然しない」って石上さんが書いていたのを読んで、大笑いしたことがあるのだ。
今夜の一曲は、その『ビルマの竪琴』で水島上等兵が情熱的に奏でた「埴生の宿」を小鳩くるみの歌でどうぞ。
♪~Be it ever so humble, there's no place like home~♪
いいですねえ。
http://www.youtube.com/watch?v=x-_z_U37gi0 -
No.1810
♪~誘われてフーラフラ~
2013/10/18 23:45
マスター、ミチさん、ずくさん、皆さん、今晩は。
マスター、お元気そうでなによりです。
マスター節が冴え渡って、うーん、頭痛がしてきたわい(笑)。
ずくさん、たぶん呆れているでしょう(でも、そうは書けんしなあ、ってね)。、
なんと、これはマスターの正常な姿でおます。
長いつきあいで、すっかり私も毒されてきて、このリズムが快感にさえなってきたのだ。困ったもんじゃ。
え、あんたには言われとうない、ってか。
♪~それは私も同じこと~♪
ずくさん、市川崑監督の1956年版『ビルマの竪琴』はYoutubeで観ることができますよ。
どうやら、全編入っているようです。
http://www.youtube.com/watch?v=LpsZicyHMtQ
市川監督がこの作品をリメイクしようとした動機は、1956年版の冒頭に”ビルマの土はあかい 岩もまたあかい”という字幕が出ますが、これをカラー作品で表現したかったからだった、というのを何かで読んだことがあります。
私は1985年版を観ていないので、それが成功しているかどうかはわからないです。
観る気になればいくらでもチャンスはあるのですが、なんか食指が動かないのでした。
三国連太郎、安井昌二、浜村純、西村晃・・・、それに北林谷栄の名演、1956年版で事足れりと思ってしまうのでした。
でも、そう言わずに今度観てみようかなあ。
マスターの声につられて、誘蛾灯に引き寄せられるがごとく、フラフラと出てきてしまった。
今夜の一曲は、郷ひろみの歌で「誘われてフラメンコ」をどうぞ。
♪~誘われてフーラフラ 乱されてユーラユラ~♪ とくらあ(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=nQ8pAqI9hRg -
No.1821
『小早川家の秋』 & つげ義春
2013/10/23 18:54
皆さん、今晩は。
椿さん、お久しぶりです。頻繁に顔を出して“ツバキ語”を聞かせてください。
ミチさん、『小早川家の秋』が出てきていますね。
この作品、ある一点を松竹ヌーベルバーグの監督の吉田喜重が痛烈に批判して、小津監督との間がぎくしゃくしたというのを、以前にマスターとお話したことがあります。
東宝で撮った『小早川家の秋』の印象を「これは小津さんの世界ですから、老人の世界、家族のありようを描いているんですが、その中で若い世代も描くのですが、小津さんが描けるわけがない。描く興味もないはずです。それを、あたかも興味があるように描いているように見えた。それを私が批判したんです」。
「還暦を迎えようとする人が、どうして赤いチャンチャンコを着て若い世代に向かって踊るようなことをするんですか」。
これを読む限り痛烈な批判で、小津監督ならずとも「こんちくしょう」って感じそうですが、吉田は『小早川家の秋』を秀作と認めつつも(吉田は小学生のとき小津監督の『父ありき』を観て、父と子の流し釣りのシーンに強い魅力と映像の不思議な力を感じたそうです)、あえて座談会の席で批判したのでした。
それに対して小津監督は、「しょせん映画監督は(以下、略。どうもこれが原因で投稿がはねられるのじゃ。興味のある方は資料をあたってみてください)~」と韜晦の言葉で応じてますが、「いまから思えば、本音を言い合ったのでしょうが、良い思い出としか言いようがありません」と吉田は述懐しているのでした。
『小早川家の秋』には森繁久弥が出ていますが、まったく印象が薄いですね。
ビリングこそ鴈次郎と同格ですが、存在感がまるで違う。
小津監督と森繁は全く合わなかったようです。
小津監督は「森繁は同じ演技を二度出来ない」と言い、これに対して森繁も後に言い返していますが(内容は忘れた)、方や(小津)一挙手一投足&セリフが計算されつくしたもの、方や(森繁)アドリブ芝居を真骨頂とする役者、まさに水と油で合うわけがないか。
さすがの森繁も小津監督の前では借りてきた猫のようで、その魅力がまるで出ていませんね。
小津監督作品では、『秋日和』も好きだなあ。
岡田茉莉子がチャキチャキ娘でいい役やっていて、主演の岩下志麻よりこっちの方がとても印象に残っているのだ。
佐分利信、中村伸郎、北竜二の初老三人組もいい味を出してました。
ミチさん、『安城家の舞踏会』の監督は木下恵介ではなく、吉村公三郎ですよ。
二人とも島津保次郎監督門下の兄弟弟子で(吉村が兄弟子)、親交があったようです。
私、吉村監督が亡くなった翌日の2000年11月8日に「吉村公三郎」というトピックを立ち上げ、1年9ヶ月ほど続けたことがあります。その意味で思い入れの深い監督なのでした。
掲示板に初の書き込みだったけど、あれからもう13年経ったんだなあ。
ちょっとセンチメンタルな気分になるのでした。
>ずくさん
『ビルマの竪琴』はモデルになった人はいるようですが、作者・竹山道雄の作り出したお伽話と言っていいかもしれないです。
サンショウウオと言えば、ずくさんがお好きなつげ義春の作品にありますね。
穴の中に閉じ込められた山椒魚が、やがてその雰囲気に馴染んでいき、自由に勝手気ままに暮らし、「明日はどんなものが流れてくるか。それを思うと俺は愉しくてしょうがないんだ」で終わる奇妙な漫画でした。
今、つげ義春全集(筑摩書房刊の1993年版の第4巻~6巻)を引っ張り出してきて見ているのですが、この「山椒魚」(ガロ1967年5月号)が出た前後のつげ作品は本当に魅力的です。
「沼」(1966年2月号)、「チーコ」(1966年3月号)、「初筍がり」(1966年4月号)、「通夜」(1967年3月号)、「山椒魚」(1967年5月号)、「李さん一家」(1867年6月号)、「峠の犬」(1967年8月号)、「海辺の叙景」(1967年9月号)、「紅い花」(1967年10月号)・・・。
そして、センセーションを起こしてつげ義春の名を大きくクローズアップさせた「ネジ式」(1968年6月臨時増刊号「つげ義春特集」。
この頃の作品が一番好きだなあ。
今夜の一曲は、アリスの歌で「それぞれの秋」をどうぞ。
ナチカチイ。
http://www.youtube.com/watch?v=JxBu83lPMfk

「映画プロデューサー風雲録」
2013/06/14 03:00
マスター、皆さん、今晩は。
空梅雨だったのが、ここんとこちょっと雨が降って、らしさを見せましたね。
旅空のマスターが(山頭火、もしくは尾崎放哉を連想してくだされ)、毎日雨乞いをしているらしいという噂も聞いたぞ。
そういや、鬼平犯科帳に「雨乞い庄右衛門」って回があり、老盗の意地を見せていたのだ。
♪田笠の紅緒が ちらつくようじゃ
♪振り分け荷物 重かろに
♪わけはきくなと 笑ってみせる
♪粋な単衣の 腕まくり
♪なのにヨー 後髪引く 潮来笠 とくらあ。
最近読んだ本に「映画プロデューサー風雲録」(升本喜年・草思社・2012)というのがあります。
映画全盛のときから、最後の輝きを見せて映画界を去っていった松竹の名物プロデューサーの奮闘記で、とても面白く読んだのだ。
その中に、升本さんがプロデューサー助手として松竹に入社した1954年当時の、大船撮影所関係者の収入が描かれていて興味深かったのだ。
下世話な話ではあるけど、興味津々なのでちょっとご紹介じゃ。
松竹大船撮影所の企画室員(プロデューサー助手)の公募に、採用予定の3名に対して1千名近くの受験者という難関を突破して升本さんは合格したものの、9月1日付の採用ながら来年2月までは半年は見習い期間で、その間の給料は手取りの5千円、松竹社員の月給は日本一安いと言われていたそうなのだ。
松竹社員の給料ベースは平均約2万円だったそうじゃ。今の貨幣価値から言うと、1/20ぐらいって感じかなあ。
その点、大船撮影所の監督たちは優遇されていたそうです。
監督たちは多額の監督料の他に「月保証」と称して、一律に月々10万円支給されていたそうです。
巨匠やベテランクラスは20万円という噂だったそうじゃ。
助監督が新人監督として抜擢された場合、当初の2、3本は助監督の身分のまま「SP映画」と称する短編を撮ることになるけど、監督料は1本につき25万円と決まっていたそうです
正式に監督に昇進すると、同時にいったん退職して松竹の専属契約者になって、監督料25万円の他に月保証の10万円も毎月もらうことになり、それまでの助監督の収入に比べれば雲泥の差になったそうじゃ。
監督たちは一人残らず、スター俳優と同様、松竹の専属契約者で、彼らのギャラは一切、高村潔所長が一人で仕切っていて極秘とされてきたそうです。
所長と金庫番しか知らない極秘中の極秘のはずが、もれてくるものだそうじゃ。
それによると、小津安二郎監督の監督料は350万円で(今なら7000万か)、月保証もあるから収入的にも小津監督は雲の上の人だったそうじゃ。
小津監督につぐ木下恵介監督の場合、他の監督たちと違って、監督料の額は決まっておらず、作品の製作が決まった時点で、その都度、作品の大小や監督の気分によって、高村所長と話し合って決めていたそうで、この監督の監督料だけは誰にも分からなかったそうじゃ。
どっちにしても巨額であることは間違いない、升本さんはこう書かれています。
もう一人の巨匠・渋谷実監督は250万円で、大庭秀雄監督は150万円だったそうです。
寡作の渋谷監督の方が、空前の大ヒット『君の名は』三部作を撮って興行収入に大貢献した大庭監督よも100万円も高いというのは不思議な気もするけど、松竹伝統の社風として娯楽派の監督よりも芸術派の監督の方が重くみられる傾向があったそうじゃ。
渋谷監督は芸術派、大庭監督は娯楽派とされていたそうです。
但し、ヒット作が出たとき、監督には所長の裁量で別途に20~50万円(『君の名は』の場合はもっと多額)の裏金が金一封として出ていたそうです。
今の金額だと、それぞれ20倍(もっとかも)した額だろうけど、いい時代だったんだなあ。
放浪中のマスター、どないだす。
『仁義なき戦い・代理戦争』で、山守親分(金子信雄)が神戸から出張ってきた明石組幹部(遠藤辰雄、山本鱗一、梅宮辰夫といった面々)に、配下の武田(小林旭)、松永(成田三樹夫)、江田(山城新伍)という面々をさして、「これが一番持っちょいて~~万、これはまあ~~万ぐらいですかのう」と言っていたシーンを思いだしたりしたのだ(笑)。
放浪中のマスター、どないだす。
今夜の一曲は、再度の登場ですが、今陽子(ピンキー)の歌で「東高円寺」をどうぞ。
好きな歌なのだ。
http://www.youtube.com/watch?v=Xrs57_qLfAc