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投稿コメント一覧 (653コメント)

  • >>No. 1627

    マスター、今晩は。

    本日の講釈(“講義”じゃい、ってか。知らん、知らん)読ませてもらいました、ありがとさんです。
    もっとも、唯我独尊のマスターが自身で“講釈”というにはプライド(叩けば出てくる“ホコリ”とちゃうよ ← コラー!)が許さんか。“講義”なのじゃい、ってか(笑)。

    ♪ハーイ ハイ ハイ ハイ ハイのハイなのだ〜♪  ← 小林旭 風に

    ほな、しゃいならー。
    って、ちゃうわい。
    今日、書けることだけを書くのだ(さっきニュースを見ていたら、自民党の安倍さんがマニュフェストについて似たようなことを言っていた)。

    『東京暮色』での桜むつ子さんについて、私もマスターと同じように、バーのシーンなんかあったかなあって半信半疑だったけど(再見しないともうおぼろになっている)、桜さんの言を尊重してそのまま書いたのだ。
    『東京暮色』では有馬稲子が一番印象に残っているのだ。

    >これは木下作品ですが「お嬢さん乾杯」のマダムはむつ子ではなかったような気がしますが、そうだったかも。

    お書きの方は村瀬幸子です。
    佐野周二がバー(というより、喫茶店か)のマダム(村瀬)に「お嬢さんに乾杯」って乾杯し(村瀬が「いまいましい(だったか)お嬢さんだねえ」って、渋々乾杯していた)、そして故郷(「よさこい節」の高知だったですね)に帰って行ったのでした。

    その後に店に現れたお嬢さん(原節子)、さんざん村瀬にイヤミを言われ、「私、あの方(佐野)は好きです」とお嬢さん。
    「じれったいお嬢さんですねえ。”好きです”じゃなく、”惚れた”と言ってくださいよー」とマダム。
    そして、佐野を追って飛び出したお嬢さん、振り向いてマダムに「惚れております」(このセリフですね)。
    バックに流れたメロディーが「愛染かつら」ときたもんだ(笑)。

    じつに楽しい木下コメディでした。

    村瀬幸子は、同じく木下作品『破れ太鼓』での印象も強いなあ。
    暴君の夫・阪東妻三郎のもと、いろんな個性の子供たち(フランク・キャプラの『我が家の楽園』の日本版といってもいい)との関わりが楽しいコメディでした。
    村瀬は阪妻の女房で、いい存在感を示していたのだ。

    ずっと後年のテレビドラマ「夢千代日記」で、金魚(秋吉久美子)と心中し死んだ男の母親を演じていたのも印象に残っているのだ。
    金魚を責め、そしてその子供のアコちゃん(もらい子だが)を引き取ろうとしていた。
    「華麗なる一族」(テレビ版)での幸薄い母親役も覚えているなあ。


    ほな、しゃいならー(笑)。


    今夜の一曲は、小林旭の歌で「アキラのホイホイ節」をどうぞ。
    ♪〜ホーイ ホイ ホイ ホイのホイなんだ〜♪ とくらあ(笑)。

    http://www.youtube.com/watch?v=Cb3YJZF5qZQ

  • >>No. 1633

    マスター、皆さん、今晩は。

    マスター、須賀不二男も小津監督が好んだ俳優だったようですね。
    先の桜むつ子への聞き書きでも、インタビュアーの田中眞澄さんが「小津組の中では、男優だと田中春男さん、須賀不二男さんというような人たちがいて、女優さんだと高橋とよさんと桜むつ子さんがご贔屓なんですよね」という言葉がありました。

    須賀不二男、小津作品に限らずいろんな作品で見かけた方で(善も悪も演じるけど、悪役の方が多かったかな)、『悪名』のどの作品だったか忘れたけど、朝吉(勝新太郎)に着流しの袖を体に突きつけられて、「ペ、ペ、ペストル(ピストル)か」ってうろたえていたのがやたら可笑しく、なぜか強く印象に残って残っているのだ。
    この方、いい声をしていて、とてもよく通って聞き取りやすかったですねえ。

    ミチさん、松本清張のメロドラマで、富士の樹海を自殺の名所として一躍クローズアップさせた「波の塔」なんか知っている(映画化もされて、主演は有馬稲子と津川雅彦)。
    戦争の終了工作に奔走し、その結果、祖国を喪失した男の物語「球形の荒野」なんかもこの範疇に入れていいのじゃないかなあと思うのでした。
    この作品、映画よりも栗原小巻が主演したテレビドラマの方が断然印象が強いのだ。
    エンディング曲として、中島みゆき作詞作曲の「この空を飛べたら」が加藤登紀子の歌で流れ、ドラマにぴったりの歌だと思ったなあ。

    代表作のひとつ「ゼロの焦点」もメロドラマの一面を持っており、清張作品にはこの要素がけっこうあるように感じるのでした。
    心地よいリリシズム(ストーリーの進行は決してハッピーエンドに向かわないが)というか、これも人気の一因かもしれないな。
    メロドラマとは関係ないけど、ちょっと前にミチさんが「黒革の手帖」に触れてましたね。

    マスター、清張作品を全部読んだなんて(そういや、以前にそんなことを書いてましたね)。
    「ハハハ、ご冗談を」 ← 『七人の侍』の五郎兵衛(稲葉義男)風に。
    小説に限ってでも、あの膨大な作品群を全部読めるわけないだろー、まったく。
    人間の一生の時間は限られているのじゃ。「あれも読んだ、これも読んだ」、「あれも観た、これも観た」、ついでに「あれもした、これもした」・・・ 出来るかい!
    って、ご自分で訂正しているか(笑)。

    憎まれ口を叩いてごめーん。
    難儀なことに、これ書き込みのリズムになってきているのである。
    「あーら、まっちゃん、デ・ベ・ソ」とくらあ。 あーあ(苦笑)。
    「角に頭をぶつけて死ね!」、マスターからおきゅうとが飛んで来そうだ。

    椿さん、お久しぶりです。丸出だめ夫(懐かしいなあ)風のメガネは残念でしたね。
    ラーメンの小池さん風ではどうじゃろか、「巨人の星」の左門豊作ではどないだ。
    って、同じだろー(笑)。
    失礼しました。

    ところで、ルーベンさんのお顔が久しく見えないなあ。
    最近、『去り行く男』(デルマー・デービス、1956)という西部劇を観たのだ(ちょっと、白々しいね。いいのだ)。
    以前にルーベンさんが「ブロンソンは『去り行く男』あたりから役が大きくなった」と書いていたのを覚えていて、興味深く観たのでした。

    主演はグレン・フォード、行き倒れていたところをアーネスト・ボーグナインに助けられ、彼の牧場で働くことになる。
    その牧場にはボーグナインに不満たらたらの女房がいて、フォードに色目を使うのだ。
    この女、以前にやはり牧場で働いているロッド・スタイガー(性根が悪いのだ)にも同じことをやっていたらしい。
    最後は悲劇のヒロインのような形になっていたけど、元を正せば自業自得じゃなかろうかと思うのだ。
    一種のファム・ファタルで、同情してやんねえ(笑)。

    ブロンソン、出てきましたねえ。
    ボーグナインがライフルで丸腰のフォードを狙うのを、横からピストルをフォードに投げて危機を救ってました。『リオ・ブラボー』でのリッキー・ネルソンを連想したりしたのだ(こちらは投げたのはライフルだが)。
    ボーグナインがなんだか哀れで、可哀想だったのでした
    ロッド・スタイガーはやっぱりアクが強い。『夜の大捜査線』での警察所長とか好きだったなあ。


    今夜の一曲は、あがた森魚と緑魔子の歌で「最后のダンスステップ」をどうぞ。
    この歌、「夢千代日記」の中でじつに効果的に使われていました。

    http://www.youtube.com/watch?v=PWsDt7PksNI

    P.S.
    先の書き込みでの「世は将軍の〜」(×) → 「余は将軍の〜」(○)です。
    気になってしょうがなかったので訂正じゃー。
    失礼しました。

  • >>No. 1639

    マスター、ミチさん、ルーベンさん、今晩は。

    >マスター

    『偽れる盛装』で、刺されたのは菅井一郎でなく京マチ子だったですね。
    錯覚にぜーんぜん気がついてなかった。
    マスターの書き込みに、「この作品は2回観た」とか、なんだかくどい表現が目についたけど(ごめーん)、それでもまだ気がつかなかった。
    で、もう1回同じ文章が出てきて、「アッ」とここでやっと気がついたのだ(グヤジイ。こんちくしょう(失礼!)と思ったけど、しょうがない)。

    刺されたのは京マチ子で、菅井が包丁を持って追いかけ、京が必死に逃げたのでしたね。
    電車の踏切がチンチンと降りて(音はあったかは忘れた、突っ込まんでくれー。路線名、そんなん知らん。嵐電(ランデン)とちゃうかー、って適当に書いているのだ。プンプン)、そこで菅井が追いつき、京は背中から刺されたのでした。

    しかし、何で間違えたかなあ。
    『暴力』を観て、「ああ、このシーンは」って思い込んでしまって疑わなかった。
    『偽れる盛装』、『暴力』、この2作品では攻守が逆転していたのだ。
    忘却とは忘れ去ることなりかあ、トホホ。
    ごめんちゃい、である。

    コルドン・ブルーの説明、楽しく読ませていただきました。
    糖尿病は私は予備軍ともいうべきで、HbA1C(糖尿病検査の目安らしい)という値が正常値(4.3〜5.8らしい)よりちと高いのだ。
    気いつけよーっと。って、特別なーんもしてないけどね(苦笑)。

    >ミチさん

    園井啓介、懐かしい名前です。
    ほんと、昭和30〜40年代のテレビでよく見た顔でした。マスターがお書きのようにやっぱり「事件記者」での印象が強いな。
    「おやじ太鼓」にも出ていましたね。あおい輝彦が歌った♪〜どんどんどどんど どんどどんどどん〜♪の軽快な主題歌と、”おやじ太鼓”を演じた進藤英太郎をよーく覚えているのでした。

    後年にそのオリジナルとなった『破れ太鼓』(木下恵介・1949)を観たとき、「ああ、これ「おやじ太鼓」じゃないか」って懐かしかったのだ。
    オリジナル映画の阪東妻三郎の好演は言わずもがなだけど、リメイクのテレビドラマでの進藤英太郎も決して負けてはいなかったと思うのだ。

    園井は松竹メロドラマでも活躍してますが、やっぱりテレビでの印象が強いなあ。

    >ルーベンさん

    お久しぶりです。
    さっそくのレス、ありがとうございました。時々お顔を見せてください。

    グレン・フォードの作品はあまり観たことなかったのですが、お書きのいろんな作品(女難ですか(笑))面白そうですね。
    『決断の3時10分』は持っているので、今度観てみよーっと。
    バレリー・フレンチ、フェリシア・ファー(『去り行く男』で、”約束の地”を求めて移動していた一団の中にいた女性でしょうね)の名はしっかりインプットしたのでした。

    バーバラ・スタンウイックは『大平原』『群衆』『深夜の告白』は観たけど、いろんな作品に出ているんですねえ。
    所有リストに検索かけたら、上記3作品以外に『ステラ・ダラス』『青春カーニバル』『教授と美女』(これ、ゲーリー・クーパーと共演)『タイタニックの最期』『風雲のチャイナ』『呪いの血』とけっこう持っていたけど、積みになっている。
    『教授と美女』は監督がハワード・ホークスだし面白そうで、今度観てみよーーと。

    グレン・フォードを虐めた『欲望の谷』、ゲイリー・クーパーに袖にされた『吹き荒ぶ風』は持ってなかった、残念じゃー。しっかりインプットして機会を待とうーっと。
    『悪の花園』は、和田誠の「お楽しみはこれからだ」に名セリフがらみで度々登場していたのを覚えているのだ。
    ずーっと以前に観てはいるけど(テクニカラーが綺麗だった)、また再見したくなったのでした。


    今夜の一曲は、再度の登場ですが、懐かしの「おやじ太鼓」の主題歌をどうぞ。

    http://www.youtube.com/watch?v=ztXwD1bYvJM

  • >>No. 1642

    マスター、今晩は。

    「鬼平犯科帳」は松本幸四郎(先代)のシリーズで吉村監督は何本か手がけているようですね。
    能村庸一さんの「実録テレビ時代劇史」(東京新聞出版局・1999)の中に、「鬼平犯科帳」がテレビに登場した背景が描かれていますので、ちょっとご紹介です。

    「オール読物」が「鬼平犯科帳」の連載を開始したのは昭和42年12月号からで、「浅草御厩河岸」がその第一作でした。
    池波正太郎は火付盗賊メという、それまであまり知られていなかった役職に興味を持ち、長谷川平蔵という実在の人物を通して江戸の暗黒街を描くことに思い至ったのでした。

    当時東宝のテレビ部長市川久夫は池波とは昵懇の間柄で、連載すると間もなく映像化をまかされています。
    局サイトで最初に名乗りをあげたのはNTVで、阿木翁助企画本部長の片腕だった谷村錦一(映画評論家で、キネ旬ベストテンの選出では吉村作品によく高得点を与えていた)で、小説の面白さに惚れ込み、市川にテレビ化を打診してきたが、鬼平と泥棒の話をどう結びつけるかといった作劇の仕方で悩み、局の結論を先送りしていたのでした。

    すると今度はNETの田中亮吉制作局長が、かなり具体的な提案をもたらしたのでした。
    すなわち「東宝劇団の松本幸四郎(先代)の鬼平でいいじゃないか」というもので、鬼平は原作者から「敵は本能寺にあり」(昭和35年)という映画のシナリオで仕事した際の幸四郎をイメージして書いていると耳にしていたから、市川久夫にとっては嬉しい提案でした。
    幸四郎の「東宝劇団」は、東宝としては裏方などの諸条件が整わず歌舞伎興行に不安を持っていた頃で、そんな時だけに菊田一夫演劇担当重役も高麗屋のテレビ出演を快諾したのでした。

    難産ではあったが人気は上々で、出演者も淡島千景(久栄)以下、加東大介(佐馬之助)、黒川弥太郎(佐嶋)と豪華で、中でも古今亭志ん朝の忠吾は我が子に「忠吾」と命名したほどこの役に惚れ込んでいたそうです。

    番組制作にあたり、池波正太郎は市川久夫に一つだけ条件を出したそうです。
    それは脚本に井出雅人を使ってほしいということで、井出は池波や市川同様、長谷川伸の勉強会に通っていた仲間で、市川にとっても望むところでした。
    そのとき、市川は「私の弟子も面倒見てくださいよ」と付け加えたのでした。
    市川は長年大映(東京)の企画部長として年間百本以上にのぼる作品の全てに関わっていて、弟子というのは「大映脚本家養成所」の教え子十二人のことでした。
    その十二人の中には、安部徹郎、野上龍雄、田坂啓、桜井康祐、下飯坂菊馬、その後テレビ、とりわけ時代劇で大家になった人たちが含まれていました。

    監督には井出雅人の推薦もあり新東宝仲間の小野田嘉幹を迎えるいっぽう、稲垣浩のチーフだった東宝の若手の中でも時代劇に精通した高瀬昌弘を起用しています。
    この二人をメインに据え、助っ人監督に吉村公三郎や、田中徳三や、井上昭などの大映監督を起用しています。
    市川東宝テレビ部長の大映との人脈からでしょうね。

    ネット検索したら、吉村さんのテレビ監督作品の紹介がありました。
    病に倒れ再起した頃からですが、大映も倒産しテレビに移ったってところでしょうが、体力の問題もあったでしょうね。
    「鬼平犯科帳」も第一シリーズだけでなく、けっこう監督しているようです。

    http://www.geocities.jp/kmkr_01/tv.yoshimura-kozaburo.html

    「木枯紋次郎」はご市川崑だし(何作か後からは名前だけだけど、それでも一流の監督が助っ人に立っている)、「必殺仕掛人」は深作欣二や工藤栄一といった東映の気鋭が監督に加わっている。
    見ごたえのある時代劇、力のある作品というのは、出演者もさることながら監督や脚本家の力量によるところが大変大きい、こんなことを改めて感じるのでいた。
    「鬼平犯科帳」は、主演者が変わりながらも何シリーズにもわたってテレビに登場し、どの作品も高水準を保っていたのは素晴らしいですね。

    マスターの書き込みを読んで、ちょっと触発されて、俄仕込みで調べたのだわい(笑)。
    ではでは、ごめんなすって。


    今夜の一曲は、中森明菜の歌で「飾りじゃないのよ涙は」をどうぞ。

    http://www.youtube.com/watch?v=GLY44yNa9uc

  • >>No. 1

    マスター、皆さん、今晩は。

    小沢昭一さんがお亡くなりになりましたね。
    どこかとぼけた味のコメディが印象に残っているけど、余裕派とでもいうか、江戸っ子の含羞とでもいうか、そんな演技や態度がとても好きだったのだ。

    川島雄三や今村昌平作品の常連だったけど、そういや、このお二方にも上記のような印象があるのだ(川島は東京生まれじゃないが、同郷の太宰治に共通するような含羞を感じる)。
    うーん、“類は友を呼ぶ”かな。
    ラジオの「小沢昭一的こころ」(最近は聴いたことがないけど、昔はよーく聴いていた)にもこの小沢流処世観のようなものが随所に現れていて、笑いながら共感を持って聴いていたなあ。

    ちょっと前(#1632)に『競輪上人行状記』(西村昭五郎・1963)のことを書き込んだけど、そのときは睡魔に負けてダウンしたけど、再度、追悼の思いを込めて、今度は最後までしっかり観たのだ。

    面白い映画でしたよ。
    原作者が破戒坊主(失礼!)の寺内大吉、脚本が今村昌平と大西信行、監督がこれが初監督作となる西村昭五郎、そして主演が小沢昭一、曲者ぞろいではないか。
    ぜーったいに、四角四面な作品になるわけがない(笑)。

    監督の西村ショーゴロウさんは、後に日活ロマンポルノの創世記を飾った『団地妻・昼下がりの情事』(1971)の監督でもありました。
    以前に本トピで、『昼下りの情事』だとヘップバーン、『昼下がりの情事』と書くと団地妻になる(笑)、この違いはなんじゃーって話題になったことがあるけど、懐かしいな(#942〜#947。 後に#956〜#957でもツッコミが入った)。

    『競輪上人〜』での小沢は春海(しゅんかい)という名で、ある貧乏寺の次男坊、稼業の寺を継ぐのが嫌で女子中学校の先生になっている。
    この中学校で非行少女を更生させるという趣旨で、バレーボールの指導に精を出すんだけど(そういえば、この映画が作られたころ、“東洋の魔女”と呼ばれた女子バレーが人気だったなあ)、腹痛と思われた生徒が妊娠していたとわかり、同僚と親に相談にいったところ、その同僚が言うには妊娠させた相手はその生徒の父ちゃんじゃないかということになる。
    まったく、こらー、西村、今村、大西、小沢〜〜!

    その生徒は家出を繰り返し、親身になって心配してくれる小沢を頼りにしてなつくのだ。

    そして、実家の長男が死んで、次男の春海に寺を継ぐようにと父親(加藤嘉)からの命令が下るのだ。
    いろいろ不満をぶつけて拒否する小沢に、「バカモーン」って感じで父ちゃんが説教し(『仁義なき戦い・広島死闘篇』で息子の勝利(千葉真一)に説教していたあの姿を連想してください(笑))、春海に本堂建設の浄財を集めに檀家を回らせるのでした。

    この父ちゃんが人格者かというとさにあらず、長男の嫁(南田洋子)に手を出して、どうやらその子供はこの父親の子(長男は不能者だった)であるらしい。
    南田洋子は不幸な女を演じているのだけど、これが正常者かというとさにあらずで(まったく)、死んだ夫(長男)の位牌の前で夫の亡霊を見て(なぜか手にベルトだか、鞭だかを持っているのだ)、そして鞭打たれ恍惚な表情を浮かべ「もっとぶってちょうだい」などとよがっているのだ。
    こらー、西村、今村、大西、小沢〜(笑)。

    ひょんなことから春海は競輪にのめり込み、本堂建設の浄財をそれにつぎ込むようになる。

    他に、競輪にのめりこんでいる葬儀屋(加藤武)、春海をゆするノミ屋・・・、春海の弟で一見人格者(高橋昌也)がその妻に金を配らせ選挙運動をしていたり・・・、まともな人がちーっともおらんのだわい。
    渡辺美佐子が出番は少しだったけど、意外な役で登場したのも印象的だったのだ。

    最後の春海の演説というか、講釈というか、このシーンは圧巻だったのだ。
    よーく聞くととんでもないこと言っているのだけど、なんだか崇高な話を聞いているような錯覚におそわれ、感動的でさえあったのだ。
    チャップリンの『独裁者』を連想したりさえしたぞ(笑)。

    間違いなく、小沢昭一の代表作の一本に数えていいのではないか、そう思ったのだ。


    今夜の一曲は小沢さんが好きだった歌、美空ひばりの「青春の恋人たち」をどうぞ。
    小沢昭一さん、さよーならのこころだー。

    http://www.youtube.com/watch?v=i15ELeKHUik

  • >>No. 1659

    マスター、皆さん、今日は。

    今年も残り2日となりましたね。
    新年を迎える節目というか、厳粛な気分のようなものは、年を重ねるにつれ薄れてきているけど、それでもテレビでの本年回顧番組なんか見ていると感慨深いものはあります。

    ♪〜お正月には凧あげて 独楽を回して遊びましょう〜♪
    って、今どきこんなことやっているガキはいないですね。
    野坂昭如じゃないけど、「子供は聚楽のランチでも食っていろ」(笑)。

    本トピも5年目に入りましたね。
    マスターとのお付き合いも、前トピからだと6〜7年になろうとしている。
    お互い、憎まれ口ばーっかり叩いていたけど、よく続いたもんだなあ(笑)。
    どこまでいくかわからないけど、行けるとこまで続けましょうか。
    オー!


    先に編集者の川野黎子のご紹介がありましたね。
    名前は知ってはいたけど、興味深く読ませてもらいました。
    向田邦子の担当だったんですね。彼女(向田)の死はずっと惜しまれてましたね。

    編集者っていうと、村松友視を連想するな。
    以前に話題になった「神楽坂ホン書き旅館」の本の中で、木暮実千代の妹の敏子が経営する“ホン書き旅館”として有名になったこの旅館の(ホン書きとして)最初の客が村松道平でした。
    敏子は村松道平に親近感を覚え、恋心のようなものを抱いたのでした。

    そして、後に野坂昭如(この旅館の常連)の担当者として村松友視(所属は中央公論社)が現れます。
    ひょっとしてと敏子が訪ねたところ、村松道平の甥にあたる人だったのでした。
    このくだりは感動的でした。
    村松友視も「時代屋の女房」で直木賞をとりましたね。
    その映画化(1983)で主演したのは夏目雅子でした。

    色川武大も編集者をしていた時代がありました。
    その時代を知る山田風太郎や吉行淳之介のエッセイでときどき話題にあがってました。
    色川は「黒い布」で中央公論新人賞をとり注目されますが、その後ぷっつりと消息を断ちます。
    そして、数年の後に麻雀ブームを巻き起こした「麻雀放浪記」で謎の作家・阿佐田哲也として再登場します。
    吉行は「この作者は色川武大ではないか」とピンときたと書いてますね。

    阿佐田哲也は競輪好きとしても知られていて、競輪を追って全国の競輪場を旅して回ってました。『競輪上人行状記』みたいだ(笑)。
    やはり競輪好きな伊集院静(夏目雅子の夫だった)が色川と共に旅をしていたときがあり、どこか(確か、山口)の競輪場で将棋の芹沢博文とあったときのことが、伊集院のエッセー集「あの子のカーネーション」に書かれていました。
    「ああ、俺は名人にはなれないんだ」(才能の限界を知ったんだろうな)、こう言ってさめざめと泣いていた芹沢の姿をからませつつ描き、しみじみと、そして爽やかさをさえ持って読んだのだ。

    将棋と言えば、米長邦雄が亡くなりましたね。
    口八丁手八丁の才人だったけど、ご冥福をお祈りします。

    ご紹介の原節子の本は楽しそうですね。
    知っていたら買っていたのに、残念じゃー。
    “最も美しい原節子はどの映画のどのシーンか”というアンケートがありますが。回答者がどんな回答を出してきているのか、興味津々だな。
    私だったら、自分がトピを作っていた愛着もあって、『安城家の舞踏会』での冒頭シーンの「敦子は反対でございます。いまさらそんなことをして何になりましょう」って、いきなり原節子のアップで始まったこのシーンをあげるなあ。

    連想ゲームでしたー。


    今日の一曲は、「Auld Lang syne」(蛍の光)をどうぞ。
    『哀愁』や、新年を迎える曲として『チャップリンの黄金狂時代』や『ポセイドン・アドベンチャー』を連想するのだ。

    http://www.youtube.com/watch?v=acxnmaVTlZA

  • >>No. 1662

    マスター、皆さん、今晩は。

    今年も残すところ数時間ですね。
    さよなら、2012年。

    マスター、「原節子のすべて」(新潮45特別編集・新潮社・2012)を購入してパラパラと速読したところです。
    新潮45のスタッフが総力をあげて取り組んだ企画って様相で、かなりな反響があるんじゃないか、そんな感じを持ったのでした。

    熊谷久虎監督は『指導物語』(機関車の迫力がすごかった)を観たことがあるけど、これといった印象はなかったのでした。
    原節子の義兄であること、原は引退後は熊谷の宅に身を寄せていたこと、熊谷監督自身は右翼であったこと・・・、これらのことは断片的に知識として知ってはいました。

    この本は熊谷監督にかなりなページを割いて、そこから原節子にアプローチを試みていますね。
    とても興味深く、ゆっくり読んでみようと思っています。
    時代が経つにつれ、昔、タブーだったこと(例えば、太平洋戦争終戦前後のことなど)がだんだん明るみになってきたりするけど、原節子もその例外ではないのかもしれないな。

    「最も美しい原節子はどの映画のどのシーンか」アンケートは、11人の方が回答を寄せてましたが、以前に文藝春秋が行っていたような各界への大アンケートが欲しかったな(って、無理か)。
    この点は、ちょっと残念でした。


    本年最後の書き込みです。
    皆様、よいお年をお迎えください。

  • >>No. 1669

    ミチさん、今晩は。

    小津作品はまさに日本的情緒に満ちた世界で、それが(それだからこそ、かな)世界の監督に認められたのが嬉しいですね。

    技術的なこととしては、カメラの位置を低く据えたローアングルは有名だけど、あとこれといった特別なものはないと思うのだ。
    『東京物語』ではあまり目立ってなかったけど、セリフの繰り返しの独特のリズム(「それはある、ありますよ」とか、「あれはいい、いいよ」とか)があり、これは技巧といいえるかどうか。そもそも外人がこれを聞いてどう感じるのだろう。
    『東京物語』では、大人でなく子供(山村聡の息子)がこれをやっていた(笑)。
    画面に安定感があり、ゆったりと作品世界に浸れる、これもそうと言っていいのかなあ。
    この辺り、マスターの領域じゃ。

    でも、『東京物語』が外国の監督たちに支持された最大の理由は、こんなにも平凡な(平凡すぎるぐらいの)日常世界を描いていながら、それでいて深い余韻を残している。
    「こんな撮り方もあるのか」って、目からウロコというか、驚きと共感を持って受け入れられたんじゃないかなあ、って思うのでした。

    今回、『東京物語』がベストワンに選ばれたアンケートは、イギリス映画協会(BFI)が発行する映画誌「サイト・アンド・サウンド」で1952年から10年に一度行われているもので、世界で最も権威ある映画順位評価とされているようです。
    監督投票によるもの(今回358人)と、批評家投票によるもの(今回846人)の2種類があり、『東京物語』は批評家投票でも3位に入っています。

    ちなみに、そのベストテンは、

    (監督投票)
     1.東京物語(日)      1953  小津安二郎         
     2.2001年宇宙の旅(米) 1968  スタンリー・キューブリック      
     2.市民ケーン(米)     1941   オーソン・ウエルズ         
     4.81/2 (伊)      1963   フェデリコ・フェリーニ          
     5.タクシー・ドライバー(米) 1976   マーチン・スコセッシ     
     6.地獄の黙示録(米)     1979   フランシス・フォード・コッポラ      
     7.ゴッド・ファーザー(米)  1972   フランシス・フォード・コッポラ      
     7.めまい(米)        1958   アルフレッド・ヒッチコック     
     9,鏡(ソ連)   1974   アンドレイ・タルコフスキー
    10.自転車泥棒(伊)     1949   ヴィットリオ・デ・シーカ     

    (批評家投票)
     1.めまい
     2.市民ケーン
     3.東京物語
     4.ゲームの規則(仏)    1939  ジャン・ルノアール
     5.サンライズ(米)     1927  F・W・ムルナウ
     6.2001年宇宙の旅(米)
     7.捜索者(米)       1956  ジョン・フォード
     8.映画カメラを持つ男(ソ連)1929  D・ヴェルトフ
     9.裁かるゝジャンヌ(仏)  1927  カール・ドライヤー
    10.81/2

    『市民ケーン』、『第三の男』は無意識に例として挙げたものだけど、どっちにもオーソン・ウェルズが出ていた(『第三の男』では主役ではなかったけど、その存在感は主役のジョゼフ・コットンをはるかに凌いでいた)。

    『市民ケーン』は上記のアンケートで1962年から50年間不動のトップに位置していたけど、今回『東京物語』にその座を明け渡したのでした。
    この作品、ずっと昔にNHKの世界名画劇場で観て、「ローズ・バッド(薔薇のつぼみ)」という謎の言葉を残して死んだ、新聞界の大立者ケーンの心の孤独がとても強く印象に残ったのでした。
    「ああ、こんなに満たされた人にも空洞はあるんだ」って、映画史的なことよりその“心の孤独”に強く魅かれたのでした。
    技巧的にはパンフォーカス撮影が有名で、嚆矢はこの映画じゃないようだけど、世間にパンフォーカスを知らしめたのは間違いなくこの作品です。
    以前にルーベンさんがDVDではその魅力が出てなかったって怒っていたけど、最初に観た世界名画劇場ではそれが出ていたのだ(これはなんだ、って感じたもの)。

    『第三の男』はお薦めです。
    ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)のデカダンスなセリフ、光と影を駆使したキャロル・リードの演出、グレアム・グリーン脚本のストーリー展開の面白さ、そして有名なチターによる主題曲、“これぞ映画だ”って作品です。


    今夜の一曲は、西田佐知子の歌で「コーヒー・ルンバ」をどうぞ。

    http://www.youtube.com/watch?v=XTGVXUNZ1YE

  • >>No. 1673

    マスター、ミチさん、皆さん、今晩は。

    マスター、恒例の「ワシ、体弱いねん」「しばらく休養するので、トピは留守にするかもしれんねん」発言、「出たで、出たで」( ← 横山たかし・ひろしの漫才で、ひろしのツッコミ風に)と読ませてもらっていたのだ。
    毎度おなじみの〜で、もう恒例行事だから慣れっこになってきておるのだ。
    「好きにすれば〜」( ← クレヨンしんちゃん風に)って、ちょっとサディステックな気分にもなったぞ(笑)。

    「ウーン、憎まれ口の減らん奴」、マスターから石が飛んできそうだけど、それを巧みに避けるのじゃ。この辺り過去の経験から学んだテクニックじゃ(ほんとかよ)。
    ともあれ、寒い日が続いてますので、どうぞご自愛ください。


    ミチさん、『市民ケーン』『第三の男』をご覧になったのですね。
    どちらも心に残った作品になったようで、よかったです。

    『第三の男』には忘れがたい名シーンが、いくつも登場していて印象深いです。
    ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)が最初に姿を現したときの(光が当たって)はにかんだ顔、観覧車のシーン、マンホールから出た指、そしてラストシーン・・・。

    フランス映画『望郷(ペペ・ル・モコ)』と同じく、たくさんの模倣を生んだ作品です。
    その中の一つ、『霧笛が俺を呼んでいる』(山崎徳次郎・1960)が日活アクションのムードあふれる作品になっていたのだ。
    主演は赤木圭一郎(この映画の翌年にゴーカートで事故死)、舞台を港・横浜に置き換えて見事に(って、いうべきかなあ)パクっています。
    共演は、芦川いづみ、葉山良二、西村晃(顔までトレバー・ハワードに似ている(笑))、そしてデビュー間もない吉永小百合(この役はオリジナルにはない)も出ていました。

    脚本を書いたのは熊井啓で、パクリだけに終わらせるものかの意地(かあ)のようなものも感じる作品です。
    「そうさなあ、霧笛にでも聞いてくれよ。どうやら霧笛が俺を呼んでいるようだぜ」(カッチョイイー)、こんな決めゼリフが赤木の口から飛び出しました。

    ミチさん、この作品をご覧になってなかったら、機会があったらどうぞご覧になってみてください。
    『第三の男』を観たあとなので、きっと楽しいと思いますよ。

    キューブリックは、今の時期なら『シャイニング』なんかいいなあ。
    ジャック・ニコルソンの狂っていく過程、そしてその顔で「さあ、出ておいで」と招く恐怖。
    誰だったか忘れたけど、「この作品を観て、しばらく家でシャイニングごっこが流行った」って当時の映画誌に書いていて、それを読んで大笑いしたのだ。

    レスのみにて失礼します。
    ちょっと、ご挨拶の顔出しでした(それにしちゃあ、よう憎まれ口を叩いてくれたのう、ってか。知らん、知らん(笑))。


    今夜の一曲は、再度の登場ですが、赤木圭一郎の歌で「霧笛が俺を呼んでいる」をどうぞ。

    http://www.youtube.com/watch?v=6waO8Y-EyMs

  • マスター、皆さん、今晩は。

    2月になりましたね。
    明日は節分で、今年の恵方は南南東だそうで、「南南東に進路をとれ」と顔を向け、恵方巻にガブリと食いつくのだ、ワハハハ。

    ところで、掲示板(もう、”掲示板”という名称ではないのか)は今までの形式が変わるようですね。
    新形式はテキストリームというらしい。
    昔、山口百恵が♪~テーキストリーム テーキストリーム~♪と歌っていたぞ。
    え、それは“ジェラシー・ストーム”じゃないかい、ってか。
    オオ、そうであった(笑)。

    ということで、さっそくテキストリーム形式で投稿してみるのだ。
    もっとも、Wordに下書きしたものをコピーペーストするだけだから、今までとぜーんぜん手間は変わってないけどね。
    あとは見栄えだけど、これまでの掲示板は1投稿1世帯を持っていたけど、今度のやつはズラズラーと出てきて各々の投稿の独立性はなくなったみたいだ。
    それならそれで、スクロールしたら全部見ることができるかというとそうではなく、直近のものからいくつかしか(いくつまで過去ログがたどれるのだろう)見られないみたいだ。

    うーん、これは改良なのかなあ。そうは思わんけどなあ。
    時流に乗った“軽薄短小”化かあ(笑)。
    成り行きまかせでいこうぜー。

    マスター、『リスボン特急』や『ボルサリーノ』のアラン・ドロン作品の書き込みありがとうございました。
    ほんと、この頃のドロンは「またドロンかよ」っていうくらいよく作品が公開されていた。
    輸入配給元が仕入れていたんだから、問題はここか(笑)。
    でも、その中では『仁義』『サムライ』『リスボン特急』と続いたジャン・ピエール・メルヴィル監督作品は評判よかったけどなあ。
    ジャン・ギャバン、リノ・ヴァンチュラと共演した『シシリアン』(アンリ・ベルヌイユ、1969)も好きだったなあ。

    「また、ドロンかよ」って思ったのは、『栗色のマッドレー』とか『帰らざる夜明け』とか『燃え尽きた納屋』とかである。
    『アラン・ドロンのゾロ』は、「あほらし」って途中で映画館を出てパチンコに行ったって記憶があるのだ(笑)。

    元気娘・榊原郁恵が♪アラン・ドロンのふりなんかして~♪って歌っていたのはいつごろだったろう(ちなみに、1番の歌詞は♪アル・パチーノの真似なんかして~♪だった)。
    水谷豊が「アラン・ドロンかなあ」って言っていたCMはいつごろだったろう。
    ダリダと♪パローレ パローレ パローレ~♪と「甘い囁き」を歌って(セリフだが)いたのはいつごろだったろう。
    この歌、日本では細川俊之と中村晃子が歌ってましたね。

    評価はさまざまだけど、一時代を築いた俳優であることには間違いないですね。


    今夜の一曲は、この時期になると思い出す「心の窓にともし灯を」をどうぞ。
    オリジナルの歌はザ・ピーナッツだけど、今回は倍賞千恵子の歌で。
    バックの映像はなんだろう。『下町の太陽』(山田洋次)の頃の映画でしょうね。

    http://www.youtube.com/watch?v=-zyQk24t03Y

  • マスター、ルーベンさん、今晩は。

    ルーベンさん、アナログ人間同類項である私もテキストリームはようわからんです。
    論より証拠で、トピの上の方にある(掲示板のどの画面でもいいが)“『textream(テキストリーム)へ』”というところをクリックすると、テキストリームの画面になります。
    これらの様式を称してテキストリームと言うんじゃろうて。

    トーキー映画初期の頃の作品で『有りがたうさん』(清水宏・1936)という映画がありました。
    ”ありがとうさん”と呼ばれるバスの運転手(演じたのは上原謙、すれ違った人に「ありがとう~」と声をかけるのでこう呼ばれている)が、すれ違ったバスの女から「東京に行ったら、ぜひ発声映画トーキーを見てほしいわ」ってセリフがありました(売られていく女の子に発した言葉だが)。

    そのバスが去ったあと、乗客(桑野通子だった)が「ターキー、ターキーって言うけど、何のことだい」(そもそも、トーキーとターキー(男装の麗人・水の江滝子のこと)をごっちゃにしているのだが)と聞いていた。
    有りがたうさん答えていわく、「女が男の真似をすることさ。だから、男が女のように喋ることをトーキーって言うんだろうよ」ってセリフがありました(笑)。

    私のテキストリームに関しての回答は、これと似たようなものである。
    知ーらん(いばるな(笑))。
    ボタンもいくつかあるけど、説明がないからようわからん。
    いずれわかってくるだろうけど、決して使い勝手がよくなったとは思わないのだ。

    そもそも、目的とするトピに辿り着くまで最初は面食らったのだ。
    映画トピは”映画”というカテゴリー一つに集約されていて、すべてのトピがその中に入っている。
    直近の書き込みがあったトピが一番上にくるのは今までと同じだけど、目的のトピを探すのが面倒じゃ。
    幸か不幸か、以前に比べるとトピ数がぐっと減っているので、上から順に探してもそんなに手間ではないけどね。
    って、寂しい話ではありますね。

    『暗黒街のふたり』『絞殺魔』の話、楽しく読ませていただきました。


    マスター、『霧の波止場』(マルセル・カルネ、1938)は好きな映画です。
    自由の地に旅立てたのに・・・、ミシェル・モルガンを探しに戻ったジャン・ギャバンが切なかった。
    ギャビー(ミレーユ・バラン)を追って、カスバの石段を駆け下りたペペ・ル・モコ(ジャン・ギャバン)に通じるものがありましたね。


    今夜の一曲は、奥村チヨの歌で「終着駅」をどうぞ。

    http://www.youtube.com/watch?v=40SS9GtlKgI

  • >>No. 1694

    マスター、椿さん、こんにちは。

    テキストリームに移ってからも、どうやら過去ログは表面に現れないだけで消滅したわけではなく、存在はしているようですね。よかった、よかった。

    マスター、『有りがたうさん』のレスをありがとうございました。
    清水宏はほんとに異色の監督で、この作品なんかその代表的なものですね。

    清水宏と小津安二郎はお互いに相手を認め合い、その親交は終生続いたようです。
    大衆映画のヒット作で会社(松竹)を潤していた清水は、客の入らない映画ばかり作る小津に対する批判があったとき、「小津はあれでいいんだ。儲かる映画はおれが作るから」とかばったそうです。

    「映画読本 清水宏」(フィルムアート社・2000)に「最尖端の映画感性の出会い」と題して田中眞澄さんが寄稿されています。
    清水・小津に、山中貞雄も加わっての交友が描かれていて興味深いです。
    ちょっとご紹介です。

    ++++++++
    清水が監督になった直後に撮影所長に就任した城戸四郎は、所内の既成勢力を牽制する意味から、清水や小津など才能ある若い監督たちに目を向け、また脚本部の充実を図った。
    彼らの日々の交友こそ、日本映画をリードした松竹現代劇の基盤であった。

    1930年代に入って、京都の時代劇に彗星の如く現れた山中貞雄が、清水の交友圏に登場するのは1934年、彼の最初の上京の際、そこに山中の発見者たる映画批評家・岸松雄が介在したが、とにかく小津を交えて彼らは大いに意気投合し、肝胆相照らす仲となった。
    その時期の最尖端の映画感性の出会いであった。
    それは山中を中心とする京都の時代劇脚本家グループ「梶原金八」の面々の親交にも発展する。
    またヴェテラン時代劇監督・井上金太郎も清水・小津に惚れ込んでいた。

    こうした動きは時代劇の世界に新風を巻きおこす結果になったが、特筆すべきはジャンルや地域性や所属会社を超えた映画作家たちの交流が促進されたことだろう。
    それこそが1930年代の日本映画黄金時代の要因であり、清水・小津と山中の友情トライアングルがその核になったのである。
    ++++++++


    ルーベンさんが先に書いていた、『暗黒街のふたり』とよく似たラストのトニー・カーチス主演の映画(彼の『絞殺魔』と間違えた)は、『暗黒街の顔役』(1974)のことでしょうか。
    この作品、戦前にハワード・ホークス監督、ポール・ムニ主演で映画化された名作『暗黒街の顔役』(1932)と邦題は同じだけど、リメイク作品ではないようですね(年代や、ギャングを扱ったのは同じだが)。

    ホークス作品では、ジョージ・ラフトが“コイン投げ”をやってました。
    これ、ビリー・ワイルダー監督の『お熱いのがお好き』でパロディとして使われていましたね(ジョージ・ラフト本人も登場していた)。
    って、間違えたのは『暗黒街の顔役』じゃなかったりして。
    知らん、知らん(笑)。

    『絞殺魔』(1968)は未見ですが、このタイトル名からヒッチコック監督の『フレンジー』(1972)を連想したりしたのだ。
    こちらはネクタイ絞殺魔だったけど、往年のヒッチコック監督が復活したといわれた作品でした。

    レスのみにて失礼します。


    今日の一曲は、先に♪~テーキストリーム テーキストリーム~♪と歌っていたとばっかり思っていた(大嘘じゃ(笑))、山口百恵の「愛の嵐」(ジェラシー・ストーム)をどうぞ。

    http://www.youtube.com/watch?v=6IGBxzPRmcU

  • >>No. 1700

    マスター、今晩は。

    掲示板はとうとうテキストリームに移行してしまったですね。
    トピの独立性がなくなって、ノッペラボーとした状態になってしまった。
    映画のトピックは現在133あるんだそうな(そう数字が出ていた)。
    本トピはその中のどこかにあるんだろうな。
    今見たら、マスターの書き込みによって上から6番目にあったぞ。

    昔、「世界は一家、人類はみな兄弟」って、長年日本に住んでいながらまったくカタコトの日本語しか喋れなかった関取(ずっと、この人を基本に思っていたから、後に達者な日本語を話す外人が出てきたときはびっくらこいたけど、今思うにこの関取が異常(作られたキャラだろうけど)だったんだ。「ニバイ(二倍)ニバーイ」(笑))を連れて、こんな標語を連呼していた右翼の某氏を連想したりしたのだ。
    「テキストリームは一家、トピックはみな兄弟」ってかー。
    そういや、この某氏は上記の標語を掲げていながら、「戸締り用心、火の用心」なんか言って拍子木をカチカチ鳴らして回ってもいた。わけわからん(笑)。


    マスター、以前の書き込みの抜粋を楽しく読ませてもらっていました。
    マスターの好きな吉行淳之介(ほんとに、好きですねえ)、山口瞳が出てきていますね。
    山口瞳といえば、開高健、柳原良平とともにサントリー(寿屋)の広告文化を作った人だけど(どこか風貌がアンクルトリスに似ている)、この人も編集者(確か、河出書房)を経験している方だったと記憶してます。

    洒脱なエッセイ「男性自身」や、小説もだけど、断然好きだったのが将棋界のトッププロに飛落ちで挑戦した「山口瞳血涙十番勝負」なのだ。
    名調子の自戦記を笑いながら読んでいて、時にホロリとしたのだ(特に、女流の蛸島彰子に平手で挑んだ一戦なんか)。
    「山口さんを見ると、もう疲労困憊。ここまで戦った下手を負かすのは忍びなかった」と時のトップ棋士・山田道美にこう言わしめ、引き分けになった一戦も印象が強いのだ。
    そして二人は意気投合し、共同で戦法を考えたりする。
    その山田さんが数ヵ月後に急死します。それを悼む山口さんの筆は悲しみに満ちていました。

    将棋界と縁が深く、「アマチュアの段位なんかいらない。級でもいいからプロの段位が欲しい」と言っていて、将棋界の公告塔のような方だったけど、後にプッツリと将棋界と縁を切ってしまった。
    芹沢博文九段との確執が原因とも言われているけど、残念なことです。
    二人とも意地っ張り。なにかで衝突したのだろうけど、こんなとこも「いかにも、らしいや」だけど、両者ともに人間的魅力に溢れていて好きだったので、ほんとに残念だったのだ。

    芹沢博文といえば、先にちょっと書き込みしたことがあるけど、伊集院静のエッセイ「あの子のカーネーション」に、伊集院が阿佐田哲也(色川武大)と共に競輪を追って旅していたとき、山口の競輪場で芹沢に会ったときのことが描かれていました。
    「ああ、俺は名人になることが出来ないんだ」、自分の才能の限界を知ってさめざめと泣いていた芹沢の姿をダブらせて描き、読んでいてしみじみと、そして最後は爽快な気分になったのでした。

    この芹沢の感傷ははよーくわかるのだ。
    私は囲碁だったけど、「いずれ、アマチュア名人でもとってやる」って気概に昔は溢れていたのだ。それがそんな才能はないとわかって挫折して・・・。
    芹沢とレベルは違うけど、さめざめと泣きたい気分になったことは何度もある。
    エーン。

    腕一本で生き抜いていく勝負師の世界に憧れる気持ちは今でも強いのだ。
    くだらん(と、私は思う)処世術なんて関係ない、頓挫すれば己の腕の未熟ゆえ。こんな世界いいなあ。
    テレビで、茶坊主のようなお笑い芸人を見ていると反吐が出る。
    って、話がそれました(笑)。

    山口瞳の名前を見て、連想ゲームで書き込みました。
    ちょっと間が空いたので、顔見せなのだ。


    今夜(早朝かあ)の一曲は、再度の登場ですが、将棋の”さわやか流”内藤邦雄九段の歌う「おゆき」をどうぞ。
    ナチカチイ。

    http://www.youtube.com/watch?v=M3f3dEPn8nk

  • マスター、今晩は。

    山口瞳対談を引きずってますねえ。
    東宝の大プロデューサーだった藤本真澄も出てきて、なんだか、誘いの隙のような感じを受けたりもしたぞ。
    「誰か、突っ込み入れてくれー」ってね(笑)。

    先にマスターが紹介されていた「原節子のすべて」(新潮45特別編集・2012)に、“衝撃の実名告白”ってセンセーショナルに煽って(新潮45って、この手のものが好きだなあ)、上條昌史って方が「私は原節子と大プロデューサーの逢引を手配した」ってタイトルで寄稿しています。
    この大プロデューサーっていうのが藤本真澄のことでした。
    藤本と原節子の恋愛、それに影を落とした原の義兄・熊谷久虎監督のこと・・・、などが描かれていました。
    ゴシップを掘り返して、あまりいい趣味とは言えないけど、興味津々ではありました。

    その中に、山口瞳との対談(出典は「山口瞳対談集 3」)が引用されていました。
    マスターがご紹介のものとソースは同じでしょうね。
    ダブってないので、ちょっとご紹介です、

    +++++++

    藤本は晩年、原節子への思いを、作家の山口瞳との対談の中でこう語っている。

    山口:「そのね。大恋愛という説についてご説明願いたい」
    藤本:「大恋愛じゃないよ、これは惚れてただけの話で」
    山口:「いまだに惚れていますか」
    藤本:「いまはもう随分長いこと会いませんからね。自分で原作書いたことありますよ、「二人の世界」って、原節子主役で、(略)(「山口瞳対談集 3」)

    さらに山口瞳は突っ込んで聞いている。

    山口:「藤本さんどうして独身なんですか。どうしてってことはないけど」
    藤本:「いいじゃないですか」
    山口:「やっぱり原節子でしょう」
    藤本:「さあ。そういうふうにした方が、美化した方がね。ハハハ」

    この対談が行われたのは、昭和49年、原節子が53歳の頃である。

    藤本は山口瞳の質問をかわしながらも、“惚れていた”事実は隠そうとしていない。
    受け答えには、少年のような含羞が感じられ、そのぶん原節子への思いが余計に伝わってくる。
    ・・・・・

    +++++++

    うーん、小津安二郎のみならず、藤本真澄もかあ。
    「よっ、男殺し」 ← 『男はつらいよ』シリーズでの、寅さんへの掛け声風に(男女が逆だが)(笑)。


    録画していて最近観たのが『男涙の破門状』(山下耕作・1967)、『釜ヶ崎極道』(山下耕作・1973)の東映作品で、方や鶴田浩二主演のコテコテの任侠映画、方やお下品でコミカルな(笑)若山富三郎主演の極道シリーズの一本である。
    監督はどちらも山下耕作で、面白かったですよ。

    どちらも典型的なプログラムピクチャーだけど、清水宏(清水は決してプログラムピクチャーだけの監督ではないが)の言じゃないけど、「儲かる映画は俺が作るから」で、こういった映画が映画産業の底辺を支えていたんだなあと思ったのだ。

    『男涙の~』は待田京介がいい役をやってました。
    『緋牡丹博徒』での好助演といい、この頃の待田は印象に残る役がいくつもある。
    「もう一人主演スターを作ろう」って東映の方針で、そこで菅原文太との争いに敗れたと何かで読んだことがあるけど、それが原因かだんだん影が薄くなっていったのは残念でした。


    今夜の一曲は、藤田まことの歌で「十三(じゅうそう)の夜」をどうぞ。
    ♪~ネエちゃん ネエちゃん 十三のネエちゃん~♪のフレーズが懐かしい。

    http://www.youtube.com/watch?v=yKbY4yHQzDo

  • >>No. 1711

    マスター、ミチさん、今晩は。

    ミチさん、患者さんとグレアム・グリーンの話題で意思疎通がスムーズにいったようでよかったですね。
    グレアム・グリーンはキャロル・リード監督に『第三の男』(1949)を始めとして、『落ちた偶像』(1948、これも秀作)、『ハバナの男』(1960)と原作を提供し、脚本も担当してますが、この二人の相性はとてもよかったんでしょう。

    その患者さんはグレアム・グリーンを卒論のテーマに選んだそうで、こんな方けっこうおられるようです。
    私の高校の英語の先生で、やはりグレアム・グリーンを語っていた方がいたのを思い出したりしたのでした。
    サマセット・モームの「サミング・アップ」を副教材に使ったりしていたけど、この二人シニカルな視点という点で似ている感じを受けるのだ(モームは「月と6ペンス」とか「雨」とか読んだけど、グリーンは「第三の男」シナリオ(今は昔、英語の勉強に使ったのだ、ワハハ)のみで、「ヒューマン・ファクター」は途中まで読んだことがある)。

    そういや、モームとグリーンは諜報活動(スパイ)をしていたという点でも一致していた。モームの「秘密諜報部員」が創元推理文庫に入っていたのを覚えているなあ。

    ♪~グレアム・グリーンは諜報部員 世界のためならエンヤトット ドッコイショ
    ♪~ラリホー ラリホー ラリルレロ~
    ♪~ラリホー~~~

    懐かしのアニメ「スーパー・スリー」の鼻歌が出てきたぞ(笑)。

    ジョン・バカンの「三十九階段」とか、ジョン・ル・カレの「寒い国から帰ってきたスパイ」とか、イアン・フレミングの”007”シリーズとか、イギリスにはスパイ小説の伝統が脈々と息づいているんだなあ。
    そういや、ヒッチコック監督の英国時代の作品に『三十九夜』(上記のバカン原作の映画化)というのがあった。
    「答えろ、サーティナイン・ステップス!」、かっちょいいのだ。
    『バルカン超特急』もそうだったけど、後にド派手になっていった作品群もいいけど、この頃の方が趣があると思うのだ。

    マスター、レイモンド・チャンドラーが出てきてますね。
    さりげなく書いているけど、これグレアム・グリーンからの連想でしょう。
    私も、ミチさんの書き込みを読んでチャンドラーを連想したのだ。
    どちらも、一時期、映画に深く関わっていたという点で一致してますね。
    チャンドラーが手がけた作品は、ワイルダー監督の『深夜の告白』とか、アラン・ラッド主演の『青い戦慄』(これ、すごく観たい映画なのだ)とかあるけど、ハリウッドでは上手くいったとはいえないようですね。

    こちらはダシール・ハメットと共にハードボイルド小説の元祖だけど、イギリスがスパイ小説なら、アメリカはハードボイルド小説の独壇場ですね。
    チャンドラーが作り出した私立探偵フィリップ・マーロウはとても魅力的です。
    言葉の洪水だったハワード・ホークス監督の『三つ数えろ』では、ハンフリー・ボガートがマーロウを演じていました。
    「答えろ、三つ数えようか!」、かっちょいいー。
    そういや、ボギーはハメットの『マルタの鷹』で、これまたタフな私立探偵サム・スペードをビシッと決めていた。

    『さらば愛しき女よ』のロバート・ミッチャムとか、マスターが触れている『ロング・グッドバイ(長いお別れ)』のエリオット・グールドとか(この人を最初に観たのは『M★A★S★H』のハチャメチャ男だったので、そのギャップにびっくりしたのだ)、いろんな人がフィリップ・マーロウを演じていて、それぞれの個性が色濃く出ていて興味深いですね。

    なーんて、連想ゲームで書いていたら、けっこうな行数になったぞ。
    よかった、よかった(笑)。
    レスのみにて失礼します。


    今夜の一曲は松坂慶子の歌で「愛の水中花」をどうぞ。
    ナチカチイ。

    http://www.youtube.com/watch?v=V17FlSNJsE4

  • マスター、ミチさん、皆さん、今晩は。

    4月になって、これからいい季節になっていきますね。いいぞ。
    例年のように、私の冬は喘息と花粉症のないまぜで、大苦労しておしまいなのだ。
    もう何十年選手なので対処の仕方は慣れているけど、難儀なことである。
    ぼやき&ちょっとご無沙汰の言い訳(別にすることもないけどね ← また、憎まれ口を(苦笑))じゃい。

    映画は積みになっているのは仰山あるけど、ぜーんぜん観れていないし、その気も起こらなかったのだ。
    先のマスターの書き込みの『動く標的』(ポール・ニューマン演じる私立探偵ルー・ハーパーがかっちょよかったですね)に対して、ずっと以前に読んだ筒井康隆の小説「走る取的」でレスを返そうとしたけど、かったるくなって(原因は上記の不調)時期を逸してしまったのだ。

    これ、筒井流ハードボイルドで(どこが(笑))、何かで取的の怒りをかってしまった男が、追ってくる取的から必死で逃げるのだ。この取的、太った体に似合わず足が速いんだ。
    「助けてくれー」、断末魔のような悲鳴をあげて小説は終わるのだけど、読んでいて抱腹絶倒したのだ。
    『動く標的』と「走る取的」、なんか語呂がいいじゃろう。
    え、好きにしたらよかろう、てか。ハーイ(笑)。

    フィリップ・マーロウを演じた役者で、ジェームズ・ガーナーを忘れていた。この人も印象が強かったのだ。
    映画は『かわいい女』(1969)という作品だったけど、ガーナーが持ち味の飄々とした演技でマーロウを演じていました。
    この映画が忘れられないのは、ブルース・リーが端役(もうチョット大きい役だが)で出てきているからでした。
    何の脈絡もなく、突然マーロウの事務所(確か、摩天楼の高いところにあった)にやって来て、凄んで、「アチョー、アチョー」と大暴れして、そして最後は「アチョー」と窓から飛び出していったのだ(墜落死したんじゃなかろうか(笑))。
    「何だ、あれは」って、マーロウがあっけにとられていた。

    ブルース・リーが『燃えよドラゴン』(1973)で大ブームを巻き起こしたのはもうチョット後だけど(その時、リーは既に亡くなっていたのだが)、観た後の興奮度では、『燃えよドラゴン』は私の映画歴の中でオールタイムのトップクラスだった。
    『かわいい女』はその後に観たけど、リーを見つけてなんか嬉しかったのだ。

    ジェームズ・ガーナーは好きな俳優で、飄々としてとぼけた味がとても好きだったなあ。
    スターが顔を揃えた『大脱走』では調達屋ヘンドリーを演じていたけど、ここでも持ち味を発揮していましたね。ドナルド・プレゼンスとのコンビもよかった。
    『砦の29人』、『墓石と決闘』、ちょっとコミカルな『夕陽に立つ保安官』と西部劇にもけっこう出演していて、シリアスな作品でも(『砦の29人』とか、まさにそう)この人が出てるとホッとするようなところがあったのだ。
    オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーンが共演した『噂の二人』にも出ていました。

    >ある本を読んでいて、いろいろ気づくことがあります。

    マスター、その本ってなーんだい。教えてちょんまげ。
    って、水を向けてみるのだ。


    今夜の一曲は、アグネス・チャンで「草原の輝き」をどうぞ。
    ♪~私の好きな 宋・元~  ← 筒井康隆風に(笑)
    ナチカチイ。

    http://www.youtube.com/watch?v=qwNfXxBPIwY

  • マスター、今晩は。

    先に予告(「近々公開 乞御期待」ってね)の本は、どうやら川端康成と吉行淳之介のもののようですね。
    マスター、一筆書きじゃあるまいし、適度に改行しようぜー(#1719のことね)。読みにくくっていけねえやい。

    「雪国」の“国境”は“くにざかい”と読むのかあ。
    東海林太郎が生前の頃、懐メロ番組でトレードマークのロイド眼鏡と直立不動の姿勢で、♪そーりーの鈴さえ 淋しく響く 雪の曠野よ町の灯よ~♪と「国境(こっきょう)の町」を歌っていたのを何度か見たことがある。
    その歌の中では、♪~凍りつくよな国境(くにざかい)♪と、“こっきょう”と“くにざかい”の二刀流だったけど、背景が目に浮かぶような印象的な歌唱だった。

    川端康成の目は特徴的だったですね。
    “猛禽類の眼”と評されていたけど、確かに言えているなあ。
    吉永小百合(まだ少女といってもいい頃)にご執心だったような記憶があり、傍らに美女を侍らせて、ご機嫌の映像や写真をけっこう見たって記憶がある。
    なんか、むっつりスケベの老人(失礼!)って印象で、谷崎潤一郎の「鍵」や「瘋癲老人日記」を連想したりするのだ。
    川端の女性に対しての接し方は屈折しているって印象だけど、吉行(こちらは、ほっといてももてた)も女性話が多いですねえ。
    ♪男は狼なのよ 気をつけなさい 年頃になったなら つつしみなさい~♪とくらあ(笑)。

    ご紹介の筒井康隆の「悪魔の辞典」をもじったような叙述、読んだことあります。
    「センセーション」という項が、“先生が教壇から小便をすること”となっていて、上手いって大笑いしたのなんか覚えているなあ。
    筒井にはまっていた頃があって、、「バブリング創世記」とか、「農協月へ行く」とか、「日本以外全部沈没」(フランク・シナトラが、日本のキャバレーで「赤城の子守唄」を歌いだすところから始まるもんなあ)とか、大笑いしながら読んでいたのだ。

    筒井の言で、「人のマナー(道徳心)はその人の美男・美女意識による」(ちょっとあやふやな記憶だが)というのも印象に残っているのだ。
    マナー違反や、はしたないことに対しては、「私のような美人(美男)が、こんなことをしていいのかしら」って意識が働きブレーキがかかるそうな。
    笑いながら読んでいたけど、けっこう当たっているかもね。
    マスター、どないだ(何でワシに振るんじゃい、てか。しらん、しらん(笑))。


    急ぎばたらきのレスにて、ごめんなすって。


    今夜の一曲は、東海林太郎の歌で「国境の町」をどうぞ。
    朝鮮と満州の国境を守る警備隊の活躍を描いた『望楼の決死隊』(今井正・1943)という国策映画があって、なんと原節子が銃を持って戦っていたのだ。
    監督が今井正だったというのも驚きだけど、アクション処理も(『駅馬車』を絶対に意識していると思う)上手かった。
    この映画なんか、この歌にピッタリだと思うのだ(別に、両者に関連はないが)。

    http://www.youtube.com/watch?v=X6gTOjVDkJw

  • >>No. 1725

    マスター、こんにちは。

    ご紹介の恐怖譚、読んでいて怖しゅうて怖しゅうて、布団をかぶって震えていたのだ。
    え、わざとらしい。そうなのだ、ちょっとお愛想言ってみたんだわーい(笑)。

    ずっと昔、創元推理文庫が怪奇幻想のジャンル(帆船のマークだった)を創設したとき、怪奇小説傑作集というアンソロジーを組んでいた。
    その中に、アーサー・マッケンの「怪奇クラブ」という作品が入っていて、内容はもう忘却の彼方だけど、ゾッと背筋が寒くなった記憶があるのだ。
    その選集の監修をしたのが平井呈一という方で、マッケンの項の解説にマスターご紹介の「パンの大神」(読んだことはないが)について触れていたのを覚えている。
    数十年ぶりにその名を目にして「オッ」と思ったのだ。

    平井呈一は、先に創元推理文庫でブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」を読んでいて、これが当時中学性だったか高校生だったかの私にとって、ほんとに怖かったのだ。
    有名なドラキュラの原典で、ヨーロッパ(ルーマニアらしい)のトランシルヴェニア地方に端を発して展開する恐怖譚を、ハラハラドキドキ、恐ろしさにゾッとしながら読んだのだ。
    上記の創元推理文庫の怪奇幻想のジャンルが出来た時、「吸血鬼ドラキュラ」は真っ先にこの分野に入ったけど、この訳者が平井呈一だった。

    今、平井呈一をWikiで見ていると、とても興味深い人だったのだ。

    ・河東碧梧桐(正岡子規のライバルで、無規律俳句を唱えた人)に師事して俳句をやった。
    ・永井荷風と佐藤春夫に師事し翻訳家になった。
    ・小泉八雲の全訳をやった(これは知っていた。この業績で確か賞をもらったはず)。
    ・弟子に紀田順一郎、荒俣宏、由良君美がいる。
    ・荷風がみずからの楽しみのために書いて手元に置いていた好色小説『四畳半襖の下張』の手書き原稿を密かに持ち出して、仲間と共に筆写し回覧させ、この名作が世に出るきっかけを作った。

    「へえー、こんな人だったのか」って、とても興味深く読んだのでした。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E4%BA%95%E5%91%88%E4%B8%80

    平井といえば、同じく翻訳者で平井イサクという方もいた。
    こちらは冒険小説の分野が得意で、アリステア・マクリーンの翻訳を早川書房から出していて、「ナバロンの要塞」とか「荒鷲の要塞」とか読んだなあ。

    平井和正という方もいたぞ。
    ご存知「8(エイト)マン」の原作者なのだ。
    これ、確か当時のSF作家も脚本で参加していて、「スーパー・ジェッター」ともども、筒井康隆も加わっていたと思う。

    平井昌一という方もいたぞ。
    え、知らん?。テレビドラマ「柔(やわら)」の主演のお兄ちゃんじゃい。
    美空ひばりが歌った主題歌があまりに有名だけど、ドラマでは平井昌一がかっちょよかったのだ。
    このころ、「柔道一代」とか、「姿三四郎」とか、柔道ドラマが多かった。
    ♪柔の道に命をかけた 男の意地が火と燃える~♪、桜木健一と吉沢京子の「柔道一直線」が出てくるのはもうチョット後だった。

    マスターの書き込みから、平井姓の連想ゲームでしたー(笑)。


    今日の一曲は、美空ひばりの「柔」をどうぞ。

    http://www.youtube.com/watch?v=FpXJ932AHXg

  • >>No. 1730

    マスター、今晩は。

    マスター、伝家の宝刀「ワシ、体弱いねん。しんどいんで長期休暇に入るかもしれんねん」を抜いていますね。
    「マスター、止めんでくれー」「出て行かんでくれー」(こら、チョット違うか)、との声を受けて蘇生することこれまで数度、もう恒例行事で驚くもんかい。
    とか言いつつ、即反応している私はなんじゃろか。
    やっぱり堪えているのかなあ、うーん(苦笑)。

    「さくら、兄ちゃんには地道な生活はやっぱり無理だったよ。達者で暮らせよ」
    「お兄ちゃん、行くところなんかないじゃない。戻ってきてよ」

    『男はつらいよ』シリーズでの、寅次郎とさくらの恒例のラストシーンを連想したりしたのでした。

    って、冗談はおいて、本トピはマスターお書きのように自然体にまかせておけばいいと思いますよ。
    書きたくなったら書き込むし、間があいてもいいじゃないですか。
    書き込みがなかったら、静かにフェードアウトして消えていく。これでいこうぜ。
    私もそうしたいと思うのだ。


    先にマスターがご紹介の『クライム&ダイヤモンド』(ポーランド映画でアンジェイ・ワイダ監督の『灰とダイヤモンド』って映画があった)は面白そうですね。機会があったら観ようっと。
    『ティファニーで朝食を』とか、『雨に唄えば』とか、いろんな映画へのオマージュ(かな)も楽しそうですね。
    ご紹介のサイトのストーリーを読んで、新東宝末期の快作『地平線がぎらぎらっ』(土居通芳・1961)を連想したりしたのでした。
    藤原審爾の原作を映画化したもので、主演のジェリー藤尾が快演していたのだ。
    『クライム~』の監督がこの作品を観ているとは思えないので、たまたま似ていたんだろうなあ(オマージュ云々は、『地平線が~』には全く関係ないが)。

    唱歌「椰子の実」の一節をとった「我もまた渚を枕、東京近郊ひとり旅」川本三郎著も面白そうですねえ。
    お書きの『東京物語』の同潤会アパートのシーン。『天国と地獄』のシーン、はっきりと思い出すことができます。

    前者は原節子が笠智衆と東山千栄子を連れて東京見物をし、デパートの高台から「私の家はあっちの方」って指さしてましたね。
    そして、二人をアパートに連れていき、酒がなかったのでお隣さんに(猪口も)借りたのでした。「サザエさん」の漫画に出てきそうなシーンだった。
    「子供でもないアンタが一番ようしてくれた」、笠が後にしみじみ言ってました。

    後者は犯人の山崎努が憎悪を持って、高台の屋敷を見つめて電話をしていましたね。
    「私のアパートは夏は暑くて眠れない、冬は寒くて眠れない。高台のアンタの家が天国に見えましたよ」、犯人の言葉が響いたのでした。

    こんな話題がいっぱいの本かな。これも読んでみよーっと。

    手抜きして、マスターの話題にレスを返しただけですが、ごめんちゃいなのだ。
    「マスター、出ていかんでくれー」(ちょっとシツコイね(笑))と、取り急ぎの即レスです。


    今夜の一曲は都はるみの「好きになった人」をどうぞ。
    え、なんか思わせぶりだって。
    んなことないぞ、たまたま聴きたかっただけじゃい。
    ナチカチイ。

    http://www.youtube.com/watch?v=W98Qonv2bkc

  • >>No. 1733

    マスター、ミチさん、皆さん、おはようございます。

    一つ前の書き込みから、はや一ヶ月以上も過ぎてしまった、速いなあ。
    皆様方、お達者でおいででしょうか。
    お元気ですか、そうですか ← 笑福亭仁鶴風に

    なになに、マスターは心の臓と肝の臓の病に加え、のっぴきならねえ用で東奔西走、よんどころのねえ事情により雌伏の日々、その間に急ぎばたらきをせかせかとこなしているとのこと、風の噂で聞きやしたぜ。
    ♪遊びじょうずな奴に 騙されていると聞いた~
    ♪噂だけだねマスター マスター僕は淋しい~   ← 小林旭風に とくらあ。

    え、あんたも変わらんねえ、ってですかい。
    そうなのだ、長年の思考回路がそうそう変わってたまるかい。
    自慢することじゃねえや(苦笑)。

    こんなとこで前説終わり。


    映画の方は、積みになっているのはたーくさんあるが、さっぱり見る気がおこらん。
    というより、根気がないのだ。どうしたもんじゃろうねえ。
    最近録画していて観たのが、『怒れ毒蛇(コブラ) 目撃者を消せ』(井上梅次・1974)という他愛もない作品なのだ。
    田宮二郎主演のアクションで、「そういやそんな作品があったなあ」って思い出して何気なく観始めたのだ。

    大映のドン・永田雅一の逆鱗に触れて(発端は『不信のとき』(今井正・1968)のポスターのビリング(俳優序列)の問題)、大映を解雇され、それだけにとどまらず五社協定の犠牲になって、映画界を追われた田宮はテレビに活路を見い出そうとしたのでした。
    クイズ番組の「タイムショック」での、田宮の名口上と名司会ぶりをよく覚えているなあ。
    この件について『不信のとき』の監督だった今井正がコメントしたのを見た(読んだ)ことがない。
    「私には関係ないこと」と沈黙を通したのかもしれないけど、大監督でありながら「それはないだろう」って思ってしまうのだ。


    そんな苦難の時期を越え映画界に復帰し、水準作もあるけど凡作にもたくさん出ていて。この『怒れ毒蛇(コブラ) 目撃者を消せ』なんかまさにそうだった。でも、観たんだなあ。

    小村という刑事が田宮の役だけど、この刑事がはみ出し刑事の典型なのだ。
    『ダーティハリー』のキャラハン刑事(クリント・イーストウッド)みたいで、カーチェース(ショボイが)は『ブリット』のマックィーン張りで、さらにこの刑事は空手を使い空手のシーンがふんだんに出てくるのだ、これ、明らかに『燃えよドラゴン』の影響で、敵の空手使いが鉄の爪のような腕具を嵌めたのには笑ったのだ。

    ようするに、いろんな映画の“いいとこ取り”で、でそれで名シーンになっているかというと???なのだ。
    監督の井上梅次さん、「あんたは何をしたいんでっか」って突っ込みいれたくなったのだ。
    ご都合主義そのものの脚本もやはり井上梅次だった。
    なんだかなあ。って、今に始まったこっちゃないか。
    そういや、この頃、井上梅次は香港映画に関わっていて、落ち目の中平康もそうだった。

    ちっともよくない田宮を「いいよ、いいよ」とおだて、田宮の周りにはゴマすり人間だけしかいなくなり(苦言を呈するものを遠ざけた)、そして最後は悲劇の猟銃自殺へと突っ走ってしまった。悲しいなあ。
    『怒れ毒蛇~』とか、その続編の『撃たれる前に撃て!』とか、日英合作の『イエロードッグ』とか、これら作品群はその頃の作品なのだ。
    そんなことを思いながら、この作品を観ていたのでした。

    やっぱり田宮二郎の真骨頂は、『悪名』シリーズのモートルの貞、清次につきる。
    勝新太郎との絶妙のコンビはほんとに快調で、観ていてスカッとするのだ。


    今朝の一曲は、田宮二郎が歌った清酒のCMをどうぞ。
    いろんな映像が目に浮かぶなあ。
    ナチカチイ。

    http://www.youtube.com/watch?v=y7UwE5k05ck

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