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No.6664
Re: エル・グレコ展
2012/11/22 00:33
>>No. 6658
こんにちは〜
>高校生時代は、今と逆でダリが大好きだったね。^^
私も高校生の頃は印象派とかシュール系が好きでしたが、
今はなんかうんざりって感じ〜^^;
>「天才の日記」サルバドル・ダリ
今は彼の日記なんか興味ないので、肝心の画家の採点表だけ、図書館でコピーした。 これが、なかなか面白い^^
おおっありがとうございます〜。
し・か・し・・・・自分のことを「天才」と呼ぶくらい恥な事はないですね。
虚栄心だけが強い小心男って感じがする〜・・
自分をピカソの上に置いたりしてずうずうしいですね・・・好き好きはあるかも知れませんが、
創造性・独創性では、当時ではやはりピカ一ではにゃい?
ダリはうんざりするほど、見ましたが、どれも同じようなモチーフで、同じような手法、
職人ではあるけれど、芸術家ではないって思いましたもん。
8)46点、メソニエ アングルの半分以下の点だ! ところで、誰やこいつ?
こいつ^^です、多分
http://www.musee-orsay.fr/en/collections/works-in-focus/painting.html?no_cache=1&zoom=1&tx_damzoom_pi1%5BshowUid%5D=2288
>11)5点、モンドリアン 6項目で0点を取り、断トツの最下位。^^得意のはずの、構成でも1点で、合計がたったの5点。180点満点で5点だぜ〜〜凄いや^^
モンドリアンの構成が1点って大笑いしちゃいました^^。 -
No.6665
Re: 知恵の実はリンゴ?
2012/11/22 00:47
>>No. 6661
こんにちは
>〈おとめの歌〉 りんごの木の下で
わたしはあなたを呼びさましましょう。(雅歌8:5)
わたしの願いは
ぶどうの房のようなあなたの乳房
りんごの香りのようなあなたの息 (雅歌7:9)
時宜にかなって語られる言葉は
銀細工に付けられた金のりんご。(箴言25:11)<
なんですが、当時の言葉で(ヘブライ・ギリシャ語?)でこの「リンゴ」の部分に
どんな単語を使っていたか?ということではないでしょうか?
想像ですが、多分単なる「果実」が歴史を経て(リンゴが導入された後に)、
リンゴと定義された気がするのですが・・・・。
>なるほど、ざくろは大祭司の祭服の飾りや神殿の柱の頭飾りに使われて、聖書にはなじみ深い果物ですから、あり得るかも知れませんね。(^.^)
はい、あの地域にも自生していますし、中を割るとぶどうのようなぷちぷちが
沢山入っているところも記載に合う?(どこかにぶどうのような・・・ってありましたっけ?)ような気がするのですが・・
それと・・・日本の現在のリンゴと違って、西洋のリンゴはまずい・・・水分が少ない、
やはり中東・ギリシャあたりでは、万が一リンゴがすでに導入されていたとしても、
果汁の多い、ざくろ、オレンジ、このへんのほうが好まれたとおもいまちゅ・・^^; -
No.6666
Re: アレクサンドロス大王の戦い
2012/11/22 01:07
>>No. 6662
私も『アレキサンダー』DVDで見ました〜^^
面白かったですよね。鷹がちょっと映るかな〜。↓
http://www.youtube.com/watch?v=DZTxemLkATk
ついでに『トロイ』も面白かったです〜。 -
No.6667
Santana - Moonflower
2012/11/22 02:18
http://www.youtube.com/watch?v=x5b3VBUW2ok
Good Night! -
No.6670
Re: 知恵の実はリンゴ?
2012/11/23 02:21
>>No. 6669
こんばんは
>しかし雅歌が書かれた時代とイスラエルの地ではどうか・・。
雅歌の成立は、旧約聖書のなかでは比較的新しくて、ギリシャヘレニズム時代のBC250年頃といわれています。(古い時代のソロモン著作に模したのは文学的技法に過ぎません)前掲引用の?では〈おとめの歌〉として・・これはソロモンの時代の古い恋愛歌として作られていますが、書かれたのはBC3世紀なかばであり、この時代にはイスラエルにはリンゴはあったのではないか・・と個人的には思っています。というのは、そこの記述に「りんごの木の下で」とあり、木と言う事はこれも普通名詞ではなく固有名詞であることを如実に示していますからね・・。
色々とありがとうございます。
記載された文献というのが殆どないと思うのですが、まず古代ギリシャのテオプラストス((371ー287BC),この人はご存知のようにアリストテレスの同時代の人間で、アリストテレスからリュケイオンの後継者に任命された人ですね。この人は「植物学の祖」と言われ、『植物誌』を残しています。アレキサンダーの遠征の際、この人に珍しい植物を送り続けたんですね。リンゴの記載もありましたが、薬用もしくは葉を虫除けに使っていたようですね。そしてイマデさんのあまりお好きでない^^;プリニウス(23−79AD)の『博物誌』第6巻にちろっとありましたが、どうもレモンと混同しているようです。
というわけで、万が一リンゴがすでに導入されていたとしても、今度はそれが食用かどうかが
分かりません。詳しいことは全く分かりませんが、原種が導入された場合、多分食用には不向きではないかと想像しています。
グッドニュースは現在イスラエルではリンゴを栽培しているようです^^
http://kuffelcreek.wordpress.com/2008/11/15/apple-trees-in-israel/
ただ、現在食されているいわゆるリンゴは原種と原種の交配種です、したがってこの種類が登場したのは、かなり後世ではないかと思っています。 -
No.6672
Herb Alpert - California Blues
2012/11/23 03:46
http://www.youtube.com/watch?v=k508XFF6yEg&feature=related
A beautiful piece of music.
Good Night! -
No.6675
Re: 知恵の実はリンゴ?
2012/11/24 00:35
>>No. 6674
こんにちは
>聖書は神学や宗教学の権威にはなり得ても、史的事実の検証が要る歴史書ではないわけです・・ましてや植物の専門書でもない・・。やはりこの問題は、フローラさん紹介のテオプラストスの『植物誌』やプリニウスの『博物誌』という植物学の専門書に根拠を求めるのが正道でしょうね・・
個人的な感想なんですが、やはり色々な分野の専門家が一緒に研究すべきだと思いますね・・・・最近は特に学問が細分化されて、残念ですね。
これでちょっと思い出したのですが、マヤ文明だったかな?(もしかするとインカ?)がなぜ滅んだのかなんて、歴史関係の学者さんが知らべていたのですが、なにせ資料がない・・・最終的に気象学者に当時の気象を調べてもらって(北極の氷にストローのようなものを射して、氷を採取するようですが)、そうしたらその時期は旱魃が長く続いたそうで・・・つまり食料がなくなって滅んだのではないかと?・・
>ただ彼らがイスラエルに行ってリンゴを検証したかどうかは知りませんが・・。(^^ゞ
古代ギリシャ・ローマの植物学者や歴史家は多分、当時のギリシャやローマで栽培されていたものを記したと思います〜^^;テオプラストスは実際にその木を見ていますね、その幹の様子など詳しく書かれているようです。
一番危ういのはイマデさんのお嫌いな(?)プリニウスでしょうね^^;。
それからリンゴの栽培の記載はカト・ケンソリウス(234−249BC)の『農業論』にありました。ただこちらも栽培法・接木の方法しか記されていないようです。
が、ウァロ(116−27BC)『農業について』で、リンゴの食べ方がありました^^v。リンゴは採集したら、寒い暗室のようなところに吊り下げておいて乾燥させて食べるようです。採取したものをそのまま食べるな、見たいな記載もありました。想像ですが、当時のいわゆる「リンゴ」と言われるものは、原種として導入されたと思いますので、そのままでは多分食べれないと思います。
長くなりましたが、つまりリンゴも渋柿のように干してから食べていたんですね。
ということは、やはりエデンのリンゴは木から取って生で食した(?)ようですので、ちと禁断の実=リンゴ、というのはちょっと無理っぽしいかな?とも思いました。
まあ生で食べると碌なことがないよ〜という意味ということも
考えられますが^^;
>ただ、一つ言える事は、聖書は歴史書ではないのですが・・神話も含めて、解釈の仕様によってはその記述は驚くほど歴史的事実と符合することが多い事も事実です。
あ〜、勿論、私も聖書や神話から、歴史を紐解くのは大切だと思っています。トロイの例もありますし〜^^;
>聖書の記述が歴史学や考古学の成果で立証される例は他にも結構ありますよ。これ面白いです。モーセの紅海の奇蹟のハナシとか・・。(シナイ総督ジャーヴィス将軍が「紅海の奇蹟」と同じような現象が起こることを報告しています。マユにツバ付けないで下さいネ。“ような”ですから。これ、いつか気が向いたら書きますね・・。^^
はい、ぜひお願いします!^^ -
No.6677
Re: アレンビイ将軍 / ローレンス
2012/11/24 17:29
>>No. 6674
>あるいは第一次世界大戦でイギリスのアレンビイ将軍が聖書の記述をもとにトルコ軍の主力を一気に潰走させた話も有名です。
これはサムエル記上14章に書いてあることなんですが、イスラエル初代の王のサウルの息子ヨナタンは、宿敵ペリシテ人を撃つため、前線で密かに間道を迂回しようとします・・そこをミクマシの隘路と言います。
アレンビイ将軍の副官はトルコ軍との決戦の前夜、前方の村の名をどこかで読んだ気がしたので聖書をくってみると、そこにヨナタンがミクマシの隘路を通りぬけて敵に奇襲をかけ一気に勝利した記述があります。それを読んだ副官はアレンビイ将軍に三千年前のヨナタンと同じ隘路を通り、奇襲をかける進言をして・・トルコ軍を潰走させた・という話です。<
==========
アレンビィ将軍ってどこかで聞いたことがあると思ったら、「ローレンスのアラビア」の上官的立場だった人ですね?
ローレンスがアカバを砂漠側から攻め、アカバを取り、それでこの将軍がロレンスを大尉から大佐に
大昇進させたんですよね。ローレンスがアラブの勇者たちを取りまとめ、アレンビィが英国軍を引き連れてダマスカスへ向かう・・・
まあローレンスとアレンビィはどちらが先にダマスカス奪還できるか競争していたようですね。
アレンビィが到着した際、ダマスカスはすでにローレンス達の手に落ちていたんじゃなかったかな〜? -
No.6681
Re: アレンビイ将軍 / ローレンス
2012/11/25 14:33
>>No. 6679
こんにちは
>パレスチナの戦闘では・・補給に気を付けて、海岸線に近い部分を選んで進軍している事も注意深いですね。・・
はい、パレスティナの対面にあるキプロス島が英国の領土でした(今でもかな?)からそこから補給を受けやすいようにしたのでしょうね・・・
>それと前の投稿で、聖書の記述における歴史的な正しさを示す例として、アレンビィの“ミクマシの隘路”と、サー・チャールズ・レオナード・ウーリーの“大洪水”の発掘を挙げましたが、ウーリーもまたロレンスと縁があるのですよね・・。この二人はカルケミシュでヒッタイト時代の遺跡の発掘を行っています。二人が横に並んで撮った写真が残っていますよ。右がウーリー。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/68/Leonard_Woolley_%28right%29_and_T.E.Lawrence_at_the_British_Museum%27s_Excavations_at_Carchemish%2C_Syria%2C_in_the_spring_of_1913.jpg
そうなんです、そうなんです!
そこも書こうかなって思ったんですが^^;ディディモっさんが万が一彼を嫌いだったら、申し訳なにいのでオミットしたんです〜。
ローレンスは古典学者で考古学者、だからあの地域にはとても造詣が深いのですね。考古学者であったので、測量とか地図をつくるのが上手、だから英国陸軍の情報部にいたのかも知れませんね。
ホメロスの『オデッセイア』の英訳本も出しています。とてもインテリな方ですね、本当は。 -
No.6683
Re: 洪水伝説と言えば
2012/11/25 17:03
>>No. 6674
>1921年、サー・レナード・ウーリイがウルの発掘において、“大洪水”の跡を発見したことは有名です。もちろんそれはチグリス・ユーフラテス川の下流の河谷に限られたことですが
ご存知のようにギルガメッシュにも洪水の話が出てきますよね。これは複写板は2000BC頃のものらしいのですが、オリジナルのストーリーは3000BC頃(?)ではないかとも・・・
やはり聖書の洪水はこの地域のストーリーや実話から来ているような気がしますよね^^
シュメールというのかメソポタミアというのか、やはり賢い文明で、2つの川の氾濫を避けようと
ダムや灌漑設備を古代から整えたようですね。
氾濫に任せた古代エジプトとはちょっと違いますね、このへん^^; -
No.6685
Re: アレクサンドロス大王の戦い
2012/11/26 00:05
>>No. 6684
こんにちは
>http://www.google.co.jp/imgres?q=%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%89%8D%E3%81%AB%E5%87%BA%E3%81%9F%E3%83%80%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AE%B6%E6%97%8F&um=1&hl=ja&sa=N&tbo=d&biw=1366&bih=544&tbm=isch&tbnid=WRKEqMmA5zXyDM:&imgrefurl=http://bokunoongaku2.blog58.fc2.com/blog-entry-147.html&docid=pTvqnZsdTcOYeM&imgurl=http://blog-imgs-38.fc2.com/b/o/k/bokunoongaku2/VeronesePaolo1Foto06.jpg&w=783&h=389&ei=iPyxUPqLIvDvmAWt4ICgDg&zoom=1&iact=rc&dur=0&sig=107338299393360662215&page=1&tbnh=111&tbnw=224&start=0&ndsp=14&ved=1t:429,r:1,s:0,i:87&tx=109&ty=61
で、この絵の中でアレクサンドロス大王は誰かというと、中央の両手を広げた男前と思うだろう? 違うのだ。彼は大王のホモ愛人のヘファイスティオンだな。 かれの右横にいる、腰に手をあてた人物が大王です。(足元に盾があるね)
場面を説明すると、ダレイオスの家族が脅えながら、大王に挨拶しているのだが、勘違いしてヘファイスティオンに挨拶したんだよね^^
そうでしたね〜^^。ヘファイスティオンはハンサムで背も高かったんでしたっけ?
それでは仕方がにゃいかも〜。
このエッチングと良く似ていますよね。
(1765年頃)
http://www.britishmuseum.org/research/search_the_collection_database/search_object_image.aspx
アキレスとパトロクロスの関係に似ていますね^^; -
No.6687
Re: 洪水伝説と言えば
2012/11/26 03:44
>>No. 6686
こんばんは。
>ただそれが、聖書がいう大洪水かというと・・それもまたモンダイがあります・・。ウーレイ後の学者達は、「氾濫はキシュ、ファラ、ニネベ、ウルにも見出されているが、全メソポタミヤが洪水になったと見なすべき状態で見出されたのではない。さまざまの発掘現場の氾濫の痕跡もまた、ある部分はきわめて明確に、また年代的順序において、多種多様である。それぞれが違ったもので、数世紀もはなれている。」と言っています。
その辺は詳しくは分かりませんが、メソポタミアは平らで、その上、川が運んでくる土砂がすぐ川底にたまる、そして水が溢れても今度は土壌が水を染み込ませない性質だそうで、それならば川の氾濫は何度もあったのではないかな?と想像は出来ます。
>また、BC4000年に起こったとするのでは、世界の多くの民族の間で残っている洪水伝説は説明できませんしね・・というのは、それを説明する一説に、それは氷河時代の巨大な氷河が解けて海面が200メートルも高くなった時代に起こった大洪水が全人類的に与えた記憶であって、だからこそ全世界的に洪水神話が残っている・という説だからです。・・こうなると、似非科学の範疇に入るのかも知れませんがね・・。(~_~;)
この氷河時代云々というのは誰の説なんでつか?^^;
ただ全人類共通の記憶という観点から言えば、フレーザーも『金枝偏』で書いていますし、ユングも「集合的無意識」という表現をしていたような〜。
デヴィッド・ボームさんの内包秩序の考え方というのも、こちらは人類だけではないですが、すべてが内包され、また顕示されるという意味では似ているかも知れませんね。
私はこの共通の記憶という部分を結構信じているんですね^^;
ところでフロイトが「モーゼはエジプト人だった」
って論文ご存知だとは思うのですが^^;もしそうだとするならば、ヤハウェーの声を聞いたのはエジプト人、ユダヤ教を作ったのもエジプト人って事になるんですが〜^^;
>ポール・マツカトニーもサーの称号が与えられたんだったけな・・たいしたもんです。・・聖書のハナシと何の関係もないけど・・。(^0^)
へへ・・・マッカートニーは今年フランスからレジョン・ド・ヌールも与えられたという記憶が・・・
そういえばエルトン・ジョンも確かサーの称号を・・・うぅぅ -
No.6689
J'adore [Dior} CM
2012/11/26 14:07
シャネルやLVの香水のCMがここでもアップされましたが
私が最近きれいなCMだな〜と思ったのはこれ
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=WepBVVpixa4
この香りは好きではないのですが〜。 -
No.14191
Re: 写真「四天王寺古本市」
2012/11/26 16:49
>>No. 14190
こんにちは
>フローラさんも楽しんでみてはいかがです?
バカチョンのデジカメでこんな感じしか出来ません^^;
リンクをナゾって、右クリックすると、そのリンクへ行くと出ると思うのですが〜
https://box.yahoo.co.jp/guest/viewer?sid=box-l-a5bm563ewx6nys5v62sxckmkvi-1001&uniqid=c6bf0a1a-e0fe-4795-b98a-3fd23a35b86c&viewtype=detail -
No.14194
Re: 写真「四天王寺古本市」
2012/11/26 18:37
>>No. 14192
こんにちは
>これ庭のアプローチの写真ですか?
強い光がトップから当たって、葉っぱや小石の色が飛びぎみになっていますね。
庭は、しっとり雨の日に撮影するのが一番キレイに撮れると思います。
実は殆ど光の入らない庭(2.5x11m)のデザインを頼まれて作ったんですね(パリだ〜)・・^^:
で一瞬光が入ったので、写真を撮ったのです。対比がきれいで光がゆらゆらしていたので。
そういう明暗を撮る場合はやはりちゃんとしたカメラじゃないとダメなんでしょうね・・・
とほほ・・・・ -
No.14195
Re: 写真「四天王寺古本市」
2012/11/26 18:39

Re: 知恵の実はリンゴ?
2012/11/21 20:59
こんにちは
>何故、デューラーやルーカス・クラーナッハが知恵の実をリンゴとして描いたのか、そして俗説として巷間で通っているのは何故?・・これ永年の疑問でした。^^;
>・・ところが、このリンゴはギリシャ産ではないか?との情報を得ました。^^
ギリシャ神話には、ヘスペリーデスの庭園で黄金色のリンゴが咲き誇っていたそうでそうで・・(私はそこ未読。^^;)画家は、ギリシャ神話と聖書の物語を混同して描いたのではないかと・・。
このギリシャ神話のリンゴ自体が「眉唾」もののような〜^^;
というのもリンゴはどちらかといえば寒冷地の果物ですね?
ギリシャにももちろん、聖書に書かれているような場所にもリンコはなかったはず。
中央アジアあたりからの導入されたものですよね?
それとまあ、英語ではappleといわれるもの、今でさえ、リンゴなんですが、
もともとは「果実」とか「木の実」の意味なんですね^^;
個人的な憶測ですが、ギリシャ神話の「黄金のリンゴ」は多分オレンジ、
そしてエデンの園で2人が食べたのはざくろだと思います〜。
ざくろ
http://4.bp.blogspot.com/__NcpVJL4Iig/SLg8mtFri-I/AAAAAAAAAQI/xP1CUlRBBTg/s400/pomegranate_trees.jpg
ボッティチェリのマドンナとキリスト
http://www.wga.hu/art/b/botticel/22/40pomegr.jpg