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No.128
> > そんなこと(パー…
2016/02/18 21:19
>>No. 117
>
> そんなこと(パーリ語=聖典語)がどこに書いてあるのですか。貴方は微妙に間違ったことを考えてますね。
>
> パーリとはもともと聖典という意味だ、という指摘がある。だからといって、パーリ語を聖典語と言い換えてどうなるのですか?
>
> まさか聖典の言葉ならパーリ語だと思い込んでいるのでしょうか? ヴェーダというのは聖典と言われてますが、サンスクリットですよ。
>
> パーリ語というのは、実際に文法も語彙も存在している一言語にすぎないのですが、そういう認識はありますか?
こんにちは。ヨコすみません。
『パーリ仏典入門』片山一良先生著p22の11行目〜p23の8行目までにパーリ語に関する片山先生の記述がありました。お持ちですか?
もともとパーリ語と名称してたのではなく、なんらかの言語で伝承されてきたものを、パーリ語と途中で名付けたようですね(片山先生の説明では)
5世紀頃、とくにスリランカで、伝統の註釈書(アッタカター)に対する『聖典』を示す言葉として『パーリ』という語を使ったと本にはありました。
ご存知でしたらすみません。 -
No.204
> > 六師外道という…
2016/02/21 18:38
>>No. 200
>
> 六師外道というのが外道扱いされたのは、倫理道徳を無視するか、大して価値を置かないからだと思います。
こんにちは。エム先生のマジカナ掲示板で会話してもらってたきのこです。お久しぶりです。
興味あるのでお尋ねしたいのですが、
六師外道って単語は、原語はパーリ語ですか?
パーリ経典内にでてきますか?
私にはわかりませんでしたので、お聞きします。
以前読んだ記憶では、沙門果経に六師の名前と教えはでてきますが、『外道』という単語はでてきてない気がしてます。
私は沙門果経を手元に持ってないのですが、イクストランさんはお持ちですか?もしお持ちなら、その本に註釈書文も載ってますか?
註釈書文箇所ででも、六師外道という単語はでてきますか??
もしよかったら教えてくださったら嬉しいです。
ちなみに、中山書房さんの片山先生による原始仏教の梵網経を私は持っているのですが、その〈凡例〉には、ゴチック体の小見出しは、すべて便宜上のものである、とあるので、
イクストランさんがお持ちの本が、片山先生によるものなら、小見出しは、片山先生によるもので原語にはない可能性はあると思いますので、もし、小見出しに単語がでてたなら、その旨〈使われてたのは小見出しだよ〜〉みたいなのも教えていただけると幸いです。
細かくてすみません。
無理ならあきらめますので^^;とりあえず投稿します -
No.227
こんばんは。お元気そうでよかっ…
2016/02/22 00:00
>>No. 206
こんばんは。お元気そうでよかったです(^_^)v
>
> 梵網経の62見も異端ですから、もしかしたらそっちの註にあるかもです。調べてみます。
イクストランさんではなく、イストランさんという読み方ですかね、前に読み方を間違えてましたらすみませんでしたm(_ _)m
外道という言葉が、経典そのものに出てるのか気になってしまって、イストランさんが本お持ちなら、教えてもらいたいなあ、と、書き込みしましたので、もし、手元の本にはなく、新たに調べなくてはいけないのなら、手間なので、どうぞ気にしないでくださいね。
私も何かの機会があったら意識して読んだりしてみますので^^;
ありがとうございました、すみませんでした -
No.231
フロイラインさん、こんばんは。…
2016/02/22 00:43
>>No. 229
フロイラインさん、こんばんは。
フロイラインさんのスレッドに、自分の興味から、横から書き込みさせてもらってすみません。
生きてる人が、幸せになるのが、すごくいいかなぁと今のところ思ってます(*^^*)
みんな、なんかいいことあると嬉しいですね♩
お邪魔してすみませんっ
おやすみなさいです -
No.244
しまとりさん、こんにちは。 …
2016/02/22 13:17
>>No. 240
しまとりさん、こんにちは。
> >いえ。この法というものが提示されないまま、その法により、目が開き、智慧が湧く、、、と、なっているのですから、阿含経典である、サンユッタ・ニカーヤ経典も、不可思議をまとっていますよね。<
エム先生のマニカナホームページにのってある、心にしみる原始仏典コーナーに、如来所説(『サンユッタ・ニカーヤ』56.11)がのってたので、読んでみました。
先生の訳では、法により、ではなく、法において、となってました。
また、その法の内容は、提示されていて、
苦集滅道を、それぞれ、『これが苦という聖なる真理』という法・この苦という聖なる真理は証知すべきだという法、この苦という聖なる真理は証知されたという法』×4(苦集滅道の4)で、12の法において知見が清浄とならないうちは無上の正等覚を悟ったと、公言することはなかったのだ、という内容に読めました。
だから、そのお経内では、法は、苦集滅道の四聖諦という法のことを指してるのかな、と、私は思いました。
でも、私も、お経は不可思議に満ちているという感想は同じです。
お経大好き〜
では、失礼します -
No.247
こんにちは ああ、そうか…
2016/02/22 16:40
>>No. 246
こんにちは
ああ、そうかぁ、
しまとりさんは、前代未聞の法の力によって、ブッダに四聖諦を証する目や智慧や光明が生じた、というふうにとられたということでよろしいでしょうか?
(そういえば、前半には、如来によって悟られた中道は、目を開き、知をもたらすものだ、という文もありますね。)
Access to Insight
という、パーリ経典の英訳が読めるページがあります。検索でAccess to Insightと打てば出てくると思います。
その中の該当文の英訳をコピペしますね。
Dhammacakkappavattana Sutta: Setting the Wheel of Dhamma in Motion
translated from the Pali by
Thanissaro Bhikkhu
"Vision arose, insight arose, discernment arose, knowledge arose, illumination arose within me with regard to things never heard before: 'This is the noble truth of stress.'
う〜ん、英語あんましわからんけど、
with regard to
〜に関して、だから、聞いたことなかったことに関して目が開いた、ってかんじの訳なのかな -
No.249
> >しまとりさんは、前代未聞…
2016/02/22 18:14
>>No. 248
> >しまとりさんは、前代未聞の法の力によって、ブッダに四聖諦を証する目や智慧や光明が生じた、というふうにとられたということでよろしいでしょうか?
> <
>
> はい。そうなんです。
了解です(^_^)
返信ありがとうございます -
No.314
> > 六師外道という…
2016/02/23 15:33
>>No. 200
>
> 六師外道というのが外道扱いされたのは、倫理道徳を無視するか、大して価値を置かないからだと思います。
自分の中で六師外道って実際にパーリ語であるんかなと気になってしまって、『外道 パーリ』とかでネット検索してたけど、ほとんど情報でてこなくて、疲れました(ー ー;)
疲れたので、まあ、いいかという気になりました。
現代では、外道というと、激しい非難が含まれてるような言葉になってしまってますが、
沙門果経が説かれた時代とか、他の経典に出てくる、サンスクリット語のはじめとかでも、そこまで激しいかんじで使われる単語ではなかったのかもしれませんね。
まあ、自分とこが正統という気持ちで使ってる、ってかんじは、私はしてますけど^^;
そういえばパティパダーって、パーリ語で道って意味で、中道は、マッジマー パティパダー って言うらしいです。
中道とは、八正道である、と、パーリ経典でも述べられてるし、大乗仏教の経典でも、ブッダになるための道が説かれてるのだろうし、仏教徒にとって、道、って概念は印象深いのかもしれませんね。
しまとりさんの定義での内道も、自分の内に真実を探して行く、ってかんじで、私的には、自灯明法灯明を思い出して、いいなぁとも思いました。
言葉は、使う人の中で定義されて、発言されて、それを聞く人の中で推測の上定義されて、だから、会話ってほんとに難しいですね、と、思いました。 -
No.316
ありがとうございます^_^ …
2016/02/23 16:54
>>No. 315
ありがとうございます^_^
私もウィキペディアのそのページは見たのですが、注に、サンスクリット語とあって、その外道という単語は、サンスクリットの経典にでてくるのかなぁと思って、私の興味があるのはパーリ三蔵なので、ん〜、パーリ経典内で出てくる箇所とかあるのかなぁ、と、調べてました。
ウィキペディアにでてくるそのサンスクリット語の原語も、渡し場を作る人って意味の単語だから、現代語でいうと、宗教家、みたいな意味かもと想像しました。
彼岸への渡し場を作る人ってかんじで。
なんせ2500年前のことですから、実際のことは、わかんないですね^^;
ありがとうございます^_^ -
No.320
いろいろありがとうございました…
2016/02/23 17:25
>>No. 317
いろいろありがとうございました
法華経のスレなのに、興味別にそれてすみません、汗
法華経にも、外道って言葉がでてくるっぽいことが、ネットにのってました
法華経わからんやつは、法華経のこと外道って思うだろう、みたいな文意がのってるって^^;
私は、何回か法華経を読んでみようと思ったのですが、私自身が声聞のおぼうさまに帰依してる気持ちなので、辛くてどうしても読みたくなくなって、本を閉じてしまっていました
フロイラインさんやしまとりさんやいろんな方たちのやりとりで、チラっ、チラっ、と、法華経どんなこと書いてんのかなぁ、と、読ませてもらいますね^_^チラ見で覗いてるかんじ〜^^;
イストランさんが、悪口いっぱい書いても、それはイストランさんの視点だなぁ、ということは、頭に置いてるので、安心してくださいね(^_−)−☆
何でも、難しいですね、
いらんな人がいろんな立場からものをみるのだから
おつかれさまです☆ -
No.321
沙門果経はイストランさんがお持…
2016/02/23 17:27
>>No. 318
沙門果経はイストランさんがお持ちで、でも、本文には、外道そのものの単語はでてないっぽいんです。(人物名と教えは詳しくでてきます)。多分なんですけど。一回イストランさんにお聞きしました。
> 補足ですが、
> 「沙門果経」に、六師外道の思想家たちの思想が紹介されていると聞きました。
>
> それに符合する、パーリ語経典があれば、わかるかも。 -
No.350
こんにちは。 私は、テー…
2016/02/24 15:29
>>No. 347
こんにちは。
私は、テーラワーダ仏教の教義に興味を抱いています。
現在、テーラワーダ仏教協会さんの会員ではありません。ここ数年、法話会などにもほとんど参加できてません。過去に参加したことは何度かあります。
近親する理由は、テーラワーダ仏教が、私にとって抜苦の方法を教えてくださってると思ってるからです。
> あなたは何という宗派なのですか?
> あなたが「辛く」なるのは、あなたの信じる教えが法華経によって否定されているように理解されるからだと推測できます。しかし、この問題は大乗諸経一般に妥当するでしょう。
>
> 上座部の人間の信じていることやその努力を否定したり、あるいは無視しているからです。
> 昔の人間が、中国の影響下において、大乗諸経を釈迦の教えだと信じたことに罪はないと思われる。しかし、インド学成立以後の私たちが、それと同じ態度であることには無理がありそうです。
>
> 従って、ある宗派を支持する理由は、その正統性ではなくて、内容の正当性もしくは妥当に求められる。
> ウィキの「大乗非仏論」の説明にあったと記憶していますが、日本の仏教界は概ねそのような態度らしい。
> 釈迦の直説如何にかかわらず、その教説の内容が重要だ、という態度です。
> あなたに返信している「通りすがりの遠野氏」によれば、法華経の説く因果説に基づいて初めて、十全な解脱が唯一にして可能であることが、法華経支持の理由のひとつとなっています。
>
> あなたがあなたの宗派に近親する理由はどのようなものですか? -
No.353
> ほぅ。 > > スリ…
2016/02/24 19:24
>>No. 352
> ほぅ。
>
> スリランカ上座部ですか?
私の感覚としては、ミャンマーもタイもスリランカも日本でも、その他の国でも、テーラワーダに所属するお坊さま、という感覚です。
知らないことはいっぱいで、ほとんどの知識は、スマナサーラ長老の言葉を通じて、初めて知ることが多いかんじです。
テーラワーダ協会さんの会員でもないので、ただの一読者で、でも心の中で、ブッダや法やサンガに帰依してます。 -
No.371
ミカエルさん、こんにちは。 …
2016/02/25 16:01
>>No. 367
ミカエルさん、こんにちは。
阿含経典のことなどもいろいろお詳しそうですね。
ミカエルさんは、一般教養的にいろいろ本を読んでるってかんじですか?
歴史の勉強みたいなかんじで、宗教に興味があるのですか?
日本人の著書がほとんどですか?
英語の本とかも読まれるのですか?
博学だなぁ、と、思って、お聞きしたくなりました -
No.378
こんばんは > んーどう…
2016/02/25 21:58
>>No. 375
こんばんは
> んーどうなんでしょう。一般教養というには偏っていると思います。仏教と倫理学がおおいのかな。
倫理かぁ、倫理学の本とか読んだことないなぁ
人が興味を持つものって、いろいろでおもしろいですね。
> >歴史の勉強みたいなかんじで、宗教に興味があるのですか?<
>
> インド古代史については三冊もっていますが、それは釈迦仏教を正確に理解したいからです。宗教一般に興味があるかと聞かれると微妙なのですが、ともあれ、善いとか悪いとか正しいとか間違っているとか主張する規範理論一般に関心を持っていることは確かです。
>
> >日本人の著書がほとんどですか?
> 英語の本とかも読まれるのですか?<
>
> 日本語しかできません。和訳に頼らなければならないのはもどかしいです。
私も辞書がないと日本語しか読めません^^;
ストレスなく英語を理解できたら、世界が今より広がるのかなぁと思う時があります。
でも勉強しない。。。
返信ありがとうございました(^_^) -
No.254
『僕が一番欲しかったもの』 …
2016/02/26 08:39
『僕が一番欲しかったもの』
槇原敬之 さん
http://youtu.be/iDlcHNcLPe4 -
No.391
初転法輪では、四聖諦について …
2016/02/26 10:58
初転法輪では、四聖諦について
12相の智見清浄がなければ、悟りを公言しなかった、という内容が記されてます。
1.各項目
2.その項目に対する義務(なすべきこと)を知る
3.その義務を完遂させたことを知る
× 4項目
というふうに経典には書いてあると私は理解してます。
⚫︎「苦」に対する義務は、「遍知」知り尽くすこと。
⚫︎「集(渇愛)」に対する義務は、「断」離れる、除去すること。
⚫︎「滅」に対する義務は、「能証」成就する、体験すること。
⚫︎「道」に対する義務は、「修習」実行して増大して完成させること。
苦集滅道を知り、それに対するなすべきことを知り、完成させた、と、清浄な眼が生じて、全部で12相かと。
(『テーラワーダ仏教の実践』ポーオーパユットー師・野中耕一さま編訳p28、などの本を参考にして書きました。)
例えば、滅は証明された、と、あるので、四聖諦の12相に対して眼が生じた、ということは、その方は 渇愛を残りなく離れ滅し、捨て、放棄して、解脱し、執着のないものとなっている、ということです。
しかも、そんな状態になるための方法(道)も自分で知っているということです。
だから、私の感想としては、
悟ってないんだったら、経典にでてくる意味で、四聖諦を知ってるとは言えないんじゃないかなということです。
自分で如実に理解したのだから、四聖諦という法は、画期的なのではないかと思いました。
例えでいうなら、地球は丸いという知識がない人が、なんらかの方法で実際に宇宙に飛んで自分の目で地球を観た時に、
「地球は丸い、かつて私にとって聞いたこともなかった事実において、眼が生じた、智慧が生じた」
というセリフを言って、それを私が聞いて、地球は丸いんだー、と(知識上で)知っても、自分の目でみてないので、本当に知ってるかというと、本当に知ってるとは言い難いと思っています。
いろんなデータがあって、ほぼ真理だろうと推測することはできるかもしれないけど、体験はしてない、ということで。
宇宙に飛んで、実際にこの目でみたとき、はじめて、
やっぱり地球は丸かった
、、、って言いたいかも〜
と、いうわけで、四聖諦について思うことを述べてみました。 -
No.425
私も、中道と八正道はつながりで…
2016/02/27 13:44
>>No. 423
私も、中道と八正道はつながりで覚えてますよ。
苦行でもなく、贅沢の道でもなく、中道。
中道の具体的な実践方法が八正道という理解です。
イストランさん、苦行が八正道と思ってるのですか???

こんばんは。 三蔵とは、…
2016/02/17 21:10
こんばんは。
三蔵とは、三つのカゴ、という意味だそうです。
経蔵・律蔵・論蔵
の三つのカゴを、まとめて呼ぶとき、三蔵と呼ぶのだと思います。
パーリ語によって記されてる三蔵、を意味して、パーリ三蔵とおっしゃってるのではないかと思いました。