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投稿コメント一覧 (855コメント)

  • マリア観音ありがたや〜!

    など典型的な無明外道異端

    イワシの頭でも拝んでいろ

    ほな朝飯 ( ^_^)/~~~

  • フール氏の言説もしかり

    行きつく先は酔っ払いの

    肝臓病生き地獄であろう

    戒、定、慧など三位一体

    戒めは禅定のためであり

    禅定は智慧のためであり

    智慧は真理と安らぎの為

    悪しき者が坐ってもただ

    足と尻が痛いだけである

    いわんや外道異端の教え

    ほな (・◇・)/~~~

  • 妨げる者ども悪魔どもの

    心の闇など皆も知ってる

    それがフニ中毒の行き先

    それが現実 ( ^_^)/~~~

  • >>No. 13901

    あちこちでミチヲと悪行を為して来たアラシめ

    リアル世界でもカート押しながら

    因果応報を受けよ

    ほな

    (・◇・)/~~~

  • 諸行無常の理法も信じなかった外道ども

    ここも真理の理法の話のとおり消え去る

    悪行に報いあり因果応報で消えるのかも

    誰が嘘を言い誰が本当の真実を言ってる

    か…それを見極めることが大事であろう

    坐禅はオススメだ…真実が如実に観える

    天動説を盲信の輩それでも地球はまわる

    それが真実…真実の光に嘘偽りの闇など

    簡単に消え去る…闇に迷う者よ光へ来い

    ほな (・◇・)/~~~

  • エリ、エリ〜 らマイらぶ 砂漠谷

  • 同じくナンミョーらがコーランのごとく敬愛する本に

    仏像を作ることを説く釈迦が出て来るが当時にそんな

    仏像など存在していないのも歴史上の事実である真実

    大乗という名の新興宗教が多く乱立したのが末法の世

    正しい理法の教え…正しい釈迦の教え正しい法に戻れ

    (・◇・)/~~~

  • 不二一元論は釈迦の教え仏教にあらず

    シャンカらなどが言ってきた話である

    ここは歴史上に実在した釈迦の実の話

  • お爺ちゃん達

    西方に必ず上がる土地があるから

    今から私に投資としてお金を出さないか?死んだら金持ち

    と詐欺師がささやく…西方の浄い土地って何処?と聞くと逆ギレして来た悪人

    最後にもう一度聞く…オマエらの根幹である西方の浄い土地とは具体的に何処だ?

  • 寺の僧侶特権階級

    の世襲バカモン階級

    ミチヲら仏教を汚す輩

    イきさきは西の刑務所か

    西とはどこだ?詐欺師ども

    存在し得ない土地で荒稼ぎか

    やってることは外道の行為かな

  • 袈裟を頭から纒っていても、性質(タチ)が悪く、つつしみのない者が多い。かれらは、悪いふるまいによって、悪いところに(地獄)に生まれる。

    戒律をまもらず、みずから慎むことがないのに国の信徒の施しを受けるよりは、火炎のように熱した鉄丸を食らうほうがましだ。

    ダンマパダ ブッダ 真理のことば 地獄より

  • お布施でニー徒の生活している

    寺のバカ息子の収入源になって

    カメラの購入費にあてられるぞ

    戒名料でタコ焼き食いブラブラ

    ネットで悪口書く引きこもりだ

    そういう奴に資金提供するのか

    恵まれない子ども達に寄付せよ

    そちらの方が功徳はあるだろう

    ほな (・◇・)/~~~

  • 仏の教えは釈迦が説いている

    それはダンマパダ などに書いてある

    ミチヲは釈迦の名を借りた異端キリスト教だ

    タダのパクリ新興宗教である…仏説と前置きした上で

    西方天国のメシア如来を布教している姑息な営利目的新興宗教

  • ミチヲを始め邪魔をして来た

    アラシ悪魔どもに因果応報の

    災いあれ…苦しみの報いあれ

    ほな (・◇・)/~~~

  • 敵を愛したことも無い偽善者の

    ストーカーに因果応報あれ

    邪魔をして来た悪魔の

    地獄の子ミチヲら

    外道アラシに

    おあとも

    よろし



    ( ^_^)/~~~

  • >>No. 476

    敵である無明の外道悪魔め

    愛する者も憎む者もない者は幸いである

    が釈迦の教え仏教である

    このようにオマエの宗派は仏教では無くタダの

    釈迦の名を借りたキリスト教のパクリ新興宗教である

    ほな ( ^_^)/~~~

  • お釈迦様がお亡くなりになるときに最後に遺された教えのお経
    お釈迦様は最初の弟子アンニャ・コーンダンニャから最後の弟子スバッダまで、数多くの説法を行い弟子にしてきた。弟子にできるものはみんな弟子にして、二本並んだサーラ樹の間に横になり、臨終を迎えていた。ときは夜中で周囲は静まり返っていた。お釈迦様は集まった弟子たちのために最後の説法を行った。
    弟子たちよ、知っておいたほうがよい。欲張りな人は利益を多く求めようとして、悩みもまた多くなる。欲が少ない人は欲しいものもないのでこのような悩みがない。だから少欲ということを学びなさい。少欲が多くの功徳を生むのはいうまでもない。欲が少ない人は他人に媚びへつらって気を引こうとすることもないし、感情に流されることもない。欲が少ない人は心が平穏で恐れるものもない。何事にもゆとりがあり、足りないということは常にない。少欲の人には安楽がある。これを「少欲」と名付ける。
    弟子たちよ、もし悩みをなくそうとするならば、知足を学びなさい。知足とは豊かで安穏なものである。足ることを知る人は、地面で寝るような暮らしを送っていても安楽である。足ることを知らない人は、豪邸で暮らしていても満足しない。足ることを知らない人は、裕福であっても心が貧しい。足ることを知る人は、貧しくても心が豊かである。足ることを知らない人は、いつも欲望に流されて、足ることを知る人から哀れまれる。これを「知足」と名づける。

  • 弟子たちよ、穏やかで恐れるもののない安楽を求めるならば、喧噪の地を離れて閑静な地で独り暮らすがよい。閑静なところに住む人は、帝釈天や神々が篤く敬う。だから周囲の人とのしがらみを捨て、閑静な地で独り暮らし、悩み苦しみの原因を断つべきである。人々とのつきあいが好きな人は、その分さまざまな事柄に悩まされる。大樹に多くの鳥が群がれば、折れたり枯れたりする恐れがある。世間に束縛されると悩みから逃れられない。老いた象が泥沼にはまっておぼれ、自分で脱出できなくなるようなものだ。これを「遠離」と名づける。
    弟子たちよ、もし努力を怠らないならば、何事も成就できないことはない。だからお前たちは、努力を惜しんではならない。少量の水であっても常に流れ続ければ、石に穴を開ける。修行者の心が度々なまけるのは、火を起こそうとしているのに熱くなる前に止めると、火を起こせないようなものである。これを「精進」と名づける。
    弟子たちよ、師匠や仲間を探すよりも、自身の信念を忘れないに越したことはない。信念を忘れなければ、いろいろな煩悩が盗賊のように心に侵入することはできない。だからお前たちよ、いつも信念を心に持ち続けなさい。信念をなくしたら、さまざまな功徳を失ってしまうだろう。逆に信念が強ければ、欲望が盗賊のように心の中に侵入したとしても、それによって惑わされることはない。鎧を着て戦場に入れば、恐れるものがないようなものである。これを「不忘念」と名づける。

  • 弟子たちよ、心をよく制御する人は、坐禅をして心を静めている。心が静まれば、世間の無常で移り変わる有様を知ることができる。だからお前たちよ、いつも努力して坐禅を学びなさい。いつも坐禅を行なっていれば、心が乱れることはない。それは水を大事に使う家が、堤防を作るようなものである。修行する人も同じで、智慧という水のために正しく坐禅をして、智慧という水を漏らさないようにするのである。これを「禅定」と名付ける。
    弟子たちよ、智慧があれば欲や執着もない。いつも自分自身を省みて過失のないようにしなさい。そうすれば、私の教えの中で悟りを開くことができるだろう。そうしない人はもう修行者ではない。かといって在家信者でもない。中途半端で名づけようがない人である。真実の智慧とは、老・病・死の海を渡る丈夫な舟である。あるいは無明という暗闇を照らす大いなる灯明である。すべての病の苦しみを治す良薬である。煩悩の樹を切り倒す鋭利な斧である。だからお前たちよ、智慧の話を聞き、智慧への思いを巡らし、智慧を実践することで、自ら功徳を積みなさい。智慧の輝きがあるならば、神通力がなくても、真理を明らかに見ることができる人になれる。これを「智慧」と名付ける。

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