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No.623
卑弥呼
2013/10/15 12:02
日本ではひみこを日の皇女とか日巫女とかで呼んでも大国が使う漢字は上から目線であるし、当時の日本発音を全て正確に漢字に当てはめた訳ではない。ただ日本国内において使われた漢字、当て字にしろ、ほとんど意味を持つ。話が変わりますが、邪馬台国は力の勢力、施政、攻守の中原そして238年以降の歴史をみれば、大和と考えるのが自然です。
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No.62
邪馬台国は北九州ではない論拠
2013/10/15 11:33
奴国は約二百年近く北九州で勢力を持ち栄えていた。背後には漢委奴国王として印綬を与えた大国、後漢があったからである。しかし220年後漢が滅ぶと、地理的に防御に徹していない、富める国、奴国は一番の標的になった。大乱の始まりである。力のバランスが取れ、防御的にも適し、施政を行うにも便利な中原を制した者がいる。火火出見尊である。しかし平和が訪れると、死者、霊 を弔う必要に迫られた。今までの埋葬儀礼では対処しきれなかった。そこで卑弥呼は全ての霊に神名(贈り名)を与えた。名と祭具さえあれば霊ばかりではなく、あらゆるもの全てを祀る事ができたのである。諸国の人々は歓喜して受け入れた。高天原の誕生である。そしてある悲劇がはじまった。
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No.8
その通り
2013/10/15 10:02
記紀、文書、考古学のみを照らし合わせても百家鳴争となるのはしかたがない。本当なら当時を生きた人々、それぞれの生き様、想いを自分が当事者の身になって生きてみれば良い。私はその手段として言霊を使っている。現代人が知っている歴史とは異なった世界がある。しかし難しい。
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No.188555
邪馬台国から大和へ
2013/10/15 09:14
220年 奴国滅ぶ。 237年火火出見、中原を制す。 238年 卑弥呼、諸国の霊に神名を与え人々の魂を救う。死後、径二百歩の円墳に祀る。 239年 斎王 台与(豊)結婚する。 自害して自らも天照大神となり、諸国を解放し神々に自由を与える。卑弥呼と合祀され、前方後円墳として全国に広まる。

神武東征はほぼその通りありました。
2013/10/15 13:22
1 万世一系の天皇の初めに、殺戮を欲しいままにした日向一族を敢えて置いている。
2 後漢滅亡後、直ちに富める国、奴国が侵略され滅ぼされた。力学的には強兵と中原を制する者 が天下布武の基である。
3 大乱後、諸国の全霊を神として祭祀し祭具を分け与える地は中原が最適である。
4 日本で神の祭祀を行ったのは三輪山であり、卑弥呼である。(神々の神)
5 台与の悲劇の後、円墳に合祀され前方後円墳が全国に広まった。