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投稿コメント一覧 (24コメント)

  • 《電通》の価値(意味)とは、「マスコミの世界に多大な貢献をした」とか「日本の広告
    業界を牽引してきた」とかいうことなのだろうが、
    それらの《電通》にしか帰属しない個別の価値(意味)は、はたして
    〝人間を「過労」で「殺しかねない」存在を否定する〟というすべての人間に帰属する
    であろう巨大な価値(意味)よりも重いのだろうか?

    人間を「過労」で「殺しかねない」企業が「マスコミの世界に多大な貢献をした」から
    「日本の広告業界を牽引してきた」からといって、その個別的価値(意味)を尊重され
    存続することが妥当な事態であると言えるのだろうか?

  • 「過労」で「人を殺しかねない」存在ながら「マスコミの世界に多大な貢献をしている」《電通》という企業。

    「過労」で「人を殺しかねない」存在ながら「日本の広告 業界を牽引してきた」《電通》という企業。

    そんな企業を必要とする人間もまた「過労」で「人を殺しかねない」暴力性と盲目性と非人間性を内在させて
    いるのだろう・・・・・。

  • すべての人間は

    核を使用せず’(地球上を汚染することなく)

    今すぐに絶滅するがいい・・・・


    それが人間以外の  す べ て の 生 き 物 た ち   の 総 意 にちがいないから。

  • 人間は、いらない。

    この世界に、人間という種は不要であるばかりか

    途轍もなく有害である。

  • >>3

    おまえ早速「そう思わない」に一票投じられてるんだから、さっさとその幼稚でKYなコメ削除したほうが
    いいんじゃねーか? アタマ悪そうだし・・・(プッ)

  • >>3

    アホみたいな議論をきみのような無能な人間とする気はないから、さっさとそのコメを削除しなさい。
    「そう思わない」に一票入っちゃってるし・・・・(プッ) けして俺じゃありませんからw



  • 動物たちとの「ふれあい番組」を観ていると吐き気がする・・・・

    すべての生き物たちの生存圏を奪い、すべての生き物たちから憎まれているにちがいない人間が

    まるで動物たちを愛し、動物たちから愛されているかのような見せかけの交流をでっち上げているのだ。

    バカ殿が動物を引きずりまわし、茶の間はそれをほのぼのとした光景として眺めているのだ。

    憎まれている者が、憎まれている自覚を持たないということは珍しいことではない。

    子供の生存圏を無自覚に奪っている親が、子供に憎まれていることに気付かず

    ある日突然、金属バットを振り回す子供に直面して愕然とする。

    人間どもよ、生き物たちの聖なる復讐を受け滅びるがいい・・・・・・・・・

    世界はおまえたちを必要としていないのだから。

  • 自殺する人間のことを考えたことがある。

    人間だけがなぜ孤独の中で自ら命を断とうとするのか・・・・

    〝おもい〟や《意味》が、どれだけ重荷を抱かせることになったとしても

    〝無限〟や《有限》な事実が、いかに過剰となろうとも

    それだけで人間は絶望し死に至ることはない。

    自殺者は、死ぬ前に自分自身が「人間以外の何ものでもないこと」を知ってしまうのかもしれない。

    そして、すべての生き物たちから憎まれている自分自身の有様には

    この世から滅することが最善の道であることに気付いてしまうのである。

    人類絶滅の詩をうたいながら・・・・・ある種、晴れやかな気持ちで・・・・・・・

  • 他の生き物たちの立場から人間を評するようなことをすると

    《仏教者》は決まって、こうホザくのだ。

    「畜生道に堕ちた者の無知蒙昧なタワゴトである」と・・・・

    人間だけを特別視する発想は、ほとんどすべての宗教にある。

    キリスト教では、人間は神に特別な存在として創られたと云われているように。

    そう思うことで人間どもは、

    卑怯にも動物たちへの不作為を許容するイデオロギーに同化してしまったのである。

    『動物たちに手を差し伸べないのは特別な存在である人間だから当然である』と

    まるで神の如き不作為に甘んじている・・・・。

    どんな動物でも〝助け合おう〟とするものだ。

    犬は犬なりに、猫は猫なりに、鳥や爬虫類でさえ、そうしているにちがいない。

    しかし、かれらには人間のもつ技術はない。 だから

    犬は犬なりに、猫は猫なりに、鳥や爬虫類でさえそれなりの方法で

    〝助け合おう〟としているのだ。

    人間は、どうだ?

    他の動物たちを助けられるのに助けようとはしない。

    「なぜそこまでしなければならないのだ。こんな動物に・・・」

    そんな不作為が生物界の中で特別な存在である人間には、はたらいている。

    人間だけが、〝おもい〟を裏切って、その技術を使わないのだ。

  • 人間どもよ。 おまえたちに贖罪の機会を与えてやろう。

    これが、すべての殺し過ぎた生き物たちに詫びを入れる最善の方法だ。

    その個体の最も快適な環境下で、すべての生き物たちの「平均寿命」をカウントしろ。

    そして、その平均寿命まで、すべての生き物たちを生かせるような環境を人類のすべての技術を結集して

    作り上げるがいい。

    使い途の無い原発施設に何千億、何兆もの税金を投じるぐらいなら、すべての〝命〟を守るためのシェルターを

    日本国中に無限に建造できるだろうさwww

    そして、すべての生き物たちと〝《共存》〟しろ!!

    生まれさせないことも、「個体数を減らすこと」において殺すことと同じだ。

    おまえらのエゴで殺し過ぎた生き物たちに謝罪したければ、そうするがいい。

    〝《共存》〟しろ!!! 

    おまえらのエゴは、もうたくさんだ・・・・。

  • 日本のネコ社会には、善意の顔をした「天敵」がポケモンの数よりも多いようだ。

    カラスやトビやイタチなどの「天敵」が減り、悪意をもった人間が次の「天敵」として現れた。

    悪意の人間たちは殺処分を行っていたが、ついに悪は、悲しみの目をした善に敗れたのである。

    しかし、この善意の顔をした人間にはネコたちと〝《共存》〟する意志などサラサラなかったのだ。

    善意の顔をした「天敵」の目的は、悲しみを契機として発芽した「怒り」に基づく生命の【管理】である。

    われわれは、歴史から学んでいるのではなかったのか?

    「怒り」が〝《共存》〟ではなく【管理】に向えばどういう事態になってしまうのかを・・・・・・・・

    それは、ホロコースト(種の絶滅)の再現だ!!

    TNR・・・・・生まれさせないことは、ある意味、殺すことよりも残酷である。

    子孫を残す〝権利〟・・・・・〝権利〟とは、社会を底辺としてしか存在し得ないほどに浅い意識なのか?

    〝権利〟とは、命を基底としてすべての者がすべての者に対して守らねばならない意識ではないのか?

    生まれながらに権利を剥奪され、それで生かされてどうなる・・・・・・

    ネコたちは、善意の顔をした「天敵」の悲しみを癒す、ただの道具ではないのだ!!!

    街中に去勢されていないネコが溢れかえるなら、「怒り」ではなく〝柔和さ〟をもって、その命を保護してやれ。

    それが出来るのは、おまえたち人間だけなのだから。

  • 格差をもたらすのは、倫理的道徳的〝意識〟の欠如である。

    格差問題を取り上げるマスコミ自体が、相も変らぬ無能な発言しかできないコメンテーターを

    視聴率と自社の営業成績のためだけに起用し、「言論の格差」を作り出しているという愚劣。

    公共の電波という万人のための【言論の場】が、絶大な資本力をもち営業戦略に長けた巨大企業によって

    蹂躙され大多数の者の言葉は「無視され」「やせ細り」闇に葬られていくのだ・・・・。

    倫理的道徳的に考えるなら、

    無能な発言しかできないコメンテーターなど用意するより、

    俺みたいな言論の天才の言葉を万人のために放送するがいい!(冗談だが)

    無能な発言しかできないコメンテーターの意見なんか聞きたかねーだろ?

    それを見極めるのが倫理であり道徳の〝意識〟なのだ、バカタレが(嘲笑)

    人間など絶滅するしかない・・・・

  • 「殺処分」も「TNR」も同じ《ネコ狩り》でしかない。

    《ユダヤ人狩り》をやめた人間は、今度は《ネコ狩り》に精を出す。

    《黒人狩り》をやめた人間は、今度は《ネコ狩り》に血道を上げる。

    《異教徒狩り》をやめた人間は、今度は《ネコ狩り》に執着する。

    「邪魔者は消せ」を合言葉に。 

    邪魔者とは、負の感情を与える相手のことだ。

    邪魔者と思われたら最後、消されるしかない。

    こんな理不尽なことが、ほとんどの人間には今だに理解できていないらしい。

    核を持つほどになった人間がだ・・・・・。

    人間など絶滅するしかない・・・・

  • 他の動物が「負の感情」しか自分たちに与えないのなら

    他の動物たちを「殺処分」するか「断種」するしかないのだろうか?

    中国人が「邪魔者」なら

    中国人を「殺処分」するか「断種」すればいいとでもいうのだろうか?

    かれらはテロリストのように、われわれの命を奪いにきたわけでもないのに



    糞をしたから「殺す」


    大声で鳴くから「断種する」



    見た目がウザイから「居なくなればいい」

    そんなことが平然と、人間の脳内活動として行われていることに

    凄まじい違和感と恐怖を覚えるのだ。


    人間など絶滅するしかない・・・・

  • 簡単な思考実験をしてみよう。

    見渡すかぎり何もない草原の真ん中に、きみときみの家族たちと

    きみの一族全部が約100人集って身を寄せ合っている。

    遠くから、ゴオ~~ン ゴオ~~ン という不気味な音がして

    巨大な異星人の乗った母船が現れたのだ。

    大気を汚す人間という生き物を抹殺するために・・・・

    仲の良かった叔父さん叔母さんは、母船の中に引き摺り込まれて

    「殺処分」を受けた。

    可愛がっていた甥や姪は、その場で撲殺された。

    きみの13歳の娘は、泣きながら異星人の手によって「断種手術」を受けさせられた。

    かくして、きみの一族全部が、見渡すかぎり何もない草原の真ん中から

    忽然と消えてなくなってしまう・・・・・・・

    きみは最後まで諦めず、異星人に向ってこう叫んでいた。

    「われわれを殺さないでくれ!! 保護してくれ!!」と・・・・・

    だが、残虐な異星人はこう思っていたらしい。

    「こんな有害な生き物を生かしておく価値などない」となwwwwwww

  • 最近、人間がどこかで死んだというニュースを見聞きしても

    なんとも思わなくなってきた。

    それどころか、人間なんて共食いし合って早く滅んでしまえばいいとしか

    思えなくなってきた。

    テロで無関係な人間が殺されても

    女子大生が通り魔の理不尽な犠牲になっても

    アクセルとブレーキを踏み間違えた老人の運転する車が通行人を轢いても

    他の生き物たちをエゴ丸出しで平気で殺しまくる人間の命なんて

    悼む気にもならない。

    勝手に死んでろ、人間どもが・・・・・・

  • とはいえ、すべての生き物に慈悲深い人間もいるだろう。

    そういう人間の非業の死は、やはり哀しいと思う・・・

    どんな人間かもわからないのに、悲惨な死を遂げたというだけの理由で

    同情したり、痛ましい気持ちになることなど愚の骨頂かもしれない。

    命の重さに絶望しているというのではなく

    命の価値にまったく気付いてさえいない恐るべき種類の人間が

    身の回りに、けっこう居たりする。

    早く地上から消滅してくれと願わずにはいられない類のぶっ壊れた人間が

    けっこう多く居たりするのだ。

    そんな人間どもを、どうしたらいい・・・・・・・?

  • 野良猫の平均寿命は、せいぜい4~5年らしい。

    人間でいえば、20代ということになる。

    20代が平均寿命であるような人間界の国々には、当然のように援助の手が差し伸べられる。

    その援助とは何なのだ・・・・・?

    食料や衣料や薬だけでなく、学校まで建ててやるという手厚い援助。

    その援助とは何なのだ・・・・・?

    人間だから、そうするのが当たり前なのか?

    「命」には価値の違いがあって、猫ごときの「命」には手を差し伸べる必要も無いということなのか?

    その援助とは何なのだ・・・・・?

    4~5年が平均寿命であるような過酷な環境の中で見捨てられている「命」がある。

    かと思えば、

    食料や衣料や薬だけでなく、学校まで建ててやるという手厚い援助を受けられる「命」もあったりする(苦笑)

    その援助とは何なのだ・・・・・?

    単なる売名行為なのか?

    自己欺瞞(満足)にすぎないのか?

    いかなる「命」であろうとも「命」を軽視する者は、「命」に復讐されるだろう。

    そんな簡単な理屈もわからずに今も行われている、愚劣な人間どもの

    その援助とは、いったい何なのだ・・・・・?

  • おまえら人間は、過酷な環境で、わずか4~5年の平均寿命しかカウントされないところで生きている

    ネコたちの「命」を、救ってやろうともせず、それが当然であるかのように振舞っている。

    ならば、われわれも、おまえらが20代で命を落とす悲惨な環境を当然のこととしよう。

    さようなら、人間どもよ。

    命というものに、あまりにも無神経で無配慮であった最低の種族よ!!(大笑)

    人間など絶滅するしかない・・・・



                                          異星人

  • 大きな命と小さな命・・・・どこに違いがあるのかよくわからない。

    大きな命と小さな命・・・・なぜ区別しなければならないのかよくわからない。

    生き物たちの中で、それほど大きいわけでもなく中途半端なスケールしかない

    細長い手足をバタバタ動かして、傍迷惑なことを平気で仕出かしたりする

    地球環境にも最悪な生き物が、なぜ

    「大きな命」と呼ばれるのか、よくわからない。

    たぶん、それは人間が勝手に生き物たちを支配しやすくするために

    生まれながらの姿から「差別」を設け、そう呼んだのだろう。

    この世に存在するありとあらゆる生き物の中に、大きな命や小さな命で形容すべき

    いかなる生き物も存在しないのだ。


    みんな同じように呼吸しているではないか。

    みんな同じように鳴くではないか。

    みんな同じように見つめ合うではないか。


    もし大地震が起きて、人間と他の動物が負傷したとき、

    人間の怪我がたいしたことなくて、他の動物が瀕死の状態であったなら

    他の動物の救命を優先させるだろう。

    そこでは命の大きさなんて関係ないからだ。

    人間も他の動物もともに瀕死の状態であり緊急度がまったく同じという条件が

    100万分の1の確率で発生したとしたら

    その余命の長さで〝命の重さ〟を計るしかない・・・・。

    しかし、そのとき人間なら、きっとこう判断するだろう。

    「人間を優先させるのが当然だ」と。


    そうではないのだ・・・・・


    われわれはただ、「人間関係」を他の動物たちとの関係よりも濃密に脳内に蓄積しているがゆえに

    人間への関わりを優先して行為に連動させているというだけの話なのだ。

    この機械的現象を〝倫理道徳〟の問題と取り違えるバカがいる。

    そういう人間は絶滅すればいい。


    そうしたとき、われわれ人間が理解しなければならないこととは

    「人間を優先させるのが当然だ」というおぞましい〝おもい〟ではなく

    「人間を優先させてください・・・・・・!!」という慟哭の〝おもい〟なのである。

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