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投稿コメント一覧 (45コメント)

  • >>No. 1

    言葉が足りなかったかもしれません。いろいろなことについての考えが展開されていると書きましたが、たとえば次のような意味のことが書かれていました。

    1) 外界の検出は、外界の変化に対応して生じる自分の中の変化によっている。たとえば各種のセンサーはこういう枠組で動作している。
    (物質が他の物質から物理作用を受けた時、それを検出できるのは、受けた物理作用に応じて自分の中に何らかの変化が生じるからである。もしも検出できなければ、反応を示せず、相互作用が起こらず、結局存在しないことになる)。

    2) このため、意識が外界を認知できているとすると、意識はその内に外界の変化を検出できるための物質性をそなえていなければならない。(意識は純粋な精神ではありえない)。

    すると、意識を探るには、物質の中に意識になれそうなものが何かないかと探すのが順当であると思われ、その見当がつけられていて、作品中に明記されています。そして、物理学的なことを含めて、そのことに関係するさまざまなことについての説明も書かれています。

    上に書いたような前提のもとでは、意識を物質的に説明するにはどうしても物理学の助けを借りなければならず、それで結局基本の部分では物理学に立脚する形になったのではないかと推測されます。数式や方程式は一つも使われておらず、言葉で説明されているだけですが、一般の人間にはわかりやすいです。ひょっとしたらという気がしないでもありません。

    少し確認をお願いできませんでしょうか?

    8章「性質実体一元二面論」と10章「意識開闢」はどちらもかなり長い章ですが、小見出しの目次がつけられているようです。この小見出しを頼りにしていろいろと確認できるのではないかと思います。

  • >>No. 17

    1のコメントでは「意識のはじまり」のアドレスも書きましたが、これをクリックするとYahoo様の警告が表示されるようです。これがまずければ、タイトルや関係ありそうなキーワード3つくらいの組み合わせで検索するという手もあります。

    --

    ●思考実験:純粋な精神は物理世界のことを一切知りえない

    「意識のはじまり」ではこの思考実験が行なわれていて、次の推測結果が出されています。

    「意識が外界を認知できているとすると、意識はその内に外界の変化を検出できるための物質性をそなえていなければならない」

    これは、精神的なものであると思われる意識も、世界を感知し、世界と相互作用を果たすためには、ふつうの物質と同じように、物質でなければならないと言っているのと同じです。

    こんな考えは聞いたことがないように思いますが、正しい推測のように見えます。

    「波動と粒子の二重性」が連想されます。

    だから、意識の発生を根拠づけること、意識の基礎の部分を説明することは、物理学の担当のように思えます。

    別の言い方をすれば、意識という一見精神的なものに思われるものを物理学の中に取りこむこと、ないし、物理学の守備範囲を拡張することを、「意識のはじまり」は求めているとも言えます。

    私自身は意識を説明すること(少なくとも基礎の部分の説明)は物理学の責任であるように思い始めました。物理学と熱力学と生物学の責任かもしれません。

    この推測は、つかみどころがないと思われてならない意識を探るための手がかり、一歩前進するための足がかりになるのではないかと思います。

  • >>No. 2

    暇人というのでもないですが、興味深いことがたくさん書いてあったというようなことです。

    存在についての難しい問いへの答えは書いてありませんでした。答えようがないのだろうと思います。

    それら以外の問いは、意識の説明に関わりがあるように思います。

    意識に深い関係のあることとして、認知の始まりや、観念の始まりや、知るという動作の成りたちなどについても書かれていますが、興味深いです。ある程度は物理学的な見地から見て書かれているようなのですが、まともな説明になっているかどうかは定かではありません。それでも、ああいう見方・考え方もできるという点では、けっこう参考になるのではないかと思います。

    そう言えば、最後の章の11章「存在しない人参」は短いジョークが一つだけ書かれているショートの章です。存在性についての哲学ジョークだろうと思いますが、まあまあの出来ではないかと思います。章の見出しで検索すればすぐに表示できます。

  • >>No. 20

    ◆素粒子の接触物理作用発生時の自己状態の微妙な変化
    ◆素粒子の接触物理作用に起因する相互作用の重要性
    ◆堅固な実体は存在できない
    ◆世界の変化の検出は、それに呼応する自分のなかの変化によっている
    ◆物質機能的に硬直せし量子は存在できない

    「意識のはじまり」では、この5節を費やして、妙にこだわって、ある一連の考えが展開されていて、次の結果が出されています。

    1) 世界の検出、つまり、外界の検出、つまり、外界の変化の検出は、その変化に呼応し生じる自分のなかの変化の検出によっている。
    2) 物質機能的に硬直せし量子は存在できない。

    そして、それもこれも、思考実験による次の推測結果についての物理学的な根拠とするためのようなのです。

    「意識が外界を認知できているとすると、意識はその内に外界の変化を検出できるための物質性をそなえていなければならない」

    こんなことなど当たり前ではないか、わざわざ明言するほどのことではないではないかと思われるかもしれません。しかし必ずしもそうとは言い切れないと思います。なぜなら、物質性をそなえていないと思われる霊などが物質世界と相互作用ができているとする考えなら、ごく普通に見られるからです。

    それで、やはり、くどいようですが、意識の発生を根拠づけることは、物理学と熱力学と生物学の任務なのではないかと思います。

    なぜ熱力学かと言えば、生物は常にエネルギーを消費していて、体が温かいからです。また生物学は、生物以外のものに意識が発生していると推測される現象はまだ一つも発見されていないように思えるからです。

  • >>No. 21

    「意識のはじまり」が小説の投稿サイトに投稿されたのは、2016年7月4日とのことです。それ以来、2017年の年末の時点で、およそ1年と6ヵ月が経過したことになります。

    3人の女子高校生の会話の形で書かれています。けっこう理論的と感じられますが(かなり理屈っぽいとも言えます)、抑えきれないユーモア感覚が時々顔をのぞかせるようです。

    ◆意識発生の手がかり

    以下のことが意識発生の手がかりとして挙げられています。

    1) 生命性 (ゆずれない由)
    2) 物質性 (相互作用と外界の認知には物質性が不可欠)
    3) 創発 (量子も生命体も創発の産物)
    4) 創発を起こすものである物質の性質 (量子も生命体もその本体は物理性質)
    5) 生物でのエントロピ生成速度の減速性 (つねに電気が流れてて、生命体は体が暖かい)

  • >>No. 3

    「意識のはじまり」が小説の投稿サイトに投稿されたのは、2016年7月4日とのことです。それ以来、2017年の年末の時点で、およそ1年と6ヵ月が経過したことになります。

    3人の女子高校生の会話の形で書かれています。けっこう理論的と感じられますが(かなり理屈っぽいとも言えます)、抑えきれないユーモア感覚が時々顔をのぞかせるようです。

    ◆意識発生の手がかり

    前にヒントを書きましたが、少し詳しく書くと次のようなものになります。

    1) 生命性 (ゆずれない由)
    2) 物質性 (相互作用と外界の認知には物質性が不可欠)
    3) 創発 (量子も生命体も創発の産物)
    4) 創発を起こすものである物質の性質 (量子も生命体もその本体は物理性質)
    5) 生物でのエントロピ生成速度の減速性 (つねに電気が流れてて、生命体は体が暖かい)

    ◆性質が実体に先立つ

    「思考実験:実効性をおびし物質の性質があれば、それは物質として振るまう」というのが考えられていて、簡潔明瞭な内容のものですが、「性質が実体に先立つ」という推測結果が出されています。

    この思考実験には反駁の余地がないように見えます。

  • ◆意識発生の大枠

    次のようなことが意識発生の大枠と想定されているようです。

    「DNAを中心にして物質が集まって微生物や細胞のような原初の生命体が構成されると、構成要素の物質の性質が創発を起こして生命体全体の統合的な性質を出現させる。生命性を帯びているので、その統合的な性質が意識になっている」

    「波動と粒子の二重性」や物質の性質の創発ということが重要な根拠とされているようです。
    また、生物を観察すると、その動きは物理法則に違反していて、そこには性質の創発が起きているらしいと解釈されるということも根拠になっているようです。
    意識というものが観念と物質の中程に位置していて、物質にそなわっている性質・機能と同質らしいと見られているようです。
    同質なので、物質の性質・機能が生命性をおびて意識に昇格できたということのようです。
    そう言えば、物質の性質・機能も堅固な実体ではないという点で妙なものに感じられます。
    それがどういうメカニズムで実現されているかは興味深いことと思います。

    視覚などの大量の情報の一度での認知は、大量のクオリアの同時認知にすぎず、創発ではないようです。

    これまでいくつも表明されている意識発生の大枠に比べて、わりにシンプルでわかりやすいのではないかと思います。
    根拠のようなものも、まあまあもっともなことのように見えます。

  • >>No. 5

    ◆思考実験:純粋な精神は物理世界のことを一切知りえない

    この思考実験では次の推測結果が出されています。

    「意識が外界を認知できていると仮定すると、意識はその内に外界の変化を検出できるための物質性をそなえていなければならない」

    これは、精神的なものであると思われる意識も、世界を感知し、世界と相互作用を果たすためには、ふつうの物質と同じように、物質でなければならないと言っているのとほとんど同じです。

    こんな考えは聞いたことがないように思いますが、正しい推測のように見えます。

    もしも普通の物質を物質とみなすのであれば、意識も物質とみなされることになります。
    しかし普通の物質はじつはただの物質ではないらしく、意識もただの物質ではないことになるようです。

    物理学の「波動と粒子の二重性」が連想されます。

    この推測は、つかみどころがないと思われてならない意識を探るための手がかりになるのではないかと思います。
    先にあげた手がかりの一つになっています。

  • >>No. 28

    もしも物質をただの物質とみなすのであれば、意識もただの物質とみなされるらしいです。

    しかし、物理学の
    ・「波動と粒子の二重性」
    ・「状態の重ね合わせ」
    ・電子やフラーレンの「二重スリット実験」
    に強い根拠がおかれていて、これらによると物質というのは不思議なものであることがわかります。
    しかも、物質そのものが存在するわけではなくて、物質とは物質がそこに存在する状態として存在しているらしいので、想像を絶しています。
    こういう観点では、意識もそういう不思議な物質によって構成される不思議な物質ということになるようです。

    素粒子の実体がその物理的な性質・機能と一心同体のように、一単位分のまとまりのある生命体とその意識も一心同体らしいです。
    ゾウリムシの姿がその意識の外見、細胞の姿がその意識の外見、脳の姿が主観の意識の外見、ということらしいです。(内側の波動性の部分は観測することができなくても)

    意識とは物質の性質・機能が生命性を帯びて昇格したものらしいです。

    ・「波動と粒子の二重性」の粒子性は、量子の接触物理作用が発生した瞬間だけの、一時的な表面の姿。物質の実体性に対応する。こっちが生命体の体になる。
    ・波動性は、見ることができないが、物質の物理的な性質を(そのメカニズムは全くわからないにしても)体現する。こっちが物質の本体。こっちが意識になる。

    ただ、物質とは不思議なものなので、それだけで意識が発生できたというような単純な話ではなくて、意識の発生にはゲノムを中心にして生命体が構成されることが不可欠と想定されています。

    生命性 =
      生物でのエントロピの減少性(エントロピ生成速度の減速性)
    + 創発(全く新しい性質・機能・組織化・秩序の出現)
    + 時間的な持続性(精神動作には時間的な持続が不可欠)

    また、仮の考えとして、生命体の内部は素粒子の世界のようにメタフィジカルであり、新規の物理法則(=物質の性質・機能)が創発していて、それで、生物は、その内部空間においてだけ外界の物理法則に違反する動きをすることができるのではないか、とも考えられています。

    ◆性質が実体に先立つ

    「思考実験:実効性をおびし物質の性質があれば、それは物質として振るまう」というのが考えられていて、「性質が実体に先立つ」という推測結果が出されています。

  • >>No. 24

    (1/2)

    意識と精神は結局同じものですが、別の2つの観点から精神発生の大枠も想定されています。
    まとめ方や説明が下手くそなのはこちらの責任です。誤解している可能性もあります。お許し下さい。

    ■精神発生の大枠(1つめの別観点から・部分的)

    素粒子の相互作用には欠かせない機能・性質として、巨視的な言葉で表わして、ざっと次の2つが挙げられています。
    その他の機能については、ここでは触れられていません。

    1) 接触物理作用が発生したときの、自己変化検出機能
    2) 検出した自己変化に応じた、反応表出機能

    DNAを中心にして物質が集まって微生物や細胞のような原初の生命体が構成されると、1)の自己変化検出機能が、生命性(時間的持続性)を獲得して、知る能力・認知能力になる。
    また、2)の反応表出機能が意志のようなものになる。

    時間的持続性は生命性の重要な特徴の一つとされています。
    時間的持続性を獲得すれば、物質の機能・性質がそのままのものに留まることは考えにくく、なにか別の生命的なものに昇格するのではないかと予想されています。

    物理的な検出機能と、精神的な認知能力は、その本質は、どちらも、なんらかの情報を獲得することらしいです。
    このことが、検出機能が認知能力に昇格できることの根拠とされています。

    ただ、反応表出機能が意志のようなものになることは説明が難しいらしく、不確かです。

    それでも、その他にもあるかもしれない機能を含めた全体的な機能・性質(創発によって出現する生命体全体の統合的な機能・性質のことです)が精神になるのではないかと推測されています。

    なにもない所にいきなり精神が発生するというのではなく、元々物質には精神的な能力に昇格しうる機能・性質がそなわっていたとの見方です。

    逆に言うと、生物の精神も、その根底では、素粒子と同様な無味乾燥な機能・性質が動作しているだけなのではないか、というようにも憶測されています。

    相互作用における個々の素粒子のなかでの動きのことは全然わからないようですが、とにかく素粒子では何か不思議なメカニズムによってその辺りの動きが瞬時に果たされるのだろうという風に考えられています。
    (ここの部分はまさに物理学の守備範囲です)

    (2/2に続く)

  • >>No. 76

    (2/2)

    時間的な持続性は、生命性や意識や精神には欠かせないのではないかと思います。
    持続していなければ、あらゆる精神活動は不可能になります。
    時々刻々変化しているという点で、意識や精神は時間の関数であり、一種の物理現象と言えます。

    「生命体になって時間的持続性を獲得すること」は、「暗黙的に時間積分操作を受けること」という風にも表現されているのですが、精神が物質の機能・性質の時間積分によって発生するというのですから、この着想は面白いです。

    但し、素粒子の性質・機能は時間の関数ではないことがまず予想されるので、それを時間積分することは無意味かもしれません。

    しかし、生命体の場合、生命性や時間的持続性はただで得られるものではないので、事情が異なるようです。

    生命体では、生命性を維持するために、体に常に電気を流しながら、性質・機能・組織化・秩序を定常的に修復し再構築しつづけている必要があるようです。
    さもないと生命体は速やかに息を引きとって、ただの物質の寄せ集めに還元されてしまうからです。
    これはエントロピの定常的な減少と解釈できるらしいです。
    創発の微分的な継続とも言えるようです。
    このように生命体は時間の関数なので、その巨視的な性質・機能を時間積分することは無意味ではないのかもしれません。

    ただ、素粒子の機能・性質が、精神の有する動作にうまく対応するというのは、できすぎの感じがないでもありません。
    都合のいいこじつけにすぎないとも言えるかもしれません。

  • >>No. 6

    ◆素粒子の接触物理作用発生時の自己状態の微妙な変化
    ◆素粒子の接触物理作用に起因する相互作用の重要性
    ◆堅固な実体は存在できない
    ◆世界の変化の検出は、それに呼応する自分のなかの変化によっている
    ◆物質機能的に硬直せし量子は存在できない

    「意識のはじまり」では、この5節を費やして、妙にこだわって、ある一連の考えが展開されていて、次の結果が出されています。

    1) 世界の検出、つまり、外界の検出、つまり、外界の変化の検出は、その変化に呼応し生じる自分のなかの変化の検出によっている。
    2) 物質機能的に硬直せし量子は存在できない。

    そして、それもこれも、さきの思考実験による次の推測結果についての物理学的な根拠とするためのようなのです。

    「意識が外界を認知できていると仮定すると、意識はその内に外界の変化を検出できるための物質性をそなえていなければならない」

    こんなことなど当たり前ではないか、わざわざ明言するほどのことではないではないかと思われるかもしれません。
    しかし必ずしもそうとは言い切れないと思います。
    なぜなら、物質性をそなえていないと思われる霊などが物質世界と相互作用ができているとする考えなら、ごく普通に見られるからです。

    意識や精神の発生を根拠づけることは、物理学と熱力学と生物学の担当になるのではないかと思います。

    なぜ熱力学かと言えば、生物は常にエネルギーを消費していて、体が温かいからです。
    また生物学は、生物以外のものに意識が発生していると推測される現象はまだ一つも発見されていないように思えるからです。

  • >>No. 7

    ◆意識発生の大枠

    次のようなことが意識発生の大枠と想定されているようです。

    「DNAを中心にして物質が集まって微生物や細胞のような原初の生命体が構成されると、構成要素の物質の性質が創発を起こして生命体全体の統合的な性質を出現させる。生命性を帯びているので、その統合的な性質が意識になっている」

    「波動と粒子の二重性」や物質の性質の創発ということが重要な根拠とされているようです。
    また、生物を観察すると、その動きは物理法則に違反していて、そこには性質の創発が起きているらしいと解釈されるということも根拠になっているようです。

    意識というものが観念と物質の中程に位置していて、物質にそなわっている性質・機能と同質らしいと見られているようです。
    同質なので、物質の性質・機能が創発をおこして生命性をおびて意識に昇格できたということのようです。

    但し、脳がそなわっていない段階では、主観の意識という高次の統合的な意識にはなっていず、単に自らの性質・機能だけを主観なしに果たす専門家のようなものに留まっているのではないかと推測されています。

    ただ、ゾウリムシなどの単細胞生物では、自ら主体的に動いている可能性があり、かつ、無理数にも匹敵する複雑さをそなえているDNAの性質が意識の中でどの程度の役割を果たしているかは皆目わからないので、単細胞生物などに主観の意識のようなものがそなわっているか否かについては保留にされています。

    そう言えば、物質の性質・機能も堅固な実体ではないという点で妙なものに感じられます。
    それがどういうメカニズムで実現されているかは興味深いことと思います。
    ここらへんは物理学の守備範囲だろうと思いますが。

    視覚などの大量の情報の一度での認知は、大量のクオリアの同時認知にすぎず、創発ではないようです。

    これまでいくつも表明されている意識発生の大枠に比べて、わりにシンプルでわかりやすいのではないかと思います。
    根拠のようなものも、まあまあもっともなことのように見えます。

  • >>No. 78

    「意識のはじまり」は全体が三人の女子高校生の会話として書かれていて、基本的に読みやすいです。
    けっこうユーモアが感じられます。
    あちこちに書かれている短歌のようなものにもユーモアが感じられるものが少なくありません。

    ただ、意識が大真面目にあつかわれているようで、内容はかならずしも気楽なものではありません。
    普通にはなじみのないことを、誤解がないように伝えようとすると、どうしても固い言葉をつかうしかないのではないかと思います。
    (これも、つい固い文章になってしまいますが、わかりやすい表現になるようには心がけます)

    意識に関わることは第10章「意識のはじまり」にまとめて書かれているようです。
    意識に関するあらゆることが盛り込んであるような印象すらあります。

    例えば、植物には、意識があるばかりではなくて、視覚のようなものさえあるのではないか、という憶測さえ堂々と書かれています。
    また、電子や機械などについてもしっかり書かれています。
    すべて女子高校生の口語で書かれています。

    例えば、SFを読むときには、想定されているSF的な前提は取りあえず受けいれて、その上でストーリを読みます。
    意識のことだけが知りたいのであれば、こんな風に、こまかなことは気にしないで、第10章だけを読むという手があります。
    くわしく理解する必要はないのです。
    嘘は書かれていないようなので、SFを読むように「ああ、そうですか」と受けいれてしまえばいいのです。
    はっきり言って、他の章を読む必要もないかもしれません。
    他の章は、存在性のことや、物理的なことに興味のある人が読めばいいのです。

    第8章「性質実体一元二面論」には、意識の発生にかかわる物理的なことが説明されています。
    例えば、エントロピ・創発・クオリアのことも、女子高校生の口語で説明されています。

    第8章「性質実体一元二面論」と第10章「意識のはじまり」には、小見出しの目次がつけられています。
    物理的なことが気になるのであれば、これをたよりに、第8章の該当する節だけを参照すればいいと思います。

    一般にはなじみのない言葉についてはWikipediaを参照するという手もあります。
    例えば「電子の二重スリット実験」では、私たちの普通の感覚では絶対にありえないことが実証されています。
    (これは意識発生の重要な根拠の一つになっています)

  • >>No. 81

    「意識のはじまり」は出版されているわけではないように思います。
    小説の投稿サイトに投稿されている小説です。

    タイトルで検索すればすぐに表示できます。
    章の見出しでも検索できるようです。

    章の見出しに誤りがあったので訂正させてください。

    誤 第10章「意識のはじまり」

    正 第10章「意識開闢」

    この章には、意識のEasy Problemではなくて、意識のHard Problemに関係することが色いろ書いてあります。
    意識関係の文章には珍しく、Hard Problemの大盛りです。
    「精神開闢」「認知開闢」「観念開闢」などのことも書いてあります。
    そう言えば、観念のことが重要視されているようです。
    (静)観念とか、動観念とか……。

    自分の意思というのは、脳神経学の研究領域と意識のHard Problem関係の領域の境目あたりのことですね。
    考えてみたことはありますが答えは出ませんでした。

    同じような感じで、「意識のはじまり」では細胞レベルのことに疑問が呈せられているようです。
    細胞は、その細胞とそこに共生しているミトコンドリアが協調して運用しているようで、生物学や生理学でそのメカニズムの全貌はもう解明されているのかもしれませんが、動作開始のトリガーの部分にまだ曖昧さが残っているのではないか、というようなことだったと思います。

    細胞に蓄積されているエネルギーは、いつディスチャージされてもいいし、されなくてもいいという曖昧な状況におかれていて、いつ誰がどのようにしてそのエネルギーをディスチャージする動作を開始するのか分からない、というような感じでした。

  • >>No. 77

    ★精神発生の大枠(2つめの別観点から・多少は包括的)

    素粒子の性質は、細かく見ると次の4つくらいになるようです。

    a) 自己変化検出機能 (時間的持続性を獲得すると、知る能力・認知能力になる)
    b) 検出した変化の評価識別機能 ( 〃 、思考力になる)
    c) 識別した変化に応じた反応選定機能 ( 〃 、思考力になる)
    d) 反応表出機能 ( 〃 、意志・衝動・欲望・願いになる)

    (外界の検出は、外界の変化に呼応して生じる自分のうちの変化の検出によってしか果たせない)

    ここから、こんな風に、素粒子の性質を、巨視的解釈的な言葉で不確かに細分するより、素粒子には、その全体的な性質を体現するなんらかの処理アルゴリズムが実装されている、と見るほうがいい、との方向に推測が切り替わったようです。

    例えば、以下のものには、それぞれに特有の方法により処理アルゴリズムが実装されているらしいです。
    (実装したのは人間の意識・精神)

    ・計算尺
    ・昔の手回し式計算機
    ・コンピューターやそのプログラム
    ・FPGA

    これらで精神的で論理的な動作が果たされているようには見えても、実際には機械的に動作するだけです。
    (また、どれも、生物のようなエネルギーの定常的な新陳代謝を行なって、自分の体に電気を微分的に流し続けることはできません)

    同様に、素粒子にも独特な方法でその機能を遂行する処理アルゴリズムが実装されているのではないか?

    そして、処理アルゴリズムが実装されているくらいだから、その根底には論理性が宿っているのではないか?

    その論理性が時間的持続性を獲得すると、それが精神になるのではないか?

    思考などの精神動作には時間的持続性が欠かせないらしいです。
    意識の時間的持続性が短期記憶を可能にしているようです。
    (長期記憶はまた別物らしいです)
    時間的持続性は、生物におけるエネルギーの定常的な新陳代謝によってもたらされると推測されています。
    これは、エントロピの定常的で微分的な減少になり、失われがちな創発・生命性・組織化・秩序の、維持・修復・再構築が、定常的かつ微分的に遂行されていることと考えられるようです。
    生命体における創発とは、つねに微分的に継続させる必要があるという、そういうものなのだろうと考えられています。

    精神発生の大枠はこういう風に予想されるようです。

  • >>No. 8

    (1/2)

    意識と精神は結局同じものですが、別の2つの観点から精神発生の大枠も想定されています。
    まとめ方や説明が下手くそなのはこちらの責任です。誤解している可能性もあります。お許し下さい。

    ■精神発生の大枠(1つめの別観点から・部分的)

    素粒子の相互作用には欠かせない機能・性質として、巨視的な言葉で表わして、ざっと次の2つが挙げられています。
    その他の機能については、ここでは触れられていません。

    1) 接触物理作用が発生したときの、自己変化検出機能
    2) 検出した自己変化に応じた、反応表出機能

    DNAを中心にして物質が集まって微生物や細胞のような原初の生命体が構成されると、1)の自己変化検出機能が、生命性(時間的持続性)を獲得して、知る能力・認知能力になる。
    また、2)の反応表出機能が意志のようなものになる。

    時間的持続性は生命性の重要な特徴の一つとされています。
    時間的持続性を獲得すれば、物質の機能・性質がそのままのものに留まることは考えにくく、なにか別の生命的なものに昇格するのではないかと予想されています。

    物理的な検出機能と、精神的な認知能力は、その本質は、どちらも、なんらかの情報を獲得することらしいです。
    このことが、検出機能が認知能力に昇格できることの根拠とされています。

    ただ、反応表出機能が意志のようなものになることは説明が難しいらしく、不確かです。

    それでも、その他にもあるかもしれない機能を含めた全体的な機能・性質(創発によって出現する生命体全体の統合的な機能・性質のことです)が精神になるのではないかと推測されています。

    なにもない所にいきなり精神が発生するというのではなく、元々物質には精神的な能力に昇格しうる機能・性質がそなわっていたとの見方です。

    逆に言うと、生物の精神も、その根底では、素粒子と同様な無味乾燥な機能・性質が動作しているだけなのではないか、というようにも憶測されています。

    相互作用における個々の素粒子のなかでの動きのことは全然わからないようですが、とにかく素粒子では何か不思議なメカニズムによってその辺りの動きが瞬時に果たされるのだろうという風に考えられています。
    (ここの部分はまさに物理学の守備範囲です)

    (2/2に続く)

  • >>No. 9

    (2/2)

    時間的な持続性は、生命性や意識や精神には欠かせないのではないかと思います。
    持続していなければ、あらゆる精神活動は不可能になります。
    時々刻々変化しているという点で、意識や精神は時間の関数であり、一種の物理現象と言えます。

    「生命体になって時間的持続性を獲得すること」は、「暗黙的に時間積分操作を受けること」という風にも表現されているのですが、精神が物質の機能・性質の時間積分によって発生するというのですから、この着想は面白いです。

    但し、素粒子の性質・機能は時間の関数ではないことがまず予想されるので、それを時間積分することは無意味かもしれません。

    しかし、生命体の場合、生命性や時間的持続性はただで得られるものではないので、事情が異なるようです。

    生命体では、生命性を維持するために、体に常に電気を流しながら、性質・機能・組織化・秩序を定常的に修復し再構築しつづけている必要があるようです。
    さもないと生命体は速やかに息を引きとって、ただの物質の寄せ集めに還元されてしまうからです。
    これはエントロピの定常的な減少と解釈できるらしいです。
    創発の微分的な継続とも言えるようです。
    このように生命体は時間の関数なので、その巨視的な性質・機能を時間積分することは無意味ではないのかもしれません。

    ただ、素粒子の機能・性質が、精神の有する動作にうまく対応するというのは、できすぎの感じがないでもありません。
    都合のいいこじつけにすぎないとも言えるかもしれません。

  • >>No. 144

    ◆前記二通りの「精神発生の大枠」について

    1つめの別観点も2つめも、なにもないところにいきなり精神が発生するというのではありません。
    どちらも、物質のなかに精神になれそうなものがそなわっていて、生命性と時間的持続性を獲得して精神に昇格したという推測です。
    必ずしも荒唐無稽ではありません。

    選択肢は二つ考えられます。

    A) 精神を構成できそうな素材が何もなくても、ただ生命体が構成されるだけで、なにかの不思議なメカニズムによって精神は構成される。

    B) 素粒子には(まだ物理学的には説明されていない)超越的なメカニズムないし処理アルゴリズム(検出機能+論理性+反応機能)が実装されていて、素粒子の根底には論理性がそなわっていると考えられるので、生命体が構成されるとその論理性が精神の素材になって創発により統合的な精神が出現する。そのうえで、巨視的で解釈的な言葉で表現される各種の機能がそれぞれに対応する精神的な動作になる。

    A)も、B)も、しっかりした根拠がないので、否定も肯定もできません。
    根拠さえあれば、どっちでもいいわけです。
    それでも、B)については、物理的な機能と精神的な能力がちょうどいい具合に対応しているようには見えます。(できすぎという懐疑的な見方もできます)

    聞くところによると、この宇宙には、究極的には、エネルギーと物質の性質状態しか存在しないらしいので、生命体が構成されて、エネルギーの定常的な新陳代謝によって、物質の性質状態が時間的持続性(=短期記憶能力)を獲得するなら、物質にそなわっている論理性・機能・性質が精神に昇格するというのは、予想可能な選択肢の一つと言えるのかもしれません。

    もしもこういうことなら、意識や精神も多少は物理学の視野に引っかかった・物理学の射程内にはいったという風に見ることもできないではありません。
    物理学の裾野が広がったとも言えます。
    とは言っても、意識や精神などという厄介な代物が勝手に物理学に引っかかってきたというのは、物理学にとっては都合のわるい迷惑な話かもしれません。

    物質ではない精神というものの発生なので、説明の全体が物理的なものというわけにはいかないのでしょうが、説明のタッチは自然科学的なものと感じられます。

  • >>No. 10

    ★精神発生の大枠(2つめの別観点から・多少は包括的)

    素粒子の性質は、細かく見ると次の4つくらいになるようです。

    a) 自己変化検出機能 (時間的持続性を獲得すると、知る能力・認知能力になる)
    b) 検出した変化の評価識別機能 ( 〃 、思考力になる)
    c) 識別した変化に応じた反応選定機能 ( 〃 、思考力になる)
    d) 反応表出機能 ( 〃 、意志・衝動・欲望・願いになる)

    (外界の検出は、外界の変化に呼応して生じる自分のうちの変化の検出によってしか果たせない)

    ここから、こんな風に、素粒子の性質を、巨視的解釈的な言葉で不確かに細分するより、素粒子には、その全体的な性質を体現するなんらかの処理アルゴリズムが実装されている、と見るほうがいい、との方向に推測が切り替わったようです。

    例えば、以下のものには、それぞれに特有の方法により処理アルゴリズムが実装されているらしいです。
    (実装したのは人間の意識・精神)

    ・計算尺
    ・昔の手回し式計算機
    ・コンピューターやそのプログラム
    ・FPGA

    これらで精神的で論理的な動作が果たされているようには見えても、実際には機械的に動作するだけです。
    (また、どれも、生物のようなエネルギーの定常的な新陳代謝を行なって、自分の体に電気を微分的に流し続けることはできません)

    同様に、素粒子にも独特な方法でその機能を遂行する処理アルゴリズムが実装されているのではないか?

    そして、処理アルゴリズムが実装されているくらいだから、その根底には論理性が宿っているのではないか?

    その論理性が時間的持続性を獲得すると、それが精神になるのではないか?

    思考などの精神動作には時間的持続性が欠かせないらしいです。
    意識の時間的持続性が短期記憶を可能にしているようです。
    (長期記憶はまた別物らしいです)
    時間的持続性は、生物におけるエネルギーの定常的な新陳代謝によってもたらされると推測されています。
    これは、エントロピの定常的で微分的な減少になり、失われがちな創発・生命性・組織化・秩序の、維持・修復・再構築が、定常的かつ微分的に遂行されていることと考えられるようです。
    生命体における創発とは、つねに微分的に継続させる必要があるという、そういうものなのだろうと考えられています。

    精神発生の大枠はこういう風に予想されるようです。

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