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No.32
◆(西洋哲学)原初の生物のGe…
2018/04/15 09:40
◆(西洋哲学)原初の生物のGenome
原初の生物や植物には脳がありません。
(ということは、ゾンビ?)
たとえば、単細胞生物である生きているゾウリムシの体から、そのGenome(一揃いの染色体)を、一瞬のうちに除去してしまうことができたとすると、その後、そのゾウリムシはどうなるだろうということは、「意識のはじまり」では興味ぶかいことと考えられています。
以下のようなことが予想されています。
1) ゾウリムシはすぐに死んでしまう。
2) ゾウリムシは、すぐには死なない。しかし、ゾウリムシは、意識不明になって、アクティヴな行動はほとんど起こせなくなってしまって、呼吸もしなくなる。それでゾウリムシはわりに早いうちにその息を引きとってしまう。
3) ゾウリムシは、死にはしないが、動作がえらい緩慢になってしまう。
4) ゾウリムシにはまるきり変化がない。
また、以下のケースなども興味ぶかいと考えられています。
a) ゾウリムシからGenomeを部分的に除去する。
b) ゾウリムシからGenomeは除去はしないが、Genomeを部分的に破壊する。 -
No.7
◆(生物学)原初の生物のGen…
2018/04/15 08:54
◆(生物学)原初の生物のGenome
原初の生物や植物には脳がありません。
(ということは、ゾンビ?)
たとえば、単細胞生物である生きているゾウリムシの体から、そのGenome(一揃いの染色体)を、一瞬のうちに除去してしまうことができたとすると、その後、そのゾウリムシはどうなるだろうということは、「意識のはじまり」では興味ぶかいことと考えられています。
以下のようなことが予想されています。
1) ゾウリムシはすぐに死んでしまう。
2) ゾウリムシは、すぐには死なない。しかし、ゾウリムシは、意識不明になって、アクティヴな行動はほとんど起こせなくなってしまって、呼吸もしなくなる。それでゾウリムシはわりに早いうちにその息を引きとってしまう。
3) ゾウリムシは、死にはしないが、動作がえらい緩慢になってしまう。
4) ゾウリムシにはまるきり変化がない。
また、以下のケースなども興味ぶかいと考えられています。
a) ゾウリムシからGenomeを部分的に除去する。
b) ゾウリムシからGenomeは除去はしないが、Genomeを部分的に破壊する。 -
No.156
◆(物理学)原初の生物のGen…
2018/04/14 19:50
◆(物理学)原初の生物のGenome
原初の生物や植物には脳がありません。
(ということは、ゾンビ?)
たとえば、単細胞生物である生きているゾウリムシの体から、そのGenome(一揃いの染色体)を、一瞬のうちに除去してしまうことができたとすると、その後、そのゾウリムシはどうなるだろうということは、「意識のはじまり」では興味ぶかいことと考えられています。
以下のようなことが予想されています。
1) ゾウリムシはすぐに死んでしまう。
2) ゾウリムシは、すぐには死なない。しかし、ゾウリムシは、意識不明になって、アクティヴな行動はほとんど起こせなくなってしまって、呼吸もしなくなる。それでゾウリムシはわりに早いうちにその息を引きとってしまう。
3) ゾウリムシは、死にはしないが、動作がえらい緩慢になってしまう。
4) ゾウリムシにはまるきり変化がない。
また、以下のケースなども興味ぶかいと考えられています。
a) ゾウリムシからGenomeを部分的に除去する。
b) ゾウリムシからGenomeは除去はしないが、Genomeを部分的に破壊する。 -
No.6
◆(生物学)生命性の鍵 …
2018/04/07 11:32
◆(生物学)生命性の鍵
生物の命と意識は呼吸の停止によって簡単に失われてしまいます。
これは決定的なことであり、不可逆の事象であって、命が失われてしまったあとで息を吹き返させることは普通にはできません。
「意識のはじまり」では、反語的に、生命性の鍵がここにあるのではないかと考えられているようです。
呼吸による何かが生命性と意識を発現させているのではないかと推測されています。
呼吸による何かが生化学的にみて具体的にどういうものであるかは、専門家でなければ容易に理解することはできないだろうと思われますが、それでも、それは、細胞のなかで酸素を使うことで遂行される何らかの処理なのだろうと見られています。
酸素消費処理のなかのどれかのステップ、または、処理の全体、または、処理の全体が意味していることが、生命性と意識の発現の鍵なのに違いないということのようです。
それは、物理学的に見ると、エントロピの自律的な減少――エントロピ生成速度の自律的な減速――による創発なのだろうと予想されています。
素粒子における創発――新規の物理性質を有する物質の出現。各種の分子も創発の産物――とは異なり、生物における創発とは、自分の体にエネルギーと電気を自律的に流すことで実現されるのだろうと考えられています。
このような微妙な創発が微分的に連なることで、波の重ね合わせによって複数の波が1つに融合するように、生命性が持続するのかもしれません。
ということは、生命性や意識は物理的な波なのかもしれないということも予想されます。
(根拠の薄いただの憶測でしかありませんが) -
No.31
◆(西洋哲学)生命性の鍵 …
2018/04/07 09:05
◆(西洋哲学)生命性の鍵
生物の命と意識は呼吸の停止によって簡単に失われてしまいます。
これは決定的なことであり、不可逆の事象であって、命が失われてしまったあとで息を吹き返させることは普通にはできません。
「意識のはじまり」では、反語的に、生命性の鍵がここにあるのではないかと考えられているようです。
呼吸による何かが生命性と意識を発現させているのではないかと推測されています。
呼吸による何かが生化学的にみて具体的にどういうものであるかは、専門家でなければ容易に理解することはできないだろうと思われますが、それでも、それは、細胞のなかで酸素を使うことで遂行される何らかの処理なのだろうと見られています。
酸素消費処理のなかのどれかのステップ、または、処理の全体、または、処理の全体が意味していることが、生命性と意識の発現の鍵なのに違いないということのようです。
それは、物理学的に見ると、エントロピの自律的な減少――エントロピ生成速度の自律的な減速――による創発なのだろうと予想されています。
素粒子における創発――新規の物理性質を有する物質の出現。各種の分子も創発の産物――とは異なり、生物における創発とは、自分の体にエネルギーと電気を自律的に流すことで実現されるのだろうと考えられています。
このような微妙な創発が微分的に連なることで、波の重ね合わせによって複数の波が1つに融合するように、生命性が持続するのかもしれません。
ということは、生命性や意識は物理的な波なのかもしれないということも予想されます。
(根拠の薄いただの憶測でしかありませんが) -
No.155
◆(物理学)生命性の鍵 …
2018/04/06 23:31
◆(物理学)生命性の鍵
生物の命と意識は呼吸の停止によって簡単に失われてしまいます。
これは決定的なことであり、不可逆の事象であって、命が失われてしまったあとで息を吹き返させることは普通にはできません。
「意識のはじまり」では、反語的に、生命性の鍵がここにあるのではないかと考えられているようです。
呼吸による何かが生命性と意識を発現させているのではないかと推測されています。
呼吸による何かが生化学的にみて具体的にどういうものであるかは、専門家でなければ容易に理解することはできないだろうと思われますが、それでも、それは、細胞のなかで酸素を使うことで遂行される何らかの処理なのだろうと見られています。
酸素消費処理のなかのどれかのステップ、または、処理の全体、または、処理の全体が意味していることが、生命性と意識の発現の鍵なのに違いないということのようです。
それは、物理学的に見ると、エントロピの自律的な減少――エントロピ生成速度の自律的な減速――による創発なのだろうと予想されています。
素粒子における創発――新規の物理性質を有する物質の出現。各種の分子も創発の産物――とは異なり、生物における創発とは、自分の体にエネルギーと電気を自律的に流すことで実現されるのだろうと考えられています。
このような微妙な創発が微分的に連なることで、波の重ね合わせによって複数の波が1つに融合するように、生命性が持続するのかもしれません。
ということは、生命性や意識は物理的な波なのかもしれないということも予想されます。
(根拠の薄いただの憶測でしかありませんが) -
No.5
■(生物学)実体的な幾何学空間…
2018/03/31 01:05
■(生物学)実体的な幾何学空間性
かりに、意識が、完全に精神的なものであり、実体的な部分をいささかも具えていないとすると、そういうものが理由もなしに実体的な幾何学空間性の概念を抱けるというのは、とても考えにくいと、「意識のはじまり」では考えられています。
純粋な精神体であるために、実体的な世界が存在することを根本的に知りえず、実体世界のことを少しも知らないので、というのが、その理由とされています。
それは、知る・認知するというのは、クオリア感覚を感じるということであり、クオリア感覚は、実体的な物理事象の発生に伴ってしか発生しないからのようです。
純粋な精神体であるゆえに、実体世界と相互作用ができなければ、実体世界に起因する物理事象は決して発生することがなく、その結果、クオリア感覚も、発生しはせず、絶対に感じられないようです。
例えば、物理事象に伴って自然に発生するクオリア感覚が1点だけだと、それはほんとにわけのわからない抽象感覚でしかありません。
しかし、異なる2点にクオリア感覚が同時に発生すると、それはそれとなく1次元の幾何学空間性を醸し出せることになるようです。
なぜなら、物理事象は体のあらゆる位置で発生しうるのであり、それと同時に発生するクオリア感覚には発生位置についての何らかの感覚(情報)も必ず含まれているのに違いないからのようです。
同時発生のクオリア感覚が異なる3点になれば、2次元(平面)の幾何学空間性を醸し出しえますし、4点以上になれば、3次元(立体)の幾何学空間性を醸し出しえます。
このようなことから、意識がいだく実体的な幾何学空間性の感覚や概念は、意識が独自に編み出したものではなくて、根本的には、単細胞生物などの原初の生物の実体的な体に体現されている立体性の反映であり、体感的に体得されたものなのだろうと、推測されています。
実体的な幾何学空間性などという難しそうなものは、空虚な精神空間にて無から編み出すなどとてもできないものであり、体感的に体得する他はないもののようです。 -
No.30
●(西洋哲学)実体的な幾何学空…
2018/03/31 00:53
●(西洋哲学)実体的な幾何学空間性
かりに、意識が、完全に精神的なものであり、実体的な部分をいささかも具えていないとすると、そういうものが理由もなしに実体的な幾何学空間性の概念を抱けるというのは、とても考えにくいと、「意識のはじまり」では考えられています。
純粋な精神体であるために、実体的な世界が存在することを根本的に知りえず、実体世界のことを少しも知らないので、というのが、その理由とされています。
それは、知る・認知するというのは、クオリア感覚を感じるということであり、クオリア感覚は、実体的な物理事象の発生に伴ってしか発生しないからのようです。
純粋な精神体であるゆえに、実体世界と相互作用ができなければ、実体世界に起因する物理事象は決して発生することがなく、その結果、クオリア感覚も、発生しはせず、絶対に感じられないようです。
例えば、物理事象に伴って自然に発生するクオリア感覚が1点だけだと、それはほんとにわけのわからない抽象感覚でしかありません。
しかし、異なる2点にクオリア感覚が同時に発生すると、それはそれとなく1次元の幾何学空間性を醸し出せることになるようです。
なぜなら、物理事象は体のあらゆる位置で発生しうるのであり、それと同時に発生するクオリア感覚には発生位置についての何らかの感覚(情報)も必ず含まれているのに違いないからのようです。
同時発生のクオリア感覚が異なる3点になれば、2次元(平面)の幾何学空間性を醸し出しえますし、4点以上になれば、3次元(立体)の幾何学空間性を醸し出しえます。
このようなことから、意識がいだく実体的な幾何学空間性の感覚や概念は、意識が独自に編み出したものではなくて、根本的には、単細胞生物などの原初の生物の実体的な体に体現されている立体性の反映であり、体感的に体得されたものなのだろうと、推測されています。
実体的な幾何学空間性などという難しそうなものは、空虚な精神空間にて無から編み出すなどとてもできないものであり、体感的に体得する他はないもののようです。 -
No.154
◆(物理学)実体的な幾何学空間…
2018/03/31 00:42
◆(物理学)実体的な幾何学空間性
かりに、意識が、完全に精神的なものであり、実体的な部分をいささかも具えていないとすると、そういうものが理由もなしに実体的な幾何学空間性の概念を抱けるというのは、とても考えにくいと、「意識のはじまり」では考えられています。
純粋な精神体であるために、実体的な世界が存在することを根本的に知りえず、実体世界のことを少しも知らないので、というのが、その理由とされています。
それは、知る・認知するというのは、クオリア感覚を感じるということであり、クオリア感覚は、実体的な物理事象の発生に伴ってしか発生しないからのようです。
純粋な精神体であるゆえに、実体世界と相互作用ができなければ、実体世界に起因する物理事象は決して発生することがなく、その結果、クオリア感覚も、発生しはせず、絶対に感じられないようです。
例えば、物理事象に伴って自然に発生するクオリア感覚が1点だけだと、それはほんとにわけのわからない抽象感覚でしかありません。
しかし、異なる2点にクオリア感覚が同時に発生すると、それはそれとなく1次元の幾何学空間性を醸し出せることになるようです。
なぜなら、物理事象は体のあらゆる位置で発生しうるのであり、それと同時に発生するクオリア感覚には発生位置についての何らかの感覚(情報)も必ず含まれているのに違いないからのようです。
同時発生のクオリア感覚が異なる3点になれば、2次元(平面)の幾何学空間性を醸し出しえますし、4点以上になれば、3次元(立体)の幾何学空間性を醸し出しえます。
このようなことから、意識がいだく実体的な幾何学空間性の感覚や概念は、意識が独自に編み出したものではなくて、根本的には、単細胞生物などの原初の生物の実体的な体に体現されている立体性の反映であり、体感的に体得されたものなのだろうと、推測されています。
実体的な幾何学空間性などという難しそうなものは、空虚な精神空間にて無から編み出すなどとてもできないものであり、体感的に体得する他はないもののようです。 -
No.28
●(西洋哲学)細胞の内部的な動…
2018/03/24 09:35
●(西洋哲学)細胞の内部的な動きのメカニズム
「意識のはじまり」では、ミトコンドリアやATPやADPのあたりのことを初めとして、細胞における内部的な動きのメカニズム、特に、動作のトリガーの辺りのメカニズムには、まだ説明されていないことが残っているのではないかと推測されています。
ただ、はっきりしたことは言えないらしく、あやふやな書き方がされています。
もしも細胞の内部的なメカニズムが生化学的にほぼ説明されつくしているということであれば、そこには生物の随意性が入り込む余地はないと考えられます。
そして、細胞は、生命体でありながら、実際には、物質的な仕組みによって完全にプログラミングがされてしまっている生物的な機械ないしロボットに過ぎないことになりかねません。
細胞が随意性を有する生命体であるためには、細胞のメカニズムにまだ説明されていない部分が残されていることが望ましいと思われます。
(もっとも、仮にまだ説明されていないところが残されているとしても、必ずしもそこに随意性が入り込めるというわけでもありませんが)。 -
No.153
◆(物理学)細胞の内部的な動き…
2018/03/24 09:24
◆(物理学)細胞の内部的な動きのメカニズム
「意識のはじまり」では、ミトコンドリア・ATP・ADPのあたりのことを初めとして、細胞における内部的な動きのメカニズム、特に、動作のトリガーの辺りのメカニズムには、まだ説明されていないことが残っているのではないかと推測されています。
ただ、はっきりしたことは言えないらしく、おぼろげな書き方がされています。
もしも細胞の内部的なメカニズムが生化学的にほぼ説明されつくしているということであれば、そこには生物の随意性が入り込む余地はないと考えられます。
そして、細胞は、生命体でありながら、実際には、物質的な仕組みによって完全にプログラミングがされてしまっている生物的な機械ないしロボットに過ぎないことになりかねません。
細胞が随意性を有する生命体であるためには、細胞のメカニズムにまだ説明されていない部分が残されていることが望ましいと思われます。
(もっとも、仮にまだ説明されていないところが残されているとしても、必ずしもそこに随意性が入り込めるというわけでもありませんが)。 -
No.26
●『気づく』という動きの成りた…
2018/03/20 23:20
●『気づく』という動きの成りたち
「物理的に検出する」ということは、(物質の相互作用に起因して)何らかの物理事象が発生したことを、単に物理的に「知る」ということのようです。
と言うか、物質に精神はないので、知るわけではありませんね。
むしろ、相互作用によって双方の何か――エネルギーとか運動量とか?――が変化するだけのようです。
また、「精神的に認知する」ということは、(相互作用によって生じる)自分の体の何らかの変化を、精神的に知るということのようです。
(ただ、ここでは、思考によってだけ認知するというような高度で複合的なものは、除外されています)。
この認知は、物理事象の発生に伴って意識に必ず生じるクオリア感覚によって可能になっているようです。
だから、麻痺していてクオリア感覚が生じなければ、体に発生する物理事象は決して認知できません。
そして、人間や動物の気づくという動きは、物理的な検出――より正確には、物理的な自己変化――と、それの精神的な認知の、二種類の動きが一つに繋がったものらしいです。
(ただ、ここでは、思考によってだけ気づくというような高度で複合的なものは、除外されています)。
気づく = 物理的な検出(より正確には、物理的な自己変化) + それの精神的な認知
ここには、意識の二面性――意識が精神性だけではなくて、物質性も具えていること――が、端的に現われているように見えます。
ちなみに、気づくという動きは、能動的な動作ではなくて、受動的な物理現象であると考えられているようです。
なんらかの情報を、否応もなく、無理やり受け取らされてしまう、詰め込まれてしまう、というようなことですね。
生命体を構成する物質が、物理的に相互作用ができる機能をちゃんと帯びていて、この物理世界に存在できている限り、嫌でも受け取らざるを得ないようです。
物理的な相互作用ができる → 物理的に検出されて、無視されず、この宇宙に存在していることになる
物理的な相互作用ができない → 物理的に検出されず、無視されて、(少なくとも)この宇宙には存在しないことになる -
No.151
◆「気づく」という動きの成りた…
2018/03/20 23:10
◆「気づく」という動きの成りたち
「物理的に検出する」ということは、(物質の相互作用に起因して)何らかの物理事象が発生したことを、単に物理的に「知る」ということのようです。
と言うか、物質に精神はないので、知るわけではありませんね。
むしろ、相互作用によって双方の何か――エネルギーとか運動量とか?――が変化するだけのようです。
また、「精神的に認知する」ということは、(相互作用によって生じる)自分の体の何らかの変化を、精神的に知るということのようです。
(ただ、ここでは、思考によってだけ認知するというような高度で複合的なものは、除外されています)。
この認知は、物理事象の発生に伴って意識に必ず生じるクオリア感覚によって可能になっているようです。
だから、麻痺していてクオリア感覚が生じなければ、体に発生する物理事象は決して認知できません。
そして、人間や動物の気づくという動きは、物理的な検出――より正確には、物理的な自己変化――と、それの精神的な認知の、二種類の動きが一つに繋がったものらしいです。
(ただ、ここでは、思考によってだけ気づくというような高度で複合的なものは、除外されています)。
気づく = 物理的な検出(より正確には、物理的な自己変化) + それの精神的な認知
ここには、意識の二面性――意識が精神性だけではなくて、物質性も具えていること――が、端的に現われているように見えます。
ちなみに、気づくという動きは、能動的な動作ではなくて、受動的な物理現象であると考えられているようです。
なんらかの情報を、否応もなく、無理やり受け取らされてしまう、詰め込まれてしまう、というようなことですね。
生命体を構成する物質が、物理的に相互作用ができる機能をちゃんと帯びていて、この物理世界に存在できている限り、嫌でも受け取らざるを得ないようです。
物理的な相互作用ができる → 物理的に検出されて、無視されず、この宇宙に存在していることになる
物理的な相互作用ができない → 物理的に検出されず、無視されて、(少なくとも)この宇宙には存在しないことになる -
No.24
◆生物でのエントロピの減少の理…
2018/03/03 21:37
◆生物でのエントロピの減少の理由
宇宙のエントロピは増大すると言われるのに対して、生物ではエントロピの生成が減少すると言われているようです。
「意識のはじまり」では、次に3つのものがその理由なのではないかと考えられています。
1) 生命体の成長段階での生体組織の構築
これはまさに生命体という秩序の構築なのでエントロピの減少になるようです。
2) 定常的な呼吸とエネルギーの新陳代謝による生体組織の維持・修復・再構築
これも生命体の組織化の動作なのでエントロピの減少になるようです。
呼吸とエネルギーの新陳代謝が定常的に行なわれるのは、生命性(=意識)を維持させるためとのことです。
素粒子での物質レベルの創発――各種の分子も創発の産物――とは異なり、生命性とは、その創発を果てしなく繰りかえして繋いでいく必要のあるものなのだろうと推測されています。
3) 生命体での物理作用事象の発生にともなう観念の自然発生
生命体における物理作用事象の発生にともないその意識のなかに自然に発生するクオリア感覚を、その意識が知るということは、仮に言葉で表現するなら「なにかが生じている」というような観念が、その意識のなかで、精神的な物理現象として自然に発生するということらしいです。
ごく単純なものではあっても、「なにかが生じている」という思いは、物理作用に伴って自然に形成される精神的な構造であり、秩序と言えるようです。
このように、生命体では物理作用事象の発生にともない観念という秩序が自然に発生するので、この部分でもエントロピは減少するようです。
ほんとかどうかは分かりませが、生命体での物理作用事象の発生は、観念――例えば、チクチクとかビリビリとかのクオリア感覚の認知――の発生を伴うという見方は面白いですし、興味ぶかいと思います。
以上のような理由で、生物でのエントロピの生成速度はのべつ自然に減速しているのではないかと予想されているようです。 -
No.150
◆生物でのエントロピの減少の理…
2018/03/03 21:26
◆生物でのエントロピの減少の理由
宇宙のエントロピは増大すると言われるのに対して、生物ではエントロピの生成が減少すると言われているようです。
「意識のはじまり」では、次に3つのものがその理由なのではないかと考えられています。
1) 生命体の成長段階での生体組織の構築
これはまさに生命体という秩序の構築なのでエントロピの減少になるようです。
2) 定常的な呼吸とエネルギーの新陳代謝による生体組織の維持・修復・再構築
これも生命体の組織化の動作なのでエントロピの減少になるようです。
呼吸とエネルギーの新陳代謝が定常的に行なわれるのは、生命性(=意識)を維持させるためとのことです。
素粒子での物質レベルの創発――各種の分子も創発の産物――とは異なり、生命性とは、その創発を果てしなく繰りかえして繋いでいく必要のあるものなのだろうと推測されています。
3) 生命体での物理作用事象の発生にともなう観念の自然発生
生命体における物理作用事象の発生にともないその意識のなかに自然に発生するクオリア感覚を、その意識が知るということは、仮に言葉で表現するなら「なにかが生じている」というような観念が、その意識のなかで、精神的な物理現象として自然に発生するということらしいです。
ごく単純なものではあっても、「なにかが生じている」という思いは、物理作用に伴って自然に形成される精神的な構造であり、秩序と言えるようです。
このように、生命体では物理作用事象の発生にともない観念という秩序が自然に発生するので、この部分でもエントロピは減少するようです。
ほんとかどうかは分かりませが、生命体での物理作用事象の発生は、観念――例えば、チクチクとかビリビリとかのクオリア感覚の認知――の発生を伴うという見方は面白いですし、興味ぶかいと思います。
以上のような理由で、生物でのエントロピの生成速度はのべつ自然に減速しているのではないかと予想されているようです。 -
No.21
◆観念の始まり やっと観…
2018/02/17 12:09
◆観念の始まり
やっと観念に達しました。
自分の体に生じる物理作用の刺激をいわゆるクオリアを伴なう感覚として精神的に知ることが、観念が発生するということではないか、原初的な観念(観念の最小単位)になるのではないか、と想定されています。
その認知の内容は、仮に言葉で表現するとすれば、「なにかが生じている」というようなものらしいです。
だから、原初的な観念というのは、生物の体に物理作用が発生すれば、自然に必ず発生してしまうことになるようです。
生物体ではそういう原初の観念がのべつ自然発生しているのだろうと思われます。
大袈裟に言えば、「生命体での物理作用の発生=生命体の意識での観念の発生」「生命体での物理作用=観念」とも言えるのかもしれません。
但し、「生命体での」という制限が必ずつきます。
なぜなら、意識は、精神的な認知主体であって、体に生じる物理作用の刺激をクオリア感覚として必ず認知するからです。
目覚めていて、かつ、麻痺していない限り、必ず認知せざるを得ないようです。
なぜなら、この認知能力は、素粒子に具わっている、物理作用発生時の、自己変化検出機能が、生命性を得て昇格した結果のものだからです。
この、物質の自己変化検出機能は、必ず動作します。
こういう意味で、観念は、生命体の目覚めている意識に発生する(精神的な)物理現象らしいです。
紛らわしいので、これまでの「観念」とは別に、これを特に「動観念」と呼んだほうがいいらしいです。
意識が目覚めている限り、そして、クオリア感覚の強度が意識が認知できる強さのものである限り、そのクオリアがどんなものであるかは一切問わず、なんらかのクオリア感覚は必ず認知される他はないようです。
それが原初的な観念になるらしいです。
観念の最小単位ということですね。
クオリア感覚の異なる――それが体現している観念が異なる――複数のニューロンが同時に発火すると、そのことにより、主観のなかで複合的な観念が形成されることになるようです。
痛い・熱い・冷たいなどの体感的な観念や、点・直線・三角形などの基本図形の観念ならわかりやすいと思われますが、例えば「3」という数の観念がどのように形成されるかは、なかなか興味深いことと思います。 -
No.149
◆観念の始まり やっと観…
2018/02/17 10:12
◆観念の始まり
やっと観念に達しました。
自分の体に生じる物理作用の刺激をいわゆるクオリアを伴なう感覚として精神的に知ることが、観念が発生するということではないか、原初的な観念(観念の最小単位)になるのではないか、と想定されています。
その認知の内容は、仮に言葉で表現するとすれば、「なにかが生じている」というようなものらしいです。
だから、原初的な観念というのは、生物の体に物理作用が発生すれば、自然に必ず発生してしまうことになるようです。
生物体ではそういう原初の観念がのべつ自然発生しているのだろうと思われます。
大袈裟に言えば、「生命体での物理作用の発生=生命体の意識での観念の発生」「生命体での物理作用=観念」とも言えるのかもしれません。
但し、「生命体での」という制限が必ずつきます。
なぜなら、意識は、精神的な認知主体であって、体に生じる物理作用の刺激をクオリア感覚として必ず認知するからです。
目覚めていて、かつ、麻痺していない限り、必ず認知せざるを得ないようです。
なぜなら、この認知能力は、素粒子に具わっている、物理作用発生時の、自己変化検出機能が、生命性を得て昇格した結果のものだからです。
この、物質の自己変化検出機能は、必ず動作します。
こういう意味で、観念は、生命体の目覚めている意識に発生する(精神的な)物理現象らしいです。
紛らわしいので、これまでの「観念」とは別に、これを特に「動観念」と呼んだほうがいいらしいです。
意識が目覚めている限り、そして、クオリア感覚の強度が意識が認知できる強さのものである限り、そのクオリアがどんなものであるかは一切問わず、なんらかのクオリア感覚は必ず認知される他はないようです。
それが原初的な観念になるらしいです。
観念の最小単位ということですね。
クオリア感覚の異なる――それが体現している観念が異なる――複数のニューロンが同時に発火すると、そのことにより、主観のなかで複合的な観念が形成されることになるようです。
痛い・熱い・冷たいなどの体感的な観念や、点・直線・三角形などの基本図形の観念ならわかりやすいと思われますが、例えば「3」という数の観念がどのように形成されるかは、なかなか興味深いことと思います。 -
No.19
◆認知の始まり - 物質が世界…
2018/02/10 22:17
◆認知の始まり - 物質が世界に気づく瞬間
二つの素粒子のあいだに接触が発生し、力やエネルギーの着脱などが発生した時、各々の素粒子のなかでどういうことが起きているかは全くわかりませんが(詳しいことは物理学にお尋ねするしかありませんが)、「意識のはじまり」では、自己変化の検出から反応表出までの動きの全体は、なんらかの物理的(機械的)メカニズム、ないし、論理性にもとづく処理アルゴリズムによって、瞬時に完了してしまい、かつ、素粒子自身はそういうことを精神的に知ることは一切ないのだろうと推測されています。
他方、微生物や細胞などの1単位分の生命体になんらかの物理作用が発生すると、それによって、物質の体はあらたな物理状態に移行する筈ですが、同時に、そこに発生している統合的な意識は、一連の物理的な動きを、抽象的なフィーリング、いわゆるクオリアを伴なう感覚として精神的に認知するのに違いないと推測されています。
物理作用を物質的に検出するだけでなく、同時に、クオリアをとおして精神的にも認知できるという、この能力が、意識と外界を結びつけるものであり、外界からの一種のメールかメッセージか信号のような役割を果たすと想定されています。
そして、ここの部分が、物質が、物質性の五里霧中から抜けだして、世界に気づく第一歩とされています。
ここでの、物質と生命体の違いは、生命体には精神的な認知主体である意識が発生していて、物理作用の発生を精神的に知ることができる能力を獲得しているということです。
ちなみに、認知能力は、素粒子の自己変化検出機能が生命性を獲得して昇格した結果のものと考えられています。
また、意識の情報源は、物理作用に起因するクオリア感覚だけであると考えられています。
感覚が意識の本質というようなことですね。
脳の主観の意識においては、ニューロン発火が物理作用の発生に相当するようで、主観は、体のあらゆる感覚器と繋がっているニューロンの発火によるクオリア感覚によってだけ、自分の体と外界を認知しているらしいです。
この意味で、脳のニューロン網の重要な役割の一つは、体に分布するあらゆる感覚器により感知される物理作用の刺激を、主観上で再現することと考えられるようです。
ニューロンの発火は、主観にとっての信号弾のようなものらしいです。 -
No.17
◆生命体での、定常的な呼吸と、…
2018/02/10 22:11
◆生命体での、定常的な呼吸と、エネルギーの新陳代謝と、時間的な持続性
生物は呼吸とエネルギーの新陳代謝を定常的に行なっています。
意識することは普通はありませんが、これは決定的なことと思います。
なぜなら、呼吸ができなくなれば、エネルギーの新陳代謝も果たせなくなり、すぐに生命性が失われて、生物は息を引きとり、物質の集合体に還元されてしまうからです。
この劇的な変化をもたらすのは、呼吸とエネルギーの新陳代謝の停止だけです。
これくらい、呼吸とエネルギーの新陳代謝の継続は、生物にとっては不可欠の生存条件になっています。
エネルギーの定常的な新陳代謝は、生命性・組織化・秩序の、維持・修復・再構築が、常に微分的に継続していることと言えるらしいです。
エントロピの生成速度が常に微分的に減速しているとも、創発が微分的に発生しつづけているとも言えます。
意識のことだけを考えていると、意識の時間的な持続性の重要性には容易に気づけないが、意識と等価である精神に注目しはじめると、時間的持続性の重要さが見えてくると書いてありました。
理由は、精神的な動作には時間が必要だからという単純なものでした。
少なくとも短期的な記憶能力は必要です。
単純な理由ですが、これでいいように見えます。
例えば、生物の体に物理作用が発生した時、意識はそれを何らかのクオリアを伴なう感覚として認知するらしいのですが、この感覚が、(素粒子の相互作用の瞬間的でデジタルな発生と完了のように)発生と同時に即座に消滅してしまうなら、短期記憶にはならず、意識に何らかの精神動作を誘発しうる刺激には決してなりません。
精神動作には、物理作用によるクオリアの感覚が原初的な精神動作を引き起こせる程度には、そのクオリア感覚の時間的持続性が欠かせないようです。
意識そのものの持続性も欠かせません。
電流や電圧に立ちあがりや立ちさがりがあるように。
生命性や意識が発生したと言えるには、一回だけでは決定的に不足で、呼吸とエネルギーの新陳代謝によって常に微分的に発生しつづけ、みずから時間的に持続しつづける必要があるようです。
この伝では、受精卵は、単に細胞分裂と成長を果たすだけでなく、可能になりしだい速やかに呼吸と新陳代謝も開始するのだろうと思われます。

◆動物の動作には肉体的動作と精…
2018/04/27 00:03
◆動物の動作には肉体的動作と精神的動作の二種類のものがある
こういうことは、人は意外に認識していないのではないかと思います。
精神的動作には、気づく、知る、考える、見る、聞く、各種の感覚を感じる、各種の感情を感じる、欲求する、瞑想する、妄想するなど、いろいろなものがあります。
自分の体をふくめて外界からのクオリア感覚の受信――これは動作ではなくて精神的な物理現象らしいですが――が伴っていることはあるにしても、精神的動作そのものは完全に意識の内部だけで遂行されています。
他方、肉体的動作は、体でなされる動作です。
おおよそは脳(意識)からの指令によって遂行されています。
ただ、かなり自律的に動作していると思われる肝臓その他の臓器などについては保留です。
「意識のはじまり」では、肝臓などの器官には器官意識が創発していると考えられていますが。
この伝で、脳も器官意識に分類されています。
そして、脳の器官意識が主観であって、その機能は体全体を統御するための全体的観念処理という他には類をみない機能を果たすことのようです。
そして、純粋に精神的な動作があることを明確に認識することで、例えば「気づく」を次のように細かなアセンブリ言語レベルの動作に分解できるようです。
気づく = 物理的な変化が生じる + それをクオリアを通して精神的に知る
意識が発生している体で物理事象が発生しエネルギー状態が変化したとき、その変化が意識にはクオリア感覚として感知されるらしいです。
ここには、また、意識には物質性がそなわっていなければならないことも端的に現われています。
ちなにみ、「感」という漢字には、「動物の感覚的な心の動き」というような心的で精神的な意味が割り当てられてしまっているそうです。
それで、これまで、「感」は、「ほかの物質とのあいだの相互作用で生じる何らかの物理的な変化を純粋に物理的で物質的に感じる」という意味では使用されたことがない、ということになるそうです。
その代わり、物理的に感じるという意味では、「検出」という言葉が使われているらしいです。
ただ、「検出」は「検査して見つける」という意味らしいので、実際にはかなり意味が異なりますが、仕方がないですね。