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No.30104
尾張と吉備 ほら人面土器…
2018/02/23 15:49
尾張と吉備
ほら人面土器で共通している。
これは同族である。
鯨面戦士モノノフ(物部)である。
愛知県には今も鯨面戦士モノノフ(物部)の末裔が多い。
例えば鈴木イチローとか。
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No.30103
> > そうではなくて纏向にあ…
2018/02/23 15:42
>>No. 30102
> > そうではなくて纏向にある櫛山古墳という双方中円墳になっているだろと言ってるわけ。
>
> 櫛山古墳は4世紀に造られた。
> 3世紀前半の石塚古墳などにその影響はみられない。
> 4世紀代に吉備の双方中円墳を造る勢力がいたということであり、4世紀代の政権が吉備系の政権であったということにはならない。
双方中円という特殊な形には何かしらの意味があり、
時代を連なってその意味を継続してるという事は同系の集団だ。
そのルーツは東瀬戸内(播磨)にある。
>
> > ルーツが瀬戸内である墳形が纏向地域で最終形を迎えてるね?
> > つまり瀬戸内を無視はできないわけだ。
> > あと特殊器台、円筒埴輪、竪穴式石槨、土器の内面削りは吉備。
> > また箸墓の水平視線からの墳形も讃岐型。
>
> 吉備が前方後円型墳丘墓の成立に一役かったことは、まぎれもなく事実だと思う。
> ただ、それは尾張との共同作業の結果行き着いた墳丘の形だった。
> 吉備は双方中円墳を、尾張は前方後方墳を纏向の連合政権のシンボルにしようとし、その妥協の結果、円墳と前方後方墳を合体させて、前方後円墳の墳形が出現した。
> 尾張と吉備は纏向連合政権のセットだといえる。
尾張と吉備は纏向連合政権のセットというのはその通りであろうが、
前方後円型が吉備と尾張との共同作業の結果行き着いた墳丘の形だったなんて事はない。
前方後円型は最近見つかった瀬田遺跡以前に大阪和泉にも出ている。
墳丘の高さ云々は関係はない。 -
No.30101
>これらの東瀬戸圏の円形周溝墓…
2018/02/22 10:20
>>No. 30099
>これらの東瀬戸圏の円形周溝墓は、その後纏向に前方後円型の墳丘墓が出現した時期にもそのまま従来と同じ形が継続されていて、纏向型へ発展する兆しはない。
そうではなくて纏向にある櫛山古墳という双方中円墳になっているだろと言ってるわけ。
ルーツが瀬戸内である墳形が纏向地域で最終形を迎えてるね?
つまり瀬戸内を無視はできないわけだ。
あと特殊器台、円筒埴輪、竪穴式石槨、土器の内面削りは吉備。
また箸墓の水平視線からの墳形も讃岐型。
瀬戸内勢力の盈虚は無視できないというか瀬戸内そのものと言える。 -
No.97
だから柳田さんのその文章のどこ…
2017/01/14 18:37
>>No. 96
だから柳田さんのその文章のどこに、
三雲の庄内が最も古いと書いてるのか、
具体的にコピペして提示してくれ。
おまえはオウム返しが得意なのだからコピペはできるのだろ。
言ってもいないことを、さも言ってるようにネットで吹聴されたら迷惑にも程があるだろ。
おまえいい加減にしろよ。 -
No.71
日本人が小さいのは島嶼化(とう…
2016/06/14 23:09
>>No. 70
日本人が小さいのは島嶼化(とうしょか)かなとも思ったのですが、
ハワイの人は小錦や曙みたいに大きいですからね。
バヌアツもガリバー旅行記の巨人の国のモデルになったほどですからね。
これらは説明がつかないですからね。 -
No.69
今から10万年前、インドネシア…
2016/06/09 19:53
今から10万年前、インドネシアの離島に身長が1メートルほどしかない「フローレス原人」という人類の仲間が住んでいました。
「最小の人類」と呼ばれ、いつ、どのように小型化したかは謎とされていましたが、日本などの調査チームが発掘した化石の分析から、70万年前には出現していた可能性が高いことが分かり、島という特殊な環境での人類の進化をひもとく成果として注目されます。
「フローレス原人」は現在のインドネシアのフローレス島で、10年余り前に見つかった新種の原人で、身長は1メートルほどと人類の中で極端に小さく、いつ、どのように小型化したかは分かっていません。
これについて、日本の国立科学博物館はオーストラリアとインドネシアの研究機関と共同で、おととし発掘した下あごの骨と歯の化石の分析を続けてきました。
その結果、これまで見つかっているフローレス原人の骨は古くても10万年前のものだったのに対して、今回の化石は70万年前のものと判明し、これまで考えられていたより、はるかに前から小型化が進んでいたことが分かりました。
フローレス島の西にあるジャワ島では、およそ100万年前、今の人類と大きさがほぼ同じ「ジャワ原人」が住んでいましたが、今回の化石はジャワ原人にも似ていることから、研究チームはジャワ原人が島に移り住み、30万年の間に身長が3分の2に、脳はおよそ半分になった可能性があるとしています。
国立科学博物館の海部陽介人類史研究グループ長は「島という特殊な環境に適応し、脳も含めて小型化するという進化が予想よりもはるか昔から起きていたことは驚きだ」と話しています。
フローレス原人を巡る謎
「フローレス原人」は10年余り前に発見され、「人類の進化を研究するうえで最大級の発見」と言われました。
まず、研究者が驚いたのが、フローレス原人の頭が極端に小さいことです。現代の人類と比較すると、脳の大きさは3分の1程度で、フローレス原人よりも前に出現した「ジャワ原人」でも倍の大きさの脳を持っていて、時代を追って脳が大きくなると考えられてきた進化の逆をいっていたのです。
大陸から離れた島で見つかったことも驚きでした。それまで原人の化石は大陸か、過去に大陸と地続きだった場所で見つかっていて、古い人類は海を渡れなかったと考えられていました。しかし、フローレス島は、少なくとも100万年以上前から大陸とつながったことがなく、海を渡れなかったという通説を覆しました。
最大の謎は、フローレス原人は、なぜ小さくなったのかという点です。動物の進化を巡っては、孤立した島という特殊な環境では、ゾウなどの大型の動物は小型化し、ネズミのような小型の動物は逆に大型化することが知られています。これは「島嶼化(とうしょか)」と呼ばれています。
実際、フローレス島でも、現在のウシほどの小さなゾウの仲間が生息していた一方、全長75センチもあるネズミや、体長が2メートル近い肉食の鳥などもいました。フローレス原人も特殊な環境で、独自の進化をしたと考えられていますが、小さくなった脳で、どの程度の知的な能力があったのかなど詳しいことは分かっていません。
フローレス原人は発掘された骨の分析からおよそ1万8000年前と原人としては、最も新しい時代まで生き延びたとされていますが、その後、こつ然と姿を消してしまいます。「最小の人類」は、どのようにして現れ、どのようにして消えたのか、多くの謎が残されています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160609/k10010550441000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_004 -
No.25465
>歴史文書や現在の新聞に載って…
2016/05/31 14:30
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No.25330
>今では、創氏改名が嫌だったの…
2016/05/28 07:54
>>No. 25328
>今では、創氏改名が嫌だったので、古くからの固有の漢字苗字やハングル氏名を名乗っているようだ。
>古くからの固有の漢字苗字
例えば?金春秋なんて典型的中国名だよね。
>ハングル氏名
知らないなぁ、具体的に言ってみて。
朴セリのセリは漢字ではなくてハングル表記なんだろうけど。 -
No.1275
zarakokuさん、タブレッ…
2016/03/17 21:53
zarakokuさん、タブレット買って。
http://page6.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/f173823684 -
No.1267
おい、ジジイ。 米を買え! …
2016/03/15 21:27
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No.1265
zarakokuさん、米を買っ…
2016/03/15 12:35
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No.5685
しかし、こんなに朝から晩までア…
2016/03/12 18:46
しかし、こんなに朝から晩までアホ(=九州王朝説)に居座られたらtextream掲示板自体が面白くない。
少しは休んでくれないかね。 -
No.5673
>大和の前方後円墳も、更にそれ…
2016/03/04 18:53
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No.5670
>神武から数代にして日向の国は…
2016/03/03 18:11
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No.5665
>大和の中では、倭國の遠征に協…
2016/03/01 18:42
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No.5662
>大和王の崇神の名前など、伝承…
2016/02/29 14:14
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No.5657
>過去の天皇は、当然祀られる側…
2016/02/28 12:50

> 久米や安曇が目の縁に入墨し…
2018/02/23 18:44
> 久米や安曇が目の縁に入墨しており、この入墨は目を鋭く見せるためのものとされているけど、ワイはこの図にあるような目から出る複数の線の意匠がルーツではないかと思っている。
> そして、この図の目から出る複数の線のさらなるルーツは縄文の火炎土器にみられる穴から出る複数の線だと思っている。
そうかもね。
土偶にも、これと似たような鯨面があったはず。