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投稿コメント一覧 (231コメント)

  • >>No. 1634

    この処、話題が難し過ぎてさながらロム専なのでありました。パタさん、私向けの話題を振っていただきありがとうございます。

    この時期のグレン・フォードは、さして2枚目というわけではないのですが、いつも女難の相が現れておりますね(特に人妻からの)。「去り行く男」は人妻に惚れられるなんて非常に美味しい役ですが、相手がバレリー・フレンチなんてところだから、まだ大人しい。これがラングの「仕組まれた罠」になると、人妻がグロリア・グレアムなんて強烈な演技派だから、フォードさんさらにねちっこく虐められます。さらに少し状況が違いますが、「欲望の谷」では今度はバーバラ・スタンウィックの人妻が、旦那の弟と手を組みフォードさんを虐めに掛かるのだ。しかし、フォードさん本心は一寸スケベ心の持ち主でもありますので「決断の3時10分」では、部下を先に行かせて「去り行く男」にも出ていたフェリシア・ファーをゆっくり頂いたりしているので、捕まってしまうのでありました。

    ところがこれが2枚目の大スター、ゲイリー・クーパー氏になると、人妻から幾ら秋波を送られててもビクともしない。「吹き荒ぶ風」なんか、これもアンソニー・クインの粗野な旦那に飽き飽きしているバーバラ・スタンウィックさん、果敢にクーパー氏に立ち向かうが、大人クーパー氏、スタさんの執拗なキス攻撃にも得意の唇ぬぐいでこれを交わし、相手にしない。これは裏にはルス・ローマンという若い女の存在があるためなのだけどね。そういえば「悪の花園」でもクーパー氏、人妻のスーザン・ヘイワードなんか相手ににせず、これにまいったキャメロン・ミッチェル、リチャード・ウィドマークは次々と死んでいくが、クーパーは見事生き残る。これには最初見た若いリタ・モレノの面影が脳裏にあったのだろう。

    同じスターでも大がつくと大分貫禄がちがいますな。

  • >>No. 39262

    この映画は後半の挽歌がいいですね。紫禁城を去る溥儀、その凛々しい姿と、真っ黒なサングラスが非常に印象的でありました。

  • >>No. 1

    ジョン・フォード一家の重鎮であった、ドーブことハリー・ケリー・ジュニアが今月29日に亡くなりました。91歳でありました。いまでは本当にさみしくなった西部劇の世界に、この悲報なんとも悲しいですね。

    「三人の名付親」ではフォードにこっぴどく苛められたドーブ、その仕返しではないけど、著書「ジョン・フォードの旗の下に」でこの奇矯の巨匠の人となりを見事にすっぱ抜いてくれたドーブ、この得がたい映画の名著を今一たび紐解き、せめてドーブと彼が辿った古き良きクラシック洋画の時代を偲ぼうか。 合掌。

  • >>No. 39282

    本日、当地は雪、吹雪いております。だからこんな映画を思い出した。サウス・ダコタの平原を舞台に繰り広げられる野牛狩りの映画。やはり殺生は禁断、先住民が神と崇める白い野牛を撃ち殺してしまったチャーリー・ギルソン。これを期に人が変わっていきます。最期は矢張り祟りなのか、夜中猛吹雪の中で気が狂う。そして一夜が明けると、そこには・・・。ダコタの冬の酷寒が凄まじい、衝撃のラストでありました。

  • >>No. 1

    あとで見たらタイトルを間違えていた!

    ”最期”→「最後」の銃撃 が正解でした。

  • >>No. 1677

    パタさん 今晩は。
    その”テキストリーム”というやつは、何でありましょうや。説明読んでも、アナログ人間にはイマイチ理解し難いのでした。まあ、これも成り行きにまかせましょう。

    ドロンはたしか「黄色いロールスロイス」で主題歌の”レッツ・フォーゲット・ドマニ”なんてのも歌っていたのではないのでしょうか?これも結構遠い記憶になってしまいます。ドロンの汚れ役に「暗黒街のふたり」なんてのがあって、このラストは衝撃的でかなりキツイので良く憶えておるのでした。そして、そのセンのネタと私の記憶の話しになるのですが。この正月にトニー・カーティスの「絞殺魔」というのを見たのですが、私は永いこと、この映画のラストは”方法”さえ違えどトニ・カチの運命は、最後は「暗黒街のふたり」のドロンと同じ様になるのだとばかり、ずっと思い込んでおったのですが、DVDで再建したら何とさにあらず。全く拍子抜けするような終わり方でありました。

    何だこれはと憤慨して、ネットで調べてみたら、なんとそれはトニ・カチの別のギャングもののラストであったのであります。2本の映画を1本にして憶えておるなんぞ、やはり当方の頭は温い。しかもこれも昔の若い頃からだったのだ等という大変お粗末な話しの顛末でございます。

  • >>No. 39302

    先日、BSで放映しておりました。何となく見ていると、冒頭、浅草界隈でしょうか、レコード屋の店頭でミヤコ喋々と北林谷栄が並んでレコードを聴いておりました。曲は橋幸夫、レコードの盤面も針を落とす処も写るんだけど、何となく見ていただけに曲名は忘れてしまった。何とも残念!クリスティンさん、ご免!

  • >>No. 1

    をようやく見ることが出来ました。本作いまやカルトの域らしい。ハリーハウゼンのダイナメーションがサン・フランシスコを舞台に炸裂します。ここに現れる怪物は当然タイトルにある様に水爆の影響下にあるわけで、こんな設定はいかにも1950年代に於ける東西冷戦の所産でありますな。

    この映画、本邦の「ゴジラ」を剽窃しておるがラストはまさに楽天的な50年代のアメリカ映画。「ゴジラ」のような厳しさは微塵も感じられんな。主人公のマシューズ艦長も美貌のジョイス教授を一目みたら、怪物のことなどすっかり頭の中から飛んでしまう始末!。

    でも、この怪物を火炎放射器1本で撃退してしまうあたり、これはホント傑作でありましたよ。

  • 水爆実験で、北極に眠る太古の恐竜リドサウルスが蘇ります。原子怪獣となったリドサウルスはニューヨークに上陸、人類を大いなる危機に陥れます。

    日本のゴジラが模倣し、米版「ゴジラ」のモデルとなったハリーハウゼンの記念碑的作品であります。

  • そしたら、どこかで見たような顔が出ている。調べてみたら、矢張りマイロン・ヒーリー。西部劇の名脇役がこんなところで主演を張るとは!「バラン」に感謝。

  • この不朽の名作と云われる作品、あっしの頭ではイマイチ理解不能ですが。この映画のキーワード「薔薇の蕾」、後年他の映画で揶揄されるくらいで非常に意味深長な言葉でありましたョ。

  • >>No. 1849

    パタさん、皆さんおはようございます。

    お久しぶりでありますが、当方相変わらず元気で西部劇ばかり見ております。この処、皆さんの話題が邦画、文学と私のニガテとするところでありましたので、とても話題に付いて行けず宛らロム専を決め込む如かなかったのであります。とほほ・・。

    マスター、ついに「南方熊”楠”選集」を見つけ出したのですが、ところが何と!シロアリの巣と成り果てており、結局”カン○”がどこに出ておったのか見つけることが出来ませんでした。申し訳ございませぬ。

    パタさん、私のお粗末な知識でも話題に加われるところがありましたならば又現われますので、皆様もどうぞよろしくお願い申しあげます。

  • >>No. 39381

    私もtsubaki師同様、この映画のことは何度も書いているのですが、この荘厳なまでの映像美を劇場の大音響で楽しみながら死にたい。

    そしてその時、多分私は左の手で右腕を掴んで息絶えておることでしょう。

  • >>No. 1855

    初めましてルーベンです。以前は良く投稿していたのですが、最近は話題が私には難しくロム専門なのでした。
    私は映画館もレンタル店も無い田舎に住んで居るので、新作「ローン・レンジャー」にはトンと縁が無く、「ローン・レンジャー」と云えばクレイトン・ムーアのローン・レンジャーしか知らないのでありました。
    私のHN”ルーベン”は、ルーベン・マムーリアンの如く皆さんどこかヨーロッパの匂いをお感じになるようですが、そんな高尚なものでは無く。昔「勇気ある追跡」、今「トゥルー・グリット」、これに出てくる保安官ルーベン・J・”ルースター”・コグバーンから撮ったものです。ですから砂漠の砂ボコリと汗の匂いでありますね。これからも私がついていけそうな話題が出てくれば出てきますのでどうぞ宜しくお願いいたします。

    ついでに、人気のtsubaki師、山手線ゲームに”この映画を見ながら死にたい”などと物騒なお題を出しておられますので、そちらもどうぞ宜しく。

  • ズクさんはじめまして、どうぞよろしくお願いいたします。

    「シェーン」は良いですね。少年の目から見た一夏の物語。この映画が日本人に受けるのは、日本人の好きな”さすらい”の情感に溢れているからでしょうね。開拓というアメリカの歴史の一こまを美しく描いておりました。
    この映画には「シェーン死亡説」なる伝説があり、最後の決闘で手傷をおったシェーンは、少年の制止にも耳を貸さず山の稜線に消えていくのですが、馬上の彼は腕をたらしまるで瀕死の有様だからというのです。そして荒涼たる山道には墓石が見え、それがこの伝説を助長しておるらしい。まさに名画に付きまとう面白い話でありますね。
    ゲーリー・クーパー良いですね。永遠の2枚目、永遠のプレイボーイ。以前ここで「昼下りの情事」が話題になったとき、私はクーパー氏は大いなる犯罪を犯したとかいて、パタさんの顰蹙をかいました。

    ミチさん、「駅馬車」をご覧くださりありがとうございました。この映画の真の主役はダラスですから女性の映画といっても良いのですね。薄幸だが心ねは優しいダラス、それを知るドック・ブーンとカーリー保安官は彼女をリンゴと結び付けてやろうと尽力する。アメリカ映画特有の老人の若い人に対する無償の奉仕でありました。
    この映画でモニュメント・ヴァレーが大層有名になりましたが、劇中のドラマの大部分はカリフォルニアで撮られておるのです。これもまさに映画マジックに他なりませんね。

  • >>No. 1862

    どうも、このテキストリームになってから慣れないせいもあるんだろうけど、以前の掲示板の雰囲気が無くなったような感じです。そして投稿が以前のように上手くいかない。筆が躍るのも、投稿に3度も失敗し書き直しているので、こりゃ推敲しておるようなものだ。最初書いた返事はもっと長文だったのですが、消えてしまい私の脳みその中からも消えてしまい、ガックリ来てもう書けませんでしたね。

    パタさん。
    最近、ヤマ○電気という家電量販店が”シネマコレクターズ”なるDvDシリーズを出しており、これのラインナップが結構スグレ物です。永いこと見たかった「殺しの分け前/ポイント・ブランク」を遂にこのシリーズで出してくれました。うれしや!とすぐに買って見たのですが、現在の過剰なまでのアクションの連続と比べると1967年製作では矢張り大人しい。
    辺りを睥睨しスクリーンを闊歩するこの時期上げ潮のリー・マーヴィンは流石にスタイリッシュで、劇中挟み込まれるアクションの切れは、これも新進気鋭のブーアマンらしいのですが、このラストの唐突さはなにか吹っ切れませんでしたよ。

  • >>No. 1864

    パタさん おはようございます。
    この頃のブアマンは才気溢れる監督でしたね。「脱出」、突然襲われる恐怖と狂気、怖い映画でした。マービンと三船の二人しか出ない「太平洋の地獄」なんてのがあったな。ご両人、飢餓なんだな。浜で拾ったシャコ貝をめぐっての喧嘩が何故か印象に残っておりますね。ジョン・フォードはリー・マービンにどうもワード・ボンドの面影を見ていた様なのですが、キャラは少しちがいますね。「リバティ」の頃はまだ50年代の悪役時代を引き摺っている。

    「駅馬車」の元ネタは「脂肪の塊」であるというのは、ジョン・フォード自身もインタビューで語っており「駅馬車」の原作を書いたアーネスト・ヘイコックス自体がモーパッサンを剽窃したに違いないなんてことを言っていますね。フォードはこの頃、30年代初頭に知り合ったダドリー・ニコルズと気に入った素材を映画にしようと画策するのですが、プロデューサーは誰もが首を振りました。しかしザナックが女優が居らんと言い、ジョー・ケネディが「ジャックがやりたいなら、やらせてやれ」といった「男の敵」は名作となった。これもザナックが「西部劇なんか流行らん!」と言った「駅馬車」はウェンジャーがGOを出した。才気が在れば低予算でも良い作品が撮れる見本でありますな。
    この「駅馬車」、娼婦、牢破り、賭博師などの鼻つまみ者がホントは善人で、銀行家、将校夫人といった社会的地位のある人が実は犯罪人であり偏見を持つ人であるというシニカルな見方が面白いですね。

  • >>No. 1872

    ミチさん 皆さんおはようございます。
    この映画の原作は60年代、アメリカでベスト・セラーになりました。この当時アメリカはベトナムの泥沼にあえいでいたので、このコグバーンのような、”グリット”の持ち主を渇望していたのでしょう。

    物語はいまさら言うまでも無く、1880年代のアーカンソーが舞台で、雇い人に父親を殺された14歳の少女が晩秋の山深く親の仇を求めて分け入るというもの、少女に金で雇われる偉丈夫保安官、その仇の男はテキサスでも犯罪を犯しているのでそれを追うテキサス・レインジャーが絡み逮捕に向かうというもの。話はアーカンソーだけどロケはコロラドで行われているので、黄色く色着いたポプラの並木が印象的で山並みに映え美しいですね。ルシアン・バラードのカメラがこの美しい風景を余すところなく捉え、儚い少女の運命と共に見る者に更なる哀感を感じさせます。最愛の父親を殺された少女が、南北戦争を経て片目を失いさらに家族にも見捨てられた初老の男の孤独な身の上話を聴く時、その中に散りばめられる勇猛譚。普段は酒飲みの身勝手なこの男の話なぞ、はなっからヨタ話として聴いていて、到底信じない少女なのだが、これが事実と知るのはクライマックスで4人の悪党を相手に一人で敢然と立ち向かうルースターの馬上の雄姿を見たとき、彼の真実の勇気に少女は感銘をうけるのです。
    とまあ、こんな映画ですけど本作はアメリカのオーセンティックな西部劇です。それはリメイク作と比べると”衣装”によくあらわれており、現代の西部劇と呼ばれるものとは一線を隔しておるようにおもうのです。

  • >>No. 1874

    ミチさん こんにちは。
    映画を気に入っていただいてありがとうございます。小説ではこの事件のあとの後日譚があり、これがまた哀れを誘います。1903年、「ワイルド・ウェスト・ショー」に出ていたルースターが、隣町にやって来ると聞いてマティ・ロスは「心の恋人」ルースターに合いにいそいそと出掛けるのですが、その結末はほろ苦い。
    このくだりは「トゥルー・グリット」のほうには描かれておりますね。そこにはコール・ヤンガーとフランク・ジェームス(共に西部で名を馳せたアウトロー)が居て、態度の悪いフランクに対しマティは”トラッシュ!”と吐き捨てます。
    私は断然ウェインの旧作のほうが好きなのですが、このラストの場面は非常に良かったのです。

  • >>No. 1895

    パタさん おはようございます。

    この処、NHKが旭兄ィの「渡り鳥」シリーズなんてのを放映してくれているので、高い日本のDVDなんか買わなくても済むので大変ありがたいのです。
    その中の1本に「渡り鳥いつまた帰る」というのがあって、これに高品格が出ておりましたよ。いつもの敵方の悪だね。お定まりの酒場の乱闘では旭兄ィと殴り合いを繰り広げるのですが、高品先生、この人元々はボクサー志望だ。その腰の据わったパンチの出し方は流石で、コンなのに本気で殴られたら卒倒するなと思わせるくらいの力演でありましたよ。

    しかしこの「渡り鳥」シリーズ。開巻、ロングで雄大な景色が写し出されオーケストラがかぶると、私はたまらないノスタルジアを感じるのですが、やはりこれは、今や”失はれた昭和”などと云うものがそこにあるからなのでしょうか?

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