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No.23478
※さいでげすか じゃ、…
2015/04/03 23:33
>>No. 23475
※さいでげすか
じゃ、あくまで形式的に謝っておきます。へいへい、ごめんちゃい、と(態度悪いなあ)。確かにどうもねえ、ほかのやつらは歯牙にもかけないけど(代わりに毒牙にかけるが)エリさんだけには頭が上がんないんだよね。しかしねえ、月並みな言い方だけど、小説より奇なり…ということが、この世の中にはあるもんでして、あちきとて思い出したら頭抱えるような恥ずかしい過去があるのであります。ちくわさんのほどのお人の過去が清らかなわけはねえ、と思うのは、私が疑り深いからでしょうか。焼印はないかも知んないけど、般若の面か何かを背中に背負ってるかも知れない。ちくわさんの現物を見るには関門海峡越えるしかないし、そのためには某賞を勝ち取るしかないんだけど、今年も応募できっかどうかわかんないな。やる気になれば、あと三日もあれば書き上がるんだけど、そのやる気が出てこないんですねえ。ところで、某大学病院の件ですが、腹腔鏡手術で8人、開腹手術で10人、仏にしちまったと記憶していますが。いずれにしても、医者の技量ということを改めて考えましたね。いやしくも外科医なんだから、ある程度の水準の腕はあるんだろう、と患者の側は勝手に考えるけれど、盲信すると危ねえなあ、と再認識した次第であります。しかし、18人も仏にして心痛まないのかなあ。
ところで、ちくわさん、今日のニュースで見たんだけど、「知日」という雑誌が中国で売れているということですね。売れているということは、日本に興味を持っている中国人がたくさんいるということですね。まあ、共産党もわかっているんだよな。歴史認識がどうのこうのと角突き合わせても互いに利はない、ということを。が、人民は納得しないからね。そういう風に教育してきたのが当の共産党なんだから痛し痒しですよ。が、ある程度の教育を受けて、それなりの経済力を有している人間の考え方は異なるようですね。そうでなきゃ、春節にわざわざ我が国に出張ってきて、ばかすかものを買ってくれるわけがないですよ。しかし、中国人は金持ちだなあ。私も中国語をやっていれば、今頃おこぼれに預かっていたかも知れないな(ああ、自虐的)。この雑誌は日本じゃ買えないんでしょうね。仮に手に入っても中国語で書かれているんじゃ歯が立たない。でも、見てみたいですね。彼らにとって価値ある「日本的なもの」ってのは何でしょうね。 -
No.23480
※もちろん 私も一応、…
2015/04/05 21:29
>>No. 23479
※もちろん
私も一応、日本人だからね。チ×ン×ロの用意した船に乗るなんてとんでもないですよ。「バスに乗り遅れるな」とばかりうろたえるのは日本人の悪い癖だよな。実際、その何とか銀行も中共の政治的意図を経済で実現するための下部組織に過ぎないでしょう。金の力で友好国を増やそうという魂胆だろうな。だいたい、中共はどういう未来予測を持っているんでしょうね。どういう世界を希求しているのか。この数年「大国意識」が鼻につくようになったけど、まさか世界征服までやる気はないでしょう。敬意のまなざしで見られたいのですかね。さあて、ロケット飛ばしたり、空母を保有することでそれが実現するとも思えないが。ちくわさんが言われるように、戦後の日本は誠意をもって世界に相対していたと思います。どっかの国みたいに周辺国に戦さを吹っかけることもなかったし、銃剣でデモを鎮圧することもなかったし。国民性という点でも…まあ、某国よりは信頼されているでしょう。中共っつえば世界最大の政党だもんな。現に党員であるものが党を否定するわけはない。まあ、共産党の支配はそう簡単に崩れるとも思えないので、非党員も黙って従うしかないのだけど、どういう政治意識を持っているのか。またぞろ例に出すけれど、ジョージ・オーウェルの「1984年」では、プロレという末端階級があって、教育の機会がほとんど与えられていないがゆえに、無知蒙昧な状態に置かれている。外国くんだりまで出張っていって「爆買い」する金持ちもいれば、ほとんど食うことがやっとという農民もいるわけですね。後者はお上の言うことを鵜呑みにする以外にない。何となれば、ちくわさんの言うように、都合の悪い情報は隠蔽されるからですね。
でも、ワシらの国も人のことはあまり言えないですよ。金持ちがどうかはともかく、いわゆるジニ係数で言えば、貧困層が増えているそうではないですか。まあ、私も貧乏人の一人だけどね。これが才覚の問題なら仕方ないとあきらめるけど、機会の問題であったのなら、どうも納得がいかないよな。いけね、トマ・ピケティみたいなことを言っちまった。でもまあ、この国の全国民が幸福と思えるような財貨を提供することなどできんでしょう。この国にそれだけの富はないのよ。少数の幸福は多数の不幸によらねば成り立たないんだよな。しかし、こういう固いネタに応じてくれるのはちくわさんだけなんだよねえ。 -
No.52
【スメタナ 連作交響詩「我が祖…
2015/04/05 23:11
【スメタナ 連作交響詩「我が祖国」】
今から四半世紀前、1990年、一人の指揮者が再び祖国の地を踏みました。指揮者の名前はラファエル・クーベリック。祖国に共産主義政権が確立して以来、実に40有余年が過ぎ去っていました。故・岩城宏之のエッセイに記されているけれど、1968年、民主化を希求する例の「プラハの春」を、ソ連は赤軍を派遣して文字通り戦車によって蹂躙した。岩城氏が目にしたのは、その事件以来、初めてチェコスロバキア国歌が奏された瞬間でした。満場の拍手が上がったという。氏の言によれば、「祖国への拍手、また、その民衆に対する称揚」だったという。その後で、定石通りスメタナの「我が祖国」が奏されたのですが、現実の祖国の置かれた状況を思って涙する聴衆も多かったとか。それから、30有余年、ついに彼らは「祖国」を取り戻した。時の大統領、ヴァーツラフ・ハベルの招聘によって、ラファエル・クーベリックは歴史的帰還を果たしたのです。その時のまさに歴史的な演奏です。ユーチューブにあるとは思わなかったな。タイムスケールは以下の通りであります。
第一曲、ヴィシェフラート : 5.17
第二曲、ヴルタヴァ :21.02
第三曲、シャールカ :32.47
第四曲、ボヘミアの森と草原から:44.26
第五曲、ターボル :58:28
第六曲、ブラニーク :1.11.22
…以上であります。第二曲「ヴルタヴァ」というのは、この作品のうちでいわゆる有名な「モルダウ」のことであります。一般にドイツ語読みで通っていますが、チェコ語では「ヴルタヴァ」と表記するのですね。できれば、全部聴いていただきたいところですが、そういう時間のない方は、第一曲と終曲だけでも聴いていただければと。作曲者のスメタナは、いわば音楽を武器にして戦う革命家でありました。この曲は民族的な題材に拠ってつくられた傑作ではないかと。
https://www.youtube.com/watch?v=76R0N2GN6Jo -
No.2021
※さにあらず そこいら…
2015/04/08 23:21
>>No. 2019
※さにあらず
そこいらのガキが通うようなどこにでもある幼稚園ですよ。園長だか誰だか知らないけど、そういう言葉のルールを考えたやつがいるんでしょう。もちろん、その幼稚園だけのローカルルールで、小学校にまで持ち越されることはなかった。そう言えば、小学校も低学年だと担任は女の教師だという場合が多いですが、何でああ自分の流儀を押しつけるかなあ、と思いますよ。全部が全部じゃないけど、公平な感覚を持っていなかったり、感情的に怒ることも多いし。先にも言ったように、特に理由がないのに、私は目ぇつけられていたもんな。もちろん、小学生で粗相などしたわけじゃないですけどね(笑)。中学校になるとそういう独裁者気取りの教師は減ってくるけど、皆無ではないですからね。高校は男子高だったもんで、売店のおばちゃん以外は生徒も教師も全員男。当時は何とも思わなかったけど、つくづく異常な世界だよな。女子高もそうなんですかね。全員、女教師なんだろうか。しかし、体育教師ってのは小中高、果ては大に至るまで、野蛮なやつらばっかり。ともあれ、私に人生的影響を与えた「恩師」なんてものは一人もいなかったですね。
それにしても、私が時事問題をかますと、ちくわさんしか受けてくれない。どういうことだろう。ほかのデコどもは時事ネタには興味がないというのだろうか。そのちくわさんも音楽ネタだけはお手上げらしい。私と同程度の人間くらいすぐ出てきそうなもんだ、と軽く考えていたけど、存外に出てこないのは意外であった。ところで、NHK教育で「らららクラシック」という番組がありますな。今考えてみれば、別トピの件もこれを参考にしたところがないとは言えない。ところで、「スタートの時に聴きたい」とかいう触れ込みで曲を募集したんで、先月当たりに何の気なしにリクエストしたんだけど、前回の放送で番組に出ちまった。いや、曲そのものは反映されなかったけど、曲名が出た。シベリウスの「カレリア組曲」…あれをリクエストしたの私だ。まあ、もし時間があったら明日の再放送見てご覧なさい。さてと、まだ午前12時にはなってない。ついては、今日は何の日だったっけ(笑)。というわけで、また一つお姉さんになったんだな。こういう会話は小学生ならうれしいのかも知れないけど。この年になると、それは本人の主観によりますが、一応はめでてえな。後は兄ぃが祝儀でもつけてくれるだろう。 -
No.23503
※さいでげすな まった…
2015/04/10 00:07
>>No. 23493
※さいでげすな
まったくもって、「文を鬻ぐ」ってのは大変だねえ。まず本という形にならなければ、通常の経済における有価物にはならないわけだ。そこまでたどり着く道程を思えば、あんまり妙な妄想は抱かずに、地道に暮らして趣味的に書いて、「いつか何とかなればいいね」という慎ましい態度のほうが幸せかも知れないですね。正直言って、もの書きって職業じゃないですよね。その人間の本をある程度の人間が買う状況が出現したある時点で「職業化」するわけだ。つまり、版元から「書いて下さい」と頼まれる立場にならなければならない。まあ、気の遠くなるような話ですな。私なぞははなっからそんなことは期待してないから関係ないけどさ。しかし、方々がどっちを優先しているのかわからないのね。つまり、本が出ることで己の名前が世間に出る名誉欲なのか、それによってある程度のリターンが得られる金銭欲なのか、あるいはどっちもなのか。専業作家にとっては、何かものを書くことが創作行為なのか経済行為なのか、そんなこともうどうでもいいんだろうけど。つまり、書いたものは本となることが約束されているから、区別する必要などない。でも、経済活動だと考えるなら、ある程度売れないとこれくらい割に合わないことはないですね。確か、直木賞作家の高橋克彦が自著で言っていたけど、作家ってのは税法上では魚介類の養殖業者と位置づけは同じだということです。その心はというと、網を上げてみるまでどの程度の実入りになるかわからないということです。書籍だって実際にフィールドに出してみなけりゃわかりゃしない。しかし、この頃、本当に文芸誌ってものを見たことないな。あれって本当に本屋で売っているんですかね。
ところで、ちくわさん、ものすごく下らないことを訊きます。学生時分、第二外国語は何でしたか。私の高校時分の友だちは理系に進んだやつが多かったのでドイツ語が多かったんだよな。でも、何でドイツ語? ユンカース社に派遣されて全金属航空機のノウハウを学んでくるわけじゃあるまい。英語以外の言語を一外に選ぶやつは少数派です。フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語が選択範囲でした。英語履修者がそういう線を選ぶ例はあまりなかった。なぜなら太刀打ちできないからだな。ロシア語とか韓国語に逃げていたもんです。もっとも、二外なんて消極的に選択するものだから、どうだっていいんだけどね。 -
No.2012
※それにしても 改めて…
2015/04/10 23:22
※それにしても
改めて思うのだけど、何でこうテレビ界には「カマ」が多いのか。今日何の気なしにテレビ見ていたら、そのカマの一人が出できたのですな。一瞬目をそらすよ。男だか女だかわかんないといういうならともかく、明らかにカマとわかるような連中ばっかりだもん。で、そのカマが「女装家」と呼ばれていたのには驚いた。「ジョソーカって何だ、おい」と思いましたね。昨日ナホト姉さんとこに書いたけど、「××家」というのは本来は趣味的なものが職業に転化したものだと思うんですけどね。作家然り、書家然り…ただ、これは自称するものではないわな。それと同じ感覚で女装は職業足り得るのだろうか。いや、確かに己の醜状を世間をさらすことによって対価を得ているのは事実で、その意味では職業なのかも知れませんね。しかし、女装家の諸氏(だって、中身は男だもん)の心的態度はどうなのだろうか。自分を一種の芸人…はっきり言えば、道化だと思っているのか、それとも「女装道」を極める求道者だと思っているのか。実際、テレビを見る側からすれば、やつらはただの奇人変人(なつかしい言葉だなあ)としか思われていないのではないか。ともあれ、百歩譲っても、女装がばれない人間しか女装はしてはいけないと思う。現実にテレビに出てくるのは「私はいかれた倒錯者でござい」と言わんばかりの輩ばかりではないか。実際、彼らは精神的に女であるから女装しているのか? 違うだろう。もしそうなら、身体のほうを精神的性に合わせなければいけないはずでしょう。確かめたことはないけど(確かめたくもないけど)、やつらは依然として脚の間に釣鐘をぶら下げているのだと思う。「男装の麗人」ってのはいるかも知んないけど、女装者はやっぱり「怪人」しかいないな。
だいたいさ、女装ってのは自発的にやるもんじゃないのよ。女装家諸氏のあの態度はどうだろうか。世間は自分を受け入れて当たり前だ、と言わんばかりの傲慢さを感じるな。てめえらが何かの価値を体現しているとでも思っているのか。もちろん、美を代表しているとは思えない。まあ、女装ってのは所詮強いられて仕方なくやらされるものなんですよ。何のこと言っているかわかると思うけど、「ばれたら身の破滅」という緊張状態にあるもんなんですよ。カミングアウトしてふてぶてしく居直っている「女装家」諸氏に「醜」しか感じないのはその点もあるかも知れないねえ。 -
No.23522
※唐突な話題ですが さ…
2015/04/12 01:41
※唐突な話題ですが
さて、以前録画していた宮崎駿氏の「風立ちぬ」を見たのですが、例によって面白くも何ともない内容でしたけど(すいません、私は氏に批判的なもんで)、シベリアという菓子が出てきたことに着目した。カステラで羊羹をはさんだようなサイドイッチ様の菓子ですけどね。そういうものがあるということは知っていたけど、目にしたことも口にしたこともないですねえ。主人公(堀越二郎本人とは違うからね)は、いわゆる「名航」に送られて設計に従事することになるわけですが、すると名古屋だからああいう菓子が出てきたのであろうか。まあ、アンコの好きな土地柄だからね。ウィキペディアで見る限り、関東にもあったという話だけど、関東の諸衆、あの菓子を見たことがあるか? ある意味で、現在の名古屋名物、小倉サンドの元祖みたいなところがあるのだけど、同類と考えるのはちと乱暴であるし、必ずしも地域限定ではないというところが引っかかる。この件について、コメントする立場にある人は誰かさんしかいないわね。
そうか、三菱重工のかの部門は「名航」というのか。この略称なら私にも通じる。要するに、戦さの道具をこしらえる部門だ。小学生当時、私は遅れてきた軍国少年で、航空機技術者になるのが夢であった。三菱重工と言えば、ゼロ戦を世に出したあこがれの企業で、いつか我が手で現代のゼロ戦をつくってアメ公を叩きのめしてやるのだ、という壮大な夢を持っていた。残念ながら、私は数学ができなかったがゆえに、理系には進めなかったので、この壮大な夢は頓挫したのであった。私に感謝しろよ、合衆国大統領め。しかし、「名航」行きにあまり積極的な意味を見出せない…時には拒否する向きもあるという。私はナンセンスだと思う。殺しの道具は戦車や戦闘機という目に見えるものだけではない。例えば、高精度カメラ。これを例の無人機と組み合わせるとどうなるか。テクノロジーなるものは使うものによってどうとでも位置づけを変えるものです。しかし、私に理数系の才があれば、今頃、名古屋の人間だったのかも知れない。もちろん、堀越二郎のような天才技術者になぞらえるのは不敬の極みかも知れませんけどね。 -
No.2027
※さてと 現千葉県知事…
2015/04/14 00:11
>>No. 2024
※さてと
現千葉県知事がよく先生役をやっていた学園ドラマってあったでしょう。私はバカだから、高校生ってやっぱり大人なんだなあ、と素朴に感心していたことがある。当たり前だよ、大人の役者がやってるんだから。本物の高校生じゃないんだから。その意味では、本物の高校生ってガキっぽいよな。まあ、事実、未成年だからしょーがないけど。でも、あの手の番組って必ず共学高ですね。そうじゃないとドラマつくりにくいということもあるけど。男子高を舞台にしたドラマなんてのは世間が求めていないので問題外ですが、女子高ってのはあってもよさそうなもんだけど、ないですよね。少なくても、私は知らない。実は、拙作に女子高を舞台にしたのがあんのよ。もちろん、通ったことないから、全部想像ででっち上げているんだけど。しかし、地方ってのは別学が多いですよね。うちとこの県の文教関係者は男女ドレ合い(うわー、下品な言葉)にすると問題起すとでも思っているんですかねえ。しかし、女子高に男の教師っているんだな。うん、まあ、私の作でも出てくるけどね。逆の場合がないのは、男子生徒には身の危険を感じるからではないかなあ。あちきはおとなしい羊のような少年だったけど、ほかのやつらの人格はわからない。中には狼もいるかも知んないもんね。
因みに、当時の私の友だちにMというのがいて、そいつは宇都宮高校に進みました。通称「ウタカ」ね。一応ここが県下のトップ校ということになっています。私の学校はその一格下です(笑)。ともあれ、宇都宮高校と対になる形で宇都宮女子高というのがあるんですな。「ウジョコー」と通称されていますが。そのどっちが頭がいいのかというと、それはわからない。腕力ならともかく、頭脳の問題ですからね。ひょっとすると、「ウジョコー」のほうが頭いいんじゃねえの…というところが、拙作の発想だったんですね。県下ナンバーワンのトップ校が女子高だったら、という設定にしたのですね。ところで、制服というのはその人間がどこの高校に通っているか識別するよすがになりますよね。私んとこは普通の黒の詰襟なんだけど、紺色の詰襟という学校が市内にあった。野球の強い某高校とだけ言っておきます。はっきり言って、県立を落ちた人間の受け皿ですな。だから、微妙な差別感情があるのね。私にもあった。実に何ともいやらしい感情でして、私もよくないとは思っているんですけどね。 -
No.23538
※そうさね 私に理系の…
2015/04/14 22:40
>>No. 23525
※そうさね
私に理系の資質があったら、ドクターヘルと名のり、今頃世界征服に乗り出していたでありましょう。そうか、あれ、「プレデター」って言うんだ。名前を知らなかった。言うなれば、大規模なラジコンですわな。相手も対空兵器を持っている可能性があるから、撃ち落される可能性がある。普通の戦闘機では脱出して助かっても捕まったら、オレンジ色の服を着せられてユーチューブにご出演ってことになりかねない。ともあれ、アイディアだけなら新兵器の構想はないことはない。ちくわさん、アインシュタインの一般相対論の等価原理というものをご存知かと。すなわち、重力というものは加速度というものに置き換えることができると。下向きの方向に加速度を生み出す装置があれば、重量物を空中に浮かべることができる。これは推進力としても使えるということです。で、同時に高度のステルス性を備えているというのはどうです? ステルス技術というのは機体の形体やら塗料を工夫したりして、電波を跳ね返りにくくするような消極的なもんですね。私のはそういうのと違う。ある種のフィールドを張って、まったく電波が返ってこないような仕かけであります。これによって何が実現するかというと、音もなくレーダーにも映ることもない忍び寄る空中戦艦…いや、宇宙戦艦と言ってもいいものが出現するということです。目視で確認した時はもう遅いのよ。合衆国大統領を即座に抹殺できる手段となります。今までは核兵器に訴えるしかなかったけど、通常兵器でそれが可能になる。もっとも、理系的基盤がないから、こういう荒唐無稽なことを言い出すんだけどさ(笑)。
まっこと、ちくわさんの言う通りで、一義的には大日本帝国を屈服させるために核兵器は生み出されたんでしょうけど、今までは理論でしかなかったものが、現実的実体として出現した後、世界がどう変わるかまで見通しがあったのかどうかですね。その時点でもはや工学上の問題でしかなくなったわけで、それを克服できる国が核保有国となったわけですな。それを持つか持たないかは倫理の問題でしかなくなってきた。本邦だってやりゃできるでしょう。それを実行する政治的状況にないだけです。でも、あと二十年後どうなるかなんて沙汰の限りじゃない。チ×ン×ロ相手に通常兵器だけで充分かどうか後の世代はどう考えるでしょうね。その頃になれば、戦争体験者は全員死に絶えているしさ。 -
No.53
【ロッシーニ 歌劇「どろぼうか…
2015/04/15 00:26
【ロッシーニ 歌劇「どろぼうかささぎ」序曲】
さて、これについてはちょっと趣向が異なる。いわゆる一般的コンサートとは違うからですね。一応、状況を説明しておきますが、演奏しているのはニューヨークフィルハーモニック。で、当時の常任指揮者はズービン・メータですが、冒頭にしか出でこない。ともあれ、喜劇役者のダニー・ケイがかました、一種のコミックコンサートでありますな。私は四半世紀前、NHKで放映されたものを見ています。それがユーチューブに上げられていたとは思わなかったねえ。ご興味の向きはこの先の動画もご覧いただきたく。実際、面白いぞ。さてと、基本的に私はオペラは扱わないことにしています。なぜなら、言葉がわかんないからだな。イタリア語かドイツ語か、どっちかだからねえ。それに、オペラの筋書きというものが絶望的につまんないからですね。私もかりそめにも創作に手を染めている身ゆえ、あのような粗雑で牽強付会名なストーリーは許せないわけだ。マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲と言えば、人口に膾炙している名曲ですけどね、オペラそのものを知っている人は少ないんじゃないか。私もヴェルガの原作を読んでがっかりした記憶がある。どうでもいい復讐譚。何とならば、その原題の意味は「田舎騎士」ですぜ。まあ、そんな講釈はどうでもいいや。このコンサート自体は実に面白い。続きもアップされているようなので、ご興味のある向きはご覧になられたい。初めから見ても面白いけど、タイムスケールは3:55です。
https://www.youtube.com/watch?v=XBg1w2KX4KE -
No.23554
※同感です ちくわさん…
2015/04/15 23:15
>>No. 23551
※同感です
ちくわさんに同意するのは不本意だけど(笑)。存在しなかった過去の自分を想像して、その延長においてあり得なかった自分の現在を夢想するというのは理系脳というよりSF的発想じゃないかな。あの当時、私が数学の授業にどう臨んでいたかというと、もちろん教科書ガイドは必須だった。といっても、解答をそのまま写すとばれかねないので、わざと稚拙に直すんだよね。要するに、その場を何とかしのぐことしか考えてなかった。だから、何にも身につかない。したがって、テストになるともうめろめろよ。それゆえ、現在も世界は安泰なのであります(笑)。また、数学の教師ってのは生徒に理解させる気がないように思われる。語学もそうだけど、数学だってセンスのない者がいくら頑張ってもだめよ。しかし、二外でフランス語取るやつって酔狂なの? たみぃさんに至っては軟派だと酷評している。確かに、旧制高校の寮歌ってのは、初めのかけ声は必ず「アインス、ツヴァイ、ドライ」だった。「アン、ドゥ、トロワ」じゃまじいよね。キャンディーズじゃないんだから。ともあれ、フランス語の教科書やら辞書の巻頭に載っている活用表を見たら、全然心得のない人間は怖気ずくかも知んないけどね。やっているうちに規則性があるとわかってくるんですよ。まあ、二外程度じゃ何やっても同じだから、与しやすいと感じたもので構わないんだろうけどさ。しかし、ナホト姉さんがいわゆる「リケジョ」だったら、何がいいですかね。やっぱりバイオ関係が一番似合うんじゃないか。妄想を現実と思い込んで物議をかもすかも知れないけど。
しかし、ちょっときびしいことを言うけど、現地で言葉に困らない人と会話ができるようになるには時間かかると思いますよ。ナホト姉さんにフランス語のセンスがあると仮定しても。まあ、挫折したというのはそれほどやる気がなかったんでしょうけどね(笑)。私も授業でフランス人の先生に相対したことがあったけど、ほとんどサルが釈迦の説法を聞いているようなもんですよ。もちろん、私とてせいぜい初等文法について一席ぶてる程度だけどね。英語ならともかく、フランス語では学校の先生になるという手もないですからね。英語が一外の諸君は卒業すれば英語の教師の資格が得られる。採用試験に受かるかどうかはともかくとして。しかし、ナホト姉さんはどっちかっつーと、英語の教師のイメージだと思いますがね。 -
No.23563
※なるほど おっしゃり…
2015/04/17 00:00
>>No. 23558
※なるほど
おっしゃりたいことは、ほぼわかりました。数学教師になれる機会はあったけど、その道は選択しなかった、と。何も自らの半生を全部書かなくてもよさそうなもんだが(笑)。中学生のことから語り出すんだから、この話はいったいどこへ向かっているのか…行き先不明の列車に乗っているような不安感を感じるな。なるほど、あの短い記述の中にこれだけの逸話が封じ込まれていたのか…って、わかるわけないって(笑)。私の運ってのは中学生までだった。先も言ったように、高校に進んだらもうぐたぐただったもんね。そりゃそうだよな、入試という形で同レベルの人間を選別したんだから。そう言えば、中学生時分に私が所属していた部活動が傑作でね。「科学部」ですよ。私が加わっていたとなると、核兵器の起爆装置でもつくっていたようだけど、現実には放課後に理科室でとぐろを巻いてバカ話しているだけ。ガスバーナーで湯わかしてカップラーメン食ったり…ろくなことしてなかった。文化祭の時に「科学部発表」なんてものがあるんで、間際になってテーマを出して研究成果をでっち上げた記憶がある。しかし、お江戸は選択肢がたくさんあっていいなあ。地方はあるもので辛抱するしかないのですね。
へえ、ちくわさん、こういうのってリズムのいい文章なんですか。私はそんなことは考えたことないねえ。何を言わんとしているのかわかりゃいい。あとは言葉の選択ですな。よりインパクトのある表現を選ぶ…その程度ですわ。それで思い出したけど、この前ヒロさんとこで「粗相をした」という私らしからぬ表現をしましたが、それには理由がある。「お×らし」という言葉がNGワードだからです。こんな言葉、普通に使うべ、と思ったけど、だめなものはだめなんだな。この言葉から恥辱プレイなんぞ連想するやつがいますかね。しかし、数の数え方も言語によってイメージが違うような気がする。「アン、ドゥ、トロワ」では「くるみ割り人形」でも踊らなきゃいけないし、ロシア語の「アジン、ドヴァ、トゥリー」だと核ミサイルの発射のカウントダウンみたいだし、中国語の「イー、アル、サン」だと労働改造所の点呼みたいだし。ところで、ちくわさん、私の出た高校だけど、ついに共学校になっちゃったようです。それも中高一貫の。ちくわさん、高校の同窓会って行ったことある? 私はないですね。いい年のおっさんが集まって何が楽しいんだか。 -
No.55
※さいでげすな かささ…
2015/04/18 23:00
>>No. 54
※さいでげすな
かささぎっつーからサギの仲間かと思えば、カラスの仲間ですからね。早い話が、悪賢い。東日本にはどうやらいないらしい。本来の地元勢力のカラスに邪魔されて入ってこれないのか。しかし、カラスとハトだけは鳥獣保護法に守られていると知ってか知らずか、態度がでかいですねえ。オペラのタイトルになるくらいだから、ヨーロッパではどうやらポピュラーな鳥のようですが、位置づけは益鳥なのか害鳥なのか。…って、ちくわさん、ここは鳥の生態について話をするトピックではありません(笑)。私もさっきウィキペディアで確認したくらいで、オペラの本編のストーリーってのは全然知らなかった。以前ネタにしたリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」だってどういうストーリーだか知らない。まさかバラの柄のパンツを履いた男が出てくるとは思わないけど(笑)。しかし、昨日のNHKの某番組で出演者が「パンツ」「パンツ」と連呼していたけど、「ズボン」のことを言っているのだと頭の中で切り替えが効かないんですよね。したがって、男の下着の話をしているとついつい誤認してしまうんだよな。
ところで、「鵺の鳴く夜は怖ろしい」なんてキャッチコピーをかましていたのは何の映画でしたっけね。「鵺」というと現実の動物の部位を組み合わせた想像上の怪鳥ですが、業態としてよくわからない店のことを私は「鵺屋」と呼んでいます。例えば、ト×イアルとかドン×ホーテとか。食料品もスーパー並に扱っているけど、日用品やら家電なんかも扱っている。百貨店と言えばそうかも知れないけど、価格的にデパートよりも格は落ちる。全体を統合するコンセプトらしきものがない、という意味で、「鵺屋」と呼んでいるんですが、この言葉あんまりはやんなかったなあ。若干説明が必要だしね。 -
No.23571
※いわゆる戦隊もの 世…
2015/04/20 03:59
※いわゆる戦隊もの
世に「戦隊もの」という特撮番組がありましたな。要するに、「秘密戦隊ゴレンジャー」を祖として営々と続いている番組ですが。うーん、記憶をたどったのだけど、「太陽戦隊サンバルカン」を最期にその後はまったく知らない。なぜおぼえているかと言うと、主題歌がパロディ映画「愛国戦隊大日本」に流用されたからですな。で、最近テレビガイドを見たところ、恐ろしいことにまだ続いていた。しかし、「手裏剣戦隊ニンニンジャー」って、何だそれは? ほとんど酒飲んだ勢いで発作的にひねり出したとしか思えない。山田風太郎の忍法帖シリーズかと思った。でも、それは過去、四半世紀の企画も似たり寄ったりなんですな。これじゃ、「練りもの戦隊オデンジャー」なんてふざけた企画も冗談にならないではないか。ねえ、ちくわさん。要するに、フォーマットはあっても、煮詰まっちゃって新規の企画は打ち出しづらいんだよね。「好色戦隊エロレンジャー」なんてものは出せないしね。しかし、なぜこの手の番組の出演者は五人なのか。どうも、歌舞伎の「白波五人男」の影響があるという説がありますね。しかし、やつらも現役の泥棒とは思えないような出で立ちですね。第一、「白波」と大書きした傘をさしているのが理解できない。「ぼくらはとぼけた泥棒だよ~ん」と宣伝しているも同じではないか。いかにも、その世界を踏襲しているような気がするな。「何とかレッド」とか「何とかブルー」とか「何とかブラウン」とか(さすがにブラウンはないか)。んで、おふざけのつもりで「練りもの戦隊オデンジャー」の主題歌をつくってみました。「サンバルカン」の曲想で作詞した次第です。
おでんがこの世になかったら 冬場は何を食えばいい
身体は凍て心は凍り 絶望で人は望みをなくすだろう
おでんは オオ 魂の食だ
人の心に燃える炎だ
チクワブ コンニャク アツアゲ
平天 たこ足 牛すじ(関西バージョンですが)
俺たちの卓上コンロが燃えている
Glow the flame Rising flame
練りもの戦隊 オデンジャー
…ジャーン、チャッチャラッチャ ジャーンチャランチャラン、という後奏が続くんだけど、それはユーチューブで確かめて下さい。夜中に下らないことを申しました。お許しあれ。 -
No.57
※右に同じ 私もかなり…
2015/04/21 23:36
>>No. 56
※右に同じ
私もかなり有名どころでもストーリー知らないですね。プッチーニの「蝶々夫人」というと、アリアの「ある晴れた日に」くらいしか知らない。どういう状況で歌われるかも知らない。いや、歌舞伎を引き合いに出したのはいい得て妙で、まさに彼らにとっては歌舞伎と同じなのかも知れないな。ただ、外国語で歌われているから取っつきにくいのは間違いない。テレビの中継ならともかく、舞台では字幕スーパーは出ないしね。最後まで見通したことがあるのは、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が唯一かな。四半世紀前だけど。しかし、フィナーレで「神聖ローマ帝国は滅びても、ドイツの文化は滅びはせぬ」なんてせりふがあったのはおぼえてます。ちょっと、これ、恐ろしいせりふじゃありません? ナチス・ドイツが神聖ローマ帝国、ドイツ帝国を継ぐ「第三帝国」を名のったのは周知の通りで、後に第三帝国のテーマ曲みたいになっちまったからね。毎年バイロイト詣でをする結構人がいるけど、ワーグナーの楽劇ってのはとにかく長いからね。さぞやケツが痛いだろうと思う(笑)。いや、私も知らなかったんだけど、バイロイト祝祭劇場のシートって木製らしいのね。観客が寝ないように、あえてそうしたそうです。どうもね、ワーグナーってのは性格のよくない男だったらしい。俗にワグネリアンと言われる熱狂的愛好者のことですが、ほとんど新興宗教に近いな。自分だけ悦に入ってればいいのに、ややもすると、人に勧めるから始末が悪い。ここら辺も新興宗教みたい。 -
No.58
【プロコフィエフ 映画音楽「ア…
2015/04/21 23:37
【プロコフィエフ 映画音楽「アレクサンドル・ネフスキー」】
どうもコンサート形式の動画にあんまりいいものが見つからなかったもんで、エイゼンシュタインの映画から引っ張ってきました。しかし、ロシアの友(?)が全編をアップしてくれていたのはありがたい。当時のロシアはまだモンゴル帝国の影響下にありました。我々が歴史で習ったところの「キプチャク汗国」…今流に言うと、「ジョチ・ウルス」です。もっとも、まだロシアという国体は存在しなかった。「ルーシ」という漠然とした概念があっただけです。「全ルーシのため」と言われても、どうも実感がない。したがって、よその都市がドイツ人に攻められようと、うちが安泰ならどうでもいいよ、みたいな日和見的な雰囲気があったんだな。で、ネフスキー公、アレクサンドルがノヴゴロドの民によって推戴され、さらに民衆の心を掌握して全軍の指揮を執り、西方から迫るドイツ騎士団と戦うことになった。これが「チュード湖上の戦い」です。しかも、凍結した湖の上で行なわれた稀有な戦いです。主力でもって敵の攻撃を受け止め、頃合をもって側面から攻撃を仕かけて包囲戦に持ち込むという作戦でした。史実としてあったかどうかはわからないけど、映画では互いの大将同士の一騎打ちのシーンもあり、白黒映画ながら楽しめる内容です。まあ、私はレーザーディスクで持っています。さて、この映画がつくられた当時なんですが、例の独ソ不可侵条約の締結間際だったんですね。ドイツに対する敵愾心が反映されていないとは言えないでしょう。で、この映画に音楽をつけたのがプロコフィエフだったんですね。私は「二人のセルゲイ」というキャッチフレーズを考えたことがありまして。一人はプロコフィエフで、もう一人はラフマニノフ。確か、ラフマニノフも「国に帰ってこいよ」という誘いを受けていたという話ですが。しかし、不思議なこともあるもので、プロコフィエフは創作上の最大の敵だったスターリンとまったく同じ日に死んでいるんですね。何かの寓意かただの偶然か、そんなことはわからない。タイムスケールは53:25。これから戦端が開かれるタイミングです。
https://www.youtube.com/watch?v=mr3S6ItLMTo -
No.23595
※まあね 天下が引っく…
2015/04/23 23:53
>>No. 23593
※まあね
天下が引っくり返るってのはそういうことでしょう。前政権で重きを成していた者ほど苛烈に裁かれるのが世の常であります。命あっただけで儲けものってもんよ。そう言えば、松平春獄も安政の大獄に連座したようで、その手下として動いていた橋本左内の死に様は悲惨だったよねえ。福井市の市内に左内町という地名が健在だけど、明治の御世に名誉回復されたんでしょうかね。しかし、女の取り合いとはいかにも伊藤博文のやりそうなこった。ちくわさんも伊藤が手のつけられないドスケベ野郎だったことは否定しないでしょう。確か「女体盛り」ってのはやつが始めたんじゃなかったっけ? 「わかめ酒」っつーのも好きだったみたいだしねえ。ナホト姉さんなんか「お酒にわかめ入れるんですかあ?」なんて訊くかも知れないけど、そういう健全なものではありません。しかし、木戸孝允が早死にし、西郷隆盛が下野して西南戦争で敗死し、大久保利通が暗殺され、明治の英傑が残らず消え去ったという状況でなければ、やつの出番なんかなかったんじゃないのかねえ。ともあれ、ちくわさんは女の取り合いには縁がないらしい。食うとやばい女には近づかないそうですから。となると、ご内儀は魚に例えると何ですかねえ。あるいは、サヨリですかね。その心はというと腹黒いということですな(はなはだ失礼)。それともハモかな。その心はいやに骨っぽい(再び失礼)。取り合えずフグではないようで…一つギョギョッと驚く回答を期待します。数年ごとに里帰りするのでサケというのはどうか(笑)。
で、前もちょこっと触れたけど、私の卒業した高校は男子高ではなくなった。ウィキペディアで確かめてみると(うちの学校も載っているんだよね)、まず共学の中等部を設けて、頃合を見て女子生徒も上(高等部)に上がれるようになって、名実ともに共学校に変貌したわけですね。まあ、先にちくわさんが言われたように、就学人口が少なくなっているからね、男子だけを相手にしていたら存亡の危機に陥る。まあ、私としては滅びてなくなってもどうってことないけどさ。教師どもにとっては存亡の危機だよね。これで市内に男子高は宇都宮高校だけになりました。うちの学校はそれより格下なんで、そういう生き残り策を弄さなければならなかったのかも知れない。しかし、一応、義務教育じゃないんで、授業料ってものを月々取られましたよね。私立は高えんだろうね。 -
No.23603
※考えてみれば 災害が…
2015/04/26 00:51
>>No. 23600
※考えてみれば
災害が何かで炊き出しをやると必ず握り飯ですわな。何か意味でもあんですかね。全員に平等に行き渡らせるためには握り飯という形体が向いているということかな。食器がいらないということもあるだろうけど。でも、まだ冷めていない飯で握り飯つくるなんてやだよ。それに、やっぱりいちいち握るのって手間じゃないですか。何かそういう非常時には握り飯でなくてはならない、という強迫観念があるような。飯を炊いておかずをつくって、バイキング形式で「てめえで勝手に食いな」ということにすると、大量に分捕っちゃうやつがいそうだからね。その意味では、握り飯というのは人間不信の所産と言えなくもない(そうかなあ)。うろおぼえですが、例の「あさま山荘事件」の時、支給された弁当の飯が凍ってしまう、というトラブルがあったそうで、そこで登場したのが当時世に出たばかりのカップヌードルだったという話を聞いたことがあるけど、本当ですかね。しかし、確かに四年前の震災の時も、スーパーやコンビニエンスストアからは、握り飯とかパンとか調理しないで食えるものが消え失せましたね。被災地じゃないので、流通が途絶えているとは考えにくかったけど、何となく自衛感覚が働いたのではないかなあ。福島原発はどかんといっちゃったし、余震は続いているし、計画停電はあるし…いかにも先のことが予想できない状態でしたから。夜になると戒厳令でも発布されているかのように異様に静かでしたよ。私でさえ掲示板でうかつに軽口叩かないように注意してたもんね(笑)。
ところで、回転寿司って人間が握っているんですか、それとも機械が握ってるんですか。人間が握っているのなら、最近のガキが「人の握った握り飯は食いたくない」という主張には大いに矛盾がありますわね。職務として握っている分には信用できて、素人の握ったものは信用できない…その論拠は何だ? と思うな。すなわち、清潔感覚とは何の関係もなくて、単に当節のガキの精神がひ弱だというだけですね。他人に対する不信は身内への過度な依存の裏返しだからね。すなわち、「ママの握ったおにぎりでなきゃやだ!」ということであります。実際、ビニールの手袋をはめて握り飯をつくる向きがあるけど、何やら危険物を扱うようで、そのほうが返って汚らしく見える(そのほうが清潔だろうけど)んだな。どうやら、ちくわさんの感覚は私のそれに近いようで。 -
No.23608
※恐れ入りました いや…
2015/04/27 00:00
>>No. 23607
※恐れ入りました
いや、何も数理的な証明なんかしなくてもいいんだけど(笑)。ああ、藤田先生ね、寄生虫の研究者。確かサナダムシを一匹体内に飼っているそうで。まあ、先生が言われる意義はわかるんですけどね。ところで、中国辺りで雷魚を刺身で食ったり、ドジョウを丸呑みにすると、時に有棘顎口虫というものに取りつかれるそうで。身体の中をマグマライザー(古いよ)が移動しているようなもんで。あれ、確か治療法はないんじゃないかな。しかし、プロの寿司職人は握る個数が多いので、結果的に細菌の数は希釈されるとはたまげた論理だ(笑)。が、寿司と握り飯では握っている時間に大いに差があるので、握り飯のほうがより多くの細菌が付着するというのは事実でしょうな。で、私はここで話をややこしくしてしまうのだけど、これを焼きむすびにすれば、表面についた細菌を殺す効果があるんではないかと。考えてみれば、細菌というのは食物についたその時から増殖を始めるので、その意味では握ってから食われるまでの時間が長い回転寿司よりも、握ってから食うまでの時間が短い普通の寿司屋のほうが安全という理屈になりますね。そうか、そういうリスクがあるから安いのかな。いずれにしても、数理的にものを考えるってのはいいねえ。昔は理数系だったとのたまわれるナホト姉さんには、どうもあまりそういう発想がなさそうなのは不思議だけど(笑)。ところで、技量がほぼ同じ書き手が二人いると仮定します。多作主義であっちゃこっちゃに応募している人と、一球入魂で同じ時間と労力を一作に注いでいるとしたら、どっちに分があるでしょう。いや、別にちくわさんに嫌味を言っているわけではありません(笑)。
で、ちくわさん、私も飯を炊くひまがない時はスーパーの弁当を利用するのですが、確かに飯の量が控えめですわね。まあ、私は昨日の残り飯を足してしのいでいるけど。考えてみれば、飯とおかずのバランスなんてことを考えるのは日本人くらいのもんじゃないですかね。ともあれ、私の場合、一回に一合半炊くんだけど、一合弱しか食わないもんで、段々と残り飯がたまっちゃう。三日にいっぺんくらい残り飯の処理をしなければならない。電子レンジで温めればいいんですが、やはり残り飯は風味が落ちるのね。あとはチャーハンにするくらいしかないけど、私は最近、粥にするという策を編み出しました。たまに食うと悪くないですよ。

※確かにねえ そりゃ、…
2015/04/03 01:42
※確かにねえ
そりゃ、ちくわさん、畢竟やっつけ仕事をしちまったからじゃないの。まあ、いつもそうじゃないだろうけどね。ともかくも一月あいたんなら、腰を据えて新境地に臨んだらどうですか。団鬼六賞とか(笑)。あれって傾向はどうなんですか。ただのスケベ小説じゃだめなんでしょう。ともあれ、やってみたらどうですか。ちくわさんの場合、実話を書けばいいんだよ、実話。タイトルは「女王さまと私」でいいよね。その身を買われ男奴隷として生きた屈従と隷属の日々…うーん、団鬼六風になってきたじゃないの(笑)。みんな知らないだろうけど、ちくわさんの背中には当時押された焼印がまだ残ってんだな。「奴隷31号」って。要するに、ちくわさんの前に30人も前任者がいたんですな。ちくわさんは運よく逃亡に成功したけど、失敗したらちくわさんは再び日の目を見ることはなかった。文字通り、虎口を脱したということです。というわけで、ちくわさん、団鬼六賞、どうです。何なら開高健賞でもいい。あれはノンフィクションが対象ですからね。壮絶な体験を明らかにされんことを。世間が求める驚愕の作を今こそ呈示すべきであります。
しかし、ちょっとした思いつきを先ほどエリさんにメールで送ったところなんですが、落語に登場する医者って何か藪医者ばっかだよな。上方落語の「夏の医者」ってのが思い出されるが、「死神」に出てきたにわか医者はその最たるもんですよねえ。まあ、名医なんてものが出てきた日にはお笑いにはならないのは確かだけど。某大学病院の事例はすごいですよねえ。腹鏡、開腹手術を含めて、18人殺しまくりました…って、すげえじゃないですか。それでも「自分に非はない」と言うんだから、ずいぶん肝の太いこった…もっとも、他人の肝の扱いはかなり粗雑だったようですが。「白い巨塔」の財前教授の場合、胃癌の肺転移を見逃した、ということで、やいのやいの責められたんですよね。現実世界の藪というのは元々、医師になる技量がなかった、という救いのない結果になりそうなのが怖いよな。医者ってのは、それは我々下々と比べて頭がいいでしょう。が、手先が器用かというと、そんなことは沙汰の限りではない。医療知識は抜群だけど、ぶきっちょな外科医だったとしたら…これはちょっと怖い話ですぞ。方々も病院にかかっていると思うけど、担当医を信用できるか。昨今、私は信用できなくなっていますな。