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投稿コメント一覧 (1154コメント)

  • このスレッドを、よく見させてもらっています。最近は縄文人が、北方系か南方系かが話題になっています。縄文人の主流派は、y‐dnaでは、D1bの民族だろうと思いますが、これは現在のアイヌに近い人達です。よく縄文人の先祖(D1bの民族を含む)が、朝鮮半島もしくは最終氷期に陸地であった東シナ海を経由して九州にやって来たような図がありますが、縄文人の末裔であるアイヌは、九州から北海道に移住した民族なのでしょうか?
    イメージ的に、なんとなく大陸からサハリン経由で北海道に来た人たちの末裔のような気がするのですが。もしも北海道に来た人たちの末裔なら、たまたま同じD1bの民族が、朝鮮半島経由と北海道経由で日本列島で一緒になるというのは偶然にしては出来すぎのような気がしますから、D1bの民族は北からやって来て南に広がったのではないかと思いますが、皆さんは、どうお考えですか?

  • >>No. 10490

    回答ありがとうございます。でも、現在D1bの民族が日本以外ではほとんど見られられない中、南方ルート及びサハリン経由等で数回日本列島に入ったことが不自然に思われませんか?

  • >>No. 10492

    しかし、D1bは、最近このスレをにぎわしているように、中国辺りから、その骨が出てきてませんよね。ですから、当時から少数民族だったんじゃあないんでしょうか。なにか、少数で日本に来たのは1ケ所程度だと思うのですが。南方ルートから来たとしても、北海道に移動した者達の末裔がアイヌとしたら、現アイヌは南方系のイメージを持ってないですから、そのルートもどうも納得がいかないものですから。いろいろすみません。

  • >>No. 10493

    回答ありがとうございます。それなら、アイヌとなった縄文人は元々南方系の民族であったが、北海道に移動するまでに北方系の要素を持つ民族に変わったということですか。
    彼らのGM遺伝子は、北方系渡来人と混血した本土日本人よりも北方系の要素が強いのですが、南方から来て日本列島を縦断する過程でそうした形質は容易に獲得できるものなのでしょうか。

  • >>No. 10502

    私は、D1bは、マンモスハンターかどうかわかりませんが、北海道から入ってきたのだろうと思います。北海道の遺跡は3万年前が最古で、日本列島の中では最古の遺跡ではありませんが、最終氷河期に大陸と唯一繋がっていた場所であり、それなりの人数で上陸したのだろうと思います。アイヌは、そこに残った者達の末裔で、残りは凍った津軽海峡を冬に越えて南に移動したのではないかと思います。
    朝鮮半島の櫛目文土器は、縄文土器で縄文人が当時無人の朝鮮半島に進出して作ったのだろうとも言われています。

  • 縄文人の主流ydnaのD1bは、比較的早いうち、3万年前ぐらいに日本列島にサハリン経由で来た。最近の研究によると縄文人は弥生人と同じく胴長短足と言われていますが、北方にいた期間が短かかったために朝鮮人ほどには、顔などが寒冷地適応せず、顔の彫は深い。北方経由で来たことから、GM遺伝子の指標は顕著な北方起源を示す。日本に来るまでは、当時人口も少なかったため、他民族とあまり関わることなくやって来た。玄関口が北であったことから、縄文時代までは東日本の方が人口がはるかに多く栄えた。現在日本でその形質を一番持つのがアイヌで次いで沖縄人です。
    私は、こう考えますが、この考え方は間違いでしょうか?

  • >>No. 10514

    回答ありがとうございます。確かに北方でD1bの骨が出てないことはここ2,3日のこのスレのやり取りから承知しています。しかしながら、下のGm遺伝子からのバイカル湖畔起源説を見ると、D1bをより密に持っていると思われるアイヌ、沖縄人が北方系渡来人と混血した本土日本人よりさらに北方形質を持っているということは、D1bの民族はその北方系渡来人よりもさらに北方起源であると考えるのが自然かなと考えます。そうした場合、北九州からの侵入よりも、北海道からの方が適当と考えました。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%AB%E6%B9%96%E7%95%94%E8%B5%B7%E6%BA%90%E8%AA%AC

  • >>No. 10528

    D1b集団もそのあたりを経由して日本に来たということです。だから、その過程で、北方形質を獲得したものと思います(彼らを南方系と考えたらそのウエイトの大きさにより日本人全体の北方系の形質がうまく説明できない)。もし彼らが北海道でなく九州に入ったのなら、その形質を最もよく継承しているアイヌ(この場合先祖になりますが)が九州から北海道に移動してきたとは私としては考え難いのです。アイヌは北海道に残った人で他のD1b集団は日本列島を縦断した。もちろん、北海道の縄文人にはこれ以外に色々なルーツを持った人たちがいたと思いますが、あくまで主流ということで。

  • >>No. 10535

    返信ありがとうございます。wikiの記事の一部では、こうなっています。
    「ハプログループD1b(D-M64.1)は、日本列島で観察される。日本人の約32%[4]~39%[5]にみられ、沖縄や奄美大島では過半数を占める。アイヌの80%以上[6]もこれに属する。ハプログループD1bは、日本で誕生してから3.8-3.7万年ほど経過していると考えられている[7]。」
    ただ、これでは、アンダマン人についての最近のDNAの分類変更を考えると不都合ですから、実際は日本よりはるか西で誕生し、ミャンマー辺りで、彼らとの共通祖先(D1b)から分岐してそれぞれ別の道を歩んだのではないでしょうか。
    アボリジニもアマゾンのインディオもGM遺伝子ではモンゴロイドの指標は持っていないと思っていましたが、北方モンゴロイドの指標を持っている部族もいるのですか?もし、そうなら、GM遺伝子もあまりあてにならないかもしれませんね。
    日本列島では、九州では3万8千年前、北海道では3万年前の旧石器時代の遺跡が出ますが、この人たちが縄文人の祖になっていると思っています。縄文時代に来た人で今の日本人に大きなウエイトを占めているのは、YDNAで言えばO1b2の民族(この民族は一般的に中国江南地方から稲作を持ってきた民族と言われていますが私は違うと思っています)ぐらいだろうと思っています

  • >>No. 10548

    3万8千年前に日本(九州)へ来た民族が南方からと考えてもかまいません。2万年前には細石刃文化を持った人々が本州へ現れているので、マンモスハンターは来たのではないですか。ミトコンドリアDNAは、現在のブリヤート人と一致している集団が確認されています。ただ、私がこだわっているのはあくまでD1bの集団(おそらく縄文人の主体でパプア人の次に分岐した集団)が北方系の集団であって、進入場所は北海道ではないかということですから。それも最終氷期の最寒期(2万年)よりも前の時期に。
    このサイトの資料では、アボリジニには、北方系モンゴロイドの指標となるab3stを全く持ってないようですが、持っている集団がいるのですか?
    http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn1/001honnronn_07.html

  • >>No. 10551

    ハプログループO1b2 (Y染色体)
    この民族は一般的に中国江南地方から稲作を持ってきた民族と考えられています。下はO1b2のサブグループです。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97O1b2_(Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93)
    朝鮮半島のサブグループは、基本的に日本の下位になっています。
    中には、O1b2a1a2a1aのように日本から朝鮮半島に進出して下位グループとなってまた日本に帰ってきたようなグループもあります(いわゆる出戻り)。
    もし、この集団が、水稲を持ってきた集団なら、一応朝鮮半島では、日本よりわずかに栽培開始が早いことから、人の動きは逆になってもいいと思いますが、そうなっていません。朝鮮半島最古の土器は、BC5000年の日本の縄文土器です。この土器は、北朝鮮の地域でも出土していますので当時そこまで進出。このO1b2の民族は日本人3段階渡来説の4400年前の2番目の渡来民として日本に渡ってきた(拡散の中心はやはり中国江南地方で海路によりやって来た)。日本到着後D1bの民族(そのDNAを現朝鮮人の3~4%保有)に続いて朝鮮半島にも進出したのだろうと思います。そして現在は満州等にまでも進出。

  • >>No. 10558

    >日本人に多い47zとF2868が兄弟で、F2868の子が原朝鮮人とも言われるL682で合ってますか?
    >でL682は日本から朝鮮半島に出戻ったってわけですか?

    そうだろうと思います。

    >F2868は朝鮮半島にはいないの?

    この系統樹から判断するとそうですね。

  • >>No. 10561

    この関係で言えば、子、さらに孫にあたるのではないでしょうか。O1b2a1a1から言えば、甥等ですが。
    O1b2a1a2 (F2868) - 日本列島
    O1b2a1a2a (L682) - 朝鮮半島に高頻度に見られる。[8] 日本人、満州族、ウデゲ族、ナナイ族などにもみられる。
    O1b2a1a2a1 (CTS723) - 朝鮮半島

    アイヌは、紀元後北方のオホーツク人の女性と混血、また本州からも嫁を迎えていますので、縄文時代よりもミトコンドリアは多様化していますが、それでも個人によっては50~99%の範囲内で縄文人の形質を持っているんじゃあなかったですか?斎藤先生の日本人の源流にそんなページがなかったですか(これは本屋の立ち読み程度ですから記憶は定かではないですが)?

  • >>No. 10567

    そうですね。F2868系統は日本より朝鮮半島の方が繁栄してますね。

    現日本人への東日本縄文人ゲノムの構成割合は、12%程度かもわかりませんが、縄文人もどうも地域差があるようなので、西日本縄文人と比べるとその割合はもっと高くなるかもしれません。
    最近発行の日本人の起源という雑誌を立ち読みしたのでは、弥生時代の渡来人と思われる九州の骨のゲノムを分析した結果では、そのゲノムは今の日本人の枠の中に納まったそうです。つまり、西日本縄文人自体が現日本人に近い形質を持っていたようです。さらに、渡来系の影響をあまり受けてないと思われた西北九州の弥生時代の人骨のゲノムも、現日本人と縄文人の中間程度にあったので、西日本縄文人は東日本縄文人と違うのかなと個人的にも思います。弥生時代を迎える前に大陸のO1B2の民族と混血してますしね。

  • >>No. 10569

    これは、日本も韓国もO1b2の人口に占める割合が、両国とも30%ぐらいですが、日本は47zが20%、F2868系統が10%程度ですが、韓国はそれが30%を占めていますから、その割合を考慮して言ったものです。
    >確か、hnさんは、西日本の方が縄文人ゲノムをより残している可能性が高いと言ってました。
    それは、九州の縄文人が現日本人に近いからでしょう。例えば、当時の東日本縄文人はまだ現日本人が持っているO1B2ゲノムを取り込んでませんが、西日本(九州)縄文人は、O1B2ゲノムを縄文時代に取り込んでますから、またそれ以外にも西日本縄文人は現日本人が持っている要素をより多く持っている可能性はあります。とにかく今縄文人でも均一でなく地域差があるというような感じになっています。
    この日本人の起源という雑誌です。
    https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%B4%E5%8F%B2REAL%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90-%E6%B4%8B%E6%B3%89%E7%A4%BEMOOK-%E6%AD%B4%E5%8F%B2REAL/dp/4800314739

  • ハプログループO2 (Y染色体)
    この染色体をもつ日本人は、約20%いますが、これまで稲作を運んできたと思われていたO1B2の影に隠れて軽視されてきましたが、私はこの民族こそ日本に稲作をもたらした集団だと思います。場所はO1B2と同じく中国江南地方、時期は今から約3千年前。移動のきっかけは、O1B2が、4千数百年前の長江文明の最初の衰退時としたら、O2が寒冷化による文明崩壊であったと思います。
    日本では水稲栽培は、紀元前10世紀頃に始まります。朝鮮半島では紀元前11世紀に始まりますが、水稲栽培を運んだのは同じ江南地方からにしても多少異なるグループによるものだったと思います。これは、朝鮮半島と日本に現在存在しているコメの遺伝子に違いがあることからそう推定されます。
    下記は、中国における下戸遺伝子の分布ですが、やはりこの地方から移住があったと思われます。
    http://i.imgur.com/jAMWVLN.jpg
    系統樹(抜粋)
    ・O2a2b2a1 (N7) 中国、ベトナム、韓国、日本
    ・O2a2b2a1a (F4110) 土家族(湖南省)
    ・O2a2b2a1a1 (F4068) 中国(浙江省、福建省)
    ・O2a2b2a1a2 (SK1780) ダウール族(黒竜江省)
    ・O2a2b2a1b (F4124) 中国(福建省、新疆)、ベトナム(ホーチミン市)
    ・O2a2b2a1b1 (IMS-JST008425p6) 日本、土家族(湖南省)

  • >>No. 10602

    「日本語の起源と古代日本語」?の著者である松本克己氏が著書の中で、日本人のYDNAにふれている章があったと思いますが、O1B2が、水稲栽培を運んだ民族と言われているが、現在の分布では、中国江南地方にO1B2がいないのでおかしいなあというような疑問を呈していました。過去にO1B2の民族がいたにしても、長江文明崩壊の段階(3千年前)では、もうO2民族に継承されていたのではないでしょうか。現在の下戸遺伝子の分布から見て、O2民族も当時よりさらに広東省の方に動いているようですが、江南周辺にも結構な勢力で残っています。
    逆にO1B2民族は、海洋狩猟民族であった可能性もあります。日本に来てから朝鮮半島に出かけたりしているのですから、これは稲作民らしからぬ行動のように見えます。
    私は言語学には、疎いですが、なんとなく日本語は縄文時代には完成しているような気がします。その点では、asi氏の仮説に惹かれます。

  • >>No. 10604

    言語については、知識がないのでよく分からないのですが、日本語はその由来がよく分からない言語として有名ですよね。しかし、文法は、ツングース系、語彙はオーストロネシア系と言われています。この由来がよく分からないというのは、その日本語としての完成がかなり古いからとも言われています。文法がよく似ている朝鮮語との関係でも、学者によれば、少なくても、4千年、5千年以上前に分かれた言語と言われています。もし日本語が稲作を運んだ民族の言語の影響を受けているとすれば、3千年前のことですから普通は何かヒントがつかめるのではないかと思います。それが、O1B2又はO2の民族だったとすれば、彼らは同郷なのですから、日本語にも朝鮮語にも何らかの痕跡を残しているものと思いますが、そういう痕跡がないということは、日本語も朝鮮語も渡来民の影響を受ける必要がないほどどちらもずっと早く完成していたのではないかと思います。asi氏が、オーストロネシア語の影響を12千年前の江南からの渡来者に求めたのはおもしろいと思いました。この頃はまだ、オーストロネシア語は完成してないとのことでしたが、オーストロネシア語もどきと言いますか、その民族がそうした言葉を持っていたらツングース文法と合体の可能性があると思います。まあ、当時はまだ最終氷期であったので、江南より海退期の東シナ海からの渡来ですが。

  • >>No. 10612

    崎山理氏の主張、 日本語は、オーストロネシア語族、ツングース諸語という南北両系統の言語の混合化が、最終局面に達した言語であるという内容をどこかで見て素人なりに納得しているのです。asi氏の主張はこの理論に当てはまるものですから。
    http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn5/005_04nihonngo_ha_konngougenngo.html

  • やっぱり、YDNA、D1bは、北方ルート
    根拠
    (1) このハプロをもつアイヌが、北海道縄文人の子孫と考えられること。
    (2) これに同伴したと考えられる縄文人のmtDNA、N9bもまた、北方が起源であると考えられていること。
    (3) アイヌのGM遺伝子が、強力な北方起源の指標を表していること。
    D1bは、日本進入時においても、世界的には少数集団であったと思われ、日本で繁栄した。サハリン・北海道ルート以外の西日本ルートでの進入があったとは考えれない。進入は北方ルートのみ。

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