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投稿コメント一覧 (24コメント)

  • 一つの命は、全ての命を支え、全ての命は、一つの命を守っている。

    つまり、全ては繋がっていて、全てには、無償の愛という心があるという証があります。

    従って、全ての命には、神の心が宿っているといえる。

    昔の人は、そういうことを、親から子に伝え、大自然を恐れ、敬い、感謝して生きてきたのだと思います。

  • 神という大自然の様に、心を合わせることができれば、人類は生き残ることができるし、魂も救われる。
    ではないだろうか。
    そんなに贅沢しなくてはならないのだろうか。
    それは、世界の数パーセントの人間のために、コントロールされてはいないか。
    植物中心とした、共生社会という、第三の道を、選択できないのだろうか。

  • この世の全ては、神様の愛という心に支えられている。
    全ての底辺を支えて下さっている。
    それによって、宇宙も地球も生命も、調和というバランスを保たれている。

    全てが当たり前にあるわけではない。
    自然や動物に対して、尊ぶことを、学ばなくてはならない。
    そうでなければ、神様の世界は、果てしなく、遠い道になってしまうと思います。

  • 人の執着とは、全て、プログラム、プラス、勝てという強迫観念による幻影。
    詰まり、私たちが、価値があると信じてるのは、嘘であり、実在しない蜃気楼。

    真実は、目には、見えない。

    何世代に亘っても、同じ過ちを繰り返し、救われる道を、見いだせない。

  • 私たちは、因果果報によって、女に生まれたり、男に生まれたり、動物に生まれたりして、命を繋ぐ為の、強い遺伝子を多く残す、命のリレーの役割を果たしているにすぎない、その他、地位も名誉も、同じく、方便であり、特別なものは何もない。
    ただただ、無償の愛という、神の世界に至る道があるばかりだ。
    同じに、永遠不変の、心の平安でもあります。
    使命を果たせば、終わる日が訪れるでしょう。その瞬間まで、感謝の心を忘れないでいたい、感謝とは、神様との対話だと思うからです。

  • 因果の法は、物質界の根幹の法。
    これがなければ、なにも継続することはない、魂もまた同じなんだ。

    人は、過去世に経験したことを、繰り返し経験しようとする。
    食べることを止めないのと同じこと、終わることはない。
    そしてそれは、勝てという強迫観念によって、執着という、幻の影となる。

    いつの時代も、勝ちたいという執着、そして、目に見えるものだけを追いかける者は、出口のない迷路から抜け出せない、彷徨い続ける。

    人は、同じことを繰り返すために、生まれてくる訳ではない、進化する為である。
    執着の意味を理解して、無償の愛という、永遠不変の、心の平安に至ることなんだと思う。

    結局、すべては、心の問題なのだ。
    幸せも、自由もそこにある。

  • 魂のレベルに於いては、執着によって、様々に輪廻する。
    だから、執着の本質を見なくてはならない。
    何故なら、因がなければ、果も無いからです。

  • 一つの思う心が、物質化され、拡散し、枝分かれされた。
    故に、全ての根底にあるのは、同じです。
    だから、未来を信じることができる。
    何故なら、他を思う心が始まりであり、それが無ければ、何も存在しえないからです。
    宇宙も人体も、成り立ちは同じ。細胞にしても、細菌にしても、自分を守り、次の命を残そうとする。動物も昆虫も、植物も同じです、特に食虫植物を見ると解りやすい。
    全ては、生命であり、根底は繋がっている。
    恵みという言葉は美しい、田んぼから芽が出ることを、心が支えている。
    見えないものを、見ていた人が、昔いた。
    残念です。

  • 実は、神の世界が見えてくるにも書きましたが、この地上世界で、魂を育てていくには、自己保存本能と種の保存本能という縛りが必要です。
    この話をするとガッカリされるかたもいると思うので、避けてきました。
    私たちは、先ず、同種で異性で適齢期で容姿端麗を求めます。
    これは、強い遺伝子を残す為のシステムプログラミングであり、あたかも自分の意志であるかのように錯覚しています。
    そして、人と競争して、勝つことが、自分の意志であるかのように錯覚しています。
    しかし、私達の目的は、宇宙を貫く無償の愛に、調和してゆくことだと思っています。
    本当の危機は、人類の心ではないかと思います。

  • 私たちが求めているものは、変わり続けるものではない。
    執着を知らない、無償の愛という。
    永遠不変の、心の平安なんだと思う。

  • ここの技術なら、工場にて、環境を壊すことなく、植物を大量に生産することが、できるかもしれませんね。

    勝てという幻影とは、人よりも贅沢な暮らし。
    一部の人間は、きずいてる。
    今の世界は、不毛な、欲張りの戦争なんだということを。

    全ては繋がっていて、調和というバランスを保っいる。弱い動物や自然体系を支えている生命が消えてゆき、最後に、人が消えるのか。

    地上世界は、先ず、支え合い、助け合い、食べていける
    ことを原点として、神さまが造られた。
    楽をして、人よりも贅沢な暮らしの追求による環境破壊を改めて、原点に、戻ることができるのか、それが問題だと思いませんか ?

  • そのとおりです。
    全ての生命には、無償の愛という心がある、それは、全て繋がっていて、支え合い、助け合っていて、全ては存在している、その心を神様という。

  • 夏空、見てる ?。 
    赤ちゃんが生まれるね。
    臓器から細胞に至るまで、神と云う心があるからこそ、支え合い、助け合い、赤ちゃんが成長して、生まれてくる。

  • あなたの細い腕で、どれだけの人を、支え、助けてきたのだろうか。
    それが、目には見えないけど、消えることのない真実の財産、その財産によって、人間、又は、それ以上の世界に生まれる。
    本当に恐れるべきは、神の世界の縁を、自ら、切ってしまうことだ。
    答えはいつも、魂の底にある、神と全てに繋がっている心にある。
    その、心から湧いてくる、笑顔や優しさや涙を、大切にしたいですね。

  • 一人は、すべてのために、すべては一人の為に、人体も宇宙も同じですよね。
    それが愛であり、神だと思う。
    すべては繋がっている。
    辛くても、自分が頑張ることで、誰かが助かるのであれば、それが幸せ。
    そういう者になることを、神様は望んでいる。本質は、人も神様も同じなんだから。
    そして、魂は次のステージへ進む。
    ただ、人は、勝てという幻影の、執着に囚われているばかりなんだ。
    詳しいことは、1件目のコメントを表示してくださいませ。

  • 星里勇晴さんの本にこんなことが書いてありました。
    目に見えるものは、変わり続ける現象物であり、実はない、意味のない無駄なもの。
    それに、色を付けて、優劣を付けて執着する。
    その根底にあるあるものは、種の保存本能と自己保存本能。
    つまり、進化する中で、勝たなくては生きられなかったために、勝てという強迫観念があるとのことです。
    人は、男であったり、女であったり、動物であったり、因果果報によって、輪廻する魂のようです。
    執着するに値するものは、なにもないようです。
    つまるところ、執着とは、勝てという幻影に過ぎないとのことです。
    そういう、輪廻から自由になるには、執着を捨て、徳を積み続けるしかないようです。

  • いつも、怖いところに宝がある。
    飲み過ぎたか

  • もーあかん、皆が言い出したら、底と言える。
    ここは、どうなんだろう。

  • 誰かが言っていた、売り物をこなさなくては、上がれないと。
    そうだと思う

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