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投稿コメント一覧 (389コメント)

  • ボヘミアンラプソディー

    (意訳)

    これが僕の人生なのか
    単なる世迷い言かもしれないけど
    面倒に巻き込まれたくない
    この状況から逃げ出したくて
    言わずにいられない

    とりあえず起きようか
    見たくないものから目を背けたくて
    空を眺めていたりする
    別に何も思うことはないんだよ
    だから同情してもムダさ

    ある意味わかり易いだろ
    こんな僕だってことさ
    どーでもいーじゃねーか
    世界で何が起ころうと
    僕には関係ない

    ’75年、クイーンの唄(作詞&曲 フレディ・マーキュリー)。伝記映画のヒットに伴い現在リバイバルブームが起きている。ロックオペラというか、ハーモニーに特徴がある、イギリスのゴスペラーズという感じかな。

    タイトルは「旅人の唄」という理解でいいだろう。HIVとの絡みで?まるで死期を悟ったかの様な詞の世界が衝撃的だとされるが、曲の発表当時はまだその段階でなく、ゲイカルチャーを真摯に綴ったものだとされている。

    僕は男としての人生を捨てる覚悟をした
    男のこめかみに拳銃を当て
    彼は鏡の中のみにくい僕なのさ

    始まったばかりの人生をこんな風にして終えるなんて
    別にあなたを悲しませるつもりなんかじゃなくて
    僕はもちろん死にたくなんかないんだけど

    生まれてこなきゃよかったとかたまに思うんだ…

    (以下略)


    なんかミもフタもないフレーズで終わってしまいそうなので、最後に一曲追加しよう。

    空はまるで 君のように
    青く澄んで どこまでも

    やがて僕ら描き出した
    明日へと走り出す

    ’07年、MonkeyMajikというグループの「空はまるで」という唄。
    ボヘミアンがぼやっと空を眺めている?フレーズから連想した。

  • オクトーバーフェスト他

    先般ブラタモリで「湘南」はどこだ?ってやってたな。いつかはやるだろうと思っていたが、よりによって凄い猛暑だった今夏にいらっしゃってたとは…ホントご苦労様でした、と言いたいね。

    ネタ的には特に目新しいものはなかったが。まぁ欲を言えば、季節外れの‘この時季’においで下さった方が、なんつーかな…ぼや〜っとした地元民の醸し出す雰囲気をお伝えできたんじゃないかと(笑)。

    いずれにせよコレが最後だ(新ネタ三本立て)。

    [‘湘南ビール’のオクトーバーフェスト]地ビールを提供しているところではどこでもやっている?みたいなビール祭りだが、こういう催しはイイよね。

    いわゆる収穫祭の趣旨からするとだ、それって時季的には夏より秋だろ。運動会も秋が正しい。地元のお祭りや産物を大切に…というオチではイージーかもしれないが、まぁいいや。

    [湘南ベルマーレのルヴァン杯優勝]決勝は神奈川ダービー(vs横浜)だったらしいが、だからこそ…の価値ある勝利だと言える。で、この機会に敢えて申し上げたいのは、だ…

    二軍の様なクラブ運営はそろそろ卒業する時期じゃないか?という事なんだ。けれども、横浜もひでぇ赤字だっていうしなぁ…そういうところから変えていかないと(仲良くJ2陥落?なんて事のない様に)。

    [サザンビーチ芸術花火]花火大会というと夏休みの時季が定番だが、最近は秋とかでもやるのな〜。今回の催しはSASの楽曲に乗せて…という趣向だそうで。

    熱海なんかしょっちゅやってる印象があるけどな。いつだったか…伊豆の方から車で帰る道すがら、たまたま同時開催だったんだろうね、湾に沿って手のひらに乗る様なサイズの花火がさ、三箇所ぐらいで

    …いい光景だった。遠目に見える小さな花火もなかなかオツなもんだよな。

  • アメリカGP

    古くは市街地レースで印象的なシーンが多かったが、10年程開催されずにいて(’90年代)、21世紀の始まりとともにオーバルコースでのF1マシンの適性が試される様な、そんな数年間があった。

    そして例のミシュラン事件(’05年)が起きるワケだが、あれはF1興行においてかなり致命的な出来事だった。時季的にはフェラーリ&シューマッハ&ブリヂストンが勝てなくなった頃なんだけど、

    結論としては…F1マシンがオーバルコースでの適性を欠いた、って事なのだろう。ズルズルと低速化していく?10年を経て、数年前から高速化に舵を切ったものの、タイヤ性能への不信感が依然として

    レースをつまらないものにしている(と言ったら言い過ぎか?)。つまらない規則で縛っている、という事だ。可哀相なのはピレリである。ブランドイメージ的にど〜なの?ってハナシだよ。

    とまれ、今季ももう終わりだな。誰得なのかわからない世界に成り果ててしまったが、それでもレースは続くのでしょう。F1にもオーバルコースでのレースが一つぐらいあってもいいよな?

    インディでの開催復活を、という提言をして終わりの言葉とします。
    アロンソご苦労様。ホンダの健闘を祈る。

  • ニュースおまとめ系/その7

    かねがね、日本のメディアは世論の形成がヘタだと思っていたのだが、ネット社会では積極的にその形成を試みている様子が伺える。オールドメディアからは完全に失われた機能。またの名を青年の主張(?)。
    あるいは思春期の科学。

    [生産性が云々…とか言ってるけど]経済用語としての生産性ではなく、子供を生むとか産まないとか…なんかそーゆー‘性’のおはなし?である。

    なんでもかんでも貨幣価値に換算しないと気が済まない人達も問題ではあるが、それ以前に、日本人の貧困な(性)生活がクローズアップされそうな?話だよ。

    新潮社が三流なのはもうだいぶ前からわかっていた事ではあるが、文芸誌を気取ってロクでもない恋愛話を垂れ流す御時世でもない。

    [なんで‘義母’だったのか]一般的には配偶者の母親を義母というものだと思っていたが、あのドラマでは両親を早くに亡くした女の子が養母(継母)を義母と呼んだ?関係性に始まるのだろう。

    シングルファザー(&マザー)の婚カツの参考にもならないであろう話の展開にもいささか疑念を覚えたワケだ。けれど、‘あしながおばさん’のものがたりとしてみればよかったワケなんだろな。

    子育て応援婚カツ、というのがあってもいいと思う。親という立場が人間を成長させるものだからな。

    [いわゆる‘掲示板’の終わり]アーパネットの時代から、こうしたテキストでのやり取りはビジネスライクとゆーか、そうした出来事を優先するものであり、
    百歩譲ったとしても、である

    学術的な?話だから、それ以外の要素はないだろうという事だったんだけれども、いつの間にやら文通のようなものになり果ててしまった経緯がある。個人的にそうした情報を垂れ流す気には

    どーしてもなれないが、SNSはそこら辺の誤解をとく方向で進化しなきゃいかんだろうね。

  • 何がフェイクニュースか、って〜と

    政治&経済に関する情報の多くがそうなんじゃないの?という事なんだよね。そのココロは…
    それによって利益を得る?人達が少なからずいる、という解説がされている。まさに陰謀論の構図だ。

    どういう利害関係がお好みかというと、損害を被る人達を一方に置くゼロサムゲームの様な事だが、双方ともそうした人達の存在を実は忖度する事などない。
    要するに(第三者として)その構図を俯瞰する

    おそらく何の実害もないであろうところで想像を働かせる、その行為が(怪)情報の出処なんだと思う。
    当事者でない圧倒的大多数の思惑が恣意的に披瀝されて何のフォローもない、現実がそこにはあるワケだ。


    例えば…朝鮮戦争のステークホルダーを考えた時に、内戦であって内戦でない?現地勢力の戦闘能力の低さがまずある。継戦能力はない。ミサイル開発や竹島領有権等、空中や海上に展開する兵力はブラフが目的。

    米中首脳との会談でその無能ぶりが暴露されなかったのは不幸中の幸いである。訪日直前、政治的に抹殺された朴槿恵はまるで閔妃の様だが、金大中みたく日本で騒ぎにならなかったのも不幸中の幸いである。

    ついでに言うなら、パチンコ業界を潰す為にカジノを許認可展開する?というのなら納得である。半島絡みの案件は色々あるだろうけれど、幼稚なマネーゲームがターゲットならハナシは単純かもしれない。


    アメリカでも多分そうなんだろうけど、ドメスティックな話題に介入する(海外発の)情報の善し悪し、って事なんだけどね。そうした知見でもって揺さぶられる日本人の常識って何だ?

    ネットに展開している(怪)情報の類いも思った程酷いものではない。まずはその信憑性を疑う、という読者のコメントが有効に機能している。そうして地道に発信者のレベルを上げていく事だろう。

  • いわゆる海賊版の購入

    ネットで漫画を読むという行為は、実際のところ立ち読みにも似た行為かな?という気がする。現実の書店でそれができなくなった事と、タダ読み?サイトとの相関はおそらくそんな事かと推察する。

    いわゆるマンガ雑誌は広告紙面で食ってるワケではない、純然たる読者(≒タニマチ)の浄財で成り立つ、実に稀有な出版物だった、と思えるその反面で、ある意味海賊版と大差ない?世界の様な気もするんだよな。

    ネット海賊版の問題は、要するに広告で食っている?というネットの仕組みそれ自体にある。そんなレベルのものしか育たない、という理屈だ。作品を提供する側の意識として、本当にそれでいいのか?と。

    海賊版?だからこそ買う。買いだ!という文化に触れる機会はそうそう訪れない。作品的にも、商品としても、ちょっとヤバいんじゃないか〜コレ…という空気でもって遣り取りされたものにはホント愛着がある。

    例えば…今で云うならナンだ…AKBだのコミケだの、オジさんには全く理解不能だが、ああしたものなワケでしょ?いいですよ別に。そこから次代のスター&傑作が育つものであるならば。

    ただね、仮にそれがワールドワイドに展開したとして(いわゆる‘海賊’版サイトも‘海外’経由なんとちゃう?)、それはもう私たちには何の関係もない出来事だな…という事なんだよ(浮世絵を美術品として評価したのは海外の人達であって我々ではない)。

    立ち読みをOKとしたところでもう、以前の様に本屋が再興する事はないし、ネットに溢れる素人作品に感情移入する事もないんだよね。

  • >>No. 3324

    クリロナ⁈ユベントス移籍⁉︎

    …とか、面白いニュース一杯ですが、とりあえずW杯。

    直前のドタバタでもう…今回はコメントしない!と心に決めました。ので、前回同様
    カードデータ取りだけ。

    (ベスト16&相殺データ/相殺前データ)

    スペイン 9(11)
    イングランド 8(16)
    ブラジル 6(13)
    ウルグアイ 5(8)
    フランス 5(17)
    スウェーデン 4(12)
    日本 2(7)
    ベルギー 2(13)
    メキシコ 1(10)
    ロシア 0(7)
    アルゼンチン -2(9)
    クロアチア -3(12)
    ポルトガル -3(4)
    スイス -3(9)
    コロンビア -5(6)
    デンマーク -5(1)

    いわゆるフェアプレイポイントとは異なる計算だが、前回もフランスはいい数字だったという事で妥当な結果なんだろう。

    アルゼンチンやコロンビアはやや劣化した感じ。ブラジルやクロアチアは改善した印象だがまだ結果が伴わない。

  • 日本のマンガ(’63年〜)

    (鉄腕アトムのアニメ放映開始が昭和38年、との事)

    日本人の教養?を永らく支配していたとおぼしき‘マンガ’について…だが、ここへ来てその弊害が散見される様にもなっている。私はマンガ大好き人間だが、ここでは敢えて否定的な論調でいこうかなと思う。

    つまり‘歴史’モノ(未来ではなく過去)のフィクション的な要素が(≒実在したとされる人物を使って語られているのが)気に食わない。それはもう単純に陰謀論のレベルであって、そんな漫画界に‘未来はない’。

    例えばの話…子供達の日常をモチーフに同時代性を獲得していた‘昭和’のマンガも、今となってはひと昔前の出来事である。そこで語られる未来も何やら不思議な光景だった。

    具体的な例を挙げてもいいのだが…(省略)…結論から言うと、ちょっと違ったよな〜オレ達が想像していた21世紀とは…というのがある。逆説的に?修正したい様な事なんだろうかあの時代も。

    あの頃の自分達も。或いはその親世代(戦前生まれ?)も。率直に言って、その必要性を全く感じないのだが、今日日の世相は結構小煩い話が多い。漫画にはそうした世相に対するアンチでいてほしい。

    SFの手法として、現代人が一旦過去に戻るという便法(≒現代にも都合よく戻れる)があるけれど、そんな未来なら必要ない。とゆーか、その程度の未来(≒現代)ならもうどーでもいい…という結論なんである。

  • 世にも奇妙な物語

    もう何百本も放映されているオムニバスドラマ(’90年〜/フジテレビ)であるから、とある作品を具体的に云々するものではない。つい先日やってたのを久々に見たので、思い出した様にこれを書いている。

    ひと言で言うなら…サイコサスペンスな作りがウリだから、まさにここで語りたい様な事?ではあるのだが、あらためて…人はドラマの中に何を見ているのだろうか。

    悪い夢なんだろうか。

  • 中国GP

    長い直線がある(≒高速)サーキットというと、以前ならモンツァやメキシコ…ホッケンハイムやスパ、といったところだったが、今やその最右翼とされるのがこの上海(と…次戦のバクーも市街地コースにしては直線なゲ〜)である。

    序盤戦でクルマの実力が粗方わかってしまうね。ここもカレンダーが変更されたところだが、荒れた記憶はあまりない。メルセデスとフェラーリが強くて?レッドブル(&ルノー)が意外と勝率低いんだな。今季もやや苦戦中だと伝えられる。

    トップグループと中団のタイム差が約1秒(以上)あって、予選で中団のトップを取れば前方に障害はない。トップスピードへの適性を試されているところだろう。
    トロロッソ(&ホンダ)の若者はバーレーンでまずまずの速さを見せている。が、レスダウンフォース仕様のクルマで新人が、初めて走るサーキットで速いワケがない。路面が良くなきゃ尚更である。

    去年と今年の予選ラップタイムを見ればわかるが、フェラーリやルノーは1秒縮めて来ている。変わらないのはメルセデスだ。ルノーからホンダに換装したトロロッソも変わらず。
    順位的には1秒縮めて去年と同じ。同じタイムなら5番手ぐらい落ちてる。レッドブルやマクラーレンのドライバーはブツブツ言ってるが、確実に去年より速い。

    (以下、決勝レース後)
    トロロッソの若者達はタイヤでギャンブルに出た。アレは大きな間違いである。が、結果として面白いレースになった。

  • 思春期の科学

    つまりその時季に何がどう変化するか、という事の問いであるが。このハードルを越える事は決して生易しいものではなく、だがしかし
    近現代においてそれが積極的に議論された形跡もない?とまぁそーゆー事らしいんである。

    自然淘汰でやって来たという科学の一面と、無自覚に?ではあるが次代の繁栄を準備して来た社会的な活動と、がある。つまりその
    思春期という限られた時季になしうる出来事の積極的な評価、という事なんだろうけどね。

    年齢的に言うと、人類史における平均寿命は大体20代辺りからのスタートとされている。色んな分布図が想定されるのだが、単純に
    思春期を過ぎたらすぐ死んじゃう?様な理屈もアリだろう。(魚や虫と大差ない)

    多産多死で生存率五割なら40代辺りが現実的な寿命になる。つまり平均寿命は倍々で推移して現在80代となっている。が、もはや
    思春期特有のダイナミズムがこの高齢化社会にはないワケで、その思考回路は袋小路に陥っている。

    逆説的に言うなら、少産無死の叡智は我々に10代での人間的な完成を求めている。(それが道理である)
    20歳で成人式を迎える事と矛盾しない。しかしこれは簡単な話ではない。(無理とは言わないが)

  • テロ支援国家再指定

    大山鳴動鼠一匹の諺通り?である…結局のところ、あの地域を‘パンドラの箱’にしておきたい?中露&韓国の思惑と、半島全体を‘シュレーディンガーの猫’に見立てる日米&世界の認識は異なる。

    科学的なスタンスは無論後者である。が、寓意的に言うならば…鼠を獲らない猫の生死を問題としているワケだ。
    放射能に汚染された鼠?ん〜確かにその可能性もあるが。猫はソレで死ぬ訳じゃない。

    ミサイルの着弾水域を越えてやって来る幽霊船&漂泊する遺体や遭難民の数々。遂に始まった?というべきか。
    実を云うとこの状況は二千年前から変わっていない。半島史観はオカルト塗れだ。

    てゆーか、日本海の沿岸警備がヌルいから少女も拉致されちゃったんだよな?竹島がどーのこーのとか言ったって、韓国に日本海を哨戒する能力なんてないんだから。
    大国主命の顰に習う必要があるんだよ。

    少女像とやらが日本から拉致された少女の対抗馬として機能している現実は、北朝鮮の謀略戦の成果だと言える。そしてソレを支援しているとおぼしき韓国世論もまた、要はテロ支援体制の一部である。

    北朝鮮の利害を代弁するかの様なあの国は交渉相手としてもはや不適格、との政治的決断を示す時が来たんである。
    21世紀の征韓論はいかにあるべきか。国際社会がオカルト塗れの韓国世論を糾す、様な事だろう。


    在韓米軍家族&在留外国人の‘脱出作戦’は平昌五輪に併せて、韓国人社会にソレと悟られない様、淡々と行われるものと予測される。こんなチャンスは又とないだろうからね。そんなワケで、

    このテキストも数ヶ月ほど投稿を差し控える事とした。作戦終了とおぼしきそのタイミングまで…だが、もはや北朝鮮には‘筒抜け’であろうその事態のカギとなる国には誰も関心がないんである。

    (’17年12月推敲)

  • オーストラリアGP

    モータースポーツは農閑期(秋冬制)開催が基本の(欧州発)プロスポーツ界の中では異色で、開幕戦が春3月なんであるが、南半球は季節が逆なので、豪州はこれから秋である。(競合するスポーツイベントとの兼ね合いもあり、こうした時季的な要素は大事だ)

    ’80年代の頃は日本GPの後にやって来る最終戦だったので色々とドラマチック(&ドタバタ)な出来事が多かったが、天候がやや不安定だった事もあり?開幕戦に変わったんだな。(まぁ、開幕シーズンも季節の変わり目である事に大差はないんだが)

    開幕戦だからなのかコース特性なのかわからないが、結構リタイアする車が多いイメージがある。一年の計は元旦にあり…ではないが、開幕戦で結果を出せるかどうか、なんだろうという事でこのタイミングに記事を書いている。

    でも面白かったのはあの、’86年の最終戦なんだよね〜。’89年も印象に残ってる。ちなみに、この時期の開幕戦はブラジル。今はブラジルが終盤戦という位置付けで、印象に残るレースが幾つかあったね。


    今季からグリッドガールが廃止?との事で、村祭りの要素がまた一つ消えた。たばこ広告の禁止とか?そんな辺りからかね…何がやりたいんだかな〜。テレビ広告との兼ね合いがあった?にせよ、どのみち今じゃ誰もテレビで観ようとなんかしないんだよ。

    もう誰が期待する様な広告効果も無いし。そんな中唯一気を吐くレッドブルとの協働も、新人発掘の先にあるものが何なのかハッキリしないし、だな…なんだかパラリンピックみたいな?ものになりつつある。(何故かそこにはオリンピック程の感動がない)

    …とかなんとか書いてたらもう開幕してしまったな。面白いレースを期待しよう。ポイントはタイヤと…天候の変化かな。

  • トピックガイド(’18年度版)

    (今年はココでとりまとめ。掲載終了記事のタイトル一覧は字数制限の都合上、今年はナシ。’16年の記事を約…百本程削ったという事で省略とさせていただく)

    タイトルの通り、ココでは経済誌等のニュースをネタ元にしていたワケだけれど、いちいちこちらに持ち込んでしのごの云うのも面倒臭くなってしまった。


    掲示板に飽きたオジさん&オバさん達がヤフコメ欄に流れている現象があるそうだ。SNS界の民族大移動だな(笑)…ネット記事にはタイトルと内容に齟齬があるらしく、ツッコミ所が満載?なのだという。

    それはいわゆる釣り&ネタなんだろうが、日本のマスコミ各社は昔から世論の形成がヘタなので、ゲスの極みの‘炎上’ネット記事を見るに見かねて?の消火活動かもしれない。‘加油’の現場を押さえたい、というのもあるのかな。


    タイトル機能を失った掲示板の様に、活字メディアは内容的にもダメになりつつある?ものらしい。一昨年辺りからニュースの‘読み方’というのも別途検証していたワケなんだけど、これ迄殆ど読む機会のなかった(≒知ったこっちゃない)

    三流メディア&フェイク?ニュースを目にする機会が増えたので、その傾向と対策について…という記載になるかと思う。が、ネタのせいなのか書いててキタナい文面になるのが嫌なんだ。

    (’18年2月推敲)

  • ファンキートマト

    東京とその他の地域の経済格差は、単にビジネスライクかどうかというハナシではなくて、簡単に言っちゃうと情報発信能力のあるなしであるが、こうしたネタも含め…メディアをも少し上手に使えないものかな〜という印象が前々からある。

    首都圏にもある種の閉塞感はある、ワケなんだけど、日々の忙しさにかまけていたら…あっという間に歳をとってしまった!街も人も様変わり?したという印象はあまりないのだが、相変わらずなのは…リクエストオンリーな人たち。

    今をときめくイベント事の多くには、五年十年…(もっとか?)多かれ少なかれ、誰にも見向きもされなかった様な‘黒歴史’があるワケなんだけど、そうしたところにこそ‘祭り’の本質がある。参加する事の意義を…というよりも、

    参加したいという意欲を腐らせない様に、楽しもうじゃないの。そうした気概を大事にしたい。つまんなそうな出来事であっても、楽しもうと思う気持ちが人を楽しくする。スターが必要なワケじゃない。音頭を取る事はさほど難しくない。


    標題は、その昔子供心に只ぼや〜っと視てただけの神奈川ローカルの音楽&情報番組なんであるが、最近なぜかふと思い出した(南佳孝氏絡みで)。

    映画対決!茅ヶ崎物語vs鎌倉ものがたり、なんてゆーネタも用意してたんだけど(森田芳光監督を思い出したら)なんかどーでもよくなってしまった。

    ロードムービーが観たいのである。難しい事は考えなくていい。‘新車情報’でもいい。‘水曜どうでしょう’でもいい。箱根駅伝でもいい。‘おもしろMAP’や‘ブラタモリ’の系譜を意識した情報提供を。

  • ロードムービーの唄

    日本の気候風土になじまない?とされるロードムービー…と言ってもピンと来ないかもしれないが、簡単に言うと…‘旅’がテーマとなっている映像作品。で、その主題歌的なものを今回は取り上げよう。と…

    (わかりやすい例としては‘イージーライダー’とか‘バグダッドカフェ’とか…アメリカの砂漠を行く様なハナシが多いのだけど、われら日本人にもそれっぽい感性を探し出そう…とまあそんなワケだ)

    “ いつだって どこにだって 果てしない空を
    風は歌ってゆくさ ”
    (BUZZ/愛と風のように)

    通称‘ケンメリ’と呼ばれている唄で、車のCMソング&映像とともに記憶されている。いい曲だが意外とカバーされてない?みたいな。福山氏と山崎氏か…なるほどな〜。

    “ 夢の坂道は… たどり着けない山の中へ
    続いている ものなのです ”
    (俺たちの旅/中村雅俊氏&小椋佳氏)

    70年代の青春ドラマの主題歌だが、なんかこう…もやもや〜っとした印象とともにある、この閉塞感がたまらない人にはたまらないのだろう。

    “ ドアを開いて 独り海へ あなた車で
    背中を見ていて ”
    (メインテーマ/薬師丸ひろ子氏&南佳孝氏&松本隆氏)

    片岡義男氏原作&森田芳光監督作品のロードムービーで、これがその主題歌だが…(省略)…南&松本コンビの曲でそれに相応しい詞は他にもあるんじゃなかろ〜か?という気がする。

    とゆーか、何曲かコンピレーションしてみたい気分。(名画はサントラを売る力があるワケなんだがな…つーか、映像とともに楽曲のインパクトも強いのが名作だよな)

  • 漫画を演じた女優さんたち

    人気シリーズという事で云うと…そのハシリとしては‘サザエさん’の江利チエミさん辺りからではないかと思う。但し、かなりレアな映像で私もちらっとしか観た事がない。1950…’60年代の作品。

    ’70年代に入るとカラー化も手伝って色んな作品が思い出される。‘ハレンチ学園’の児島美ゆきさんとか、‘女囚さそり’の梶芽衣子さんとか…あと、美保純さんとかね。別な意味で観るのに苦労したかな。

    少女マンガ系が割と観やすい環境だったけど、そのシリーズ化に貢献する事が必ずしも‘主演’女優の評価となりづらい側面があった?とゆーか。恋愛(≒短編)モノ、てゆーのはやっぱメインテーマとしちゃーツラいものがある。

    お色気&アクションの‘毒気’を抜いたところにいわゆる‘お転婆’路線というのがあって、その字のまんま、意地悪ばあさんとか…はいからさんとかのキャラ設定も既に大昔から存在していたものなんだな。

    むしろその毒気を大事にする方向で、スリル&サスペンスという評価を頂けるものがあるといいのだが。これは極私的な経験からイメージする事なんだけど…好きな?男に喧嘩を売る女…みたいな。

    嵌められたかな?という…なんかそんなイメージがあったかも。(女性をそうしたエグいものと考えるのはあかんのやろか)
    特に誰を推すでもないけれど、作品的にはやはり…(以下略)。

  • >>No. 6450

    >るろうにナントカ

    (絵的には…‘犬夜叉’の元ネタか?と思ったりしたものですが)

    多分この人の絵は‘オタク系’とゆーか…それも女の子達にウケそうな?なんかそんなカンジがしましたです。でも…“ジャンプ”なんだよね〜コレ。

    少女マンガに萌え?てしまった(少年期の)自分に対する後ろめたさを思い出したりもして(…つっても弓月作品、ですけどね)。ありとあらゆる性的嗜好に応えていたのがバカ売れジャンプの真相?かな。

    自身の性的嗜好と向き合う事にクソ真面目とゆーか、神経質な人達が増えたなーという印象はありますね。単純に…マンガの影響?とかでナク、世界的に…LGBT?なんだそりゃ…みたいな。

    グラビア(&写真集)が標的になってるみたいですけどね。要するに‘売り買いすんなッ!’て事でしょう。その理屈はわかりますけれど。そのタブーがあったればこそ、というかな…

    商業誌で‘少女’を描くマンガの持つ社会的責任は今や‘横綱級’に重たいのかもしれない。漫画家の評価もそれに比類するものなのでしょう。

    男性作家の皆さんも…重たそうな‘巨乳’描写を免罪符にする事なく、取り組んでほしいと思います。

  • はげしい雨が降る

    昨年のアカデミー文学賞授賞式で歌われたボブディラン氏の唄。(初出は’63年)

    “何処へ行ってしまったんだ…息子よ
    こんな土砂降りの雨の中を”

    いつだったか、キャンプ場?で息子を叱って置き去りにした父親が総スカンになった事があったけど、この詞にはそんな父親の‘悪い予感’が妄想的に綴られている。

    で、’70年代にこの詞は書き換えられているらしい。ベトナム戦争の終息を受けて‘ローリングサンダー’ツアーと銘打ったライブ&アルバムのテーマ曲と化している。

    “何処へ行って来たんだ…息子よ
    そこは(ジャングルの)土砂降りの雨の中”

    見て来たものを忠実に再現する事が詞の目的となる。とは言っても、それだって息子が無事に生還して…のハナシだ。リアリティに難あり?だった可能性がある。

    (マッカートニーが“hey, jude”と呼んだのはディランだった可能性がある。ジョンレノンはディランが好きだったみたいだが、ポールはそうでもなさそうだな)

    ボブディラン氏の‘フラれソング’はピンと来ない。たぶん説教臭いからだ。

  • 少女に何が起こったか

    座間の大量殺人事件の絡みでこんな数字が出てきたーー日本における行方不明者は年間約X万人ーーこの数値を一体どう理解したらいいのか、という事である。
    毎年、町がひとつ分そっくり消えてしまう様な事が起きている?(反社会的勢力の増長を物語る?潜在的犯罪被害者?終末的家族構成の社会的認識不足?)

    ‘トワイライトゾーン’の様なカルト&ミステリーを連想する迄もなく、そこに住む人達が忽然と消えてしまった様な光景も事実あるワケなんだよな。まぁ、田舎の人達の‘社会的’関心はむしろ高い方だろうと推察するのだが、いかんせん(限界集落的に考えて)物理的な距離感が掴みづらい(≒人は簡単に孤立してしまう)。

    そうした事態の‘深刻さ’を理解していない(≒安全を錯覚した)ところに行方不明者は発生するんである。警察に捜索願を出して…終わり?なんだそりゃ…そんなバカな話があるか?
    お粗末な‘初動’は何万人もの命を奪う、という…災害にも通ずる現実をも少し真剣に考えたらどーなのかね。

    自殺という行為は完全犯罪を助長する、という…なぜこんな簡単な教育が為されないのだろうか。絶対に‘誰か’が関与している、という認識を否定する行為は厳に戒めないといけないんである。
    女の子を‘一人ぼっち’にしてはいけない、という社会的通念、つーか…(恋愛&家族を大切に思う気持ちとかもね)。

    女の子達には強く賢くなってもらいたい、のであるが、ストーカーやDVから身を隠すしかない?様な人達の存在が事態をややこしくさせる。
    敢えて行方不明のままとする?(≒公開捜査の行手を阻む)実態もあるんだという事でいいのか?警察は女性の人権問題に特化した部隊を組織してもいいんじゃないか?(男に対してはマル暴があるワケだからして)

    北朝鮮云々という話でもあり…女衒の国許すまじ、という事でもあるワケなんだけど、ああした存在を許して来た現実がまだ‘国内’にも存在する、という認識だけは失わない様に…て事なんである。

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