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投稿コメント一覧 (367コメント)

  • >>No. 299887

    そもそも、「本佛」とは、十界各界に於いて、それぞれの界で十界が仏界常態にある当体自体が本佛の本佛たる所以 ♪

    一念三千の当体は、各界それぞれが独自に独立して存在することなんざ出来んのや、ばーか ♪

    そんな基礎中の基礎も知らんから曲解迷釈するんや、脳タリン狂いハトよっ ♪{笑う)

    日蓮も言ってるやろが

    ※【此等の仏菩薩大聖等総じて序品列坐の二界八番の雑衆等一人ももれず、此の御本尊の中に住し給い妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる是を本尊とは申すなり。】

    とな ♪

    文意は上で解説してあっからスクロールして読めや、ボーヤ♪

    オマエが洗脳されてる本尊義では「日女御前御返事」は到底、マトモな解釈なんぞできんわっ ♪



    故に日道は

    ※【仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く云云、何そ三身即一の有縁の釈尊を閣きて強て一体修三の無常の仏陀を執らんや、既に本尊の階級に迷う、全く末法の導師に非るかな】

    と、〝一人ももれず(十界各界の内、一界も欠けることなく)〟本佛の事の一念三千の当体を本尊に顕わした、という法義に背く身延の邪義は、無間堕地獄必定だと日道は述べていてるんや ♪

  • >>No. 299888

    >一、脇士なき一体の仏を本尊と崇るは謗法の事。
    小乗釈迦は舎利弗目連を脇士となす権大乗迹門の釈迦は普賢文殊を脇士となす、法華本門の釈迦は上行等の四菩薩を脇士となす云云、一躰の小釈迦をば三蔵を修する釈迦とも申し又頭陀釈迦とも申すなり、御書に云く劣応勝応報身法身異なれども始成の辺は同しきなり、一体の仏を崇る事旁々もつて謂はれなき事なり誤まりが中の誤まりなり。
    仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く云云、何そ三身即一の有縁の釈尊を閣きて強て一体修三の無常の仏陀を執らんや、既に本尊の階級に迷う、全く末法の導師に非るかな。

    日興は仏像を本尊にしてはいけないとされているのではなく、本仏釈尊の脇士に宗祖や私達の本地菩薩である四菩薩を安置しない本尊はだめだとされている。久成の釈尊でなければだめという 観心本尊抄の遺文からです。<


    ははは、ばーか ♪

    オマエは邪宗詐欺狂団日蓮宗なんやろ?
    なんでオマエらの邪義を正当化するために富士門流日興の言葉を盗んで泣いとんねん?ん?{笑う)

    日蓮は佐渡後から本尊を顕わし始めてからただの一度も四菩薩人形はおろか、釈迦人形ですら本尊にしとらんわっ ♪{笑う)

    日道が述べてるのは、当時の鎌倉時代に蔓延して主流となっていた釈迦人形を本尊とすべきと思っていた習い損ねの五老僧らや基礎仏教知識しかない門弟は、日連よりマンツーマンで教示を受けていた日興のような高度な教学なんぞ持ち合わせてもおらず、所詮理解不能な五老僧らに対して、日蓮も生前していたように、それに倣い、日道も比喩表現を用いて低レベルの五老僧らや仏教の基礎的なレベルにある遺弟門下に教示したにすぎんわっ ♪

    富士は日蓮の〝曼荼羅御本尊〟のみ顕わして用いた振る舞いに随従したけどもやな、身延連中は、やれ「シャカ」だの「シボサツ」だの「キシボジン」だの「キツネ稲荷」だのと、日蓮の教えを理解出来んから神々信仰も取り入れて、日蓮の教えとは似て非なる邪義を編み出した{笑う)

    そんな習い損ねの脳乱ドモの五老僧らや基礎的な教学知識しかない者に、日蓮の本尊義は到底理解できんこと。

    よって、そういうレベルの連中でも教化してやれるように、本来は曼荼羅御本尊で教示したものを日道は、シャカ人形やシボサツ人形を譬えに用いて話してるだけのこぉーとっ ♪

  • >>No. 299889

    したがって、アホが文意も知らずに持ち出した箇所の

    ※【只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり】

    とは、本有の尊形と化した事の一念三千の当体を擬神化して相貌として書き顕わした御本尊の本佛の当体に、一心に帰命して本佛の当体から発せられる仏力法力の法脈を受持ちする様を日蓮は『法華経を持ちて』と表現し、それにより、一時的に

    ※【南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり】

    と、本佛の当体である事の一念三千の当体に南無妙法蓮華経と唱えて帰命してる間に於いて、仏力法力に影響を受けて成仏を得れる状態にある、ということを日蓮は言っている。

    よって、『胸中の肉団におはしますなり』とは、疑似的に本尊と化した御本尊に存する事の一念三千の当体から法脈を通じて、南無妙法蓮華経と唱えて帰命する我らの迷いの当体が仏力法力に浴している状態を『おわしますなり』と日蓮は言ってんのや ♪


    それをあんだって?
    >自身の清浄心仏心を引き出すため、自身の胸中に建立しなくてはならない。<
    やと?アハハ!!(~▽~*)/≡クルッヽ( )ノギャハハ!!≡クルッ(*_ _)/バンバン!!

    嗤わせるんも大概にしとけや、のぅ、ボクちゃんよっ ♪{笑う)

    てか、「建立」の意味、オマエ、解っとんのケ?ん?{笑う)


    コラ、脳乱身延脳サイコパスボーヤ、手間かけさせんなや、ガキ{笑う)


    てかな、オマエが持ち出した「日女御前御返事」全文、通解(現代語訳)して、オマエの曲解迷釈で前後文が意味的に通るんか、やってみぃや、ほれほれっ ♪{笑う)

  • >>No. 299890

    それゆえに日蓮は
    『十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依つて曼陀羅とは申すなり』
    と言い、その文の以前の箇所で
    『されば首題の五字は中央にかかり四大天王は宝塔の四方に坐し釈迦多宝本化の四菩薩肩を並べ普賢文殊等舎利弗目連等坐を屈し日天月天第六天の魔王竜王阿修羅其の外不動愛染は南北の二方に陣を取り悪逆の達多愚癡の竜女一座をはり三千世界の人の寿命を奪ふ悪鬼たる鬼子母神十羅刹女等加之日本国の守護神たる天照太神八幡大菩薩天神七代地神五代の神神総じて大小の神祇等体の神つらなる其の余の用の神豈もるべきや、宝塔品に云く「諸の大衆を接して皆虚空に在り」云云、此等の仏菩薩大聖等総じて序品列坐の二界八番の雑衆等一人ももれず、此の御本尊の中に住し給い妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる是を本尊とは申すなり。』
    と言っているんや ♪

    その本佛の仏力法力を具える当体たる事の一念三千の当体が存している本尊こそが『本尊』や、ばーか ♪{笑う)

    上で引用した最後の末文に

    ※【此の御本尊の中に住し給い妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる是を本尊とは申すなり。】

    と言ってるのは、更にその前の箇所

    ※【此等の仏菩薩大聖等総じて序品列坐の二界八番の雑衆等一人ももれず】

    これは日蓮が事の一念三千の当体を構成する生命構造体である十界各界を神々に擬神化して述べたものであって、有名無実の神々のことではない ♪{笑う)

    御本尊の姿(相貌)をしてようと、開眼前は本尊ではないのダヨ ♪{笑う)

    未だ迷いの当体でしかない御本尊の姿をした対象物を、日蓮が十界各界を擬神化した地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏界に対して、

    ※【妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる】

    つまり、迷いの当体でしかない対象物の当体を『妙法の五字』つまり、十界全ての界が仏界常態にある事の一念三千の当体の仏力法力を以て、本尊と為す御本尊の姿をした対象物の当体を疑似的に本佛の当体と為す行為を日蓮は『光明にてらされて』と譬えられ、この開眼の行為によってその御本尊の姿をした対象物が、まさしく『本有の尊形』つまり、帰命の対境の本尊となる、と日蓮は述べている。

    ※【是を本尊とは申すなり】

    とね ♪{笑う)

  • >>No. 299892

    >※ 此の御本尊全く余所に求る事なかれ只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におは
    しますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり

    本尊というのは、対鏡として安置するが、自身の清浄心仏心を引き出すため、自身の胸中に建立しなくてはならない。<


    (´_ゝ`)クッククク・・(´∀`)フハハハ・・( ゚∀゚ )ハァーハッハッ!! 
    ギャハハハ!!☆ミヾ(∇≦((ヾ(≧∇≦)〃))≧∇)ノ彡☆バンバン!!

    お、オマエ、俺を笑いコロス気か?ん?{笑う)

    アホが持ち出した「日女御前御返事」の当該箇所の『此の御本尊全く余所に求る事なかれ』とは、「顕わされた御本尊に備わる帰命の対境・事の一念三千の当体以外のありもしない力用に成仏の拠り所を求めてはならない』という意味であり、『只我れ等衆生の法華経を持ちて』の「法華経」とは、御本尊の備わる事の一念三千の当体から流れる法力、つまり、十界各界それぞれに備わる十界が、それぞれの界に於いて【仏界〝常〟態】にある当体から流れる仏力法力を発する大本の当体、すなわち、事の一念三千の当体自体を日蓮は「法華経」を代名詞として使っている。

  • >>No. 299893

    しかも、「法華経で開眼」だそうな{笑う)
    この一言みても〝開眼〟の意味すらロクすっぽシランわ、このアホ ♪

    ほれ ♪

    「法華経で開眼」の意味、このスレを閲覧の皆様に【具体的】に、詳~~~~~しく、
    文証引用したらしたでその文証の意味も【自分の言葉】で説明してたもれ ♪

    できるんケ?ボーヤ ♪{笑う)

    出来るもんならやってみぃ ♪  ホレホレ ♪ {笑う)



    >日興も日目も知らない、他の富士門流から偽本尊だと指摘されているのに、この嘘に縁すると、
    何が何でもという頭破七分に陥り、「教主釈尊の出世の 本懐は、人の振る舞いにて候いけるぞ」という心の病に陥るのだろう。
    人のふるまいを忘れ、 偽本尊を守る、狂った番犬という感じ♪<


    あらら~~~~www、早速【負けハト】のヒステリック発狂開演かいな? ♪{笑う)

    しかも、またしても文章読解する能力が著しく欠落してる様をアピってんでこのアホ 痛すぎww ♪

    ドコぞのアホが持ち出した「崇峻天皇御書」の当該箇所に於ける「釈尊の出世の本懐」とは、久遠に於いて釈迦という生身の身体を有していた本佛が本未有善の未下種の衆生に下種を施し、その下種を施された衆生が歴劫修行を経て来て、自身の当体レベルを上げて最後の総仕上げの成仏得道に達した本已有善の衆生を教化して本成仏に導くために出現したインド応誕の釈尊と名のついた生身の身体による【教化】こそが〝釈尊の出世の本懐〟であって、狂いハトのように、ネット上で己の狂いぶりを如何なく発揮して脳乱状態を曝すことが日蓮が言うところの我らの【出世の本懐】ではないわ、ダーホっ ♪{笑う)

    それにダンダン、脳乱本性の化けの皮が剥がれ始めてるやん ♪ {笑う)


    てかな、オマエラのトコにある本尊、ドレ1つとして【元】本尊はあっても、「ホンモノ」はナイ ♪{笑う)

    身延ボンズが己らのエサ代を食い扶持身延脳操り脳乱人形に恵ませるため【ツール】でしかないわっ ♪

    釈迦人形にしても、四菩薩人形にしても、稲荷人形にしても、な ♪{笑う)

    日蓮が佐渡後、一度して顕わさなかった人形ちゃん(笑)をダマサレて拝ませられているアホはみっともないでなんなーw ♪{笑う)

  • >>No. 299901

    >そのような身延山で日興が、遺骨を掘り出してもってゆかれたら、墓泥棒になります。 泥棒にしたいの?  
    そのような権限は日興にはない。  連絡もないなんてことはないでしょうね。<


    あっはっはっは。日興にはそのような権限があったことは、
    弟弟子の日興の取り決めた墓輪番や御遷化記録に、
    日昭も日朗も内心は憤慨していても判を【突かされた】いう現実事実からして、
    日興は日蓮の後継であることは、誰あろう日昭も日朗も他の弟子たちの前では
    【認めざるを得んかった】からことから、間違うことなく日興は
    日蓮から相承を受けて後継であったなにより証 ♪

    よって、日興にはその【権限】はあったっちゅうこっちゃな ♪{笑う)





    >三回忌は日昭も、日郎も鎌倉で宗祖の三回忌を行われた、何がどのように行われたのかは、知らないが池上の法要に日向が導師を務めたが、それが問題となり。日昭、日郎は先師の法要をしたまでといったが、以後幕府の許しなく二人は鎌倉を出る事はまかりならんと達せられた。要するに、幕府は上足二人を監視していることが重要だったのでしょう。 この事について、実長は、幕府から呼び出されたものと思われる。 そして日興上人に事の次第を伝えて、身延山を守護してくれるように頼んだのだでしょう。<


    あんなぁ、その根拠となる具体的客観的確たる根拠となる文証や正史料出してんか? ♪
    そんな史料知らんのでな{笑う)




    >日昭は一月、日郎は2月、 そのまま身延に滞在したでしょうね。<


    いんや ♪
    墓輪番取り決めたその後に反故にして放棄したと思うで~ ♪{笑う)





    >鹿の糞の問題があったのなら、五老僧にはあまり関係ない。 要するに、後世の富士門流の人が身延と対抗するためにでっち上げたのでしょう。  鎌倉方は日興がいるなら、心配ないと思っていたでしょうね。日蓮聖人の教は多くの人々を法華経での救済です。<


    だーから、その「ホケキョウ」って具体的になんやねん?ん?答えろや♪ ほれほれ ♪{笑う)

    てかな、鹿の糞こそがボーヤのデッチアゲ ♪{笑う)

    オマエに史料をマトモに読める目もなければ、そもそも、マトモに文章が読めない ♪



    お大事に ♪{笑う)

  • >>No. 299902

    >鹿の糞で御廟所が汚れていたという事は考えられない。弘安7年には、日目が日尊を連れて、身延山に往かれたが、日興はいなく、三回忌の時に身延で在ったという。 御廟所が汚れていたという話はない。<


    あのな、そもそも、ボーヤはドコから
    >鹿の糞で御廟所が汚れていた<
    言うとんねん?ん?{笑う)

    問題の美作房の手紙の問題箇所には

    ※【身延沢之御墓之荒はて候て、〝鹿かせきの蹄に親り懸らせ給候事〟、目も当られぬ候事に候。】

    と『鹿かせき』てのはつまり、【鹿柵】のことでやな、それが〝目も当てられないような状態〟と言うてんのやで。

    つまりや、その鹿柵が恐らく鹿とかの獣等に破壊されていた、というこっちゃろが。

    オマエはドコ読んでんねん?ん?{笑う)



    >身延山というのは、実長の子息が日興により法華経の信者になり、そして実長の奥方、そして実長が信者になった。 
    池上にも子息がずっと、大聖人についてゆかれた。 そのような身延山で日興が、遺骨を掘り出してもってゆかれたら、墓泥棒になります。 泥棒にしたいの?<


    ( ´,_ゝ`)プッ、ボーヤ、この
    〝身延山というのは、実長の子息が日興により法華経の信者になり、そして実長の奥方、そして実長が信者になった。 
    池上にも子息がずっと、大聖人についてゆかれた。〟
    と、
    「身延山で日興が、遺骨を掘り出してもってゆかれた」
    てのは、別問題で関係ないわ ♪{笑う)

  • >>No. 299903

    確かに後の代十七世日精筆の富士の史伝書の家中見聞には
    『同六年正月に墓所の輪番帳を定め給ふ時、聊か異乱に及ぶ琴ありて衆議区区なり。
     此の時日興御遺状取り出だして大衆中に披露あり、
     時に日興御影の宝前に於いて御䦰を取り、此の番長を定め給ふ。
     老僧中、、外には子細なしといえども、内意は当別当日興に同宿すべからずとて
     終に日昭は浜戸に下り相州浜戸なり、日朗は比企谷に下り鎌倉比企谷、
     日向は上総に下り茂原なり、日頂は下総に下る真間なり、皆我が本国に帰り給ふ』
    とある。

    即ち、この史伝書を額面通りに取らないにしてもや、
    長兄日昭、次兄日朗は弟弟子日興の決めた事に自ら署名花押を押したいうことは、
    日昭や日朗が、己等が長兄次兄なんやから日蓮の後を継ぐ者と信じてたにも拘わらず、
    日蓮が後継に相承したのは日興で、しかも、その確たる証拠として
    日蓮直筆の署名花押が入った遺言状を披露されたからこそ日興を日蓮の後継として
    弟子方面々の中で異を唱えずに渋々でも署名花押をしたとみて、これまた矛盾せんわ ♪

    そうなると、百箇日忌の法要の後、一月が輪番月の日昭をはじめ、
    二月輪番月の日朗が挙って身延を下山して取り決めた輪番制を反故にして放棄し、
    墓輪番が早々から反故にされたのを間近で見た、輪番制に同意した他の弟子たちの中にも、
    長兄次兄のドチラかが日蓮の後継になると思ってたのに、
    日興が後継に選ばれた事実が頭では理解できても、心情では認められないと思った弟子は
    〝あぁ、墓輪番をそれほど守る必要は無いんやないか?〟
    という考えを起こしてもなんら不思議やないわな。

    が、折伏を日興から厳命されてるであろう日興の弟弟子たちは、
    日興も輪番制を決めた後、折伏するために下向したとなると
    翌年の三回忌月の十月の前月まで長兄次兄の手前、日興が決めた輪番を守るわけにもいかない、
    となれば、マトモに墓輪番をしていた弟子は日興の厳命にも従ったなら、
    身延には弟子が殆ど居なかったが故に廟所が荒れ放題になっていた、
    としてもこれまたなんら矛盾せんのぅ。

    よって、この自然の流れからして、ボーヤが言う
    >三回忌までは続けられた<
    という推論は全く以て成り立たん希望的願望いうこっちゃ ♪

  • >>No. 299904

    >輪番は少なくても三回忌までは続けられたと思われる。身延山にはお弟子さんたちが当時数十人くらいは常住していたと思われる。<


    ははは。そんな妄想はドコから出てくるんや?

    1283年弘安6年一月に墓輪番制案を日興が作成して同月百箇日忌を修した後、
    一月輪番月の日昭は、相州鎌倉浜土に下向。
    二月輪番月の日朗もまた、鎌倉比企谷下向。
    四月輪番月の日頂も同様に下総真間に下向。

    二月輪番月日朗、四月輪番月日頂は輪番月に帰山すればええが、
    一月が輪番月の日昭は連名で承諾の花押までしているにも拘わらず、
    百箇日忌後に下向して早速判まで押した輪番書の取り決めを反故にして放棄しとるやん ♪

    これは墓輪番帳を実質考えた日興の書に五老僧をはじめ、輪番制に同意した門弟は
    〝弟子の中では長兄の日昭の考えではなく、三兄の日興の決めたことに署名・花押〟を

    ※【させられた】

    という恰好で、特に長兄日昭、次兄日朗は
    弟弟子の日興の決めたことに判を突かされた恰好やから
    弟子方面々の中では同意の意を署名花押することで同意したように振舞ったが、
    普通に考えれば、長兄日昭が取り仕切るものを弟弟子の日興に仕切られたんやから
    同様に御遷化記録事にも署名花押を突かされた長兄日昭、次兄日朗は
    内心憤慨していたとみて矛盾せんわな ♪

  • >>No. 299908

    ●金毘羅神宮
    https://www.beach.jp/_images/archive/d010U7BGVAHMAJQ0OGN8ERKKQQM580N2NKK9LK1KM0MMJ21QTOLSM9K/large

    これも半野八幡宮同様で、仏式による当宗の御宝前同様の五具足にて
    荘厳申し上げている。

    中央の金毘羅も神社の時の名残りとして形式的に
    御本尊を御安置の際は一旦撤去の末、再度、当宗村民の根強い神信仰に対し、
    教化教導の観点から形式的に置いたものに過ぎない♪

    そもそも、金毘羅自体、仏法の実体はない♪

    いずれにしても、当宗が神社に御本尊御安置を行ってたは
    地域広宣流布が成し得たとの認識によるものであり、
    且つ、神信仰が根強くあるそれぞれの当宗の村民が
    この大聖人の信心から離れないよう、大聖人の御化導に則り、
    随方毘尼の観点による教化教導をされてるが故であり、
    当宗には古来より、「内(宗内)には摂受、外(宗外)には折伏」
    という考え方、御方針、御化導がある。

    これを否定するのであれば、オマエは大聖人の御化導に対しても
    逆らうマヌケだっ♪(大爆笑)


    いずれにしても、一旦地域に於ける広宣流布がなされた中で
    各神社の謗法払いをした上で安置してる事や ♪

    これら同様に、富士には日尊が存命中に改宗させて富士の寺として御本尊を安置してる古刹寺院があるしなっ ♪

    なんら問題ないわっ ♪{笑う)

  • >>No. 299909

    ●半野八幡宮
    http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/55/0000168555/65/img40731717zikazj.jpeg



    この半野神社の画像には御本尊と一緒に「八幡御神木」との板切れがある。

これはまだ神社だったその昔に社に奉納されたものだろうが、
そもそもこの「八幡御神木」に本尊の実体はおろか、御神体でもない♪(大笑い)

ただ、半野八幡宮が神社であった頃の名残として置いているだけである。

おそらくは、村民の強い意向によるものだろうが、
大聖人が御在世当時、既に御本尊を顕され始められたにも拘わらず、
造仏論者の富木常忍、四条金吾・日眼女故にコサエた仏像を撤去せず、
当面の処置として弘安3年・4年に両家に対して
御本尊を授与あそばされるまでの間、仮本尊として大聖人の御允可のもと、
許されていた行為同様、半野地域の当宗の信徒の村民の
神信仰の意向を無碍にせずに、教化教導の観点から社に御本尊を御安置した際、
随方毘尼の観点からそのままにされたもので、
御本尊を御安置の際は一旦撤去の末、再度、形式的に置いたものに過ぎない♪

注連縄も同様、注連縄は信仰対象の御神体ではなく、
そもそも、仏法の実体などハナからない♪

形式による形式に過ぎないものだっ♪(大爆笑)

故に教化教導の一環としての処置故に、なんら問題はない♪

ましてやこの社には、神前ではなく、仏式、
しかも、当宗の五具足を御供えして荘厳申し上げている♪

なんら謗法性はないっ♪

  • >>No. 299910


    ●熊久保八幡宮
反駁に入る前にこのリンク先の画像見てみろA↓
http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/55/0000168555/66/img6eae5049zik0zj.jpeg
    それとこの画像B↓
http://blog-imgs-31-origin.fc2.com/f/u/j/fujinomiyaboy/DSCF00360.jpg



    「A」には御本尊と、
【オブジェ】の意味合いでしかない「八幡宮御神木」が
隣り合わせで写ってるのにだ、
「B」にはこの「八幡宮御神木」のオブジェが何故か、
「奉納子安大明神」のオブジェと一緒に並べられている(爆)

しかも、場所も全く違う。

どのみち、オブジェでしかなく、仏法の実体は無えんだから
どーでもいいが、
おそらく、富士宮ボーイに投稿した撮影者のアホが、
半野八幡宮に御本尊の傍に飾れてたオブジェの「八幡宮御神木」を
「奉納子安大明神」のオブジェが有った場所に持ってきて
並べたと見て矛盾せんわ、バカめ。


こういう姑息なことをやるんだ、当宗を貶めるために
豚柵臭洗脳創価脳思考停止硬直化池田豚食い扶持構成員ドモは(嘲笑)

さすが!!【犯罪狂団】豚柵臭だのぅ



で、本題なっ!(笑)

    この熊久保神社の画像には御神体など当然ない(^^♪(笑)
中央には樒が供えられ、その奥に「八幡宮」と書かれた【扁額】があるだ♪

へん‐がく【×扁額】
門戸や室内などに掲げる横に長い額。横額(よこがく)。
---------------

つまり、この神社の名称を単に飾ってあるだけのこと♪
なんら謗法性はない♪

まさか、この扁額を「御神体」だと言うんじゃないだろうねえ?(大笑い)

この社の御神体はあくまで御本尊である(^^♪

それと社の外に設置されてある賽銭箱は名残として置いてあるだけ(^^♪

そもそもが、この地域に於ける広宣流布は成されたと認識されている故に
御本尊が御安置なされているのであり、
御神体が【御本尊】なのであるから、入れられた賽銭は、
理境坊に奉納されて御供養として御宝前に御供え申し上げる。

これまたなんら問題はない♪

  • >>No. 299911

    >宗祖遷化の後2年もたたないうちにまるで実長が将来不法をすることを予言しているような書です。  当然、地頭の不法ならん時は我れも住むまじきならば、富士一跡門徒存知や日順が書いたとされる五人所破抄 三師御伝などに書かれているのなら、日興の可能性が高くなる。ないのなら、距離を置くべきでしょう。 <


    ははは。日向が自身で書き写した【三大秘法抄】にて日蓮が【それも身延】で執筆した中で

    ※【戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり。三国並びに一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等の来下して踏み給ふべき戒壇なり】

    と、身延の地以外の地に最勝の地を選んで建立すべきことを書いてるやん ♪ {笑う)

    日蓮は実長の謗法行為を仕出かす事を既に認識していた♪

    富士の日時も書き写してるが、まさに日蓮が予期していた同じものを誰あろう日向も書き写している ♪

    ほれほれ♪
    反論してみぃや ♪{笑う)



    >神社参拝は日興はダメだとされた。 
    http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/03/09/031232
    大石寺も宗祖の魂も何もない。<

    ( ´,_ゝ`)プッ、まだコレを言うマヌケがおったんかいな ♪{笑う)

    ボーヤが貼り付けたリンクのボンクラ管理者が最後に末文でこう締め括っとるのぅ

    「まあ日蓮正宗の方はこういうことを言われると「それは随方毘尼の範疇なんだ」とか言い出す(笑)。都合の良い解釈ですよね。どうして矛盾を認めないのでしょうね?
    どうして日蓮正宗の方って「確かに日有の化儀抄の精神と矛盾するから、日蓮正宗自身も過去を見直していくことが必要ですね」とか、そういう誠意ある総括ができないのでしょうか。」

    と(笑)

    なら、総括してたるわ(笑)

  • >>No. 299912

    >日興の実長の謗法が言われているが、地頭の不法ならん時は我れも住むまじき由御遺言は、日辰が北山本門寺に伝わっていることを載せてあるものです。 実根が大石寺の日興跡条々の事。のような事があったのなら、当然日道の書に載っていなければ、怪しいとするのが、正しい読み方です。<


    アホか。
    美作房書は美作房に“個人的に宛てた”手紙で、
    後に随分経ってから、北山に納められたものを
    要山日辰が北山にあったのを書き写したもの。

    翻って、御伝土代は日蓮や日興や日目等の三師の言を元に史実を書いたもので、
    必ずしも実長の事に触れる必要性は特にない♪

    が、日興は遺誡でこう戒めているやん ♪

    ※【一、檀那の社参物詣を禁ず可し、何に況や其の器にして一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ず可けんや、返す返すも口惜しき次第なり、是れ全く己義に非ず経文御抄等に任す云云。】

    とな ♪

    実長が社参をしでかした事が、日興にとって
    “実長の暴走を留まらす事が出来ず教化しきれなかった”
    という口惜しい思いをしたからこそ、日興はコレを戒めの条目に加えている ♪

    つまり、そういう日興の心情を日道が鑑みて
    兄弟子の唯一の“汚点”とも言うべき事を書き記そうと思う弟弟子はおらんわっ。

    日興が遺誡で弟弟子や後世の弟子達を戒めると同時に
    自身を自戒しとるんやから十分という、日道の【正常な判断】や ♪

    ボーヤのロジックは、事柄については何がなんでも
    他の者による記述が絶対に無ければならない、なんやろ? {笑う)

    だったらコレ↓

    _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
    ボーヤが言うこの

    “日郎は法難で右手が悪くしていて、こういうことは日興が書くことが多かったようです。”

    の記述のある、
    具体的客観的確たる根拠証拠の日朗直筆の文証や
    日朗が存命中に他の弟子が書いた【正しく読んだ】証言記述正史料、
    出してんか? ホレホレホレホレー♪ {笑う)

    でないと、ボーヤの発言は完全に【口からデマカセ】やで ♪{笑う)
    _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

    コレ、やれるもんならやってみなっ ♪{笑う)

  • >>No. 299913

    >>最終的に大聖人様が選定された人物が日興上人様です

    宗祖遷化記録です。門下で相談して日興が書いたものです。 日郎は法難で右手が悪くしていて、こういうことは日興が書くことが多かったようです。<

    あっはっはっ、また出たで出たで ♪
    苦し紛れの十八番の“尤もらしい作り話”が ♪ {笑う)

    そんな記述、オレは見たことないんやけどなぁー ♪

    ボーヤはこう言うとんなぁー、

    “実根が大石寺の日興跡条々の事。のような事があったのなら、当然日道の書に載っていなければ、怪しいとするのが、正しい読み方です。”

    なら、日朗が法難で右手を負傷して右手が使いモンになんなかった、
    ちゅうことが【当然】日朗自身や日朗の存命中に於いて
    他の弟子等が書いた文証や正史料に記述がなけりゃ、ボーヤの言うことは、
    いつもの口からデマカセやっちゅうことになるのぅ ♪ {笑う)

    ほんならボーヤが言うこの

    “日郎は法難で右手が悪くしていて、こういうことは日興が書くことが多かったようです。”

    の記述のある、
    具体的客観的確たる根拠証拠の日朗直筆の文証や
    日朗が存命中に他の弟子が書いた【正しく読んだ】証言記述正史料、
    出してんか? ホレホレホレホレー♪ {笑う)

    でないと、ボーヤの発言は完全に【口からデマカセ】やで ♪{笑う)

  • >>No. 299915

    この両書、どちらも【頑迷に仏像に執着する者】が相手の、教導する上であくまで【例外的】に
    日蓮も造佛家・富木常忍や四条金吾に対してもそうしたようにやな、
    これは日蓮も日興も、いや、大石寺では上古の上代から随方毘尼の観点で用いられた
    教化教導方法。

    その執着ぶりから、他の弟子檀那には次から次へと授与してきた日蓮は、
    草創期入信の富木常忍や四条金吾に対して曼荼羅御本尊を授与されたんは
    四条金吾が弘安3年、富木常忍に至っては弘安4年 ♪

    草創期入信であればそれこそ、文永年間佐後早々にでも授与していても可笑しくないわな{笑う)

    そんだけ仏像に対する執着が強かって、仏像本尊に執着する輩は
    日蓮の本尊義に於ける拝し方言うもんが全く分かっていなかったが故に
    おいそれと授与するわけにはいかんかった、ちゅーこっちゃ ♪{笑う)


    例えば世間で、「例外的に認められてる」というものを検索すると
    こんなサイトがヒットする

    http://www.town.mashiko.tochigi.jp/page/page002131.html
    ==========================
    野外焼却(野焼き)は法律で禁止されています
    (中略:例外として認められてる行為事項箇所)
    これらの例外行為であっても、野外焼却を推奨しているわけではありません。
    例外行為である野外焼却を行う際には、以下のことに留意してください。
    (中略)
    ※ただし、例外として認められている焼却行為であっても、大量の煙や臭いが発生し、
    周辺地域の生活環境への影響が認められた時には、改善指導の対象となります。
    ==========================

    が、ボーヤの痴理屈では基本的に認められてない行為であるにも拘わらず、
    国や市町村が〝法律でも無条件で認めている〟と曲解迷釈してしまう脳乱思考 ♪{笑う)

    日興が述べてることは、仏法上に於ける謗法の範疇事項に於いて、

    ※【あまりに仏像に執着するが故に、随方毘尼の観点から】

    〝例外中の例外として【不本意ながら】『仮の本尊』として認めてやろう〟

    ちゅうこっちゃで ♪{笑う)


    ボーヤ、オマエね、少しはオツムが病んで頭破作七分状態にあることを自覚せえや ♪{笑う)

  • >>No. 299916

    仮に、原殿御返事の真蹟が存在していたことがあったにしても、造仏論者の日辰が御都合主義的に
    改竄した可能性が濃厚やな ♪{笑う)

    故に造佛の件に関しては、信憑性が低いとみて矛盾しない ♪

    それは「五人所破抄」と併せて読み比べれば一目瞭然 ♪

    ※【倩聖人出世の本懐を尋ぬれば 源と権実已過の化導を改め上行所伝の乗戒を弘めんが為なり、 
      図する所の本尊は亦正像二千の間・ 一閻浮提の内未曾有の大漫荼羅なり。
      今に当つては迹化の教主・既に益無し況やタタ婆和の拙仏をや。
      次に随身所持の俗難は只是れ継子一旦の寵愛、月を待つ片時の螢光か。
      執する者尚強いて帰依を致さんと欲せば須らく四菩薩を加うべし
      敢て一仏を用ゆること勿れ云云。】

    通解:「深く大聖人の出世の本懐を鑑みれば、本懐の源となる権実二教の化導を改めて、
        上行菩薩に伝わる教えと大乗妙戒を弘通することである。
        図顕された御本尊の十界曼荼羅の相貌は、しかして正像二千の間、
        この娑婆世界の閻浮提に未だかつて顕わされたことのない大漫荼羅である。
        今末法に於いて、法華経迹門の教主である釈尊は既に利益はないのであるから、
        まして小乗教の応身仏に利益があるわけがない。 
        次に、大聖人が一体仏を随身所持しておられたではないかという言い分についていえば、
        これは言えば、継子を一旦寵愛するようなもので月が出るまでの片時の間の、
        蛍の光のようなものと言えよう。
        にも拘らず釈尊に執着した状態で本尊として仏像に帰依したいと思うようであれば、
        十界曼荼羅の法義に即してせめて四菩薩を加えて脇士とすべきであろう。
        敢えて一体仏のみを用いてはならない。」

  • >>No. 299917

    >この書から、日興は、一体の釈迦像に四菩薩像の造りなさい。 作るにはお金がかかるから、子孫の内で余裕ができたらとし、それまでは、宗祖の自筆の本尊を掲げなさいと、教示すしている。<


    が、原殿御返事は偽書濃厚の書 ♪

    日興が一度も記述したことがない「日蓮【阿闍梨仏】」もしくは「日蓮【阿闍梨】」との記述がある。

    一度もこうした記述をしたことが日興真蹟・写本双方でどこにも
    その記述(表現・言い回し)した書は存在しない ♪

    しかも、書き写し主は造像家の日辰{笑う)

    ボーヤが根拠とする問題の箇所は

    ■「日興が申す様は、責めて故聖人安置の仏にて候はばさも候なん。
      それも其の仏は上行等の脇士も無く、始成の仏にて候いき。
      其の上其れは大国阿闍梨の取り奉り候いぬ。
      なにのほしさに第二転の始成無常の仏のほしく渡らせ給へ候べき。 
      御力契い給わずんば、御子孫の御中に作らせ給う仁出来し給うまでは、
      聖人の文字にあそばして候を御安置候べし。
      いかに聖人御出世の本懐の南無妙法蓮華経の教主の木造をば 最前には破し給うべきと、
      強いて申して候いしを、 軽しめたりと思食しけるやらん。」

    通解:「日興は「せめて入滅された大聖人が安置されていた仏であるならまだしも、
        上行菩薩等の脇士も無く、日朗が強奪した立像佛は始成正覚の仏にすぎないもので、
        その立像佛は既に日朗が持ち去ってしまっている。
        にも拘わらず何の理由があって、それを写した始成正覚・無常の仏像が
        欲しいと思うのか。
        本来あるべき仏像を造立することが、あなたの力ではかなわないのなら、
        子孫の中で造立する人が出て来るまでは
        大聖人が文字にして顕わされた十界曼荼羅御本尊を御安置すべきである。
        何故、大聖人御出世の本懐の南無妙法蓮華経の教主の木造を真っ先に破るのか?」
        と強く叱咤したのを実長が「己を軽んじている」と思ったようだ。」

    という内容。

  • >>No. 299918

    >この事を詳しく話しているのが、実長の子息にあてた、日興上人の思いです。

    進上 原殿御報。
    追書に云く
    追て申し候、涅槃経の第三第九の二巻御所にて談じて候しを愚書に取具して持ち来りて候、聖人の御経にて渡させ給ひ候間慥に送り進らせ候、兼て又御堂の北のたなに四十九院の大衆の送られ候し時の申状の候し御覧候て便宜に付け給ふべくや候らん見る可き事等候、毎事後信の時を期し候、恐々、外典愚抄共の候後進に又給

    そしてこの書の追伸として、日興上人は涅槃経の第三第九の二巻を間違って持ち去ってしまいました。お返ししますと話されている。 そのような日興上人は、宗祖の遺骨を持ち出すわけがない。<


    はぁ~?持ち出すに決まってんだろ ♪

    日蓮も身延が謗法の地となることを予見し、
    戒壇を身延以外の地に建立することを遺言することのみならず、
    波木井実長の不法(謗法を仕出かした)があれば、日蓮の魂は住まないとも遺言し、
    明確に日向と実長の謗法行為により謗法の地と化した身延に遺言を託された日興が
    置いて身延を離山するわきゃないわっ ♪

    常人であれば誰しも日興の厳格な性格や道念を理解してれば、
    日蓮の遺骨を日興が身延に見捨てて置いて行くなんて思う人間はおらんわっ ♪{笑う)

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