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投稿コメント一覧 (367コメント)

  • 沿革
    1960年 4月 個人から有限会社合沢製作所として創立 資本金 40万円
    1962年 4月 横浜市緑区白山町に工場建設 本社及び工場移転
    1985年 4月 有限会社合沢製作所からユートリー株式会社に社名及び組織変更
    1985年 7月 資本金600万円に増資
    1995年 2月 横浜市都筑区池辺町に本社及び工場移転
    2009年 5月 資本金1000万円に増資
    2013年 1月 横浜市瀬谷区北町に本社及び本社工場移転

    会社名 ユートリー株式会社
    TEL 045-461-9002 FAX 045-461-9003
    〒246-0002 横浜市瀬谷区北町43-14
    代表取締役 奥澤 和広
    代表取締役に奥澤 和広 就任 現在に至る
    +++++++++

    「社員数 6名」ゃったのに、新たに作ったサイトの社員数を「10人」なんて
    見栄張って書いちゃっとるょ、うふふ

  • >>No. 299802

    h ttp://www5f.biglobe.ne.jp/~yutori/gaiyou.html

    会社概要

    社名 ユートリー株式会社 (英文名称: U-TOLEE CORPORATION)
    創業 1960年4月
    事業内容 金属、樹脂機械加工全般、セラミックス等精密機械加工、
    マシニング加工、放電加工、治工具・装置の設計製作、
    金型の設計製作、組み立て
    所在地 神奈川県横浜市瀬谷区北町43-1
    電話番号 電話045-461-9002     FAX 045-461-9003
    メールアドレス info@ytr.jp
    代表取締役社長 奥澤 和広
    資本金 1000万円
    社員数 10人


    おや?もう既にハズカシすぎて削除したこのサイトには

    h ttp://www5f.biglobe.ne.jp/~yutori/myweb1_003.htm

    会社概要 ユートリー株式会社 539.88㎡
    約163.6坪 準工業地域 重量鉄筋鉄骨 三階  892㎡  約270坪
    本社工場 地目 敷地 構造 建物
    代表取締役 奥澤 和広
    資本金 1000万円
    社員数 6名
    事業内容
    取引銀行 三井住友銀行中山支店 静岡中央銀行中山支店 横浜信用金庫鴨居支店
    精密機械部品、半導体機器、治工具、油圧機器、各種産業機械、
    金型等の機械加工及び設計製造

    代表挨拶
    先先代より半世以上に亘り小人数ながら技術一筋に邁進してきました。
    これも皆様の弊社に対する暖かいお心添えのお陰で続けてこられた事です。
    あらためてここに御礼申し上げます。
    厳しい世界経済の中で皆様の期待に応え社会に貢献する会社を目指す所存でいます。
    会社を大きくする事よりも、小さくても個性ある強い会社を目指します。
    若輩ですが、なにとぞ、お引き立て下さるようお願い申し上げます

    横浜市西区北幸町にて個人で創業
    創業者 落合 秀吉
    代表取締役 落合 秀吉

  • >>No. 299803

    この日蓮宗信者のハトさんについてこんな記述を見つけましたヨ



    u_tolee2000(「浜」ゃと、うふふ) こと 狂ぃハト(sankoutensi)

    h ttp://textream.yahoo.co.jp/personal/history/comment?user=vSfTJq1hizUtBMwsEbGIbA--

    h ttp://profiles.yahoo.co.jp/-/profile/?sp=vAmoGC8kRLKoGrJPE5nuVw--

    ◆「こんなものいいな! できたらいいな! 世界に無いものの開発をしています。
      精密部品の加工はお任せ下さい」

    うふふ、確かにこんなチンケな詐欺紛い小学生商品をコサエる人間なんざ、
    ぃゃ、ハトなんざ、おまえしか居らんが、うふふ↓

    h ttp://cdn.mkimg.carview.co.jp/minkara/parts/000/003/168/807/3168807/p1.jpg?ct=681f5306922b

    どぅゃら、このチンケな詐欺紛い小学生商品を「6000円」で売り付けてるらしぃ、うふふ


    >u_tolee2000

    このHNひ~~さ~~し~~ぶ~~り~~だ~~なー(嗤う)

    sankoutensiHNと同一人物であることがバレて、ドコのダレかが判明したヤツだ(爆笑)


    No.2
    初めまして右京様   浜と申し…
    u_t*****

    初めまして右京様   浜と申します。
    (中略)
    メールアドレスは
    info:yty.jp です。
    @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

    うふふ、「info:yty.jp」これ、メアドゃと、うふふ。

  • >>No. 299857

    沿革
    1960年 4月 個人から有限会社合沢製作所として創立 資本金 40万円
    1962年 4月 横浜市緑区白山町に工場建設 本社及び工場移転
    1985年 4月 有限会社合沢製作所からユートリー株式会社に社名及び組織変更
    1985年 7月 資本金600万円に増資
    1995年 2月 横浜市都筑区池辺町に本社及び工場移転
    2009年 5月 資本金1000万円に増資
    2013年 1月 横浜市瀬谷区北町に本社及び本社工場移転

    会社名 ユートリー株式会社
    TEL 045-461-9002 FAX 045-461-9003
    〒246-0002 横浜市瀬谷区北町43-14
    代表取締役 奥澤 和広
    代表取締役に奥澤 和広 就任 現在に至る
    +++++++++

    「社員数 6名」ゃったのに、新たに作ったサイトの社員数を「10人」なんて
    見栄張って書いちゃっとるょ、うふふ

  • >>No. 299858

    h ttp://www5f.biglobe.ne.jp/~yutori/gaiyou.html

    会社概要

    社名 ユートリー株式会社 (英文名称: U-TOLEE CORPORATION)
    創業 1960年4月
    事業内容 金属、樹脂機械加工全般、セラミックス等精密機械加工、
    マシニング加工、放電加工、治工具・装置の設計製作、
    金型の設計製作、組み立て
    所在地 神奈川県横浜市瀬谷区北町43-1
    電話番号 電話045-461-9002     FAX 045-461-9003
    メールアドレス info@ytr.jp
    代表取締役社長 奥澤 和広
    資本金 1000万円
    社員数 10人


    おや?もう既にハズカシすぎて削除したこのサイトには

    h ttp://www5f.biglobe.ne.jp/~yutori/myweb1_003.htm

    会社概要 ユートリー株式会社 539.88㎡
    約163.6坪 準工業地域 重量鉄筋鉄骨 三階  892㎡  約270坪
    本社工場 地目 敷地 構造 建物
    代表取締役 奥澤 和広
    資本金 1000万円
    社員数 6名
    事業内容
    取引銀行 三井住友銀行中山支店 静岡中央銀行中山支店 横浜信用金庫鴨居支店
    精密機械部品、半導体機器、治工具、油圧機器、各種産業機械、
    金型等の機械加工及び設計製造

    代表挨拶
    先先代より半世以上に亘り小人数ながら技術一筋に邁進してきました。
    これも皆様の弊社に対する暖かいお心添えのお陰で続けてこられた事です。
    あらためてここに御礼申し上げます。
    厳しい世界経済の中で皆様の期待に応え社会に貢献する会社を目指す所存でいます。
    会社を大きくする事よりも、小さくても個性ある強い会社を目指します。
    若輩ですが、なにとぞ、お引き立て下さるようお願い申し上げます

    横浜市西区北幸町にて個人で創業
    創業者 落合 秀吉
    代表取締役 落合 秀吉

  • >>No. 299859

    この日蓮宗信者のハトさんについてこんな記述を見つけましたヨ



    u_tolee2000(「浜」ゃと、うふふ) こと 狂ぃハト(sankoutensi)

    h ttp://textream.yahoo.co.jp/personal/history/comment?user=vSfTJq1hizUtBMwsEbGIbA--

    h ttp://profiles.yahoo.co.jp/-/profile/?sp=vAmoGC8kRLKoGrJPE5nuVw--

    ◆「こんなものいいな! できたらいいな! 世界に無いものの開発をしています。
      精密部品の加工はお任せ下さい」

    うふふ、確かにこんなチンケな詐欺紛い小学生商品をコサエる人間なんざ、
    ぃゃ、ハトなんざ、おまえしか居らんが、うふふ↓

    h ttp://cdn.mkimg.carview.co.jp/minkara/parts/000/003/168/807/3168807/p1.jpg?ct=681f5306922b

    どぅゃら、このチンケな詐欺紛い小学生商品を「6000円」で売り付けてるらしぃ、うふふ


    >u_tolee2000

    このHNひ~~さ~~し~~ぶ~~り~~だ~~なー(嗤う)

    sankoutensiHNと同一人物であることがバレて、ドコのダレかが判明したヤツだ(爆笑)


    No.2
    初めまして右京様   浜と申し…
    u_t*****

    初めまして右京様   浜と申します。
    (中略)
    メールアドレスは
    info:yty.jp です。
    @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

    うふふ、「info:yty.jp」これ、メアドゃと、うふふ。

  • >>No. 299852

    >日道の書だよ。

    日朗上人去る正中の頃冨士山に入御あり日興上人と御一同あり、実に地涌千界の眷属上行菩薩なり、御弟子にてまします貴とむべし●●

    日興が日郎上人を貴とむべしといわれている。 君には理解できないようだね。 この書は元々、富士門流の書だから日興寄りになっている。 大聖人の教えから、現在の日蓮正宗は外れていると言っているのよ。おかしいよね。なぜ正宗が掲げる唯一人血脈や、唯一戒壇の本尊がでてこないのは、日興の遺訓の書だが、顕彰会のような信徒とは関係ないみたいだね。<


    ばかでないかい?
    ハトは自分で「日道の書」だと言いながら、舌の根も乾かない内に「日興が日郎上人を貴とむべしといわれている」と日道が言ってることを「日興が言ってる」と言ってる。

    >君には理解できないようだね<
    ってあーた。
    理解できないのはハトのようだヨ{笑う)。

    >この書は元々(中略)日興の遺訓の書<
    ってあーた。
    この書は「日道の書」じゃなかったんかい{笑う)。

    てかさ、この部分は離反していた日朗が、日興のいる富士の寺にやってきたという内容で、それを改心の兆し在りと見た日興が日朗に対して紛うことなく日蓮の弟子だ、と喜んだ、という内容の話。

    マトモに文章も読めない支離滅裂な言い募りはみっともないだけではないかい?{笑う)。

    そもそも身延系は所詮、屑肉を寄せ集めた烏合の衆とちゃうん?

    日蓮からは『身延で書いた』三大秘法禀承事で

    戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり

    と、身延以外の地に『霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き』と言われて、身延は既に捨て去る事を日蓮自身が述べててさ、この書を更に、誰あろう身延の管長に収まった日向自身が書き写した三大秘法禀承事、何をトチ狂ったのか、身延自身が数年前に日向700年遠忌で披露して、身延自体の存立基盤を崩壊させとる{笑う)。

    日蓮は「身延はイラン」と言うとるヨ。

    そんなニセモノ狂義を洗脳されてっからハトは支離滅裂な発言をしてるにもかかわらず、自身が身延の害毒で狂ってることに気付けないノダヨ{笑う)。


    お大事に♪{笑う)

  • >>No. 299862

    >● 日興上人御遺告、元徳四年正月十二日日道之を記す。

    一大聖人の御書は和字たるべき事
    一鎌倉五人の天台沙門は謂れ無き事
    一一部五種の行は時過たる事
    一一躰仏の事
    一天目房の方便品読む可らすと立るは大謗法の事

    日郎が鎌倉から離れることが許されてから、富士に立ち寄って、歓談した。 鎌倉五人の天台沙門は謂れ無き事とあるように、天台宗に退転したというのは、単なるうわさ程度という事で了解を得たものと思われる。<

    アホか。
    ここで列記している中の「鎌倉五人の天台沙門は謂れ無き事」について日道は

    『一、天台沙門と仰せらる申状は大謗法の事。(中略)
    日蓮聖人の御弟子は天台と云ふ字をば禁ずべきものなり、本門迹門の付嘱すでに異なり、下方他方弘通何そ同からんや、すでに天台沙門と号す全く地涌千界の眷属にあらず。』

    と述べてるとおり、鎌倉五老僧らが立てる邪説邪義は日蓮が立てるところの義ではない上に謗法である、ということから、日道は鎌倉五人(五老僧)が己らの立場を号した「天台沙門」は単に、日蓮が若い時分に幕府に対して己の「僧としての立場」を対外的に号した「沙門日蓮」の真意を全く理解せずに、「師匠日蓮が自身についてそう名乗ったんだから我ら五老僧も天台沙門と名乗るんでいいんだ」と曲解して号したことに対して、日道が〝それは師匠日蓮の立てた教義に沿った謂れはない〟と五老僧の「天台沙門」を破折した、という内容(笑う)

    故に日興以下、門弟らは五老僧らを「退転した」と認識したんやで。

    身延の害毒に脳がやられとるから病院いけや、な、ハトや(笑う)

  • >>No. 299865

    >日興上人は大聖御遷化の後身延山にて弘法を致し公家関東の奏聞をなして三ケ年が間身延山に御住あり、而て大聖御滅後六人の上足奏状を捧け給ふに五人は天台の沙門と云云、興上は日蓮聖人弟子某と申状書き畢ぬこれに依つて五人は一同して、興上一人正義を立つ、欝憤して不和の間、波木井殿も五人の方に心寄せなるによつて、興上は身延山出て給ひて南条次郎左衛門時光が領駿州冨士上野の郷に越え給ふ、大聖人より時光が給はる御書に云く賢人殿と云云、これに依りて此地を占め寺を立て給ふ。

    宗祖滅後に六人のお弟子さんは、連名で幕府に対して立正安国論のような申状を提出したが、五老僧は天台沙門と署名したが、日興上人は日蓮聖人の弟子と署名した。<


    はあ?上記部分をどう読めば、六人が連盟で幕府に申し状を提出したって読めるん?(笑う)

    そもそも日蓮遷化後、六人が連名で申し状を幕府に提出したって史実はナイ。

    大体が、文中に「五人は天台の沙門と云云、興上は日蓮聖人弟子某と申状書き畢ぬこれに依つて五人は一同して、興上一人正義を立つ、欝憤して不和の間」と述べてるとおり、日興が五老僧らと解釈の仕方が全く異なるのに、同一書の申し状で連名で提出するわきゃないだろ。

    文章もロクすっぽ読めんのに何言ってんだか。




    >日蓮聖人在世時代は天台法華宗の中の本門派とか日蓮派だったということであって、日蓮聖人は天台法華宗から独立をしたという話は聞かない。<

    「聞かない」じゃなくて、頭っから「独立してない」って決めつけありきなだけやん。

    日蓮は『然るに日蓮は何の宗の元祖にもあらず又末葉にもあらず』と言っているのみならず、建長5年に立宗宣言しとるやん。

    完全な独立やん(笑う)

    てか、したら今の身延に連なる屑肉烏合の衆の「日蓮宗」は天台宗なんケ?大丈夫かオツム?(笑う)

    お大事に。

  • >>No. 299864

    >日興遺誡置文については、創価大学の教授の宮田幸一さんの論文を参考にされたら、いかがかな? <

    ははは。その当の本人の宮田は末文でなんて言ってる?え?
    「この議論は大石寺が主張する日時写本の存在を否定した上で成立する議論であるが、大石寺が日時写本を公開していないので、私にも判断しかねる。」
    と言ってるんちゃうん?

    それを「参考にしたらいかがかな」?(笑う)
    宮田は文献学観点からすれば他者の古文献からの推論を列挙しつつも、「判断しかねる」つまり〝判断つかんからわからん〟と述べてるということは、宮田も二十六箇条を否定しきれないでいる、というこっちゃ。

    そもそも、遺誡置文は特に日蓮日興門下が守るべき指針として誡めたものであって、特に五・一の視点を色濃く滲ませた御伝土代に記載する必要もなければ、既に富士門流からすれば「天台門下」を名乗る五人を破折するのに言わば富士門流宗門の内部規定ともいうべき日興遺誡置文を記述したところで意味がないから日道は記述かったと見るが妥当。

    したがって御伝土代にて言及する必要性もない、よって、御伝土代に言及がないのは不思議でもなんでもない。

    宮田の言うことをイチイチ真に受けるんは、愚の骨頂とも言うべきや(笑う)

  • >>No. 299868

    アホや。

    立正安国論は法華宗でも天台宗でもない、ましてや僧でもない幕府用人相手に、日蓮が己の僧としての立場を叡山天台宗の遊学していたことから天台宗出身という日蓮自身の経歴もあって、当時認知されていた「天台宗」の僧として取り敢えず名乗ったにすぎんことや(笑う)

    日興も立正安国論を写本するにあたって、幕府用人素人相手に対外的にそう日蓮が記述しているからそのとおり書き写したにすぎない。

    立正安国論はそもそも文応元年執筆の書。

    さっきも書いたやん。

    〝日蓮は『然るに日蓮は何の宗の元祖にもあらず又末葉にもあらず』と言っているのみならず、建長5年に立宗宣言しとるやん。〟

    とね(笑う)

    この文言は建治二年執筆の書。
    これは信徒に書いた手紙で、幕府用人ら〝外部の人間〟を破折誘引するために書いたのと違い、いわば、「信徒」という身内に書いた書。

    よって、対外的に名乗った「天台沙門」と、身内の信徒に表明している「何の宗の元祖にもあらず又末葉にもあらず」とでは全く意味が異なるんやで(笑う)

    要するに本心を語った「何の宗の元祖にもあらず又末葉にもあらず」というのは、日蓮自身は「天台宗」ではない、ということを表明したもの♪

    だーから、ハトの脳は身延の害毒にヤラレてオツム完全にイカレとるから病院いけ(笑う)

    お大事に♪

  • >>No. 299872

    >鎌倉時代の富士門流には日蓮本仏なんてどこにもなかったのにね。 とうぜん久遠実成釈尊の最初結縁令初発道心の第一の御弟子としないものは、日興や日目とも関係ない。<


    日蓮は自身の内証について
    『教主釈尊寿量品の一念三千の法門を証得し給う事は三世の諸仏と内証等しきが故なり、但し此の法門は釈尊一仏の己証のみに非ず諸仏も亦然なり』
    と言い、日蓮自身が書いた本尊の相貌には『南無妙法蓮華経日蓮』と書いとるやん ♪

    つまりその境地は、日蓮自身が自身の当体の本地を問えば、それ即ち、釈迦一仏のみならず、生身の身体を変えながら、連綿と本佛の当体が日蓮の内証に存していた、ということなんよ ♪

    それが理解出来ん幼稚で狂ったオツムの身延連中は「日蓮聖人は自身を本佛なんて言ってない!!」と発狂しまくるわけだ、狂いハトのようにね ♪{笑う)

    身延の習い損ねの狂頭には本佛の当体のみならず、我らの当体もこの法界に於いて三世に亘って存在し続け、本佛の当体は生身の身体を変えつつ、時代時代に於いて教化してきたことについて日蓮が

    『問う劫初より已来何人か当体の蓮華を証得せしや、答う釈尊五百塵点劫の当初此の妙法の当体蓮華を証得して世世番番に成道を唱え能証所証の本理を顕し給えり』

    『釈迦如来五百塵点劫の当初凡夫にて御坐せし時我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟を開き給いき、後に化他の為に世世番番に出世成道し在在処処に八相作仏し王宮に誕生し樹下に成道して始めて仏に成る様を衆生に見知らしめ四十余年に方便教を儲け衆生を誘引す』

    と書いてることでも日蓮に本佛論があったことは明白 ♪

    それが理解出来ん身延のアホ共は、世世番番娑婆世界に出現する度に纏う生身の身体が違えば「本佛ではない」と発狂し、日蓮という名の生身の身体が衆生を教化するために内証に本佛当体を秘し、上行の振る舞いをすれば、本来本佛が自ら下種教化を行うべきことを、「釈迦は上行に役目を丸投げした」として釈迦を無責任のホットケと本佛を蔑ろにするアリサマ ♪{笑う)


    ドコを切っても脳乱ハトの脳乱さは骨の髄まで脳乱状態やって ♪{笑う)

  • >>No. 299873

    >現代科学なら炭素の検査をすれば、一発で年代がわかるのにね。<


    ははは。まだコレを言うアホがおるんか?{笑う)

    その炭素年代測定法やけどな、

    h ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E6%80%A7%E7%82%AD%E7%B4%A0%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E6%B8%AC%E5%AE%9A
    『年代の誤差
    この測定原理を発見したウィラード・リビーは、炭素14の半減期を5568年[5]として計算している。試料の分析結果から、2700から2400年前の約300年間は、新たな炭素14の追加が無かったことを意味するデータが得られているが、実際には生産量と同等な量の古い炭素が海洋から大気に放出されたと考えられている[要出典]。また、植物が炭素を固定する際に同位体選別と呼ばれる現象が生じ、植物の種毎に試料の炭素14濃度と年代には差異が発生する為、補正が必要である。同位体選別による炭素14の濃度差は、炭素13の濃度を精密に測定することで可能で、最大で400年程度の補正量となる。』

    400年の誤差が生じるなら、日蓮遷化後130年強に管長に登座した日有が造立したという稚拙な邪推は通用せんのや ♪


    お・わ・か・りっ? ♪


    お大事に ♪

  • >>No. 299874

    >大石寺が、作り話が多すぎる。 


    それは身延久遠寺のほうやんか ♪

    日蓮が佐渡後、いつ、自身の手で、釈迦の人形コサエたん?ん? {笑う)

    日蓮がコサエたとする日蓮の手による釈迦人形、ドコに現存しとん? {笑う)

    日蓮がいつ、どの書で、キツネを祭れとゆーたん?ん? 文証だしてんか? ♪{笑う)





    >戒壇の板本尊は鎌倉時代にはどこの門流にも記されていないどころか、日有が偽作したと、富士門流から批判されている。<


    その批判してるとする連中は所詮、石山から退転した連中ばっかやん ♪

    その連中は最早、「富士門流」とは言わんのや ♪{笑う)

    で、日向が富士の楠板曼荼羅を真似て贋作した、身延が都合が悪くて都合が悪くてひた隠しに隠してる日向摸刻の板曼荼羅は一体ドコの板曼荼羅を真似て作ったんや?ん? ♪{笑う)

    それとも、日向の板曼荼羅は日向独自のオリジナルゆーんかい? どーなの?ん? ♪{笑う)

    なんだったら、日向の板曼荼羅が日向独自のアイデアでコサエた板やっちゅーんやったら、日向直筆に拠る文証、出してんか?ほれっ ♪


    それに加えな、日蓮が命じて造立させたとされる弟子の日法もな、生前、自前の板曼荼羅を造立しとんねんで ♪

    はて?この日法がコサエた板曼荼羅、どの板曼荼羅を真似たもんかのぅ? ♪{笑う)

    もし、日法が独自のオリジナルのアイデアで板曼荼羅を造立したとするんなら、日法がそれを語った日法直筆の文証、チャッチャと出してんか? ♪{笑う)


    これが日法が個人で造立した板曼荼羅 ♪

  • >>No. 299875

    >日蓮聖人の正墓は身延山久遠寺に有ります。<



    ははは。そうさな、日蓮の遺骨の〝いくらか〟は、な{笑う)

    その身延残土処理地に埋まってる〝日蓮の骨〟とされるものには日蓮の当体は日蓮が
    『地頭の不法ならんときは我も住ましき由』
    と遺言してるとおり、既に日蓮の骨には日蓮の魂は無く、それを予証するかのように、日蓮は生前身延に於いて身延の地以外に
    『霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き』
    と身延以外の地に戒壇を建立することを生前遺言を書き残しとよん ♪{笑う)




    >日興上人の正墓は現在日蓮宗に所属している、大本山富士北山本門寺です。<



    日興遷化後、重須の管長していた者が退転したことにより、食うに食えないと判断して、風見鶏八方美人詐欺宗の日蓮宗に身売りしたんやから、日興の墓の管理者であるその退転管長が自己正当をするために日興の墓を手放すわきゃないやんケ。

    その日興の墓とされる地中に埋められてる〝日興の骨〟も日蓮の遺言同様、謗法の地と化した北山に埋まる日興の骨には日興の魂なんぞありゃで、腐っされ身延や北山に日蓮の魂と共に日興の魂もありゃせんわ ♪




    >大石寺にある三師塔は普通は正墓とは言わないよ。 ♪<


    ははは。身延残土処理地に立ってる石にも、退転寺北山に立ってる石なんぞ、日蓮の遺言からすれば、それこそ、〝正墓〟とは言わんわっ ♪{笑う)




    >日目上人の御正墓は富士下之坊にありますが、これも後世新たに整備されたといわれる。<


    だーからなんや?
    師匠の墓輪番もロクすっぽせんかった師匠蔑ろチンピラ五老僧の所業よか、整備するだけマトモな感覚ってもんやで ♪{笑う)

  • >>No. 299871

    オクサワハト坊はね、仏法の基本中の基本も分らんの(笑)

    つまりね、オクサワハト坊やは(笑)、身延は〝ホネ〟にいつまでも魂(当体)がしがみ付いてるとする狂義なんよね。

    しかもね、文章もロクにマトモに読めないしね。

    まあー、仕方ないわな。
    オクサワハト坊やの菩提寺は横浜の名瀬の妙法寺で、ソコの脳乱坊主に洗脳されてガッチガチの身延脳になってっから(笑)

    そうやね、オクサワハト坊やには教義の話は無理やで(クスクスクスクスクスクスクスクスクスク)

  • >>No. 299880

    >身延の地頭実長は源氏の一族です。 源氏一族があつまり、祖先を供養する中、自分だけが参加しないという事は、難しかったのかもしれません。 日向は許した。  私は友人がなくなり、念仏の葬儀にもゆくが、題目を心の中ので唱える。 日興の身延離山は、神社参拝について、他の上人達と違った。<


    当然や。

    日蓮は「神天上法門」を説いていた

    ※【故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還りたまわず、是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る言わずんばある可からず恐れずんばある可からず。】

    ※【但だ我等のみ是の王を捨棄するに非ず必ず無量の国土を守護する諸天善神有らんも皆悉く捨去せん、既に捨離し已りなば其の国当に種種の災禍有つて国位を喪失すべし】

    ※【故に叡山守護の天照太神正八幡宮山王七社国中守護の諸大善神法味を嘗めたまわずして威光を失い国土を捨て去り了んぬ、悪鬼便りを得て災難を致し結句他国より此の国を破る可き先相勘うる所なり】

    このとおりっ ♪

    日向が実長の社参を許したんは、実長が身延の地頭であり、身延の地を提供した総代のような権力を持っていたのに加え、それを実長は権力をかさに着て、日蓮の指示にも従わなかったことを日蓮は

    ※【はきり(波木井)どのの事は法門の御信用あるやうに候へども此の訴訟は申すままには御用いなかりしかばいかんがと存じて候いしほどにさりとてはと申して候いしゆへにや候けんすこししるし候かこれに・をもうほど.なかりしゆへに又をもうほどなし】

    通解:「波木井六郎実長殿は法門のことについては御信用なさっているようだが、この訴訟に関しては、日蓮のいうとおりに用いられなかったから、どうであろうと思っていたところ、それでは訴訟は叶わないと注意しておいたからであろうか、多少の効果はあったようである。
     だが、こちらで思うほどに聞き入れなかったので、訴訟の効果もおもうほどでなかった。このように、檀那と師匠とが心が同じくしない祈りは、水の上で火を焚くようなもので叶うわけがない。」

    と話してるように、実長には信者弟子としての謙虚さが欠落していることを日蓮は認識していた。

    それを日向が知っていれば、地頭にして土地の提供者である実長の意を損ねない方策を取ったとみて矛盾しない ♪{笑う)

  • >>No. 299884

    >宗祖は信者さんやお弟子さんたちに謗法となるような事はしない。<


    (ノ∇≦、)ノ彡☆ キャハハ!!バンバンッ!!ヾ(∇'〃)キャハハハo(__)ノ彡_☆バンバン!!

    そこまで、曲解するとは脳乱ここに極まれり、やな ♪

    日蓮は方便誘引という教化方法を用いたにすぎない♪

    深甚の本尊義をシランで仕出かした、仕出かさせたんやから、彼らの志は志として大事にして方便誘引の教化にて導く。

    そして、方便で教化した日蓮は弘安3年に四条金吾に、弘安4年に富木常忍に、それぞれ最後には曼荼羅御本尊を授与した ♪

    それも『オナサケ』でな♪

    晩年の日蓮には〝時が無い〟というのは認識していたはずや。

    よって、十中八苦、特に富木常忍には仕方なく授与したとみて間違いない。

    その証拠に、富木常忍は日蓮遷化数年後、富木日常と勝手に名乗って出家し、挙句の果ては自分で曼荼羅本尊をコサエて退転した ♪

  • >>No. 299885

    >もちろん、在家の信者さんたちが、釈迦像を建立すると、とても喜び、お弟子さんたちに開眼をするよう促している。<


    お、オマエはマジで傑作な脳乱脳だのぅ ♪{笑う)

    今度は「真間釈迦仏御供養逐状」の曲解迷釈かいな ♪{笑う)

    日蓮が

    ※【釈迦仏御造立の御事、無始曠劫よりいまだ顕れましまさぬ己心の一念三千の仏造り顕しましますか、はせまいりてをがみまいらせ候わばや、「欲令衆生開仏知見乃至然我実成仏已来」は是なり、但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ】

    と述べているがこれは佐前の文永7年に草創期入信の富木常忍が、入信してから年月が経っているのに、自分には他宗のような本尊がない、ということから、日蓮に伺いを立てることもせずに、自己判断で勝手にフライングしたコサエたもの。

    日蓮も富木常忍が本尊無しで信心に励んでいて、にも拘わらず、拝む対象の本尊が他宗のように無いが故に本尊をコサエさせてしまった、という富木常忍の心情を痛い程に理解してるがゆえに、本来は、事の一念三千の当体を有してない者が本尊を顕わすことなど許されることではないが、そうした背景から日蓮は富木常忍に対して、

    ※【喜んで見せた】或いは【喜んでやった】

    というのが日蓮の本心 ♪

    当然だーわ、本佛の当体の仏力法力でしか本有の尊形の本尊と成しえないのに、本佛の当体である事の一念三千の当体ではない、迷いの当体でしかない迷いの当体の、ただの凡夫でしかない富木常忍に、対象物の当体を帰命の対境の本佛の当体に成すなど不可能なことや ♪{笑う)


    ま、この高度な日蓮の本尊義を理解できない脳乱ハトよ、オマエはもう終わっとんのや ♪

  • >>No. 299886

    それを日道は高度な日蓮の本尊義を理解できない門弟や五老僧を見据えて、譬え噺の中で釈迦(仏界のみのホトケ?(笑))人形一体佛のみでは、日蓮の本尊義の理屈の上では、不完全な本尊であるから、せめて、理解できるまでの間は、方便義を以て方便誘引の教化でもって、ソレら連中を日蓮の真の本尊義に導くための方便であり、これは日蓮のみならず、釈尊も法華経の中で方便を用いて教化しとるわなっ ♪

    それと同じことやで、ははは、ばーか♪{笑う)

    故に日道は末文で

    ※【三身即一の有縁の釈尊を閣きて強て一体修三の無常の仏陀を執らんや、既に本尊の階級に迷う、全く末法の導師に非るかな】

    つまり、「三身即一の有縁の釈尊」要するに一界も欠けてない『事の一念三千の当体』を有していた釈尊のことで、その当体を有する釈尊差し置いて、一念三千の当体の義も知らんでシャカ人形に固執するんは、既に本尊に迷ってる証であり、且つ、全然末法出現の日蓮の弟子に非ざるアホ連中だと、日道は言うてんのや♪

    日蓮の本尊義も、一念三千義も知らんアホはシャカ人形やシボサツ人形加えた【仮】本尊、つまり、仮言うんは『本尊ではない』言うこっちゃ♪{笑う)


    >宗祖は一体の釈迦仏像であっても、自身が本尊として拝していた。<


    救いようのねえアホさ加減丸出しだーわ{笑う)

    それは佐前までの話や、ばーか♪

    しかも日蓮はそのシャカ人形を遥拝ツールとして佐前まで仮本尊としてたにすぎんのであってやな、その遥拝の拝し方も、キチンと一界も欠けることない事の一念三千の当体自体を遥拝していた ♪

    ナニも、シャカ人形自体を本尊として拝んでたんちゃうわー ♪{笑う)

    佐後に至っては、本有の尊形として顕わした曼荼羅御本尊の姿形、相貌ではなく、曼荼羅御本尊に有している内体の事の一念三千の当体を拝していた ♪

    そう、日蓮は本地久遠の釈迦の内体を自身の胸中の肉団(生身の身体)に有していたが故に、対象物である御本尊の姿をしたのに対して『事の一念三千の当体の仏力法力』を以て開眼(本尊と為す行為)ができた ♪

    つまりそれは、日蓮が、生身の身体は違えど、本佛の当体を有していた何よりの日蓮の間接的な主張なんや ♪

    ま、狂いに狂った身延脳乱脳のボーヤでは到底日蓮の本尊義など、理解できようもねえわなっ ♪

    なんせ、一念三千義もロクすっぽシランのやから ♪{笑う)

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